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ほろ酔い

 満腹になるまで食事をした千寿たちは二十一時を過ぎる前に各部屋へと帰っていく。


「もう一回大浴場でもいいけど、部屋の露天風呂に入ろうかな〜」

 温泉好きの千寿が食後の入浴をどちらでしようかと悩んでいると、部屋の扉が叩かれた。


「はい」

「有麻君、ちょっといい?」

「廻先輩? どうしたんですか?」


 部屋の前に立っていた廻は控えめに俯きながら小さく手招いていた。儚げな雰囲気で呼ばれた千寿はドキリとしながらその願いに応じる。


「ごめんね、急に」

「いえ。それで、何の用で?」

「有麻君ってさ、二十歳超えてる?」

「ああ、超えてますけど」

「良かったぁ! 一杯付き合ってよ!」

「え? ああ」


 どんな頼み事かと言えば、単なる飲みの誘いだった。

 千寿は少し意外に思いながらも廻と共にホテルの二階、憩い処へとやってきた。


「有麻君は誕生日いつなの?」

「八月一日です」

「え、二十歳なったばっかりじゃん!」


 大学二年の千寿はつい先日二十歳を迎えたばかりだが、その時は実家にいたため家族と共に初酒を楽しんだ。


「結構飲めるタイプ?」

「さあ、どうでしょう」

「最終日はみんなで朝まで飲んじゃう?」

「それは陽キャすぎますね」


 廻の意外な一面に千寿は苦笑いを浮かべた。そういうイベントも大学生っぽいとは思いながら、自分とは一生縁がないと思っていた。だが、廻に誘われてダンジョンサークルに入り、ようやく青春らしいことをしている実感を得る。


「廻先輩とだったらいいですよ。あんまり大勢は苦手ですけど」

「マジで? やったー!」


 口の端を引き上げて笑う廻の笑顔に千寿は眉を顰める。清楚で千手好みな美少女の破壊的な笑みには、思わず好きになってしまいそうな危うさを感じて己を律する。


「何にします?」

「私は梅酒ロックで」

「じゃあ俺はハイボールで」


 注文をした二人の元へすぐにグラスが運ばれてきた。


「乾杯」

 廻に合わせて二人はグラスを合わせ酒を口に含む。千寿はハイボールの炭酸に目を顰めながらも、夏の暑さに疲れた体へ冷えたアルコールが染み渡るのを楽しむ。


「お酒が美味しいなんて、思いもしませんでした」

「一人で飲んでも美味しいけど、誰かと飲むと倍美味しいよね」


 廻はそう言いながら、二杯目の梅酒を頼んでいた。


「まじか……」

 そのハイペースっぷりに千寿は唖然とする。


「明日大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ。飲みすぎないようにするし」


 本人がそう言うなら大丈夫かと千寿は納得することにして、自分はチビチビとハイボールを啜る。


「今日は本当にありがとうね」

「何回言うんですか」

「何回でも言うよ」


 廻は紅潮した顔で千寿を見つめながら改めて礼を言った。

 何度目とも分からないその言葉に千寿は呆れ笑いで返す。


「今日は楽しかった?」

「楽しかったですよ」


 囁くような優しい声に、千寿の視線は無意識のうちに廻の唇へと吸い寄せられる。間接照明を反射して艶々と輝く廻の唇は色っぽく見え、逃げるようにハイボールを流し込んだ。


「今日はそれだけが不安だったんだよね」

「え?」

「せっかく来てくれたのにつまらなかったら嫌でしょ?」

「まあ、そうですね」

「最初めっちゃ焦ったんだから! みんな『誰こいつ』みたいな目で有麻君のこと見てるし」

「はは。それはしょうがないんじゃないですかね。事実そうですし」


 東京駅での一幕を思い出した千寿は苦笑いで肯定する。


「でも、良かった。幹事としてはみんなが楽しめるイベントにできれば成功だよ」


 廻が一番不安に思っていたのが千住だったという。後輩は四月から、他のサークルメンバーは去年から共に活動してきた。そこにいきなり上位組として参加することにどれほどの反感や衝突があるかという不安だ。だが、


「廻先輩が色々気を回してくれたおかげで、安全にサークル活動できてますよ」

「それは良かった!」


 千寿は廻たち以外の、サークルメンバーたちの人となりを知らない。唯一知っているのは大河だけだが、あれが一番厄介だろう。


「ふふ」

 と、二人揃って同じことを考えていたのか、目をあわせあって笑った。


「大河はね、強さに重きを置いてるんだけど、プライドがちょっと高めなんだよねぇ。強くない自分を許せない的な?」

「なるほど」


 それで他人に厳しく当たるのはやめてほしいと心の底から思う千寿だったが、今回の遠征では関わり合いになることはないため安心している。


「まあ、それだけじゃないんだけども……」

「ん?」


 廻は意味深に目を伏せ何かに耽りながら梅酒を飲み干した。


「愚痴みたいになってしまった。ここにいない人の話をしてもしょうがないね」

 廻は明るいテンション話題を変えながら梅酒をもう一杯注文した。


「有麻君は好きな人とかいないの?」

「変えた話題がそれですか。酔ってます?」

「酔ってない酔ってない。これくらいじゃ酔えないよ」


 イキリ大学生、というわけではなさそうで、廻は呂律もはっきりしているし視点も定まっていた。


「ゆづとか杏ちゃんのこと、気になってるんじゃないの〜? チーム変えてあげようか?」

「いや、全然大丈夫です」


 以前交流を持った二人の名前を出され千寿は頭の中で思い浮かべる。

 弓月はおっとりした雰囲気の女性で、大和撫子という言葉が似合う朗らかな美人だ。全体的にスレンダーで、今廻が着ているような浴衣がよく似合うだろう。そんな弓月と自分が付き合うことを想像し、千寿は首を横に振る。


「弓月さんはなんというか、纏ってる雰囲気が上品すぎて肩が凝りそうです」

「へぇ〜。意外と見る目あるんだね」

「どういうことですか?」

「弓月はね、結構お嬢様だよ。家がお金持ちなの」


 廻は親指と人差し指で丸を作って金のジェスチャーを作って笑った。


「雰囲気は硬いですけど、言動はお嬢様らしくないっすね」


 初めて会った時のことを思い出した千寿は肩書きとのギャップを指摘する。廻の作戦に悪ノリして男子に近づく姿は、令嬢と呼ぶにはいささか軽すぎる。


「じゃあ杏ちゃんは? 結構庶民的というか、弓月みたいな硬さはないと思うけど」

「いやぁ、それはあっちがないんじゃないですかね?」

「えー、いいじゃんいいじゃん。そんなことはさ。もしもの話なんだから。杏ちゃんが有麻君のことを好きって言ったらどうするの?」

「えー」


 千寿はまたも脳内でシミュレーションしてみる。千寿のことを目の敵のように嫌っている杏が自分を好きになるとは余程のことだ。

 杏は確かに見た目はピカイチの美少女だ。同年代というのもずっと一緒にいられるという意味では良いだろう。だが、


「小言が多そう」

「ブハッ!」


 千寿の評価に、廻は思わず吹き出した。


「確かに。それはあるかも。でも杏ちゃん良い子だよ。それに、男が嫌いなだけで有麻君のことが嫌いってわけじゃないし」

「んー、それは、俺も嫌いってだけじゃないですかね。俺男なんで」

「あ、なんか今のセリフ、シチュエーションによってはかっこいいかも!」

「いきなり関係なっ!?」


 思ったことを反射的に口に出している状態の廻に千寿は思わずツッコんだ。


「うーん。じゃあ、ナツキちゃんは? 今日一日でかなり懐かれてたと思うし、スポーティな可愛い女の子だよ」


 ナツキは小麦色の肌にショートヘアという、ザ運動部という見た目だが、顔も小さく可愛らしい。千寿に対してもかなり興味を持って話しかけていた。


「あれは俺っていうよりも、探索者としての俺……というか魔法に興味があるだけですよね」

「まあ、その節はあるけども」


 ダンジョンサークルの女性陣はどれも千寿とは相性が悪そうだ。というよりも、たった一日でどうこうなることもなければ、千寿が恋愛に向いていなすぎるというのもある。


「まずは人となりを知らないことには何も始まりませんよ。俺も相手も」

「有麻君は恋バナにリアリティを求めすぎだなぁ。そんなの、可愛い! 好き! で良いと思うんだよ」

「あー、それはどうですかね」


 千寿の人生経験からも廻の提案は容易く頷けないものだった。千寿は遠い目をしながら過去を思い出す。盛大にフラれ赤っ恥をかいた記憶を。


「そういう廻先輩はどうなんですか? さっきから意図的に自分のことは選択肢から避けてるように見えますけど」

「私? 私の話はつまんないよ〜?」


 話を振られた廻はおどけながらものらりくらりとしている。

 そんな姿に、千寿は少し意趣返しをしてやろうと意地悪な心が芽生える。普段ならここで踏み込むようなことはしない性格だが、酒のせいということにして千寿は追及した。


「もしかして、好きになられたら困るからですか?」

「え?」


 千寿が放った言葉に廻は唖然として目を点にする。図星を突かれたような反応に千寿はニヤッと笑って畳み掛けた。


「廻先輩は美人だから色々な人に言い寄られますもんね。その点については安心してください。俺は自分の身の丈は弁えてるつもりですし、好きになるなと言われれば好きにならない程度には冷めた恋愛観で生きてるんで」


 慣れない恋バナに早口になる千寿は口が乾くのを感じてハイボールを飲み干す。氷がカラリと鳴る音が耳を打つが、その間に廻からの返答はない。


「あれ? 廻先輩?」

「あー、ごめん。ちょっと驚いてて」

「何にですか?」

「有麻君って、めっちゃ観察眼が良いんだね」

「え?」


 いきなり感心し始める廻の態度に千寿は困惑する。


「自分の胸の内がいきなり明かされると、人はびっくりして言葉が出なくなるんだね」


 廻は千寿が言った先程の言葉を肯定しながら合点がいったように頷いた。

 廻がモテてしまうのは誰が見ても明らかだが、好きになられては困るという廻の潜在的な意識まで言い当てられ驚きしかないと言った様子だ。


「大学のサークルってさ、男女関係が一番面倒くさいんだよね」

「まー、そのイメージはあります」


 大学のサークル活動に偏見を抱いている千寿は手放しで肯定する。実際、サークル側の人間である廻が言うのだから間違いないのだろう。


「有麻君の言う通りで、私って結構モテるのね?」

 廻は潤んだ瞳をキュルンとさせてあざとく唇に触れ、自身を指差す。


「でも、うちのサークルって結構ガチだから、私目当ての男子は長く続かないんだよね」

「んー、なるほど?」


 千寿は「本当にそれだけが原因か?」と、同サークルの番犬のような男を思い浮かべながら考えるが、今は廻の話に耳を傾ける。


「だって、私ってダンジョンの深いところまで潜るから、一般の人じゃついてこれないじゃん」

「そうですね」


 廻についていけるような人材となれば、それは探索者としてかなり輝いている。廻に固執せずとも人生は薔薇色だろう。


「私もさ、せっかく入ってくれた人が辞めていっちゃうのは寂しいから。だから、男子には気を使うようにしてる」

「ほー…………ん?」


 廻の話を最後まで聞いた千寿は納得しつつもまた疑問を抱いた。


「それにしては、俺にはめっちゃ距離近くないですか?」

「あー! ごめん! 有麻君は例外! だって強いし、絶対サークルに入って欲しかったから。童貞っぽいなーって思ったからちょっと色仕掛けさせてもらったの! ごめんね!」

「策士かよ! そんで潔いな!」


 自分に対する態度が言っていることと違うという点について指摘をすると、廻は両手を合わせながら平謝りしてきた。どうやら自分はハニートラップを仕掛けられていたのだと分かり千寿は警戒を強くする。廻のような美人のハニートラップなど、訓練された兵士でなければ防げないだろう。


「これから廻先輩の行動にはどきっとしませんから」

「へ〜、ってことは今まではドキッとしてたんだ?」

「んなっ!?」


 廻の揶揄うような視線とニヤけ顔に千寿は照れて赤くなる。それを誤魔化すように新しい酒を注文して一気に飲み干した。


「別になんともないです!」

「じゃあ隣に行ってもいい?」

「え? いや、それは……」

「ふふ。照れてやんの」


 年上の余裕で揶揄われ続ける千寿は、このままでは勝てないと判断し撤退を選ぶ。


「もう部屋に戻りましょう。明日も早いですし」

「えー、もうちょっと飲もうよ〜」

「ダメです」

「あ! 有麻君の部屋で飲み直しちゃう?」

「この人は何を言ってるんだ……」


 席から立ち上がった千寿は廻を連れ出そうとするが、悪ノリが激しくなっていく廻に動揺を誘われたじろいでしまう。


「冗談だよ。くふふ」

「くそ……」


 無垢な少年を虐めやがって。と千寿は恥ずかしがりながら胸の内で悪態をついた。

 廻は一通り千寿で遊び倒して満足すると、しっかりした足取りで立ち上がった。シラフであれなのだからタチが悪いと千寿は頭を抱える。


「行こうか」


 廻は会計を済ませて憩い処を後にして二人で部屋へと戻る。千寿の一人部屋まで見送るという廻の発言を警戒しながら。


「おやすみ。有麻君」

「おやすみなさい」


 部屋の鍵を開けた千寿に廻が別れの挨拶をする。微笑む廻の表情は、慈しんでいるようにも寂しがっているようにも見える。


「まあ、有麻君なら私のこと、好きになってもいいよ?」

「え?」

「さ、良い子は早く寝て早く起きたまえ〜」


 廻は最後の最後に、千寿に考えさえるような言葉を残してドアの隙間に消えていった。


「いや、寝られるか!」


 演技か冗談か、はたまた本気か。どんな意図で言ったのかまで考えだしてはキリがない。千寿はこの日、のぼせるギリギリまで風呂に浸かって考え続けた。


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