紫晶、徹への恋心がじわじわと……
内装が決まって、いよいよ家具をそろえる。ふたりで中古専門店へ……。
第31話 ふたりの遠出
3月の初め。だいぶ暖かく感じる日。
今日は紫晶と徹はふたりで南北線に乗っている。ちょっとした遠足気分だ。
川口にある店舗用の中古家具の倉庫に行くのだ。
電車の時間も無駄にしない。
「この写真、見てください」
紫晶がスマホをくるくると滑らす。
「メニューの仕上がりの写真です」
「ふうん……」
シチュー、サンドイッチ、スパゲティー、ケーキ。
コーヒー、カフェオレ、紅茶、ハーブティー、リンゴジュース……。
「いいですね。すごくおしゃれです」
徹はサングラスの向こうでにっこりした。
「あと、スマホで注文を受けようと思っています」
「ああ、いいと思います。今どきはそれで十分です。経費も減りますね」
そんな話をしながら、川口のお店に着いた。店内は広々としていて、山ほどの家具が並んでいる。テーブルセットを買わなければならない。
「うわっ、安い! これなら、十分に50万円でおさまりそう」
紫晶はうれしくなってきた。
「ここ、食器もあるみたいですから、ここでそろえるのもいいですね」
「へぇ……。意外といいのがありますね。中古ってどうかなって思ったけど……むしろ、うちの古い洋館には合うかも」
「ですね」
「でも……。数が揃わない。ばらばらになっちゃいますね」
「それも味があっていいと思いますよ。1階はゆったり座れる布張りの椅子、2階は洋館らしい木の椅子、とかですね」
「そうか。なるほど……」
このエリアには店舗が3つあり、在庫はそれぞれ特化されている。二人で回って、家具を選んだり、食器を見たりする。
(なんだか……新婚みたい……)
徹の横顔を見ながら、紫晶は妄想している。
「なんですか?」
徹が振り向く。
「あ、いえ……」
妄想がばれたら恥ずかしい。
2時間かけて、家具や食器類を決めた。支払いを済ませて、それを内装が終わる日に届けてもらうことにする。
「うん。これなら、全部で90万円の節約になりました!」
「よかったです! あのデザイナー、態度はともかく、腕はなかなかいいですよ。家具を中古にして、彼に内装を任せられるなら、正解ですね」
「はい!」
「紫晶さん、時間が余ったし、帰り道、途中下車して、旧古河庭園、見に行きませんか?」
「え? 徹さん、調べたんですか?」
「はい。僕は明治時代の洋館が好きなので」と「ふふっ」と笑う。
(それ、完全にデートよね……)
と紫晶も気づく。
「はい。行きます!」
思わず特大の笑顔で答えた。
それから二人で南北線を途中下車して、旧古河庭園に行く。
徹が紫晶に、1日丸ごとつきあってくれるのが嬉しい。
結構、公園は広かった。
そして、ふたりで庭のベンチに座り、庭園を眺めた。
「徹さん……。どうして日本に戻って来たんですか?」
「え?」
「お仕事、だいたいアメリカなんでしょう?」
「ああ。いや、あちこちの仕事をしていますから、どこにいても同じなんですよ。僕は高校の時にアメリカに留学して、そのまま住んでましたけど。やっぱり日本がいいなって思ったので、去年の春に日本に帰ってきました」
「ふうん。……どこでも仕事ができる……って、想像つきません」
「アハハ。カフェではできませんよね」
「はい……」
紫晶は少し寂し気に下を向く。
「カフェ、あと1か月で開業できそうです」
「うん。あとは社員教育だけですね」
「あの……」
紫晶は横を向いて、徹の顔を見る。
「なんですか?」
徹が笑顔で応える。
紫晶は徹が「なんですか?」と聞いてくれるのがすごく好きだ。それを聞くだけで心がふわりとゆるんで、幸せな気分になる。
「カフェ、開業したら、私、きっとしばらくは毎日カフェで働きます。そしたら……」
紫晶はちょっと次の言葉に戸惑う。
「徹さんにしばらく会えなくなりますね……」
「アハハ。大丈夫ですよ。僕がときどき、代官山の客の一人になりますから」
「ほんとに?」
「はい。そして、態度の悪い店員はいないか、チェックしてあげます」
「はい! それはいいですね!」
「まあ、しばらくは店を安定して経営できるように頑張ってください。半年くらい経ったら、落ち着くでしょう」
「はい!」
「でも、月に4回くらいは休んだほうがいいですよ」
「そうですね。わかりました」
「あの……」
「なんですか?」
「また、アメリカに帰ったり……します?」
「短期間で行くことがあると思いますけど……。もう向こうに住むつもりはないですよ」
「そうなんですね……」
(よかった……)
紫晶は自分でもわかっていた。
(私、徹さんが好きなんだ……)
その答えが出た途端、不思議なくらい心が静かになった。
(すご~く好きなんだ……)
(でも……)
紫晶はゆっくりと顔を上げて、青空を見上げた。
ふたりでゆっくりと過ごすこの時間は、しばらくお預けになるだろう。
(お店が軌道に乗るまでは、絶対に頑張る……)
恋とビジネス。どちらかを優先しなければいけないときもある……。
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