徹と美女。徹と2月の誕生石。それぞれの関係とは……
一人で内装の見積もりを頑張る紫晶。姿を見せない徹はいったい……。
第28話 徹と紫晶の2月
だいたいのデザインの案ができると、紫晶は3社にアイミツをお願いした。1週間後にそれぞれが出てくる予定だ。
結局、紫晶は徹にもう3週間近く会っていない。
あれから、もう一度メールしたが、返事がなかった。
(もう2月の半ばになってしまった……)
街にはバレンタインのチョコのワゴンがあちこちに並ぶ。
(買おうかな……。徹さんに……)
夕方の目黒の駅でうろうろして、チョコを探す。
(いつもお世話になってるし、……お礼よ、お礼)
そうは思ったが、彼が甘いものを食べているところは見たことがない。ビッグサイトでの昼食も、デザートの皿は取らなかったのを思い出す。
(あれ? 甘いものは嫌いかも?)
そんなことを考えていると、目の前を徹が通り過ぎていくのをみつけた。
「あっ……」
(徹さんだ!)
見間違いかもと思いつつ、駅の改札口のほうに行く彼を目で追う。
(あれ? 女性と一緒……)
キャリーカーを引いた若い女性と一緒に歩いている。
それがとても美しい人で、長いストレートの髪の裾だけがクルクルと巻いていて、歩くたびに揺れる。背が高いのはヒールのせいばかりではない。180センチの徹と並んでもよく釣り合う。
改札で、ふたりは挨拶をしている。どうやら女性が電車で帰っていくようだ。
そして、最後に女性がトートバッグから小さな紙袋を徹に渡す。
そして、会釈をしながら、電車のホームへと歩いて行った。
(誰だろう……。あの人)
とても洗練された雰囲気で、最近きれいになった自分とはかなり違う。美しさに年季が入っていた。
人込みで徹の姿も見えなくなる。
(徹さんにチョコ、買おうと思ったけど……迷惑かもしれないな……)
そう思って、チョコの袋をワゴンに戻す。
(はあ……)
とため息をついていると、「紫晶さん」と声をかけられた。少し離れたところに徹がいる。
「あ、徹さん……」
思わずすぐに走り寄る。
「あの……。病気かなにかじゃなかったんですか?」
ちょっと嬉しそうな顔になってしまった。
「え、いいえ、全然。ただ忙しかったんです。昨日、日本に帰って来たんで」
ふたりで目黒通りに出ていく。
「えっ、外国に行っていたんですか?」
「まだ時差ボケで。向こうにケータイ忘れてきちゃって」
「えっ?! それは大変でしたね」
「仕事先に置きっぱなしだったんですよ。ちょうど日本に来る人がいたので、持ってきてもらいました。まだ充電してないけど」
「さっきの女性ですか?」
「ああ、見てたんですか? 仕事仲間の秘書さんです。サンフランシスコからちょうど日本に来るって言うんで助かった。そうだ。これ、もらいました」
もらった紙袋を目の前に掲げる。
「なんだろう? クッキーみたいだけど……誕生日プレゼントとか?」
徹は不思議そうだ。
「いやいや、それ、きっと、バレンタインのチョコですよ」
「え、バレンタイン? ……ああ、そうか」
「街中バレンタインチョコの店ばかりじゃないですか? 気がつかなかったんですか?」
ちょっと疑わしい目で徹を見る。
「僕、そんなものもらったことないですもん。普通、男性が女性に花をあげるでしょ」
「それ、アメリカでしょ? 日本じゃ、女性から男性へチョコなんです」
「へえ。あ、義理チョコとかいうやつか。……いやいや、僕がケータイを持ってきてもらったんだから、僕が花を上げるべきだったのかな……」
「いえ。それ、ずれてます」
(チョコ、もらったことがないのか……)
それは恋人も妻もいないということだ。
紫晶はちょっと気分がよくなる。「うふふ」と思わず微笑んでしまう。
(これって、人の不幸を喜んでる?……)
徹は袋を開ける。
「ほんと、チョコだ。紫晶さん、これ、いつものカフェで食べませんか?」
「え、いいんですか?」
「僕、甘いものはあまり食べないんで」
「はい! 私に任せてください!」
ゲンキンなくらい、機嫌がよくなる紫晶であった。
いつものカフェで、小さなチョコを1粒ずつ食べる。
「おいしい……」
ほんの3粒だが、おそらく超高級品だ。
「ふ~む……」
徹は苦手なようだ。
「そう言えば……」
紫晶はさっきの徹の言葉を思い出す。
「徹さん、さっき、『誕生日とか』って言ってたでしょ? 2月が誕生日ってことですか?」
「ああ、そうです。僕は2月生まれですよ」
「えっ?! そうなんですね?」
紫晶はすごくニッコリしてしまった。
「それが何か?」
「アメシストは、2月の誕生石なんです!」
「へえ……」
徹は何も感動しない。白けた返事だ。
「なんで驚かないんです?」
「どこに驚く要素があるんです? どうせ、毎月何かの宝石の月なんでしょ?」
「ま、まあそうですけど……」
「ただのマーケティング戦略でしょ? バレンタインにチョコを買え、みたいな……」
ロマン主義はガンダムとマンション専用らしい。
(驚け、と言っている私がおかしい?!)
紫晶は考えた。
(なんで私は驚いてほしいのかな?)
(う~ん……)と考え込む。
たぶん、こう言ってくれるのを期待したのだ。
「へぇ! それは奇遇ですね。紫晶さんの名前と、僕の誕生石が同じなんて!」
(はあ。……言うわけないか)
自分でもどうでもいい気がしてきた。
そんな紫晶のがっかりした様子を見て、徹は不思議そうだ。
「紫晶さん、もう1つ、チョコ、食べていいですよ。僕はもういらないから」
「は、はい……。ありがとうございます」
「じゃ、僕の仕事も一段落ついたことだし。紫晶さんのカフェプロジェクト、どこまで進みましたか?」
「あの。……いま、内装の見積もり待ちです」
「なるほど……。見積もり来たら、教えてくださいね」
「はい! ありがとうございます!」
「契約書は、隅から隅までよく見ること。これ以上ないくらい、突っ込むこと。それをしなかったら、今回の僕みたいに、えらいことになりますよ……」
「え、徹さんでもそんなことがあるんですか?」
「ありますよ。大きなプロジェクトだと、契約書は何枚もありますからね。どうしても、全部に目を通せないこともある。うっかりしましたね」
「それ、なんの契約書なんですか?」
「それは秘密です……」
そう言うと、
「はあ~……。今回はまいった……」
と、徹はテーブルにうつ伏した。
(やっぱり、この人、謎……)
これだけチェックが厳しい徹でもヌケがあることがあるのかと、紫晶はビジネスの世界の厳しさに、ちょっとそら恐ろしさを感じたのだった。
見積もり、出ます! なんと……。
ちょっびり、ポイント評価していただけますと、嬉しいです!
こちらも連載中。ぜひ訪問してください!
MBA令嬢の異世界改革――― 交易と流通で王国を侵略から守ります ――
https://ncode.syosetu.com/n6280ly/




