脱出、そして打ち上げ
廻は大河の姿を見つけると全力で叫んだ。ゴーレムの意識を自分に向けるためでもあるが、助けが来たことをいち早く知らせたかったからだ。
「有麻君!」
「行ってください! 廻先輩!」
千寿は目の前に立つジャイアントを見据えながら叫ぶ。廻に先行して大河を助け出すように促しゴーレムを引き付ける。二人が到着するまでの数分の間に働いていた土地神を自身の側へと戻しつつ、廻の進路を確保する。
「アクセラ」
千寿が作り出した隙をついて、廻はジャイアントを躱して駆け出した。アクセラにまr欲を流し電撃のような加速を得ると、その勢いのまま新種ゴーレムを背後から急襲した。
「はあああ!」
新種は廻の接近に気がつき振り返ろうとするが、ミサイルのように接近してくる廻の速さにはついていけず、アクセラによる一撃を喰らった。
ドゥオン!
落雷のような衝撃が新種の胴体を穿ち、アクセラがその体を打ち貫き崩壊させる。頑丈さが取り柄の新種でさえも容易く倒してしまう破壊力に、目の前で見せつけらた大河は驚愕した。
「ふう! 間に合って良かった! 大丈夫!?」
新種ゴーレムを一撃で葬った廻は快活な笑みを浮かべながら大河の安否を確かめる。
「おお、大丈夫」
呆然としている大河は一言だけポツリと呟きを返した。
「わざわざ助けに来てくれたのか?」
「まあ、サークルの代表だからね〜」
嬉しさと恥ずかしさが入り混じったような表情で問う大河に、廻は軽い調子で何事でもないかのように答えた。その理由は一人ではないから。
廻はここまで共にやってきた千寿の方に目を向ける。助太刀した方が良いかと考えていたが、どうやらその必要性は皆無であった。
千寿は既にジャイアントを含めたゴーレムを殲滅させており、気まずそうにその場に棒立ちしている。
「大河を助けに来たのは、私だけじゃないから」
「あいつが……?」
大河は悔しげに苦い表情を浮かべながら千寿の姿を見つめる。
二人からの視線を感じ取った千寿は自分も合流するべきか迷うが、話すこともないためその場で待機する。
「大河。帰るよ」
「お、おう」
千寿の助力で命が救われたことをまだ飲み込めていない大河だったが、廻に促され歩き出した。こんな所にいつまでも留まっている理由もない。
新種ゴーレムの破片を回収しつつ、三人は大きな怪我もなくダンジョンを脱出した。
*
箱根ダンジョン探索が無事に完了し、サークルメンバーたちは旅館へと戻っていた。千寿がお守りとしてつけた霊〈アガニ〉も活躍することなくメンバーたちは地上へ辿り着いている。
ダンジョンから出てきた三人の姿を見たサークルメンバーの中には泣いて安堵する者もいるほどで、ロビーで大騒ぎとなったが誰一人欠けることなく遠征は終わりを迎える。
まずは温泉でしっかりと疲れを癒してから宴会場で最終日のお疲れさん会が開かれた。
「アクシデントはありましたが、無事に終わって良かった! 乾杯!」
「「「「「乾杯!」」」」」
最終日はサークルメンバー全員揃っての宴となっており大きく賑わう。
千寿は一番端の席に陣取り静かに料理を楽しんでいた。廻はというと、乾杯の音頭を取った後にメインのメンバーたちに囲まれ中心で会話を楽しんでいる。
「先輩!」
「ん?」
千寿が生ビールをちびちび飲んでいると、隣に座るナツキが話しかけてくる。
「今度魔法について教えて欲しいので、連絡先交換しませんか?」
「あー、そうね……」
ナツキの輝く瞳に断りきれない千寿はまごまごと口ごもる。連絡先の交換自体は何ら問題ないのだが、魔法について教えられることがないためどう回避しようかと悩む。
(忙しいとか言って誤魔化すか)
千寿は連絡先だけを交換しつつ、後のことは後の自分に丸投げすることに決めた。
「ダンジョンも一緒に行きましょう!」
「そうね〜」
千寿は適当に流しながらパクパクとご飯を口に運ぶ。今夜のメインはすき焼きで、小鍋で煮えた柔らかい牛肉が口の中でとろけるのを楽しみながら白米をお供に咀嚼した。
「うめぇ〜」
大変な労働の後に食べるすき焼きが体の隅々まで染み渡り千寿は思わず感嘆の息を漏らす。
「有麻君〜」
「?」
会が始まってしばらくすると、遠くの席にいる廻に名前を呼ばれる。何事かと目線を向けると廻がちょいちょいと手招きをしていた。
「どうしました?」
千寿が席を立って廻の元まで足を運ぶと、サークルの中心メンバーたちから視線が集まる。その中には弓月や杏の姿もあった。
「今日のMVPで、サークルの新メンバーでもある有麻千寿君です!」
「どうも」
探索を共にした後輩たち以外のメンバーとは初顔合わせのため廻が千寿を紹介した。千寿もぺこりと会釈をしてメンバーたちへの挨拶をする。
「基本的にはソロ活動の探索者なんだけど、みんなも仲良くしてね」
廻の紹介にパラパラと拍手が起こり顔合わせが済むと、廻は千寿と共にその場を離れる。
「急にごめんね! ありがとう!」
「いえいえ。あれくらいなら別に」
サークルに入ったからといって、今後あのメンバーたちとパーティを組んで探索するわけではない。顔合わせや挨拶くらいは千寿とて拒否はしない。
「今回は有麻君に頼んで本当に良かったよ」
「役に立てたなら良かったです」
「私一人だったら、間に合わなかっただろうし」
二人は揃って大河のいる方向へ目を向けた。危ない目にあったというのに、件の大河はチームメンバーと共に酒を煽って楽しそうにしている。
暗い顔をしているよりは良いが、少し楽観が過ぎるのではないかと千寿たちは二人揃って呆れ笑いを浮かべた。
「あの人、悪い人ではないんですよね」
千寿はしみじみと呟いた。
今もチームメンバーとはしゃいでいる大河は後輩や仲間たちから慕われている男だ。千寿に対して当たりが強かったのは廻という触れられたくない領域があったからだ。想い人を取られそうになって意地悪しちゃった子供と考えれば可愛いものだと千寿は納得する。
ダンジョン内でチームメンバーが助けを求めてきた時の様子も然り、メンバーを生かすために自分が囮になった選択も然り。根は良い人間であることが窺える。
(まあ、俺には二十億があるし)
何よりも心の余裕が桁違いな千寿にとって、大河の悪態の一つや二つはどうでも良いことだった。
「ところで有麻君や。あの時はなんで危険を顧みずに助けてくれたの? もしかして私のこと好きになっちゃった?」
「ぐふっ!?」
唐突にとんでもないことを言い出す廻に、千寿はびっくりして吹き出す。
「なんですか急に!」
「いやあ、決断に迷いが無かったなぁって思って。だって十五階層を二人でなんて、結構大変だよ?」
廻の疑問に対して千寿は「大変な自覚があって一人で行こうとしてたんですか」と呆れて目を細める。ずいぶんとお人好しな先輩だと思いながら咽せた喉の調子を整えてから彼女の問いに答えた。
「女性を助けるのに理由なんていらないですよ。俺も男なんで」
「わぁ〜、かっこいいね〜」
昨夜の反省が活かされた千寿の答えに廻は拍手を送る。
「じゃあまた頼っちゃお〜」
廻がにへら〜と崩れた表情で微笑むのを見て千寿は頬を赤らめる。美人の至近距離笑顔に未だ耐性のない千寿は心を強く保つ。
「おい! 有麻千寿!」
「げっ」
と、千寿と廻が良い雰囲気で晩酌を楽しんでいるところに気がついた大河が大声を上げながらやってきた。顔は真っ赤になり既に目の焦点が合っていないように見える。
「どうしました? 先輩」
酔っ払いを刺激しないよう千寿は努めて落ち着いた声音で話す。
「お前ぇ、星野のこと狙ってんのか?」
「狙ってませんよ……」
随分とストレートに言うのだなと、酔ったら正直になる大河に同情する。記憶が残るタイプであれば明日の朝に後悔してきたことも多いだろう。
「俺と勝負しろ!」
「勝負?」
大河はいきなりそう言って千寿の目の前にコップを置いた。
「テキーラショットだ。先に潰れた方の負け。勝った方が星野と付き合えるってことだ」
「ちょい! 私の意思を無視して勝手に景品にするな」
「……じゃあ勝った方が星野に告白できる。負けた方が星野を諦めるでどうだ」
廻に否定された大河はムムっと眉間に皺を寄せ、少し考えてから代替案を提示した。
「それで先輩の気が晴れるなら、俺で良ければ受けて立ちますよ」
負けたところでデメリットのない千寿は大河から仕掛けられた勝負に乗った。
「ちょっと! 有麻君まで悪ノリしないの!」
「良いんですよ。こういう大学生みたいなノリも、一回やってみたかったんで」
「はあ。気をつけてね」
呆れてかける言葉が見つからない廻は、ため息をつきながら急性アルコール中毒で運ばれることがないよう釘を刺し二人の元を離れる。サークル代表としては注意するべきと思いつつ、成人男性なのだから自分で責任は取れるだろうと放任主義となる。
「後輩ちゃんたちは悪い大人に近づかないように。みんなで楽しくお喋りでもしよう!」
自分の仕事はここまでだ。と未成年を遠ざける廻は満足した。
その頃、千寿と大河はグラスにテキーラを注ぎ飲み比べを始めていた。
「追加ルールだ。一杯飲むごとに相手に質問する。質問された方は正直に答えること」
「良いですよ」
既にかなりの量を飲んでいる大河に比べ、まだビール一杯しか飲んでいない千寿は余裕の表情を浮かべている。この勝負で大河を負かして今後の大学生活での煩わしい問題を解決するつもりだ。
先行は千寿から。人生で初めて飲むテキーラだが千寿は勢いよく口に放り込んだ。アルコール度数は四十%。口に入れた瞬間にアルコールの匂いが強烈に刺し千寿は味わう余裕もなく飲み込んだ。喉が焼けるように熱くなり鼻がツンとする。
「うへっ!」
強烈なアルコールに驚いて咽せ返る。
「はっはっは!」
そんな千寿の姿を見て大河は手を叩いて大笑い。
かちんと頭にきた千寿は、特に聞きたいことなどないと思いつつ何を聞いてやろうかと頭を巡らせる。
「もしかして、廻先輩に告白してフラれたことがありますか?」
「んなっ!?」
千寿からの質問に大河は目を見開いたのち悔しそうに歯を食いしばった。それから小さく「あるよ」とだけ答える。
「次は俺の番だ!」
大河は言いながら、グイとテキーラを飲み干す。その姿に周りにいるレッドフォックスメンバーたちが囃し立てた。
「十五階層で奇妙な現象を見た。あれはお前の仕業か?」
「奇妙な? 僕じゃないと思いますけど」
千寿は大河の問いに首を傾げながらそう答えた。内心では何を聞かれたか分かっていながら誤魔化したのだ。
(俺じゃなくて土地神がやったことだからな。嘘はついてない)
大河が目にした奇妙な光景とは、見えない攻撃によってゴーレムたちが突然倒れたことだろう。もちろん千寿には心当たりしかないが、屁理屈を捏ねて回避した。
「先輩は振られたのにまだ廻先輩が好きなんですか?」
「そうだ」
間髪を容れずにテキーラを飲み干した千寿の問いに、大河は即答する。それからは質問と応答の繰り返しだ。
「最高到達階層は?」
「二十一階です」
「にじゅ!?」
千寿の答えに大河は酔っていながらも驚いて怪訝な目を向けてくる。
(嘘は言ってない。最初のダンジョンは何階層なのか分かっていないし、探索者になってからは動画でオーガが出てきた二十一階だし)
千寿は頭を素早く回転させ適切な答えを導き出す。十五階層が最高だと答えれば、廻と二人で助けに来て余裕がある姿にギャップが生じる。多少驚かれることにはなるが二十一階層と答えるのが嘘にもならず驚きを最低限に抑えられる。と千寿は考えていたが、大河は納得していないように目を険しくしながら睨みつけてくる。
「俺の番ですね。廻先輩にはどういう風に告白したんですか?」
「はあ?」
この質問には大河も意表を突かれたのか戸惑った様子を見せた。
「そりゃ、普通に……好きだから付き合ってくれって言ったよ」
「どこで言ったんですか?」
「それは二つ目の質問だ! まずは飲め!」
「くっ……」
かっこつけたがりでプライドが高い大河には良い辱めだろう。千寿は逃すまいとテキーラを追加で煽る。
「大学でだ」
「ふーん。なんで振られたんですか?」
「知るかよ!」
「なんて言われて断られたんですか?」
「私より強い人が良いって言われたんだよ」
大河の哀愁のこもった呟きに千寿は返す言葉を失った。健気に頑張っている大河の姿が、必死に歩く練習をしている幼児のように思えて途端に微笑ましく感じる。
「ばかばか飲みやがって。次は俺の番だ。なんで俺を助けた?」
「先輩を助けたわけじゃないですよ。廻先輩を助けたんです」
「それもそうか」
「はい」
「二十一階にはソロで行ったのか?」
「ソロではないですね(幽霊たちと一緒だったんで)」
「有麻、マスコミが探してる有馬ってお前のことか?」
「さあ、俺には分かりません。マスコミの人には話しかけられたことないんで」
真実を言っていれば嘘をついたことにはならない理論でひたすら大河の質問を躱す。だが酔いが回り始めて思考が纏まらなくなっていく感覚に襲われ千寿は席を立つ。
「ちょっとお手洗いに」
「ちょい待てぇ! これだけ聞かせろ!」
「なんですか?」
トイレに行こうとした千寿を呼び止めた大河はテキーラを煽り口を開く。
「お前は星野のどこが好きなんだよ」
大河は赤くなった顔で真剣に聞いた。千寿以上に飲んでいるはずなのに呂律ははっきりとしている。最初は酔っ払いだったはずなのに、羞恥心で素面に戻ったのだろうかと千住は驚いた。
「廻先輩の好きなとこですか? あー、足が綺麗ですよね」
「……」
千寿の頭の中には廻の谷間と魅惑的な大腿が思い浮かんだが、辛うじて残っていた理性が「おっぱい」と叫ばせるのを阻止した。立ち上がったことアルコールががつんと体を駆け巡り一気に酩酊感に支配される。
「どうしました?」
「あー、いや。トイレ行っていいぞ」
千寿の回答に言葉を失った大河は制止を解いて千寿を解放した。ようやく自由の身となった千寿はフラフラとした千鳥足でお手荒に向かう。
「ちょっと俺もトイレ」
千寿の後ろ姿を見送った大河は自分で飲ませたこともあり、千寿の身を心配して後をついていった。
「おい。大丈夫か?」
トイレの小便器で並ぶ二人。大河のぶっきらぼう名声に反応して千寿は首をもたげて振り返る。
「先輩も来たんですか」
「まあな」
用を足す音が嫌に響く気まずい沈黙が流れるが、先に終わらせた大河が手洗い場でポツリと呟きを零す。
「今日は、ありがとうよ。助けてくれて」
「全然。俺は俺にできることをしただけですから」
そう答える千寿の言葉に他意はない。言葉の裏に意味を込められるほど頭が回っていないからだ。大河もそれを感じ取って納得した。
「ところで、なんで先輩もトイレに? もしかして俺のこと心配してくれたんですか?」
「うわ、なんだこいつ。急に馴れ馴れしいな」
時間をかけて全てを出し切った千寿が手洗い場に並びながらだる絡みをすると、大河は辟易とした表情で千寿を見つめる。
「先輩ってやっぱり良い人なんすねぇ。廻先輩のことになると面倒臭いけど」
「こいつ、酒が入って遠慮がなくなりやがった」
「まあまあ」
「まあまあってなんだよ。やっぱりお前みたいな奴に星野は譲れねえ」
「一途だなぁ。じゃあ、戻って勝負の続きしますか? もう聞きたいことはないので質問はなしでいいですよね」
「いいけど、死ぬなよ?」
すっかりハイになっている千寿は愉快げに笑いながらトイレを後にする。それに続く大河は今の時間で多少はリフレッシュになり千寿よりも余裕がある。
そうして宴会場に戻ったわけだが、二人の勝負は廻の仲裁によってお預けとなった。
「有麻君に飲ませすぎ! まだ二十歳になったばかりなんだよ!」
「なんで俺が怒られるんだ……」
千寿が自分から前のめりで飲んでいたというのに、勝負をふっかけたとしてお叱りを受ける大河は心の中でほろりと涙を流した。
それから宴会も無事にお開きとなり、ダンジョンサークルの合宿は幕を閉じる。
ダンジョンで現れた新種のゴーレムについての情報が数日後にサークル内で共有された。
ダンジョン内で発見された遺物などの鑑定を行う鑑定士によって、新種ゴーレムから取れた赤い宝石が解析されたところ、あの宝石が遺物であることが分かった。ゴーレムそのものは通常の個体と変わったところはなく、遺物の力によって強化されていただけだったという。
千寿たちが遭遇した新種ゴーレムについて、以前も以後も目撃情報がないことからイレギュラー的に遺物を含んだ状態で生まれた個体ということで結論が出された。
新種の体に埋まっていた遺物は力と防御力を上げてくれる効果があるようで、討伐を果たした廻と大河で使うことになった。




