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おしまい

 そんなこんなで、ほのぼのと日は過ぎていきます。

 16歳になったお嬢様は、社交も始めるので夜会用のドレスも身にまとうようになりました。

 縦巻きロールはすでにトレードマークになっていて、どんなドレスを着てもお嬢様の居場所はすぐにわかります。

 

 ただ、お嬢様はコルセットが苦手のようです。

 一週間後の夜会に合わせて仕立てたドレスや小物一式を確認していると、新調したコルセットを眺めながら、溜息をついています。

 

「こんなものをつけずにいられたら、天国でしょうね」

「くびれ保持には腹筋群の鍛錬が有効ですよ」

「天誅!」


 可愛らしい声とともに、室内履きが飛んできました。

 頭にコツンと当たるので、昔、似たようなことがあったなと思い出しました。

 あの時のセバスチャンのように、ついつい表情が緩んでしまいました。

 お嬢様はいくつになっても、愛らしさが増していくばかりです。

 あの日のセバスチャンがデレデレしていた気持ちを、身をもって知りました。


 それが呼び水になったのでしょう。

 ふっと気持ちが過去に戻りました。


「どうして、僕だったのですか?」


 尋ね方が唐突だったからでしょう。

 お嬢様はきょとんとしていました。

 

「何のことですの?」

「初めて出会った日に、お嬢様が手を差し伸べたのが、僕だった理由です」


 あぁ、とつまらなそうにお嬢様はこぼしました。

 深く椅子に座り直し、ツン、と顎を上向けます。


「正しく仕事を共にする者として、その価値を認められたのが、貴方だけだからですわ」


 どういうことか、理解できませんでした。

 路地裏で暮らす貧相な子供でしかなかったのに、ずいぶんと買いかぶられたものです。


 幼女の頃からお嬢様は気まぐれで、人材の育成にも勧誘にも余念がないのは確かですが、それには一定の条件がありました。

 手に職を持つ者、技術を極めた者、たとえ片足を失っていても不自由を上回る知識を持つ者。たとえ未熟であっても、それなりに気概や経験を持つ者。

 誰もかれもが、身を立てるための能力やきらめきを、すでにいくばくかは持っている者でした。


 人材育成が必須といいながら、街角で浮浪児を拾うような酔狂は、後にも先にもカインだけなのです。

 そんな疑問を見て取ったのか、お嬢様は更につまらない顔になりました。


「あの夜だけではなくってよ。今でも街角を通るときでも、使えそうな人材を探しておりますわ。でも、あなたと同じ境遇の子供も大人もいますのに、彼らはそこに立っているだけ。自分の持っている中で一番良い服を着て、冷たい水で顔や手を洗って身ぎれいにし、身なりを整えたうえに寒空で震えながらも背筋を伸ばすことすらできない。貴方だけがまっすぐに顔を上げて自分自身を売る気でいた。これでも商人の端くれですのよ? 憐れみを誘って手を差し伸べてもらえるのを待っているだけの、何もしない者の一生を買えるはずがありませんでしょう? ワタクシ、慈善事業は苦手ですのよ」


 その言葉に、こん棒で頭を殴られたような衝撃を受けました。

 確かにカインは身だしなみを整えましたし、顔も噴水で洗ったりもしましたが、お嬢様が考えているほどたいそうな事は考えていなかったのです。

 ただ、汚いままよりもほんの少しだけ取り繕うことで買ってもらえたら良いと、一晩限りでもあたたかな寝床にありつけきたいと思っていました。

 恥じ入るほどに浅ましく、ただそれだけだったのです。

 でも、そんな戸惑いすらお嬢様には御見通しなのでした。


「自分自身の価値を上げる行為は、おそらく、生き様とか矜持に通じるのよ。だから、貴方の人生を買おうと思いましたわ。自信をお持ちなさい。カイン、貴方ほど素晴らしい人はいないわ」


 白い手が伸びてきて、キュッとカインの右手を握りました。

 あたかもあの冬の出会いの日のように、暖かな右手でした。


「妾腹で本国に居られなかったワタクシが、自ら拾い上げた唯一が貴方。ずっと一緒にいてちょうだい」


 そう、お嬢様は妾腹でした。

 認知はされて後見も実の父親から受けているものの、本国での立場はひどいモノなのです。

 貴族の生まれなのに貴族のしがらみを持たない自由を得ていましたが、その自由は幼いうちの自立でした。

 もっとも、自立だと言っているのはお嬢様だけで、放逐と変わらないのです。

 お嬢様の側にいるセバスチャンがただのマッチョではなく、とんでもないやり手のマッチョだったことが幸運だったのです。


「もし、ワタクシが全てを失って落ちぶれても、カインは一緒にいてくれる?」

「その時はお任せください。僕がお嬢様を拾い上げます」

 いいわね、とお嬢様はコロコロと鈴が転がるように笑いました。


「病める時も、貧しき時も、迷える時も、ワタクシたちはずっと一緒ですわよ?」

 そう言いながらお嬢様に両手を包み込まれたので、カインはなんだか照れてしまいました。

「それはまるで、婚姻の誓いのようですね」

「バカね、それ以外に何があるっていうの?」


「え?」

「え?」


 耳がおかしくなったような言葉だったので聞き間違いかと思っていたら、どうやらお嬢様は本気のようでした。

 疑問を顔いっぱいに浮かべているカインを、ひどいわ! などと怒りながらポコポコとそのやわらかな手で叩いてきました。


 お嬢様? と尋ねる前に、チュッと頬に軽くキスをされました。

 悪戯っぽい表情でカインの顔を覗くお嬢様は、ちょっぴりあざとい上目遣いでした。


「あの日、貴方の一生を買ったのはワタクシ。たとえ相手がセバスチャンでも、カインを渡さなくってよ。カインはワタクシの目利きの正しさを、この先も証明し続けてくれるんでしょう?」


 自分の愛らしさを武器にして迫るのだから、とんでもないお嬢様です。

 正しい執事としては拒絶するのが正解でしょうが、お嬢様にははじめから陥落しています。

 とりあえずお嬢様は成人までは清く正しく生きることを決められた淑女なので、そこのところはコンコンと説教しながらも、どうすれば周囲からも祝福されるか一緒に考えましょうと促しました。


「証明します。僕の一生をかけて、お嬢様の目利きが確かなことを」

「期待していますわ。貴方の一生に」


 何しろ、カインは天涯孤独の身の上なのです。

 祝福されるまでには苦難の道が予想されますが、お嬢様の手を取れるならその程度の苦難は苦難の意味を持たないのです。

 少々手間暇かかっても、苦にはならないでしょう。

 

 見つめ合う甘い空気を扉の影からセバスチャンが感激の涙を流しながら見守っていることは、二人とも気づきませんでした。

 大切に愛し育ててきた手中の珠のような二人が結ばれるのです。

 セバスチャンにとって、これほどうれしい事はありません。

 ただ一つの気がかりとして、カインには対ハニトラも男性用しか教えていないので、女性が相手の閨事も教育しなければならないと、ちょっぴり斜めな決意を固めているのは秘密です。

 ちょっとした騒動の予感はありましたが、この先もずっと平和な毎日が流れていくことでしょう。


 こうして、マッチョ売りの少女に拾われた少年は、末永く幸せに暮らしましたとさ。

 めでたし、めでたし。



 おしまい。


2020.12.18



「マッチョ売り」というキーワードを贈ってくれた灰原士紋さんへ感謝を込めて(笑




 キーワードをもらった瞬間、頭のネジが外れたものを書きたいと思ったのに、なぜだかハートフルになりました。


 2000文字ぐらいで終わる予想で書き始めたのに、書き終わったらほぼ12000文字。


 なんでやねーん! 




 セバスチャンたちは裏設定として、元軍人で特殊任務をこなしていた人たちでした。


 諜報活動をしたり、一夜で大きな川に橋をかけたり、敵の目を欺きながら一週間で砦を作るような、不可能を可能にしてきたミラクルな超人集団。


 戦争が終わる直前、美女の同僚が泥酔した勢いで総大将と一夜を共にしてしまい、そのまま見事に一発大当たりで身ごもってしまい、お嬢様を出産したものの産褥で亡くなったので、父親の貴族にキリキリ話をつけて認知させ生涯援助を保証させると同時に、隣国にお嬢様と飛んでマッスルドラゴン商会を立ち上げたという事情がある。




 悲壮感はまるでなくて。


「やべぇー! 酔っぱらって総大将と朝までやっちまったー!」


「なにぃぃぃ?!」


「やべぇー! なんか孕んじまってる!」


「なにぃぃぃ?!」


「す、すまん、セバスチャン。後は頼んだ……ガクッ」


「頼まれても困るだろうが、気合で生き返れぇぇぇー!」 


「死者の頼みは断れん、俺たちと一緒にこの子を育てよう」


「おうとも。まずはヤロウに責任を取らせてやるぜぇぇぇー!」


 みたいなノリだったんじゃないかな?




 この人たち、色々と面白裏事情も浮かんでくるのですが、これでおしまい。


 楽しんでいただけたら幸いです。

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