紫晶が雇ったカフェ店員。彼女が徹の正体に気づいて……
さあ、いよいよ開業準備です。
第32話 徹の正体
3月の中旬に、内装工事が終わり、厨房器具や家具が入った。
正式にカフェ・プルミエを辞め、開店準備に専念する。
そこで、紫晶は採用した4人の店員を集める。これから2週間、みっちり訓練をするのだ。
「みなさん、このお店は、クリスタルとコーヒーを楽しんでいただくカフェです。みんなで頑張っていきましょう!」
「はい!!!」
35歳の近藤道子、26歳の小谷礼、24歳の佐々木加奈、23歳の林頼子の4人だ。
みんな飲食店の店員の経験はあるが、カフェマシンの経験があるのは加奈だけだ。
紫晶は今25歳だ。自分自身もまだ若いのだが、店長としてしっかりしないといけない。
まずは、みんなで掃除から始め、家具を並べ、厨房に食器を入れる。仕入れた食糧を冷蔵庫やパントリーに入れる。
それらが一通り終わると、実際に料理を作っていく。
紫晶と道子が主に厨房を担当し、残り3人に盛り付けや提供を教えた。
「いいですか? 盛り付けはこう……」
紫晶を囲んで、4人が慎重に見守る。
そんなマシンや料理の訓練を3日ほどして、だいたいの教育が終わった。
「どうですか? 何か皆さんのほうから意見はありますか?」
道子が最初に発言した。
「ええと……。シフトなんですが、5人では足りないと思うんです。スタッフはまだ入る予定でしょうか?」
「ええ。最初の1か月は営業時間が少し短いですが、2か月目からは11時から20時ですからね。遅い時間に来れる人をもう一人募集しています」
道子は人の動きをよく見ている人だ。
次は礼が発言する。
「あの、クリスタルも売るんですよね。その包みがないと思うんですけど……」
「あ、本当ですね!」
確かに! うっかりしていた。緩衝材が必要だ。この経費は木村商事にもらわなければいけない。その契約をしていなかった。
礼は細かいところに気がつくので助かる。
次は加奈が発言する。
「あの、マシンなんですけど、湿度に合わせて自動調節してくれるんですよね」
「はい。そのはずです」
「でも、それが機能しているか、よくわからないんですよね。今は季節がいいからか……」
「メーカーさんが開業直前に見に来てくれるので、そこで聞いてみましょう」
加奈は笑顔が少ないが、マシンや料理には真剣だ。
頼子が最後に質問する。
「あの。二階から隣の粗大ごみみたいなのが見えるんですよね。何か目隠しがあるといいと思うんですけど……」
「ああ、そうですね。ベランダにフェイクの植木でも置きましょうか」
頼子はきれい好きだ。暇さえあれば、クリスタルを眺めている。
「明日は、お昼にモニターのお客様が一人来てくれるので、頑張りましょう」
「はい!」
そして、翌日、11時30分に客がやってくる。
カランとベルが鳴り、扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
5人の店員が一斉に声をかける。
それは徹だ。帽子をかぶって、サングラスをしている。
モニターの客としての登場なので、紫晶もお客扱いする。
道子がさっと近づき、「いらっしゃいませ。おひとりさまですか?」と聞く。
「はい。1人です」
そう言いながら、店を見回した。
カウンターの中に紫晶を見て、ちょっと微笑んだ。
「へえ……。アメシストがあるんですね。きれいですね。僕はこの席がいいな」
そう言って、アメシストが正面に見える席に座る。
「ご注文はこちらのQRコードからお願いいたします」
「わかりました」
徹は帽子とサングラスを外してテーブルに置き、スマホを取り出して注文を始めた。
加奈がお水を運ぶ。
徹は「ありがとう」と言いながら、スマホを操作していた。
加奈はその姿を見て、ハッとしたように立ち止まる。
加奈が去っていかないので、徹が不思議に思い、顔を上げた。
「あの、遠藤徹……さん! ですよね?!」
「え?」
徹は顔をこわばらせた。
加奈は興奮した様子で、徹に近づく。
紫晶は、カウンターから出て、その様子をうかがっていた。
「加奈さん、知り合いなの?」と聞く。
「いえ、有名な天才投資家の遠藤さんですよね?! 番組、見てました!」
加奈は有名人を見つけたとばかり、嬉しそうに興奮している。
「えっ……?!」
紫晶は驚愕だ。
(徹さんが、有名な天才投資家……)
徹はスマホで注文し終わり、スマホをカタンと置いた。
「あの。僕は一介の客ですよ。店員として、その態度は失格です」
「え?!」
加奈はまさか怒られるとは思っていなかった。
だが、徹は遠慮なく、厳しい目つきで加奈を叱った。
注文が入ったので、道子は作業に取り掛かる。
加奈は立ちすくみ、それからゆっくりと、「失礼しました」と言って、カウンターに戻っていく。
紫晶は徹の前に行き、「お客様、申し訳ございませんでした」と言って頭を下げた。
「いえ……」
そう言って、徹は紫晶を見ないまま、スマホを見始めた。
紫晶は黙ってキッチンに戻る。頭の中が混乱していた。
加奈に対する怒り。それから……。
もう一つ、わけのわからない怒りが頭の中に渦巻いた。
紫晶は大きく深呼吸して、なんとかいったん怒りを手放す。
そして、徹の接待はほかの3人に任せて、バックヤードに加奈を呼んだ。
憧れの徹に怒られて、加奈は泣きそうだ。
「加奈さん、今日はモニターだって知っていたから、つい声をかけちゃったんでしょ? 本番ならば、しないわよね?」
紫晶は言った。
「はい。申し訳ありませんでした」
加奈は猛反省中だ。しっかりと頭を下げて謝罪した。
「徹さんには、店員のチェックも頼んでいたから、厳しくしてもらったの」
「そうなんですね……」
「でも、徹さんは静かにしていたい人だから、店の外でも声をかけないほうがいいわよ」
「わかりました……。すみませんでした。私、彼のファンなのでつい……」
紫晶は肩をポンポンと叩いて、「もういいの」と言った。
徹は黙って、料理の写真を撮り、食べ、メモする。
最後にコーヒーを飲む。
そして、立ち上がる。
「ご馳走様」
レジに行き、支払う。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
徹は店を出ていく。
しばらくすると、紫晶のスマホに、徹からメールが入る。
それは、評価表だ。
その最後に、メッセージが書かれていた。
「今日の仕事、何時に終わりますか?」
「4時です」と書いて送る。
「店で待ってて」
徹が返事を返した。
そのあと、紫晶は徹の評価をシェアして、反省会をする。
加奈についてはもう指導したので、料理や盛り付けなどの改善点を話した。
紫晶の怒りの正体は……。
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