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パーティ探索

 五階層からはゴブリンが出現するようになる。

 ゴブリンは湿った土を捏ねたようなハイ褐色の肌をしており、ところどころに黒ずんだ斑点が浮いている。百センチちょっとしかない体躯だが骨格は妙に発達しており、二足歩行の人型ではあるものの猿やチンパンジーに近い。鼻は潰れ口は横に大きく裂け、ギザギザとした歯は黄ばみ悪臭を放つ。


 そんなモンスターであるゴブリンは五匹前後で徒党を組み行動しており、弓や短剣といった武器を使用するため、一度の戦闘で相手にする攻撃の手数やモンスターの数がグッと増え、甘えた新人のソロ探索者の多くがこの階層で命を落とす。


「ひとまず、この先にはいなそうですね」

 気配察知のスキルを使いつつ、先を歩く千寿は目視でも通路の先を確認する。光源があるとはいえ薄暗いダンジョンの中、ゴブリンの肌は壁面とよく同化する。


「ゴブリンってどれくらいこっちのことが見えてるんですか?」

 安全確認が済んだ千寿はゆっくりと歩きながら廻に問う。ここから先、千寿にとっては未知の領域であるため、気配察知を全力で発動しながら進んでいくが、予想以上に神経を擦り減らす。


「ゴブリンは夜目が利くけど、気配察知よりも先に気取られることはまずないかな。騒ぎながらとかじゃなければ」

「なるほど」


 その情報を聞いた千寿はほんの少しだけ警戒心を緩めリラックスする。見えない先から弓や投石による不意打ちを受ければどうなるか分からない。はたして幽霊たちが対応できるのか不安が残っていたが、廻のおかげで心が落ち着く。


「見つけました」

「了解だよ〜」


 慎重に進んでいく千寿は気配察知に五匹の正体反応がかかるのを感じ警戒を強める。


「もし遠距離攻撃持ちがいたら、ちょっとだけタンクやってもらってもいいですか? 試したいことがあって」

「全然いいよ。任せて!」


 千寿に頼られた廻は張り切り笑顔を浮かべながら、バックパックから小盾を取り出し正面に構える。


「あと三秒で来ます」

 通路の先、十五メートルほど先の曲がり角からゴブリンの顔がヌッと現れた。


「有麻君! 弓一体!」

「了解です!」


 廻は目がいいのか、現れたゴブリン部隊の武器構成を即座に看破し千寿へと伝える。


「ギャギャギャッ!」

「来るよ!」


 ゴブリンたちも千寿たちの姿を見つけ、口々に咆哮を上げながら突貫してくる。手にはボロボロの短剣や棍棒を装備しており、先頭の廻に狙いをつけている。


(呪殺!)


 廻ほど精度の良い目を持っていない千寿は、先陣を切ってきた三匹のゴブリンにスキルを発動する。スキルの射程距離は二十メートル弱ほどで、ダンジョン内で視界に入った敵はほぼほぼ効果範囲内である。


「グギョッ!?」

「弓攻撃来るよ!」

「はい!」


 三匹のゴブリンがやられ残りの二体は驚きながら警戒を強めた。迂闊に近づかないのは野生の感か。既に千寿のスキル射程内ではあるが、試したいことのために弓使いの攻撃を誘導する。


「ギャギャッ!」

 残った一匹の近接ゴブリンは弓ゴブリンの援護か、先ほどの三体のように飛び出してこない。その背後から弓ゴブリンが矢を番え廻を狙う。


「土地神! 廻先輩を守れ!」

「ォォ……」

「先輩構えて!」

「アイアイ!」


 廻には土地神の姿が見えていない。千寿が命令したとは言え守られる保証がなかったため、廻はゴブリンの矢を受けられるようどっしりと身構えた。

 弓ゴブリンの手から矢が放たれ風を切る。弓の射程からすればかなりの近距離。矢は一秒未満で二人の元へ飛来し着弾。


「およ?」


 矢の軌道上に盾を構えていた廻は、自分の腕に衝撃が走らないことを疑問に思い盾から顔を覗かせる。すると、ゴブリンが放った矢は空中で動きを止めていた。かと思えば、次の瞬間、何者かの力が加わったかのように矢がへし折れる。


「よし!」

「有麻君の使い魔は本当すごいね」


 千寿の視点では、二人の頭上を跨ぐように現れた土地神がゴブリンが放った矢を片手で掴み取っていた。


「アガニ、シズク。残りの二匹を倒せ」


 千寿は幽霊の中でも二人を重用している。その理由は例の中で魔法のような攻撃を用いるからだ。霊〈シズク〉は神に宿る石に取り憑いている霊だが、その実は神などではない。元々死亡事故の多い川を鎮め亡くなった人を祀るために祠に納められていた石であり、心霊スポットに行った若者が悪ざけで持ち帰ってきてしまったというものだ。祠にあったことから「神が宿る石」などと呼ばれているが、実際にはその川で水難事故にあった霊が取り憑いていた。故に霊〈シズク〉は水に関する能力を持っている。


 霊〈シズク〉は弓ゴブリンに狙いを定め、何をするでもなくただぼうっと立ち尽くす。しかし、数秒もするとゴブリンが苦しみだしのたうち回り始めた。


「っ!?」


 廻はその様子にギョッとするが、千寿が何かしているのだろうと納得して警戒しながらゴブリンの動きを観察している。

 弓ゴブリンは数秒で動かなくなり、口から大量の水を吐き出し絶命した。


「えぐ……」


 廻は初めて見る霊〈シズク〉の攻撃にドン引きする。その間に霊〈アガニ〉は短剣を持っているゴブリンを狙い発火させていた。ゴブリンが身につけている腰布は油でも含んでいるのかというほどよく燃え、あっという間に二匹のゴブリンが討伐された。


「今のは何?」

「ああ。シズクの攻撃ですよ。スケルトンには効かないみたいなんですけど、体内を水で満たして溺死させるんです」

「ヤバ」


 千寿の説明に廻は端的な反応を見せる。言い表しようのないチート能力にもはや感心を通り越して畏怖すら抱く。


「っていうか、土地神っていうのも有麻君の使い魔なの? 使い魔が三体もいるの?」

「あー、正確に言うと六体です」

「はぁ〜、なんでそんな重要な情報をポンポン答えちゃうかなぁ」

「えぇ、自分で聞いてきたじゃないですか」


 理不尽に説教をしてくる廻に千寿は不満を溢す。廻とは長い付き合いではないが、不思議と悪い人では無さそうという感想を抱いている千寿はすっかり信用しきっている。初めてダンジョンに一緒に潜り、ダンジョンのことを教えてくれたというバイアスだろう。


「信用してくれるのは嬉しいけど、ダメだよ」

「まあ廻先輩なら大丈夫でしょ? それに、僕を敵に回すほど馬鹿じゃないと思ってるので」

「それはごもっともだ」


 千寿自身、幽霊たちの異常性を自覚しており、その能力を目の当たりにしている廻ももちろん、それが自身に牙を向くことは想像もしたくないと思っている。


「っていうか、一緒にダンジョンに潜ってたらいずれは廻先輩にバレるじゃないですか。だったら言っといた方が早いですよね」

「まあね」


 千寿のしつこい言い訳に廻は「分かった分かった」と宥めて先を促す。ダンジョンはまだまだ先が長い。

 ピラミッドのようになっているダンジョンは下の階層へ行くほど広くなっていく。そのため、十階層までは歩いても半日ほどかかる。


「有麻君。贅沢な申し出で申し訳ないんだけどさ、私にも戦わせて欲しいな」

「ああ、すみません」

「戦闘に参加しないと経験値がもらえないんだよね」

「そうなんですね」


 レベリングを目的にしてきている廻としては全く経験値が入らないというのも困りものである。


 ダンジョンの経験値システムは、戦闘に参加した者で等分されるのだが、その戦闘参加の条件も存在している。分かっていることは戦闘に関与することだ。石を投げてぶつけるだけでも戦闘に参加できてしまうため、通りすがりの人間に経験値を半分奪われるという事象も発生している。もっとも、そんなバッドマナーを犯せば半殺しにされても文句は言えないが。


 先ほどの戦闘の場合、ゴブリンを倒したのは全て千寿であり、ゴブリンに何かしらの攻撃を行っていない廻には経験値が分配されていない。


「じゃあ、俺は呪詛で足止めしますね」

「それ足止めかなぁ。速攻で倒さないと死んじゃうやつだよね」

「はは。ゴブリンなら二秒くらいは持つんじゃないですかね?」

「大変じゃん!」


 上階層で千寿のスキルを見ている廻はこの後の戦闘で何が起こるか想像し辟易とする。ソロで潜るよりも大変だったんじゃないかと後悔を顔に浮かべていた。

 それから二人はズンズンとダンジョンを邁進する。


 六階層からは犬系獣人のコボルトが出現。体格がゴブリンよりも大きく人並みで素早い。七階層からは豚獣人のオークが現れる。巨体でパワーもあり攻撃力の低い探索者が苦労する相手だ。


 そして八階層。下位探索者と中位探索者の分かれ目とも呼ばれるこの階では、コボルトウィッチ、ゴブリンシャーマン、スケルトンメイジらが、上の階層で出現するようになったモンスターたちと群れで行動している。これらは魔法攻撃を扱うようになり、対策が立てられない探索者たちは撤退を余儀なくさせられる。


 魔法攻撃に対抗する手段は様々あるが、手っ取り早いのが魔法耐性が得られる装備を身につけること。

 ダンジョンでは遺物〈アーティファクト〉が出土することがあるが、その中にそういった装備が存在している。もちろん数に限りがあり、生産する方法の目処も立っていないためかなりの高額で取引がされている。


 そうして魔法の壁を突破し九階層へ降りると、そこからはレイスという半霊体のモンスターが出現するようになる。物理攻撃が効かないレイスには魔法を用いて攻撃をしなければならず、八、九階層は攻防両方で魔法の対策を取らなければならない。


 ここまで千寿と廻はさほど苦労することなくやってきた。八階層からの魔法攻撃に対しても土地神や幽霊たちの守りは有効で、かけらたりとも二人へ攻撃を通すことはなかった。さらには、呪殺や呪詛のスキルは魔法系に分類されるため、レイスにも有効的に働いていた。


 各階層に居るボス格モンスターに関しては、必ず倒さなければいけないということもなく、素通りできるポイントでは躱して効率よく十階層まで到達。ここまでおよそ二時間。ダンジョンの入り口から数えれば三時間ほどが経過している。


「爆速だね」

「休憩なしですからね」

「だとしてもだよ」


 通常、十階層まで二人だけで来られる熟練の探索者であっても、十階層入り口までは休憩を挟まずとも四時間弱はかかる。倍以上の効率でやってこられたのは、ひとえに千寿の力であった。


「使い魔もそうだけど、有麻君のスキルがやばいね。私が撃ち漏らしても勝手に死んでくし」

「いやぁ。どうもどうも」


 千寿はここに来るまで呪殺を封じ、呪詛と幽霊たちを使って戦ってきた。それでもモンスターたちが呪詛に耐えられる時間は数秒だけであり、上層のモンスターと大して差は見つからなかった。


「廻先輩の剣捌きもすごいですよ。急所を的確に突いてましたし」

「私のはスキルの恩恵だよ。元々武道をやってたとかでもないし」

「それでも、俺には真似できないですからね」


 千寿が足止めをして廻が止めを刺す。モンスターが呪詛に耐えられず絶命するまでは数秒程度しかなく、廻は死に物狂いで剣を振りまくっていた。それでも十階層まで余裕な様子で息も切らさず来ていることから、千寿は廻の探索者としてのレベルの高さを思い知った。


「歓談もここまでにして、サクッとボスのところまで行っちゃおうか」

「はい」


 十階層からはスケルトンの上位互換である、ボーンナイトというモンスターが出現する。ボーンナイトは全身を鎧で覆い攻撃が通る隙間が極端に少ない。おまけに骨の硬さもスケルトンとは一線を画す。さらに、時と場合によってはレイスやスケルトンメイジも引き連れ、遠近に対応した混成部隊で現れる。


 モンスターの数も上層とは比ではないほどおり、探索にかかる疲労度はとても高い。

 そして、十階層の特徴として、ボス格モンスターが階層内を徘徊していない。特定の広間に構え、侵入者が現れるのを待っている。


「十層のボスは固定湧きだからレベリングにはもってこいなんだよね」

「確かに、その方が効率がいいですね」


 ボス格モンスターの経験値も他のモンスターと同様に、階層ごとに指数関数的に増えており、一般モンスターとは倍ほどの差がある。特定の位置に出現することが分かっているボス格モンスターはレベルアップのためにはぴったりというわけだ。もちろん、そのためにはボスモンスターを余裕を持って倒せることが前提だが。


「ボス部屋までは一時間弱だね」

「そうですね」


 もはや千寿に緊張は皆無だった。五階層以降、初めて生で見るモンスターとの遭遇に、戦い方の違いや数、強さの質。それらが不安材料となっていたが、スキルや幽霊の攻撃がチート級に効力を発揮する様子を見て、十階層は自分の敵ではないと感じている。


 ボーンナイトもそれは例外ではなく、どんなに頑丈でしっかりとした装備に身を包んでいても呪詛を防ぐことはできず、また幽霊の攻撃も鎧の内外問わず命中する。装甲を通過し内部から崩壊させらボーンナイトたちは、アンデットでありながら恐怖を覚えたことだろう。

 そうして安全にボス部屋まで辿り着いた二人は広間の手前で一度足を止めた。


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