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箱根ダンジョン1日目

 箱根湯本温泉、天正館。須雲川を正面に構えてる木の温かみを感じる温泉宿だ。千寿たちサークルメンバーが二日間寝泊まりする拠点。


「良いとこですね」

「サークルの資金は潤沢だからね!」


 宿代はサークルの活動費から出ている上、天寿は助っ人という形で来ているため出費ゼロで温泉宿に泊まれる。


「部屋割りは済んでるから、まずは各自部屋に荷物を置いて、お昼を食べてからダンジョンに行こうか!」


 ロビーで受付を済ませた廻が各自に部屋の鍵を渡していく。基本二人一組だが、千寿は一人部屋だ。


「一人部屋の方が良かったでしょ?」

「お気遣いありがとうございます」


 今日知り合った人と相部屋で二日間も過ごすなど、千寿には荷が重すぎる。廻の配慮で一人部屋となった千寿は悠々自適な温泉ライフを獲得した。

 部屋は和洋室となっており、ベッド派の千寿としては嬉しい限りだ。さらには貸切露天風呂もついており、山の緑を眺めながらゆっくりすることも可能だ。


(まあ、大浴場ももちろん入るけど)


 ダンジョン探索後の楽しみがあるとやる気も一倍変わってくる。千寿は張り切って部屋を後にした。

 それからサークルメンバーで抽象を取ったのち箱根ダンジョンへと向かう。


 ダンジョンは旅館の近く、キャンプ場とゴルフ場の間の山中にある。車を十分ほど走らせるとダンジョンを囲う施設が見えた。箱根温泉まわりはダンジョンが発生した影響により温泉街としてだけでなく、ダンジョン街としても発展している。ダンジョン施設自体は東京などの都心部と比べると小さいが、その分街の中にダンジョン関連の店が多く並んでいる。


「それじゃあ、中間層チームから先に出発しようか。三十分間隔を空けて順番に入っていこう」


 ダンジョンへやってきたサークルメンバーたちは受付と準備を済ませチームごとに分かれる。

 まず初めにダンジョンへ入っていくのは、十階層以下を目指す中位層チームだ。五人一組のパーティに加え、護衛としてレベル十五以上の上位層が護衛として三人。大河率いるレッドフォックスというチームがお守りだ。


 三十分の間隔を空けるのは、モンスターのリポップを待つためだ。先行チームがモンスターを倒してしまうため、後ろのメンバーの探索が楽になってしまわないようにする。

 次のチームも同じく中階層を目指す五人組パーティだ。レッドフォックスの一人と、弓月、杏が護衛として帯同する。

 最後に、千寿と廻が護衛をする下位チームだ。こちらも五人でパーティを組んでいる。


「それじゃあ、私たちの番だね」


 廻が時計を確認して出発を促す。千寿と廻の二人は殿を務め五人を見守る位置に構える。

 下位五人は入学から共にパーティを組んできたチームであり、連携や役割分担ははっきりとしている。前衛には男子二人、後衛に女子二人。その間に両方をカバーする中衛が一人。バランスの取れた采配だ。中でも、後衛の一人は魔法を使う。低レベル帯で魔法スキルを獲得する人材はレアであるため、今後のサークル活動では引っ張り凧になること間違いなしだ。


 箱根ダンジョンも低階層はどこのダンジョンとも変わらずスライムに始まり、スケルトンやゴブリンが出現する。一つ違う点があるとすれば、地熱の影響か、中階層からダンジョン内の湿度と温度が上がり、モンスターもそれに適応した変化をしていることだ。

 五人はマップを確認しながら四階層を目指す。ダンジョンによって地形、広さはもちろん変わるが、一行は一時間弱で四階層を踏破し五階層へと下る坂へやってきた。


「ゴブリンでレベリングをする前に、有麻君の実力をみんなに見てもらおうかな。守ってくれる人がどれくらい強いのか、みんなも知りたいでしょ?」


 廻の提案に後輩たちは礼儀正しく返事をして千寿に目を向けた。ここまで、ただ後ろをついてくるだけの人という印象しかない千寿は、期待と怪訝が混じった視線にタジタジとなる。


「じゃあ有麻君。頑張って!」

「あい。分かりました」


 廻の命令により千寿はパーティの先頭に立って五階へ足を向けた。緩やかな勾配を下っていく。


「早速いますね」


 坂を下り切る前に、気配察知で入り口にゴブリンがいることを確認した千寿は後ろに情報を伝達する。


「グギャギャッ!」

「アガニ」


 坂を降りると同時、ゴブリン三体が千寿たちの姿を見つけ一斉に襲いかかってくるが、霊〈アガニ〉の発火能力によりゴブリンたちは一瞬で燃やし尽くされた。


「!?」

 後輩たちはその光景に目を剥いて驚愕した。特に、魔法スキルを持っている後衛の女子は「ありえない」と呟きを零していた。


「どう? すごいでしょ?」

「いやいやいや! なんですか今の!?」

「何って、火魔法だよね。有麻君」


 さも当然といった廻の反応についていけない後輩たちは全力で問いただす。

 千寿の攻撃スキルである呪詛と呪殺は公開していない情報のため、霊〈アガニ〉の発火能力を使って火魔法使いということに偽装する、というのが千寿と廻の作戦だった。しかし、これほどの火魔法を使う人間は上位も上位の超上澄だけだった。

 ゴブリンと言えど、人間一人を一瞬で燃やし尽くす火力を三体同時に発動させる。恐ろしいほど練度の高い魔法に後輩たちは今までの態度を改める。


「有馬先輩! その魔法私にも教えてください!」

「あ、ちょっ、近いな……」

「本当にレベル十七なんですか!? 余剰経験値はどれくらいあります?」

「はいはい! そういう話は宿に帰ってからね!」


 質問攻めにあう千寿を後輩の群れから救い出した廻は気を引き締め直させる。二人の守りがあるといえどここはダンジョン内。いつモンスターが襲ってくるとも分からない。

 再び五人を先頭にして一行はダンジョンをさらに深く潜っていった。

 そうして時間いっぱいまでスケルトンやコボルトを狩り、十七時にはダンジョンを抜けロビーへと戻ってきた。


 中層へ向かった先発組は移動だけでも時間がかかるため、帰ってくるのあ二十一時頃になる。そのため千寿たちは先に宿へ戻り温泉と夕食を楽しむ。


「では皆さん。一日目お疲れ様でした! 乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 バイキング形式の夕食会場にて料理を持ってきたメンバーたちに向かって、グラスを持った廻が音頭をかける。それに続いて乾杯するメンバーたちは各々でグラスをぶつけあっった。


「有麻君。今日はありがとうね〜。とても助かったよ」

「いえ。俺も温泉めっちゃ好きなんで、来れてよかったです」


 千寿の隣に座る廻はわずかに肩を寄せながら礼を言う。


「あ、ちょ……」


 お風呂上がりの石鹸の香りがほのかに鼻を掠め千寿はたじろぐ。廻は部屋に置いてあった浴衣を着ているのだが、高い位置から見下ろすと豊かな谷間が見えてしまい、千寿は必死に顔を逸らした。

 あまりに無防備すぎる廻を注意しようにも、適切な言葉が見つからず口を閉ざす。


「先輩! 火魔法のこと教えてください!」

「あ、ああ」


 廻の反対側、千寿の隣に座っているのはパーティの後衛を務める火魔法使いだった。陸上部のようなショートヘアの少女、ナツキはもりもりとご飯を食べながら千寿へ問いかけた。


「うーん、って言われてもなぁ」

 千寿は返答に困り考えるふりをする。なぜなら、実際に力を行使しているのは千寿ではなく霊〈アガニ〉だからだ。


「い、イメージが大事かなぁ」

「具体的に何をイメージしてますか?」

「えーとねぇ……」


 困惑する千寿の姿を見て微笑む廻が会話に割って入り助け舟を出す。


「イメージもそうだけど、魔法スキルは余剰経験値が一番影響が大きいって言うから、レベリングを頑張らないとね」

「やっぱりそうですよね……」


 一朝一夕で強くなれるものではないと分かっていても、現実にそれができている人間がいればコツなんかを知りたくなるのが普通だろう。ナツキは少しだけ残念そうに呟いた。


「じゃあ、有麻先輩の余剰経験値ってどれくらいなんですか? レベル十七であれだけのことができるんだから、かなりじゃないですか?」

 落ち込むナツキに変わって、今度は千寿の正面に座る男子が質問をしてきた。メガネをかけたインテリ風の男子で前衛を担っている翔也だ。


「それは俺も気になるっす!」

 翔也の隣に座るもう一人の男子雄大もオムレツを頬張りながら賛同してくる。


「……どうだろうなぁ。数えたこともないから」


 千寿は答えられない質問を適当にはぐらかす。千寿の経歴は普通ではない上、ダンジョンの経験値システムはとても計算しやすいようにできている。適当な嘘をついてもすぐに辻褄が合わないことに気づかれてしまうだろう。


「まあまあ。探索者のレベルに関してはプライベートなことだから、あんまり聞かないであげてよ」


 すかさず廻がフォローを入れたことでなんとかその質問からは逃れることができた。だが、後輩たちの知的好奇心や向上心は止まることを知らず、千寿から強さの秘訣を引き出そうと躍起になっていた。


(嫌われるのもやりづらいけど、尊敬されるのもやりづらいな……)


 後輩たちの態度が出会った頃とはガラッと変わり、今では千寿に尊敬の眼差しを向けている。


「ちなみに、あの魔法は何回くらい打てるんですか?」

「え、何回?」

「はい!」


 後輩の中でもナツキが一番食いついている。同じ火魔法を使う者として親和性があるからだろう。

 千寿は考えたこともない質問に頭を悩ませる。


 スキルによる魔法は魔力を消費して発動されるのだが、魔力のステータスはレベルアップ時の余剰経験値で鍛えることができる。しかし、数値的な確認が行えないため自身で測定する必要がある。どんな威力の魔法を何回使えるのか。それはまるで、体力テストのようだ。

 魔法スキルを覚えた探索者はそうやって自身の魔力を図る。それが分からなければ、ダンジョン内で突然魔法が使えなくなったり、魔力切れにより失神したりと困ることがある。


「あー、五回くらいかな?」

「五回も! すごいですね」


 千寿は後輩たちの反応から適当にありそうな数字を答えた。一、二回では頼りないだろうし、多すぎて驚かせても後が怖い。


(なんとかセーフかな)

 ナツキの反応からいい塩梅の答えが出せたのではないかと千寿はほっと胸を撫で下ろす。


「有麻君は全力でパフォーマンスしてくれたけど、実戦ではもう少し火力を抑えて魔力を節約してるよね?」

「えー、そうですそうです。もちろんです」


 廻のフォローに乗っかり自身の評価が過度に上がらないように誤魔化した千寿は、ひとまず質問攻めから逃れるため「ちょっとご飯取ってきます」と言って席を立つ。バイキング形式の夕食に救われた。

 それからサークルメンバーたちは楽しい夕餉の時間を過ごした。初顔の千寿が一番喋らされたが、廻は嬉しそうに微笑んでいた。


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