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第百十二話「懐かしい匂い」

 


「あとで少しお散歩しようと思うのですが、お庭だったら構いませんよね?」

「なりません」


 全力の無表情で否定するシューリングさん。

 昨日のプリンで多少は打ち解けた気がしていたけど、やっぱり表情筋までは崩せていないみたい。


「これはわたくしには判断しかねますので確認して参ります。暫しお部屋でお待ちくださいませ」


 がっかり俯いていると、シューリングさんは私を下から覗き込むようにして続けた。

 見ると少し頰がピクついている。

 きっとこのピクつきは、まだ微かに漂うゲラバニハミルクの甘い残り香のせいだ。

 私の顔を覗き込む事で香ったんだと思う。

 ちなみにプリンは冷蔵庫と化した蒸し器で冷却中。

 あともう少ししたら食べられるかな?


「プリンはシューリングさんの分もありますからね?」

「は、はいっ。い、いえ、わたくしめなど、どうかお気遣いなく……」


 ピクピクピクピクピクっと、途端に頬を痙攣させるシューリングさん。

 これはシューリングさんなりの嬉しい顔だ。

 決してホラーではない。

 目は口ほどに物を言うなんて聞くけど、シューリングさんの場合、目ではなく頬のピクつきかも知れない。


 シューリングさんは頬をピクつかせながら頭を下げると、そそくさと部屋の扉を閉めた。

 タタタタタっと小走りで遠ざかる足音が、なんだか嬉しげに聞こえる。


「ねぇ、イオン。これじゃあ監禁されてるも同じだよね?」

「そうだ、ここは敵陣である。早く逃げるのだ!」

「…………」


 この二人、昨日残しておいたプリンがエドワード王子のものと知ってからと言うもの、こうして妙に結託しているのよね。

 何よりエドワード王子にプリンを5個渡したのが気に食わなかったみたい。

 1個で十分だ、と。


 でも、食べるのはエドワード王子だけとは限らないし、一国の王子にプリン1個だけと言うのも憚られるよね?

 ましてや銀一を始め、ルルもシューリングさんだって2個食べた訳だし。


「こうなったらルル。お前は古竜となって都を破壊しろ。ボクはその隙にイオンを連れて逃げる」

「承知した、ギギ。フフ、人間どもに目に物見せてくれようぞ!」

「変なこと言わないでよ、ギギ! ルルも簡単に承知しないの!」


 プリン5個で王都が大惨事になるなんてあり得ない。

 全く、思考もそうだけど、簡単に実現させそうなのが怖いよ……。


「とにかくエドワード王子は私のアレークラ王国行きを約束してくれたんだからね。監禁されてる訳じゃないんだし、もうすぐルークさん達も着くんだから、それまでは大人しくしててよね?」

「ルーク達が着いたら自由になれるの?」

「それはわからないけど……」


 実際昨日からなんだかんだ軟禁状態なのよね。

 まあ、昨日は私の体調のことを心配してくれての配慮なのかも知れないけど、とにかく部屋から出ないように言われていた。

 だから今お散歩でもと思って聞いてみたんだけど。


 ギラリとルルの瞳が光る。


「ならばやはり我がひと暴れ……」

「しないからっ!」


 私が言葉を被せると、ルルは肩をすくめてキューっと口を尖らせる。

 まあ、昨日から私に付き合ってトイレ以外は部屋にこもっているので、ストレスが溜まるのはわからなくはない。

 にしても、ストレス発散にもほどがある。


「でも、イオンのアレークラ王国行きを許したってことは、エドワードはイオンとツガイになるのを諦めたってこと?」

「…………」


 やだ、銀一。

 ツガイって言葉、なんだか今聞くとヤケに恥ずかしい。


「べ、別に諦めたって言うか……。待ってくださるって言うか…………」

「あれ? もしかしてイオンも満更ではないって感じ?」

「…………」


 ツカツカと近寄りながら目を細める銀一。

 こうストレートに言われるとどう答えていいか反応に困ってしまう。

 ただただ顔が熱くなってくる……。


「我は認めないぞ! イオンとツガイになりたいのなら、まずは我を倒してからだ!」

「それはイオンが決めることで下っ端のルルの出る幕じゃないね?」

「ぐぬぬっ!」


 さっきまで結託してたくせに一気に険悪なムードになる二人。

 これも部屋にこもりっきりのストレスからだろうか……。


「ルル、言っとくけど、ルルがギルドで寝込んでた時、エドワードはイオンやボクを救ってるんだからね。少なくとも群れの中でもルルより役に立ってるんだから、明らかにエドワードはルルより上だよ」

「ぐぐっ……」


 口ごもりながらもバッと私を見るルル。

 私が頷いて見せると、ルルは悲しい目をしてガックリと肩を落とした。

 やはり二日酔いで寝込んでいたのは、ルル的にも負い目に感じているのね……。


 それにしても銀一は何だかんだ言ってエドワード王子を認めているみたいね。

 なんだか身内に好きな人を認めてもらえたようで、少し恥ずかしいけど嬉しい。


 って、好きな人って……。


「まあ、言ってもプリン5個には値しないけどね?」

「…………」


 思わず嬉し恥ずかしな目で銀一を見たらコレだ。

 まあ、いいんだけど。

 そんな銀一に苦笑した時、ピコピコとレムが動き出した。


「ダレ、カ、クル、イオ、ン、サガ、ル……」


 シューリングさんかしら?

 それにしてもレムは本当に真面目で頼りになる。

 プリンも食べてないことだし、あとでたっぷり魔力注入してあげよう。

 レムがピコピコ扉の横に隠れるように移動すると、予告通りにドタドタと数人の足音が聞こえてきた。


 ノックと同時にガチャリと扉が開く。


「イオン!」

「ルークさん!」


 いつだったか辺境伯のところで見たベ○薔薇チックな正装をしたルークさんだった。


「げ、元気そうだな。イオン?」

「よぉ〜」

「ホントにイオンなのニャ!」

「イオン…………!」


 御子息くん、ジョシュさん、ジーニャさん、そしてニーナさんも。

 最後に顔を出したニーナさんが皆をすり抜けるようにして私の前まで出てきた。

 ルークさん同様、正装したニーナさんの目は涙で潤んでいて、そのせいで綺麗な緑色の瞳がチラチラ揺れているように見える。


「ごめんなさい……」

「いいのよ、無事だったんだし……」


 抱きついて謝るとニーナさんはそう言って頭を撫でてくれた。

 ハラリとニーナさんのピンク色の髪の毛が頬に触れる。

 ニーナさんの匂いが香る。相変わらずいい匂いだ。

 少し離れていただけなのに、なんだかとても懐かしい匂いだ。


「とにかく、また会えて良かったぜ。もうちょろまかとどっか行かねぇでくれよな?」


 ニーナさんの手の上から強引にワシワシ撫でてくるルークさん。

 よく見るとルークさんの目にも光るものがあった。


「ルークさん……」

「そんなに泣くやつがあるかよ」

 

 ルークさんの涙を見たら涙が堰を切ったように流れ出し、ポロポロと止まらない。

 ルークさんが撫でていた手を背中へ回し、トントンと優しく叩いてくれる。

 私はニーナさんとルークさんに挟まれる形で泣いている。

 やっぱりこの二人といると安心する。


 私にとっては特別な存在なんだろう。


 だって、この二人は家族みたいなものだから。


「誰このおじさん?」


 ルルの冷めた声で私のポロポロが止まった。



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