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サークルメンバー

 十階層へと戻ってきた千寿はボス部屋でレベリングをしていた廻と合流し、彼女の戦闘を見守りながら待機し共に帰還した。

 ダンジョンに潜り始めてから実に三十時間が経過しており、二人がダンジョン上のロビーに戻ってきたのは昼過ぎ頃になっていた。


「有麻君! 最後まで付き合ってくれてありがとね! おかげでボスに集中できたよ」

「いえ、俺も一人だったら休憩とかもっとしんどかったと思いますから。お互い様ってことで」

「だね!」


 疲労軽減のスキルを持っていない千寿は幽霊たちに守ってもらいつつ、廻がレベリングしている広間の端で休息を取っていた。そのせいもあって今は全身がバキバキと悲鳴を上げている。


「そうだ! 夏休みにサークルメンバーでダンジョンアタックするんだけど、有麻君も来る?」

「あー、考えときます」

「そっか。じゃあ、また学校で!」


 廻はそう言ってさっさとダンジョン施設を後にした。三十時間のダンジョン探索を終えた後だというのに、まだまだ余裕がある廻の姿を見て千寿は苦笑いを浮かべた。自分は今すぐにでも休みたいと思っているのにと。

 だが、千寿にはやらなければならないことがあった。ダンジョンで発見した縦穴と遺体についての報告だ。


「すみませーん」

「はい! どうされました?」

「ダンジョン探索の報告書を提出したいんですけど」

「かしこまりました」


 受付で声をかけた千寿に事務員が用紙を渡してくる。それを受け取った千寿はロビーにある席について黙々と書き始めた。

 ダンジョンの報告が必要なケースはレベルアップ、未踏破区域のマップ、新種モンスターの発見や遺体の発見など様々だ。もちろ大規模なダンジョン探索などが行われた際には即時の報告が不要とされたりと例外は存在するが。


 千寿は疲れて今にも寝落ちしそうな目を擦りながら報告書を書き上げ、探索者の身分証、頭蓋骨と共に受付へ提出した。

 事務員の女性は頭蓋骨に驚き顔を引き攣らせていたが、なんとか無事に処理が行われようやくダンジョン探索を本当の意味で終わらせた。


 家に帰った千寿は何よりも睡眠を優先し布団へ飛び込みひとときの安らぎを貪った。

 それから数時間。千寿が目を覚ましたのは日付が変わる直前の深夜だった。腹の虫が空腹を知らせるが、うっすらと汗臭さが体から立ち上りシャワーから浴びる。そしてカップ麺を啜りながら、ダンジョンで撮った映像を見返し編集作業に取り掛かった。


 もう七月だというのに今頃梅雨に入り始め外はあいにくの雨模様。ホラーを見るにはぴったりな風情で千寿は動画がバズるよう力を入れる。


「うーん……」

 千寿は動画を見返しながら不満げな呻きを漏らす。千寿が遭遇した影然り、幽霊の存在はカメラに一ミリも映っていなかったからだ。


「映像越しだと俺にも見えないのか。そもそも映ってないんだな〜」


 幽霊の姿を捉えた! というサムネイルにする予定だったが、映っていないのではどうしようもない。千寿は仕方なく、「ダンジョンで現れた影。その行方には──!?」というタイトルと共にモザイクで正体が気になるようなサムネイルを当てはめて動画を投稿した。



 その日の夜が明けた月曜日。千寿が通う大学では動画が話題となっていた。特に、ダンジョンサークルではその熱が一層強い。


「有麻君! 私がレベリングしている間にあんな面白そうなことしてるなんて!」

 昼過ぎ頃。昼食をとっていた千寿の元にやってきた廻が頬を膨らませながら憤慨した。


「たまたまですから」

「ところで、あの縦穴はどうやって降りたの?」

「あー……」


 廻の質問に千寿は言葉を詰まらせた。動画ではロープを使って降りたことにしているが、ダンジョン探索に精通した人間であればすぐに勘づくだろう。ダンジョンの壁は三十分ほどで閉じる上、千寿が降り立ったのは二十一階層以下だ。降りることはできても、戻るまでは時間が足りない。それに、ロープをどこに固定したのかという問題も発生する。


「使い魔です」

「まあ、そうだよね。ちなみに飛べるの?」

「いや、這う感じですね」

「そっかー」


 廻はほんの少しだけ残念そうな相槌を打つ。もし飛行能力を持っていたら乗せてくれとでも頼むつもりだったのだろう。


「動画はちゃんと精査した方がいいよ?」

「気をつけます」


 深夜のテンションで作り上げそのまま投稿してしまったことを後悔してももう遅い。既に動画は百万再生を超え、多くの反響を呼んでいる。


「そんな有名人の有麻君にお願いがあります!」

「な、なんですか?」


 説教をしたかと思えば、今度は両手を合わせて頭を下げてくる廻を不審がり千寿は身構える。


「夏休みにサークルでダンジョンに行くって話をしてたじゃん?」

「してましたね」

「その探索に向けて、サークルの上位レベル組でレベリングとダンジョンの下見に行こうって話になってるの」

「なるほど」

「有麻君にもそのダンジョン探索に付き合って欲しいんだよね」


 廻は肩をすくめながら上目遣いで千寿の瞳を見つめる。キュルンとしたつぶらな瞳は蛍光灯の光を反射しうるうると輝き千寿の目を襲う。


 正直に言えば、千寿は少し面倒くさいと感じていた。ダンジョンサークルの上位レベルの規模感も分かっていなければ人となりも分からない。それでも、多少なりともプライドの高い人間がいそうであることは容易に想像がつく。


 強さが偉さに直結する探索者界隈ではしばしばそういった衝突が起こる。ぽっと出の新人にレベルや到達階層を抜かれた妬みで嫌がらせを受けることもあるのだ。千寿はまるっきりそれに該当する。素性を明かさなければいきなり現れた怪しい奴に見えるし、明かせばラッキーで転がり込んできた部外者に見える。どちらに転んでも千寿にメリットはない。


「うーん」

「有麻君をやる気にさせるにはどうしたらいいんだ! 杏ちゃんとデートできるように取り計らおうか!? それとも弓月?」

「真っ先に友達を売るのはどうかと思いますけど。っていうか、そんなんで釣られるほどバカじゃないですよ!」


 なかなか承諾がもらえず廻は渋っている千寿に追加で条件を加えるが、千寿は仲間を売る彼女の姿に困惑する。


「なんだ。童貞っぽかったから、えっちな要求をしたいかと思ってた」

「なっ!? 失礼な!」


 とは言ったものの、廻の予想は正しく千寿も否定はせず茶を濁した。


「じゃあ何が不満なのさ。私もいるし、弓月と杏ちゃんももちろん来るよ?」

「いやぁ……」


 千寿がどう答えたものかと言葉を選んでいると、二人が座る長テーブルの対面に誰かがやってきて足を止めた。


「星野じゃん。何してんの?」


 足を止めた男は廻の顔見知りなようで、廻の隣に座っている千寿を値踏みするように見下ろしている。


「サークルの活動について話してたの。この前サークルに入った二年の有麻君」

「どうも」


 紹介された千寿は軽く会釈をするが、男は千寿に冷たい目を向けるだけで愛想が悪い。そんな態度を廻はムッとした表情で睨みつける。


秋原あきはら 大河たいがだ。よろしく」

「うす」


 廻に圧をかけられた大河はそこでおとなしく自己紹介をした。つっけんどんな口調で優しさは微塵も感じないが、廻に手綱を握られていると思えば可愛いものだ。と千寿は胸の内で微笑んだ。


「見たことないけど、いつ入ったんだ?」

「一週間前だよ」

「ふーん」

「それより、夏休みの下見について話そうぜ。あっちに他の奴らもいるし」


 大河はもう千寿には一眼もくれず居ない者のように扱う。まるで早くこの場から、千寿の元から廻を引き剥がしたいかのようだ。


「それは夕方に話す予定でしょ。弓月も杏ちゃんもまだ授業でいないんだし。二度手間になるから」

「……そうか。じゃあ、また後で」


 廻を立ち上らせるには至らず、大河は不満げに目を伏せながら廻に向かって別れを告げ去っていった。


「ごめんね、有麻君。ああいう奴なんだよ」

「大丈夫ですよ。探索者にはよくいるタイプなんで」

「……もしかしてさ、ああいうのが嫌だからサークルも嫌だったりする?」

「……」


 図星を突かれた千寿は口を引き結び押し黙った。


「まあ、どんな理由で参加しなかったとしても、誰も責めないから安心して!」

 気まずい沈黙を払拭するように廻は明るくフォローする。


「まあ、来なくても誰も分からないですからね」

「それもそうか」


 自嘲するように笑う千寿に合わせて廻も微笑む。ダンジョンサークルに千寿が入ったことを知っているのは廻や弓月、杏たちと、先ほどの大河だけだ。むしろ千寿が行った方が「誰こいつ?」となり空気を乱す可能性が高い。


「今回はパスですかね〜」


 千寿は大河が去っていった方向を眺めながらそう答えた。大河は遠くにある窓際の席で仲間たちと談笑しているが、千寿の『敵意感知』のスキルにはビシビシと反応があった。


「それならしょうがないね。また機会があったら是非協力してほしいな」

「まあ、機会があれば」

「それ、機会ないやつじゃない?」


 廻はツッコミを入れながら愉快げ笑い「じゃあね」と言って食堂から去っていった。

 話しながらご飯を食べ終えていた千寿も、不要な衝突に巻き込まれる前にさっさと片付けて席を立つ。幸い、敵意の元は千寿に手を出すようなことはなく、無事に食堂から脱した。


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