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四重の怒り。でも、もう紫晶は同じことを繰り返さない!

ずっと見ないようにしてきた徹の正体。それが店員の加奈があっさりと見破り……。

第33話 紫晶の成長



 4時になって、みんなが帰っていく。

 紫晶(しあき)は着替えて、1階のテーブルに座って、アメシストを見ていた。


(ああ、わかった……。あのときと同じだわ)

 わけのわからない怒りの正体。

 そう思いあたると、テーブルの上にうつ伏した。


 カランと扉が開く。

 そこに徹(とおる)が立っていた。


「入ってもいいですか?」

「どうぞ」


 徹が紫晶の前に座った。

 紫晶が何かを言うのを待っている。

 二人とも、しばらく見つめ合って黙っていた。


「怒ってます?」

 と徹が聞く。

「うん……。自分に……」

 紫晶はうつむく。


「なんで?」

「だって、私って本当に馬鹿だ……」

 そう言葉にすると、涙が一粒こぼれた。

 そして、テーブルにうつ伏せになる。


「何が?」

「あのね……。加奈さんが徹さんのことを知っていて……。私、知らなかったでしょ」

「うん……」

「それがね……。すごく悔しいと思ったの……」

「うん?……」

「加奈さんに嫉妬したの……。それが、すごく悔しいの。私、全然進歩がないって思った」


 あのときの怒りは何重にもなっていた。


 客に対する加奈の態度への怒り。

 加奈が自分よりも徹を知っていることへの怒り。

 信頼していた徹に裏切られたような怒り。


 そして、最後に、そんな怒りを感じている自分に対する怒り……。


 最後の怒りを感じると、最初の3つの怒りはかき消された。

 怒ることでもなかった。

 あまりにも自分が愚かに思えて、悔しくてたまらなくなった。


「……ごめんね。何も言わなくて……」

「徹さん、何も悪くない……。私が馬鹿なだけ」

「……」


「あのね……私の話、聞いてくれます?」

「うん……」


 だんだんと薄暗くなる部屋の中で、紫晶はうつ伏したまま、ゆっくりと話した。

「前に徹さんが言ってたでしょ。目黒のカフェで私が泣いてたって」

「うん……」

「あのときと同じ。私のほうが店長に近いと思ってたら、後輩と店長のほうが仲が良かったと知った。そのとき、すごく腹が立ったの。裏切られた気がして、悔しくて、悲しくて……それで泣いてた」

「うん……」


「今も同じ。私は、徹さんのことを誰よりも知っていたかった。でも、聞かなかった。なのに……加奈さんが私よりも徹さんのこと、知ってた。それが悔しかったの。負けた気がしたの。……同じでしょ?」


「そうなんだ……」


「私ね、あのときね、木村商事の奥さんに紹介されたカウンセラーに相談したの。そしたら、こう言われた。

『それは、お母さんを妹に取られたと勘違いしたときの記憶が残っているからだ』って……」

「……」


「おかしいわよね。それね、3歳のときのことなの。なのに、今も、『大切な人を取られた』って、妹みたいな人に腹を立てている。心の中に3歳の自分が今もまだ生きているの。

 でもね……。カウンセラーの先生は言ったわ。


『誰も、誰かのものじゃない。そもそもお母さんはあなたのものじゃない。お母さんの人生はお母さんのもの。だから、あなたの人生もあなたのもの。

 あなたはお母さんがいなくても、自分の人生を自分で作れるの』って……」


 うつ伏したままの紫晶の頭を徹がそっとなでた。

 紫晶はその感触を感じていた。


「わかったつもりだった。だから、『私は私の人生を自分の力で作るんだ』って思って、昔からやりたかったカフェを作ろうと思ったの。そしたら、徹さんが現れて、助けてくれた」

 紫晶はしばらく黙っていた。


「そのとき、心の中の3歳の私は勘違いしたんだわ。『頼れる人が来たのは、頑張ったご褒美なんだ』って。どこまで依存的なのかしら……。3歳の私は、自分の力で生きるものだって、これっぼっちも思っていないの。頑張ってたのは、依存するためだったの……。


 子供みたいに依存しているくせに、相手を自分のものだと思い込んで、えらそうに『私が一番じゃなかったの?! ひどい!』って怒ってる。

 そんな自分、うんざりよ。自分が情けなくて、腹が立ってしかたがないの……」


「……」

 徹は頭をなでていた手を止めた。


「ごめんなさい。私は、3歳の自分をもっとちゃんと叱る。『徹さんは誰のものでもない。権利を主張するの、やめなさい。勝ったとか、負けたとか。それは間違ってる』って。ちゃんと言う」


 そして、うつ伏したまま、ウフッと微笑んだ。


「うん。私、やっぱり成長してると思う。あのときは、『裏切られた』って思って、2日くらい落ち込んでいたけど……。今は違う。自分が間違っているの、わかっているし、すぐに気分を切り替えられる。だいぶ大人になれた気がする。……進歩は遅いけど」


 ゆっくりと顔を上げると徹の顔がある。

「以上です。おしまい」

 ちょっと照れた。テーブルにおいていた腕を下げて、膝の上に置く。


「ふふふ」

 徹が笑う。

「つまり、僕の一番になりたかったってことでしょう?」

「はい。そうです」

 紫晶は目を伏せて開き直って答えた。


「紫晶さんは僕の一番です」


 紫晶は目を見開いた。

(ほんとに?……)


 徹は得意そうに笑った。いつもの顔だ。


「誰かの一番でいたいと思うことと、誰かを所有したいと思うことは違うでしょ。紫晶さんは僕の一番だけど、時々、二番になりますよ。そのときは僕が一番だから。ほら、だから、勝手にアメリカ行っちゃうでしょ」


 紫晶は頷く。


「それは誰にも文句を言わせない。僕は誰にも支配されないからね」

「うん……カウンセラーの先生が言ってた。本当に大切な人とは、向かい合うんじゃなくて、同じ方向を見て歩くんだって……」


「うん。それ、いいね」

 徹は微笑む。

「僕たち、いつも目黒のカフェでは、同じ方向向いて座ってた。あれ、正解でしょ」

「うん……」


 ふたりで窓の向こうを眺めて、紫晶のカフェを思い描いていた。


 そう思ったとき、木村商事の夫婦を思い出す。

 妻は経営、夫は石の目利き。この二人は同じ方向を向いて歩く、最高のパートナー同士なのだ。

 どちらも互いを信頼し、相手が運転席に座るときには、自分は助手席に回る。同じ方向に進むからできることなのだ。


(あんな夫婦になりたいな……)



 徹は名刺を出した。

「ほら、これが僕の仕事の名刺」


 TEI Ventures 

 Founder / Managing Partner

 Toru Endow


 紫晶は名刺をじっと見て、顔を上げてこう聞いた。


「これって……どんな職業?」

「ファンドです」

「え? ファンドって……何?」


「アハハ! ほら、どうせわかんないんだから。紫晶さん、投資に興味ないでしょ?」

「ひどい! 今度教えてください。ほら、前に言ってた……なんとか大なりなんとかってやつとか……」


「アハハ。カフェで稼いだら、教えますよ」


 徹が楽しそうに笑う顔を見て、紫晶はちょっとつねってやりたくなった。


こちらも連載中。ぜひ訪問してください!

MBA令嬢の異世界改革――― 交易と流通で王国を侵略から守ります ――

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