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そのさん

 15歳になってすぐのことです。

 セバスチャンに改めて問われました。

 

「基礎的な知識も技術も問題なく身につけたが、この先、どの分野に進むか心に決めたか?」


 最近のセバスチャンは同僚とカインを認めたのか、出会った頃の上品な物言いではなく、お嬢様のいない場所では素の話し方をするようになっていました。

 丁寧な物腰の執事は仮の姿で、本性は面倒見の良い気さくなおっさんでした。


 カインは少しだけ逡巡しました。

 幸いなことに地頭も良く、手先も器用で、運動神経にも恵まれています。

 望みさえすれば、他国を渡って貿易に出ることも、細工物や加工品の職人になることも、研究分野で知識を追求することも、SPとして要人のボディーガードで派遣されることも、すべてにおいて適性がありました。


 ただ、カインには夢がありました。

 薄汚れた街角に立っていた薄汚れた子供が、自分から手を伸ばしてつかみ取った幸運の希少性を、今でも忘れていませんでした。


「僕はセバスチャンのように、お嬢様の側で、お嬢様のためだけに生きたいです」


 ふっとセバスチャンはニヒルに笑いました。

 想いを巡らせているのか感慨深い表情でおもむろに目を閉じ、俺のように……か、などと口の中でつぶやいています。


 スキンヘッドで強面のセバスチャンは年齢不詳に見えますが、酸いも甘いも味わいつくした壮年の男で、あとは枯れ専好みに年齢を重ねるだけとなっていました。

 まだまだ現役には違いませんがお嬢様のためにも、もしもの時のための次の専属執事を選ぶ時期でもありました。

 基礎能力を鑑みても、カインほどお嬢様の執事にふさわしい者はいないでしょう。


 カッと目を見開き「厳しいぞ」とすごめば、カインは「望むところです」と応えます。

 この決定に、一番喜んだのはお嬢様でした。


「カインが執事になってくれるなら、今すぐセバスチャンがヨボヨボになっても安泰ね」


 そう言って、キュッとカインの両手を自分の手で包み込みました。

 カインは「期待に沿えるように励みます」と笑顔で応え、お嬢様は薔薇よりも美しい微笑みを湛えていましたが、枯れ専をすっ飛ばしてヨボヨボ扱いされたセバスチャンだけは壁と仲良くしながら心の中で血の涙を流していました。

 

 お嬢様の専属執事の仕事は、秘書と護衛も兼ねているので大変ハードでした。

 見習いなので実務は少ないとはいえ、セバスチャンの背中を追いかけるだけで、カインは精一杯です。

 お嬢様の身の回りの世話も多岐にわたり、細々とした手配の多さで目が回りそうになり、そつのない気の配り方など実地の中で身に着けていくしかないこともありました。

 セバスチャンの超人ぶりに舌を巻きつつ、不出来な自分に打ちひしがれながらも、弱気は筋トレで打ち破りました。


「カイン、そろそろ閨事も学ばねばならないが、娼館にするか商会にするか、希望はあるか?」

「閨事?」

「ハニトラに引っかかって、ホイホイ快楽に堕とされても困るから必須事項だ」

「えぇぇぇぇ……あの、このことはお嬢様には?」


 ちょっと情けない声が出てしまいました。

 経験はなくとも娼館で何をするかはわかりますが、そこに行っただけでお嬢様に軽蔑されそうです。


「報告するに決まっているだろう」

「そんなぁ……」


 娼館を選んでしまうと、侮蔑に満ちたお嬢様の眼差しをもらうのは確定のようです。

 がっくりとうなだれながら、ふと気になりました。


「あの、商会とは?」

「私だ」

「え? 商会とはセバスチャン?」

「このマッスルドラゴン商会に属するものすべてだ。私が不服なら、他の者に回す。安心なさい、皆、マンツーマンも複数も慣れてるから、気持ちの良さは保証できる」


 少しも安心できませんでしたが、マッスルドラゴン商会は独自事業も多いので、ハニトラ対策もバッチリなのです。

 いつも一緒に半裸で鍛錬に励む先輩マッチョたちを見る目も、これからは変わってしまいそうです。

 耳元に口を寄せられ、学習する内容としてここにはとても書けないことを、カインは追加で聞いてしまいました。

 しばらく呆然としていましたが、セバスチャンは情緒も何もなく、事務処理のように「どうする?」と尋ねてきました。


 どうするもこうするも、選択肢はそれほどありません。

 とにかく、可愛らしいお嬢様に軽蔑されない道を選ぶことにしました。


 商会でよろしくお願いします、と頭を下げてからのセバスチャンの行動は、カインもビックリの早さでした。

 その日のうちにゴリゴリマッチョの逞しさや無限の体力を、まさか我が身で体験することになるとは思ってもみませんでした。

 乱れたシーツの上で、気だるさをかみしめながら、カーテンから差し込むまぶしい朝の光を、カインは一生忘れないでしょう。


 これが噂で聞いた朝チュンか、などとしみじみしながら鳥の声を聴いて一日休み、何もなかった顔で職務に戻ると、お嬢様が机に突っ伏して泣いていました。

 オロオロしながらセバスチャンが慰めていましたが、さらに機嫌が下降するばかりでした。

 とどめのように「セバスチャンなんて嫌い」などと明言するものだから、カインが「何があったんですか?」と尋ねると、お嬢様は涙目で「カインのバカ」とすねてしまいました。


「私がお願いしても手もつないでくれないのに、セバスチャンとは朝まで一緒に寝るなんてひどい」


 なんだか大いなる誤解があるようですし、一緒に寝たくて寝たわけでもないのですが、一晩かけて濃厚な時間を過ごしたのは確かです。

 アレが夢ならばどれほどよかったかしれませんが、事実は事実なので仕方ありません。

 キリッとカインは顔を引き締めました。


「お嬢様がお嫌なら、もう二度とセバスチャンと寝ません」

「そんなこと言って、今度はいかがわしい店に行く気でしょ?」

「お嬢様。カインのようにこだわりがない奴は商会内で事足りるので、プロのご婦人に骨抜きにされることはないですし、心配は無用です」

「あぁぁぁぁ……そうじゃないの……そうじゃなくってよ」


 セバスチャンの無情の突っ込みが入ったので、無言のままカインはちょっと遠い目になり、お嬢様は打ちひしがれていました。

 男同士の何たるかは言葉にできませんが、複数は更にお断りです。


「とにかく! もう! カインの夜の教育は終わりです! もう二度と許しませんわよ!よくって?」


 我儘全開でお嬢様は会話を打ち切りました。

 なんといってもお嬢様は美少女ですから怒っても愛らしいのです。お嬢様を泣かせるような案件は排除一択なので、二人は条件反射でうなずきました。


 セバスチャンは不服そうでしたが、カインはちょっぴり。ほんのちょっぴりですが安堵しました。

 体力自慢に一晩かけて付き合うのは、心身ともに大変なのです。



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