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15階層での単独行動

「武器がなくなったのはかなり痛えけどな」


 先程、大河は砂埃で自分の姿が見えなくなると同時に戦斧で新種の攻撃をいなし、その場に武器を残して潜伏と疾走のスキルを使い逃げ出していた。ただ、不幸にも逃げ出せた方向が出口とは反対の、新種側であったため完全に逃げ切れたとは言えない。


「大回りになるけど、慎重にいかないとな」


 迷路のように入り組んでいるダンジョン。もちろん出口へと繋がる道は一つではないが、先程通ろうとしていた道が最短ルートだ。そこを迂回し、なおかつ武器がないため戦闘は避けなければならない。大河は緊張から額に汗を浮かべている。


 十四階層へと繋がる坂は二箇所ある。もう一つは階層の奥の奥にあり、そちらを目指すよりも今いる場所から一番近い所へ迂回する方が早い。そのため、大河はスマホで地図を確認して最短ルートを導き出す。潜伏スキルを活用しながら、ゴーレムたちに見つからないよう動き始めた。


 そうして、大河が十五階層に取り残されてから一時間半が経つ。移動距離はそれほど長くないが、ゴーレムが徘徊するこの階層では思った通りに進むことは難しい。潜伏スキルは姿を消すものではないため、ゴーレムの前を素通りするということもできない。進んだかと思えば後退を余儀なくされる状況もあり、その進捗は亀の歩みだった。


 だが、焦れったい状況にも大河は冷静さを失わず対応した。そのおかげで、ゴーレムとの戦闘を一度も行わずに十四階層へと続く坂付近までやってきた。


「よし」

 周囲を確認しながら大河は足を踏み出す。通路の先を左へ曲がれば正面に坂の入口が見えるという所で、大河は信じたくない光景を目にし舌打ちをした。


「クソッタレ」

「ゴ」


 大河が向かおうとしていた通路の先から新種のゴーレムが顔を出し、鉢合わせてしまった。


「ゴォ」

「だあ!」


 新種のゴーレムは大河に気がつくと即座に走り出してくる。それに合わせて大河もスタートを切った。


「なんでこんな所にいるんだよ!」

 大河は恨み言を吐きながら新種との距離を開ける。疾走のスキルを駆使する大河のほうがわずかに速い。それでも新種は諦めずに追いかけてきた。


「しつこい野郎だな」

 大河は逃げながら記憶を頼りに幾度か交差路を曲がりダンジョンの中を駆け回る。


「あった!」

 大河は来た道を引き返すのではなく、元々探索を行っていたルートを追走していた。その先にあるのは大河が囮として残してきた大戦斧だ。それを拾うと、自身が通ってきた方向を振り返る。


「逃げ続けるのは終わりだ」

 数秒遅れて新種が通路から姿を現した。ジャイアントとの挟み撃ちでなければ勝てると踏んで、大河はこの場で応戦する選択を取った。


「はっ!」

 両者が同時に駆け出す。大河の戦斧が下から振り上げられるのに対しゴーレムの剛腕が上から降る。

 ガォン! と凄まじい衝突音と共に火花が散った。


「押し負ける……」

 パワーではゴーレムに軍配が上がる。即座にそれを感じ取った大河は斧を引き後退した。


「力だけじゃねえ。硬さも異常だ」

 大河が持つ戦斧は、アーティファクトではないものの特注品で、その切れ味はゴーレムにも傷をつけるほどはある。だというのに、目の前の新種には罅一つ入っていない。


「確実に急所を狙うしかねえってか」


 ゴーレムも通常の生物と同様に頭部が急所となっている。そのため首と胴体の接続を絶ってしまえば動きは止まるのだが、ゴーレムは体も大きく頑丈であるため決して容易ではない。


 それでも、この場で新種を倒せば状況は好転する。

 大河は新種の動きを慎重に観察しながら隙を伺う。新種の攻撃は通常のゴーレムと変わらず、殴る蹴るなどの肉弾戦。それからジャイアントを投げ飛ばすだけのパワーを備えている。


「らあ!」

 新種は打撃は当たらないと見るや、攻撃範囲を広く取って四本指の手で掴みかかってくる。それを速さで上回り躱す大河の姿は、まるでウナギの掴み取りのようだ。


「ゴォ」

「指ぃ開いていいのかぁ!」


 自身を掴もうとする手を見た大河はニヤリと口角を上げながら斧を振るう。頑丈なゴーレムといえど、指は他の部位よりも細く強度も劣る。


「はぁ!」

 思い切り振られた大河の戦斧は、新種の手にある四本の指を綺麗に切り裂いた。


「よし」


 新種の攻撃手段を一つ封じた大河は一気に攻勢に出る。指が無くなっただけだが、攻撃手段の選択肢が減ることは大河にとってかなり重要であった。

 掴み掛かりは身躱しで動かなければならない範囲も広く新種との距離が遠くなってしまう。その点、現状で片側からの攻撃は殴りという点での攻撃のみ。飛び退る距離も短くなり、その分新種への攻撃に速く繋げることができる。


「細切りにしてやる」


 大河は新種の攻撃が単調となる左側へと回り込み右半身を重点的に攻撃する。

 大河の動きに合わせて新種が左手で追いかけ体を捻るが、速度では敵わず右足に強烈な一撃を叩き込まれた。


「ゴァ」

 膝関節への的確な攻撃により足が破壊され、バランスを取れ無くなった新種が体勢を崩す。


「もらったぁ!」

 絶好の機会に大河は飛びついた。新種の体を足場にして飛び上がり急所の首を狙う。一撃で首を落とすため最大限に力を蓄え斧を振るった。だが、


「ゴ……」


 突如、新種の体が捩れぐるりと体が回転した。胴体部分と腰を繋ぐ部分が、捻転を蓄積しないベアリングのような構造になっており、驚異的な可動域と反応を可能にしている。

 新種は振り向きざまに腕を振り空中で逃げ場のない大河へと拳を叩き込んだ。


「ぐっ!?」

 新種の攻撃が振り抜かれた軌道上に斧を滑り込ませた大河だったが、衝撃を逃すことは敵わず吹き飛ばされた。そのまま勢いよく壁に激突し地面をバウンドする。


「痛ぇ……」


 防具のおかげで致命傷は避けられているものの、大河は痺れるような痛みを感じながらも立ち上がった。すぐに次の攻撃がくる。

 既に走り出していた新種が目前まで迫っていた。


 新種は走り込みながら跳躍すると、両手を組み合わせるようにして、ハンマーの如く振り下ろす。新種の拳が地面に打ちつけられると、凄まじい風圧と共に衝撃音が鳴り響いた。


「くそ……」


 大河はそれを飛び退って躱すが、新種も追いかけながら何度も拳を振り下ろしてくる。爆撃のような連続攻撃のせいで大河はどんどんダンジョンの奥へと追い込まれていく。

 それでも辛うじて生き永らえているのは、大河のスピードが落ちていないからだ。一撃は喰らったものの動きに大きな支障が出るほどのダメージは負っていない。


(流石にもう一発喰らったらまずいな)


 大河は自身の防具を一瞥しそう判断する。背中側の防具は先程の攻撃によって大きな凹みができていた。次に同様のダメージを負えば衝撃をもろに受け行動不能になるだろう。

 大河は新種の動きに合わせて回避行動を取りながら隙を窺う。攻撃パターンは単調で、相変わらず殴りと掴みだけだ。ジャイアントを投げたのは距離があったからで、肉薄している上、投げる物がないこの状況でその攻撃の可能性はない。


「ゴァ」


 新種は執拗に大河を追いかけてくる。ジャイアントと挟み撃ちにあった時のように潜伏スキルで逃げたい状況だが、同じ手は通じないだろうという予測の上、そもそも視界に捉えられた状態で潜伏スキルは機能しないため、この戦況から脱出する術はない。


 戦う選択肢しか残されていない状況で、新種の攻撃に合わせてカウンターを叩き込む大河だったが、新種の拳や腕は硬くそいう易々とは破壊できない。それでも幾度と攻撃を重ねていくうち、新種の腕に罅が入り始める。


「いける」

 同じ箇所に攻撃を重ねた大河の忍耐力が新種の頑丈さを上回る。


「ゴ」

 なかなか当たらない攻撃に焦れたのか、新種が腕を大きく振り被り一層力を込めた。その瞬間を見逃さない大河は最大のカウンターを放つため斧に力を貯める。


 ドガォン!

 新種の腕が振り下ろされ、ダンジョンの床がクレーターのように凹む。その瞬間、亀裂の入った新種の腕目掛けて、大河の戦斧が豪快に叩き込まれた。


「砕けろ!」

「ゴァ……」


 大河の戦斧が振るわれた瞬間、新種の腕が爆発するかのような音を上げながらガラガラと崩れ落ちた。


「だるまみたいにしてやるよ」


 大幅に短くなった新種の右腕を嘲笑いながら大河は攻勢に出る。今まで互角に立ち回っていたのは大河の攻撃が致命だとならなかったからだが、速さで劣る新種の手数が減れば、大河からの攻撃が多く当たるようになる。そうなれば新種が倒されるのは時間の問題だ。

 新種は残された左腕を使って攻撃を仕掛けるが、見るからに追いついておらず大河を捉えることは叶わない。あとは大河が一方的に攻撃を当て続け勝敗が決する。かと思いきや、


「ゴァ」

「ちっ、時間かけすぎたか」


 ダンジョンに響くほどの振動と戦闘音に引き寄せられたゴーレムたちが大河の背後側の通路から現れた。その数は三体。


「マジかよ……」


 しかし、新手はそれだけでは終わらなかった。新種側の通路からもゴーレムが姿を現し完全に包囲される。しかも、その中にはジャイアントの姿も紛れ込んでいた。

 この階層にいる全てのゴーレムが集まってきているんじゃないかと錯覚するほどの運の無さに大河は言葉を失う。状況は最悪だ。


 疲労軽減のスキルを持っている大河でも、ここまでの蓄積を考えればこの包囲網を突破して逃げ切れるとは思えなかった。

 無意識のうちに心を絶望が支配し諦めが体から力を奪う。


「ゴオ」


 脱力した大河の姿を見た新種がようやく掴んだ勝利に、笑っているかのように口を開き声を発した。

 死を覚悟した大河の頭に廻の姿が浮かぶ。サークルの同期であり大学の華でもある想い人の笑顔が。強く凛々しい姿が。


「だっさ」


 大河は自身の姿を見返し自嘲する。廻の隣に立つために強さを求め続けた自分が、まだ動けすらするのに諦めようとしている姿をなじる。たとえ絶望的な状況だろうとも、戦意を喪失して投げ出すのは格好悪いと、自身を奮い立たせる。

 迫り来るゴーレムの軍勢に、せめて一矢でも報いようと覚悟を決め唇を噛み締めた。疲労で固まる体に鞭を打ち戦斧を掲げる。


「おぁぁああ──!」

 そうして叫んだと同時、目の前にいる新種が横から殴られたかのように吹き飛ばされた。


「あぁ?」


 意味の分からない光景に戸惑い大河は足を止めた。その間にもゴーレムたちが見えない力に吹き飛ばされていく。


「何が起こってるんだ……」


 困惑しているのは大河だけではない。不可視の攻撃を喰らっているゴーレムたちの方が強く混乱している。見えない何かに対して無闇矢鱈と腕を振り乱すが、不可視の攻撃が止む気配はない。

 そうしているうちにゴーレムの軍勢は一つ、また一つと機能を停止させられていく。


 新種のゴーレムが現れたこともあり、大河はこれもダンジョンの異常かイレギュラーな存在による攻撃かと警戒を強めた。だが、不可視の攻撃は大河へ向けられることはなく、的確にゴーレムだけを潰していく。


「大河!」

「……星野!?」


 通路の奥、新種とジャイアントたちのさらに向こう側から知った声が聞こえ、大河はモンスターの隙間からその姿を確認し驚いた。ここにいるはずのない想い人の登場に幻覚を疑うほどに。

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