実家への帰省
十階層に現れる幽霊の謎を解決した千寿はその後のんびりとした生活を送っていた。元々オカルト系動画はネタを見つけるのも苦労するもので、投稿頻度は多くない。
さらには、オカルト単体での動画は伸びが悪いためなんとかダンジョンを絡ませる必要がある。熱がある今のうちは特にだ。
大学では目立たないよう大人しくしながらただ消化するように日々を過ごしていた。それもこれも全ては夏休みが迫っているからだった。
そして半月が経ち大学はとうとう夏休みへ突入する。友達がいない千寿は長期休暇の予定など皆無であり、ほとんどの時間を実家で過ごすことになっている。そうすれば家の光熱費と食費を抑えられるからだ。
父が税理士でありそれなりの稼ぎがあるため、家の家賃、光熱費、食費の全てを仕送りでやりくりしている千寿だったが、そのお金は毎月まとめて振り込まれる形になっている。その範囲内でしっかりとやりくりして金銭感覚を身につけろというのが父の教えなわけだが、千寿は食費と光熱費ギリギリまで切り詰め、余ったお金を全て呪物に費やしている。故に手元に使える金はいつもない。
「帰ってきたぜ。マイホームタウン宇都宮!」
「いいから早く乗りなさい」
東京から新幹線で一時間弱。宇都宮駅に降り立った千寿は母親の迎えで車に乗り込み実家に向かう。
千寿の家は宇都宮駅から車で二十分ほどの場所にある一軒家で、至って普通の家庭だ。両親と妹の四人家族で祖父母は別。あとは猫を一匹飼っている。
千寿は少し不安に思いながら家の扉を潜る。今日も今日とて、幽霊たちは全員千寿にまとわりついている。呪物は全て東京に置いてきたというのに、完全に取り憑く対象が千寿へと移っているようだ。
「ただいまー」
年末ぶりに帰ってきた我が家は特段変わった様子はない。千寿はリビングへと行き、この家の王である猫様に挨拶をする。
「九郎丸〜、ただい……」
「シャーッ!」
「えっ!?」
有麻家で飼われている黒猫の九郎丸とは長い付き合いだ。千寿が中学生の頃に買い始めているため、実に五年以上。長期間家を空けたことで忘れられているということもあるかもしれないが、昨年や年末にはそんなことは一度もなかった。
敵意感知に反応するほどの警戒。九郎丸の尻尾は膨らみ、やんのかステップを踏んでいる。
「もしかして、見えるのか?」
千寿の問いに九郎丸が答えることはない。しかし、見えていなくとも何かを感じ取っていることは確かであった。
(でも、近所の犬とかは特に反応してなかったんだよなぁ。動物にも霊感が有るのと無いのが居たりすんのかな)
そんな疑問を抱きつつ、千寿は幽霊たちを家の外で待機させた。このままでは猫吸いができないからだ。
「あ、お兄帰ってたんだ」
「うい。帰ってるぞ」
千寿がリビングで九郎丸に顔を埋めていると、二階の自室から降りてきた妹──小雪が棒アイスを食べながら手を差し出してきた。華の女子高生である小雪は前髪を丁髷のように結い、たるんだTシャツにショートパンツと、なんとも夏らしい格好をしている。
「ほい」
千寿はその手に自分の手を重ねるが、「違う!」と叩き落とされてしまう。
「ん? 手を繋ぐんじゃなかったら、なんだその手は?」
「お土産かお小遣いに決まってんでしょ! お兄、動画で稼いでるんでしょ! あんなに再生されて!」
小雪の要求は千寿が稼いでいる金だった。
「なんだそんなことか。金も土産もないぞ」
「はっ!? なんで!?」
「だって金ないし。動画だってそんなすぐ現金化はできないんだぞ」
「そんな……お兄からもらったお小遣いで新しいコスメ買おうと思っていたのに」
「そういうのは父さんに言いなさい」
ガックリと肩を落とす小雪をスルーして、千寿は九郎丸に嫌な顔をされながら撫で続けた。
それから千寿は実家で自堕落な生活を──
「千寿。ちょっと来い」
「……げ」
「げってなんだよ」
その日の夜。リビングのソファでゴロゴロしていた千寿の頭上から声が降り、振り向くとそこには父幸一郎がいた。身長は百八十センチほどで千寿より少し大きい。細身ですらっとしておりスーツがよく似合う男だ。
幸一郎は仕事着であるスーツから部屋着に着替えると黒縁眼鏡を掛け直した。そして二人で幸一郎の書斎へと向かう。
「お前の収入についてだ」
以前電話で話した内容について、ついに向き合わなければならない時が来たか。と千寿は面倒ごとの覚悟を決める。
「二十億な。まず口座を別で用意しよう」
ダンジョン踏破の報酬である二十億は、まだ振込先情報の提出をしていないため千寿の手元にはない。待ってもらっている状態だ。
「二十億は分割で払われるらしいが、分割課税がかかる」
「なるほど?」
「もっと分かりやすく言ってやる。入ってきた金の半分以上は使うな」
「オッケー! それなら単純明快!」
税金とは縁のない大学生といえ、ここまで無関心である息子の姿に幸一郎は呆れて言葉も出ない。
「それから、今後も探索者を続けるなら会社を作った方がいいかもな。稼ぎ次第だけど」
「探索はたぶん続けるよ」
千寿は動画の再生数をとるため、ダンジョンは切り離せないと考えていた。二十億で残りの余生を楽しむというのも手だが、呪物を買いまくって破産しそうな未来しか見えないため、動画収益で暮らすためにもダンジョンは捨てられない。
「税理士としての仕事はちゃんとやってやるし、もし会社を建てる必要があるなら俺が手続きもしてやる」
「まじ!?」
「まじって、お前できないだろ。お前は金を稼いでくればいい」
「やったぜ!」
千寿はガッツポーズで喜ぶが、
「まずはお前が一月でどれくらい稼げるかを見てから、会社が必要か判断する。それと大学は辞めるなよ」
「うい」
「あと──」
何かと注文の多い幸一郎だが全ては息子のためであり、千寿もそれが分かっているため素直に従う。
「一番大事なことは、死なないこと。無理をしないことだ。やめたくなったらいつでも言えよ。節税と貯蓄は俺の得意分野なんだから」
「了解!」
幸一郎の協力が得られた千寿は背筋を伸ばして敬礼した。
その後は必要書類への署名や今後のスケジュール確認に時間を費やし、気づけは二十二時を回っていた。
「お兄! 二十億って何?」
幸一郎の書斎を出ると入り口の目の前に小雪が立っており、藪から棒に問いかけてきた。どうやら二人の怪しい動きに勘づき、扉の前で聞き耳を立てていたようだ。
「んー。なんだろうなぁ」
千寿はもったいぶってはぐらかすが、小雪の表情はいつになく真剣だ。
「お兄、いや、お兄様!!」
いつもはフラットな関係の兄妹である小雪は、千寿に敬称をつけて呼び、家臣のように片膝をついて首を垂れた。
「なんじゃなんじゃ」
そんな遜った態度の小雪に合わせて千寿も偉そうに腰を反る。
「タブレットPCとイヤホン、それから照明とカメラと三脚が欲しいです! 尊敬するお兄様の財力で私めにお小遣いをお恵みください!」
「……なんで?」
小雪から提示された過剰な要求に千寿は、目を点にしながら演技も忘れて素の反応をししまう。
「美容系インフルエンサーになりたいの!」
「美容系、インフルエンサー!?」
なんだかすごくキラキラしていそうな字面に千寿は困惑する。
小雪は身内贔屓を抜きにしてもかなり可愛い部類に入る。肌はぴちぴちでくりっとした二重もあどけなさがあり、たぬきのような愛くるしさがある。だが、
「美容系インフルエンサーってことは、顔出しするってことだよな」
「そりゃそうでしょ」
「それは反対だ」
「なんでよ! アリマックスの妹ってブランドがあればインフルエンサーデビューは確実だっていうのに!」
「人の褌で相撲を取るつもりか!」
「相撲なんか撮らないよ! コスメ紹介とかするの!」
廊下でギャーギャーと言い合う二人を背後で静かに見守っていた幸一郎はため息をついた。
「お前ら、バカみたいな会話してないで早く行け」
幸一郎の号令二人はリビングへと戻っていく。
「千寿。小雪を甘やかすなよ」
「……う、うぇーい」
「えぇー!?」
釘を刺された千寿はぎくりと体をこわばらせ、小雪は声を大にして不満を漏らした。




