ふたりの男、紫晶の前で対峙する
カフェの融資が出て、装飾のアメシストも手配できた。あとは内装……
第29話 紫晶、苦渋の時
3社の見積もりが出た。
それを徹に見てもらう。
「徹さん、これなんですけど……」
紫晶は3つの見積書を並べる。
「で、こっちが私が出したデザイン案です」
「ふむ。ちゃんと同じ情報を3社に出したんですね」
まず、アキ設計事務所。700万円。
次に、ベルエアデザイン。950万円。
最後に、カーサインテリア。1300万円。
それぞれ、最後に「出精値引き〇〇万円」と値引きした上での料金だ。
「なんでこんなに違いがあるんですかね……」
紫晶が徹に恐る恐る尋ねる。
(私のせいじゃないはず。同じ資料を出したんだから……)と言いたいのだ。
徹のチェックが入る。
「まず、アキ。ここは見積もりがあいまいです。『内装工事一式』とか、『一式』だらけ。おおざっぱなんですね」
「次、ベルエア。ここはしっかりしていますが、……デザインが平凡です」
「カーサ。ここはなかなかすごい。デザインにセンスがあって、クリスタル・ハート・カフェの世界観がよく出ている。でも、これだと予算オーバーです。紫晶さん、内装の予算はいくらでしたか?」
「はい、800万円です。でも、予備の予算が100万円あります」
「ふうん……。900万円ですか」
徹は3社をじっと見比べる。
「うん、アキは空調や照明器具が入っていませんね。ベルエアとカーサは入ってる。それから、カーサは設計監理費が入っていますね」
「設計監理費ってなんですか?」
「工事が設計書通りにきちんと行われているかを現場でチェックする費用です。工事する側が職人・工程・安全・品質などを管理する施工管理とは別ですよ」
「なるほど」
「で、紫晶さんはどこを選びますか?」
「もちろん、カーサです! このデザイン、素晴らしいです。カーサの他の作品も見ましたが、どれも素晴らしかったです! ここをなんとか900万円以下におさえてもらえるよう、交渉します!」
「なるほど。400万円削るとなると……。ほぼ30%か……。結構きついですね」
後日、代官山の物件の中で、カーサインテリアと打ち合わせをする。どこを削れるか、という相談をするのだ。
紫晶のそばに徹がいる。オブザーバーとしてそばにいることにしたのだ。
「初めまして。カーサインテリアのデザイナー、宮本竜星と申します。よろしくお願いします」
インテリアデザイナーはアラサーの男性だった。長い髪の毛を後ろで束ねた、芸術肌の男性だ。無口なサムライと言った雰囲気だ。
(うわ……。この人、かっこいい……。徹さんとは違うタイプ……)
と余計なことを考えながら、
「はい。よろしくお願いします」
と、紫晶は頭を下げる。
「あの……。宮本さんがこのデザインをしてくださったのですよね」
「はい」
「すごく気に入ったんです! 素晴らしいと思います。でも、ちょっと問題がありまして……」
「はい?」
「あの……、予算オーバーなんです。400万円ほど……」
「はあ……」
竜星はあまり反応しない。デザイナーのプライドを感じる。
黙ったきり、目を半眼にしている。取り付く島がない。
「金がないなら、やめとけ。それだけだ」とバッサリ斬られた気分だ。
(ぐぐぐ……。反応がないのが痛い。いやいや、なんとか進める道をみつけなきゃ……)
「……で、なんとか、400万円ほど下げるためには、どこを削ればいいか、というご相談をさせていただきたいんです」
「はあ。……削る部分ですか……」
低い声でボソッと言う。
竜星は設計図を持って、ガランとした洋館の中をうろうろする。紫晶は彼の後ろをついて歩く。1階を見て、2階に上がる。紫晶はその後ろをついてまわる。
徹はふたりを少し離れたところから見ている。
「ふむ……」
竜星はしゃがんで1階の床を眺める。
「床はしっかりしているようですので、これを研磨して、補修しましょう」
「はい! ……そしたら、いくら減りますか?」
「う~ん……。ま、100万円くらいですね」
そう言いながら、竜星はペーパーホルダーにはさんだ見積もりの数字を書き換える。
「しかたがない。……天井も今のままで、塗装をやり直しましょう……。で、ここで、う~ん……80万円削れる」
淡々と竜星はペンを走らせる。そして、ペーパーホルダーを縦に下げて、紫晶に見せる。
「ま、これくらいですね。減らせるのは」
「ほれ、見よ」といった風情だ。
つまり、180万円しか減らない。
「そ、そうですか……」
紫晶はがっくりする。
(とても足りない。いっそのこと、運転資金を減らしてでも……)
少し離れたところから見守る徹の顔を見た。だが、徹は黙ったままだ。
(うん、あきらめちゃだめだ。あきらめちゃだめだ……)
紫晶はじっと設計図をにらむ。
「あの。この作り付けの棚ですけど、ここはなんとかなりませんか?」
「え、ここですか?」
竜星はニコリともしない冷たい態度で答える。
「だって、アメシストのドームをおくんでしょう? これは作り付けにしないと地震の時とか危ないですよ」
「そ、そうか……。では、こちらの棚はどうでしょうか。小さなクリスタルの棚は、作り付けでなくても……」
「ま、そこを既製品にするならば、少し安くできますが……。う~ん……。70万円くらい減らせますね。棚は別で買うことになりますが」
「じゃ、それもお願いします!」
芸術家というのは、プライドか高いのか、紫晶には扱いづらい。
「で、今250万円減りましたよ」
「あと150万円ですね……」
「これ以上は無理でしょう」
と、竜星が上から目線で言った。
「そう……ですか……」
紫晶がうつむく。
その様子にかわいそうになったのか、竜星が投げやりな声で提案する。
「あと、削るとしたら……照明ですかね? アメシストの演出用の照明を削りますか?」
「削るとしたら、いくら減りますか?」
竜星の言葉に紫晶が尋ねる。
「紫晶さん!」
徹が口を挟む。スタスタと近づいてくる。
そして、竜星に対峙するように向き合い、腕組みをする。
紫晶には、ふたりの男がにらみ合っているように見えた。
そして、徹は紫晶を振り向く。
「そこは紫晶さんの一番大切な部分でしょう? そこを削ってはいけませんよ」
「は、はい!」
(じゃあ、どうすればいいんだろう……)
「2階の照明を削ってください」
と竜星に向かって徹が言った。
「あ、2階ですか。まあ……これとこれを削れば……30万円は削れます」
「それから、ここの装飾、これを削れますか?」
徹が見積もりを指さす。
「ああ、これですか。う~ん……。削りますか……」
竜星は見積もりの装飾に二重線を入れる。
「う~ん……」と、さももったいなさそうに削る。
「装飾は、あとからでも付けられますからね」
と徹は紫晶に振り向いて、言った。
「あ、なるほど」
「これで30万円、減りました」
「う~ん……。あと90万円ですね……」
紫晶が眉を寄せる。
「紫晶さん、あとはほかのところで削りましょう。内装はこれでお願いしては?」
「はい! では、これでお願いします!」
「はい。わかりました。ありがとうございます」
相変わらず愛想のない竜星だが、頭を軽く下げた。
「あとで新しい見積もり、メールで送っておきますね」
「はい。よろしくお願いします!」
紫晶はしっかり頭を下げる。
その紫晶を竜星は2,3秒、じっと見ていた。
それから、また見積もりに目を落とし、それを鞄にしまい込んだ。
「ありがとうございました」
紫晶は帰る竜星に後ろからお辞儀をする。
(はあ……。なんとかなった……のかな……)
徹と竜星、ふたりのイケメンに囲まれた紫晶であった。
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