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16/19

来訪者

 翌朝。七時半からの朝食に合わせて早めに起床した千寿は、朝風呂を浴びてから向かった。

 他のサークルメンバーたちは基本二人か三人部屋で、中には夜遅くまで起きていた人もいたのだろう。寝不足のような表情の者もいる。朝食会場にやってきたのは昨日探索を共にしたナツキたちだけで、上位組の姿は見えない。


 それもそのはずで、上位組が目指す十五階層までは六時間弱ほどかかる。そのため、上位組は朝六時からダンジョンへと潜り始めている。そのストイックさには千寿も尊敬する他ない。

 千寿たちのダンジョン探索は朝十時スタートで、ゆったりと部屋で休んでからダンジョンへと向かった。


 昨日と同じように後輩五人が先頭に立って探索を進め、千寿たちは五階層までやってきた。経験があるからか、昨日よりも早く五階層へと到達した。


「今日は六階層でレベリングするよ!」

「はい!」


 五階層のゴブリンとは危なげなく戦闘ができていたナツキたちに合わせ、より効率よくレベリングするためさらに下の階層に降りていく。

 六階層から現れるコボルトは全身が体毛に覆われた人型のモンスターで、ゴブリンよりも装備の質が良くなる上、体格も大きく素早い。群れで行動する性質も厄介である。


「みんなの実力ならコボルトも問題なく狩れると思うから、落ち着いて対処してね」


 廻のお墨付きもあり、後輩たちは自信を持って六階層を探索した。

 コボルトの平均的な身長は百八十センチ弱。剣を使った戦闘技術はゴブリンを上回るため前衛の二人には良い経験になるだろう。またコボルトは体毛に覆われているため火魔法がとても効果を発揮する。一度火をつけてしまえば後は焼け死ぬのを待つだけだ。ナツキの魔力量を考えて乱発は避けるべきだが、後輩たちは五階層よりも余裕があるように見える。


「みんないい感じだね〜」

 コボルでのレベリングを始めてから一時間半。何度か戦闘を重ねコボルトにも慣れてきた後輩たちを廻が労う。


「先輩の新しい武器は使わないんですか? 見てみたいんですけど」

「え〜、どうしようかな〜」


 前衛を務める翔也が廻に問いかけると、彼女は楽しげに悩む素振りを見せながら答える。

 廻は今までの剣から武器を変え西欧風の槍を装備している。穂先から手元に向かって広くなっていく円錐形の槍は、ボーンジェネラルが持っていた物に似ている。


 廻が十階層で行っていたジェネラルによるレベリングは単なる経験値稼ぎではなく、重槍のスキルを手に入れるためだった。スキルは経験に紐づいて発言することもあるため、廻はわざとジェネラルの攻撃に対して受けに回っていた。


 と、今更になって合点がいった千寿は感心する。探索者はレベルだけでなくスキルの種類も重要になってくる。せっかくレベルアップをしても弱いスキル構成になってしまえば探索者とし大成するのは難しい。そのため、欲しいスキルがある場合にはそれを体験すればいいというわけだ。必ず成功するとも限らないが、やる価値は十分ある。


「それ、アーティファクトなんですよね?」

「そうだよ。雷槍アクセラ! 文京区ダンジョンの十八階層で見つけたの」


 翔也の話に耳を傾ける千寿は廻が持っている槍を矯めつ眇めつ観察する。


(アーティファクト。生で見るのは初めてだな)


 廻が持つ槍は白を基調とした物で、所々に金の細工が施されている。まるで聖騎士のような輝きを放つ重槍は廻の清楚な雰囲気にとても似合っていた。


「先輩も使ってみたいから持ってきたんですよね?」

「見たいです!」


 後輩たちにせがまれた廻は「しょうがないな〜」と満更でもない表情で部隊の先頭に躍り出た。


「じゃあ、ちょっとだけね」

 廻が先導して数分後、通路から少し開けた場所に出ると、中にはコボルトとゴブリンの混成部隊が居た。


「……!」


 潜伏による奇襲はなし。廻は声も出さすに一直線に群れへと突撃する。その瞬間、雷槍アクセラがチリリと稲光が走る。その名前の通り、アクセラは雷属性が付与された魔槍だ。

 迸る雷は廻の疾走スキルにさらなる加速を与え、凄まじい速度でモンスターの群れへと突っ込んでいく。


「グギ──!?」

 砲弾の如き突進を受けたゴブリン二匹がアクセラの餌食となり串刺しにされた。


「ガアッ!」


 廻の速さに反応できたモンスターはおらず、同族が殺されたことに気づいたコボルトが咆哮を上げると、モンスターの群れが一斉に廻へと襲いかかった。

 突進による加速は脅威的だが、群れの真ん中で足を止めた廻は絶好の獲物。コボルトの目にはそう映っていた。しかし、


「はあ!」


 廻は槍に刺さったゴブリンたちを払い捨てるのと同時にモンスターの群れを一手のうちに打ち払った。そこから連続で突きを放ち、体勢を崩したモンスターたちの頭を破壊する。


「ガァ!」


 盾を持つ二匹かのコボルトはギリギリでその攻撃を凌ぐが、モンスターの大半──特に戦闘技術が未熟なゴブリンは全滅していた。


「終わりだよ」


 真剣な眼差しで敵を見据える廻は引き戻した槍に力を込め思い切り突き出す。それを見たコボルトは盾を前に出しながら後ろへと飛んで回避した。と同時にもう一匹が廻に斬りかかる。


「ふっ!」

「ガッ!?」


 廻は左腕に装備した盾でコボルトの剣を跳ね返し、ガラ空きとなった胴体を薙ぎ払う。メキッ! とコボルトの体は軋む音が鳴らしながら吹っ飛んでいった。


「ラスト!」


 先程突きを放ったコボルトに対し、廻は腕を伸ばしながら穂先を向ける。アーティファクトの能力を引き出すのに、物語に出てくるような詠唱は必要ない。ただ魔力を流すだけだ。


「っ!」

 廻が力を込めるとアクセラの穂先が青白い光を放ちながら、チッ、チッと音を立てる。


「くらえ」


 瞬間、アクセラの穂先に蓄えられた力が解き放たれコボルトへ向かって一直線の稲光が走った。同時に激しい炸裂音がダンジョン内に響き渡り、コボルトを貫く壁まで到達した雷撃により土埃が舞う。


「いやぁ。ちょっとオーバーキルだね」


 アクセラの威力に驚く千寿たちに向けて苦笑いを浮かべた廻は無傷でみんなの元へ戻ってきた。

 今の砲撃を受けたコボルトは一瞬で黒焦げになり地面に倒れ伏している。


「アーティファクトえぐ」

「いやいや、先輩の魔力でしょ。アーティファクトの力を引き出すのも探索者の才能なんだし」


 後輩たちがあーでもないこーでもないと意見を交わす中、廻は手を叩いて場の空気を締め直す。


「ほらほら! 今日はみんなのレベリングなんだから。もっとガンガン狩らないといけないんだからね! それに、今の音を聞いてモンスターが集まってくるかもしれないし」


 廻に注意された後輩たちはハッとして意識を切り替える。廻の言う通り、ダンジョン内にはモンスターがうじゃうじゃといる。気配察知にはまだ入ってこないが、通路にいるモンスターは侵入者を排除しようとここに集まるだろう。


「ほら来た」


 千寿たちが入ってきた通路とは反対側にある方向から足音が聞こえ一斉に構える。しかし、


「た、助けてくれ!」


 広間へとやってきたのはモンスターではなく、千寿たちと同じ探索者だった。慌てた様子の探索者たちは三人組で、大柄な男が仲間の男を背負い、もう一人も負傷部位の腕を押さえながら走っている。


「どうしました?」


 廻は後輩たちを背中に庇うようにして先頭に立ち男たちへ声をかけた。男たちの背後にモンスターの影はなく、追われているようではない。


「俺たち、十五階層でやばいモンスターに襲われて、それで、必死に逃げたんだけど、他のパーティにモンスターを押し付けちまった……。もし、もしあんたらが──」


 動揺もあるのか、男が息を切らしながら状況を説明する中、男たちがやってきた方向から声がする。


「おいてめえ!!」

 怒鳴りつけるような声と共に現れたのは、またもや探索者たちだった。


「坂君!?」

「星野先輩!」


 新しく現れた探索者のパーティを見た廻が驚いたような声を上げる。どうやら、後からやってきた探索者は同じサークルのメンバーであった。


「どういう状況?」


 いきなりの事態を把握するため廻は坂へ説明を求めた。

 坂はレッドフォックスのメンバーであり、中位のメンバーを護衛するから立場にある。坂の背後にはその守る対象である中位メンバーともう一人の護衛メンバーが揃っているが、同じく護衛として帯同していたはずの大河の姿がない。


「十五階層で、そいつらにトレインを押し付けられたんです。ただのトレインなら俺たちで対処できたんですけど、イレギュラーが……」


 坂は強い怒りの籠もった視線を探索者たちへ向ける。

 トレインとは、モンスターから逃げ電車のように連なるものであり、それを他の探索者がいる所へ持ってきてヘイトを押し付ける行為は、バッドマナーどころの話ではないが、坂はそれ自体を問題視していなかった。


「ボス格モンスターが混じっていたのと、それに匹敵するくらい強い奴がいたんです」

「……どういうこと? ボス格が二体出たとは違うの?」


 坂の話に廻は首を傾げる。本来ボス格モンスターは各階層に一体しか出現しない。というのが探索者の常識だ。一度倒されればリポップまでの間、ボス格モンスターは存在しな事になる。


「違いました。見たことないような模様というか、体に宝石みたいなのを埋め込んでて」


 坂は見たことをそのまま伝えようと努めている。

 箱根ダンジョンの十五階層に現れるモンスターはゴーレムである。岩でできた大きい体で探索者に襲いかかる頑丈なモンスターだ。そのボス格はさらに巨大で頑健さを誇っている。


「大河さん、俺たちを逃すために一人でトレインを……」


 坂は今にも泣き出しそうな顔で廻を見つめた。坂は大河の後輩であり千寿と同学年だが、レッドフォックスに入る前から大河とは知り合いで付き合いが長い。


「すみません。星野先輩、大河さんを助けてください」

「状況は分かった」


 坂の話に廻は即決で首を縦に振る。そして、


「坂君たちはみんな無事みたいだから、このまま撤退して。ナツキちゃんたちも一緒にみんなで」

「はい!」

「有麻君も申し訳ないんだけど、みんなを守ってくれる?」

「え?」


 廻はサークルメンバーへ指示を出しながらアクセラを肩に担ぐと、千寿に申し訳なさそうに微笑んだ。


「君への依頼は後輩ちゃんたちの護衛だからね。頼んだよ」

「えぇ……」


 千寿はこの時、今までで一番廻のことが理解できずに困惑した。

 そんな千寿の気持ちをよそに、廻は大河と別れた場所の位置情報を坂から聞き出している。ダンジョン内では通信手段がないため、まずはその場に向かってから大河を探す必要がある。


「じゃあ、みんな。また上で会おうね!」

 廻はそう言って颯爽と駆け出す。


「あー、みんなは先に上行ってて。俺は念の為廻先輩についていくから」

「分かりました!」


 千寿の言葉にナツキがすぐさま反応してみんなを先導する。その動きを背中で感じながら千寿は廻を追いかけた。



「何してるんですか、廻先輩」

「えっ!? 有麻君こそ何してるの!? みんなの護衛は!?」


 すぐに廻の背中を捉えた千寿は呆れながら声をかけた。

 廻は困惑しているようだが走る速度は緩めずに隣の千寿をチラリと見る。


「護衛なら一応ジョンをつけてます」

「ジョン!? 誰!?」

「俺の使い魔の一人です」


 知らない人間の名前が出たことで廻の困惑は余計に増えるが、千寿は一言で説明して廻を黙らせ、自身が気になっていたことを聞いた。


「なんで俺に護衛を任せたんですか? 廻先輩でも十五階層を一人ではきついですよね?」

「それは……」


 千寿の問いに廻は気まずさを感じているのか、返答に困った微妙な表情で言葉を濁す。


「まあ、なんとなくは分かりますよ。俺が後輩だし、今回の依頼内容とは変わっちゃうし、命の危険があるかもしれないし。そういうところに気を使ったんですよね?」

「あー、あはは」


 胸の内を完全に言い当てられた廻は笑って誤魔化すことしかできないでいる。


「サークルのリーダーとしての責任とか、サークルで一番強い探索者としての責任とかもあるのかもしれないですけど、強がる必要はないと思いますよ」

「本当、君には敵わないな。探索者としても、人としても」


 完全に見透かされた廻は敗北を宣言して千寿の言い分を認めた。


「本当はちょっと不安だったよ。でも、私がやらないと。それに坂君たちを連れて行ってまた危険に晒すわけにはいかないし、私一人だったらどうとでもなると思ったから」


 廻は上位探索者として先程のような判断を下した。坂たちも上位メンバーであるとは言え、廻と比較するとレベルも経験も劣る。向かう先には未知のモンスターもいるというし怪我人を救助する必要があるかもしれない。そんなところにサークルメンバーを無責任に連れていくわけにはいかなかった。


「でも、俺は例外じゃないですか。だって俺、廻先輩より強いですし。正確に言えば俺の使い魔がですけど……」


 少しだけ調子に乗った千寿は最後に保険をかけるように補足を加えつつ廻の反応を伺う。

 千寿は初めてダンジョンに入った日、ダンジョン災害に巻き込まれた時のことを思い出していた。暗く誰もいない危険地帯に一人きり。その異様な心細さ、恐怖はダンジョンでしか味わないだろう。それを廻も感じているのではないかと心配して。

 廻は今何を考えているのか、口を閉ざして前だけを見つめる彼女からは何も読み取れない。


「それもそっか。そうだね」

 廻は数秒考えてからポツリとそう呟くと、何かが吹っ切れたように表情から影が取れた。


「有麻君。私を助けて」

「もちろん。このダンジョンの最下層でもお供しますよ」


 廻のお願いに千寿は快く承諾する。もとより、そのつもりでなければ追いかけてなど来ていないが。


「ちなみに、使い魔を一人先行させてます」

「……有麻君。ちょっと優秀すぎじゃない?」


 千寿の手を回す早さに感激する廻から賞賛され、千寿は照れ笑いを浮かべる。

 先程の広間で大河の居場所を確認した瞬間に、千寿は土地神を大河捜索及び護衛に向かわせていた。幽霊たちは壁や天井をすり抜けることができるため、直線移動で大河の元に向かうことができる。二人が急いで向かうのを待たせるよりも確実に救助の確率は上がるだろう。

 それでも確実とは言えないため、二人は速度を上げてダンジョンを駆け抜けた。

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