↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火を継ぐ者の帰る道  作者: いわんちょちょ
第1章 ラズリオン編
9/17

なかなか、難しいな……

 盗賊ギルドに入ってから、薫の毎日は少しばかり忙しくなった。


 朝はセドリックの授業を受け、午後は剣術や身体の使い方を鍛える。そして空いた時間を使って盗賊ギルドへ通い、クロウや先輩たちから斥候に必要な技術を教わった。

 もっとも、最初から難しいことを任されるわけではない。


「……足音、聞こえてるぞ」

「あ、はい」

「はい、じゃねえよ。もう一回だ」


 最初に苦労したのは、音を立てずに移動する方法だった。

 足運びそのものは榊流で習ってきたが、剣を振るための踏み込みと、相手に気づかれないための歩き方では勝手が違う。足元にばかり注意を向ければ周囲への警戒が疎かになり、周りを見ようとすれば小石や落ち葉を踏んでしまう。


「……難しいなぁ」

「そりゃそうだ。簡単なら誰でもできる」


 先輩に笑われ、薫も苦笑した。

 索敵や追跡の訓練でも、失敗は珍しくなかった。

 森では足跡や折れた枝を探し、街中では先輩を見失わずに追いかける。しかし、足跡一つで進行方向を決めつけたり、曲がり角で標的を見失ったりと、思うようにはいかない。


「相手の背中だけ見てちゃ駄目だ。周りの道も、人の動きも見とけ」

「……なるほど」


 言われてみれば、剣術にも通じるものがある。

 相手の武器ばかり見ていては、足運びや身体の向きを見落としてしまう。やっていることは違っても、注意を向けるべきところは似ているのかもしれない。

 そうして何度も失敗するうちに、少しずつ見えるものが増えていった。

     

 そんなある日、薫はギルドの訓練場で投げナイフを渡された。


「うちの連中がよく使ってるやつだ。投げた後も、込めた魔力を手掛かりに位置を追える」

「へえ……便利ですね」

「まあ、まずは普通に投げてみろ」


 先輩に教わりながら、薫は少し離れた木製の的へ向き直った。

 最初の一本は、刃がうまく立たずに落ちてしまった。しかし、二本目は的に突き刺さり、続く三本目も少し外側ではあったが、きちんと刃が立った。


「……おっ、当たった」

「お前、本当に初めてか?」

「はい。投げナイフは初めてです」

「……へえ。なかなか筋がいいじゃねえか」


 褒められて、薫は少し嬉しくなった。

 剣術で培った身体の使い方が役に立っているのだろうか。距離を変えても、何度か試せばある程度感覚をつかめた。

 ただし、的が左右に動き始めると話は別だった。


「あれ?」


 投げたナイフが、的の横を通り過ぎていく。


「ははっ! 動くと難しいだろ?」

「……ですね。これは練習しないとなぁ」


 それでも、初めから比較的扱いやすかったのは確かだった。

 薫はギルドで同じ種類の投げナイフを何本か揃え、投擲と魔力による追跡の練習を続けるようになった。


 また、訓練の合間には王都の道具屋へ足を運び、市販の手斧も購入した。薪割りや枝払いに使える、ごく普通の道具だ。

 剣とは違う重さや扱い方に慣れる必要はあったが、野営にも使えるなら持っておいて損はないだろう。

 こうして、薫の手元には少しずつ道具が増えていった。

     

「今日はこいつだ」


 別の日、クロウから渡されたのは、先端に金属製の鉤が取り付けられた長い縄だった。


「……鉤縄ですか?」

「おう。あそこの梁に掛けてみろ」


 薫は言われたとおりに鉤を投げた。

 しかし、一度目は届かず、二度目は梁に当たったものの、そのまま落ちてしまった。

 四度目でようやく鉤が掛かり、薫は嬉しくなって縄を引いた。


「……おっ、できた――うわっ!」


 鉤が外れ、勢い余って後ろへよろめく。


「ははっ! 掛かっただけじゃ駄目なんだよ。ちゃんと固定できてるか確かめろ」

「……なるほど」


 なかなか難しい。

 それでも、使いこなせれば便利そうだった。高い場所へ登るだけでなく、足場の悪い場所を移動するときにも役立つだろう。

 薫は鉤縄の練習にも熱心に取り組むようになった。


 ある程度扱えるようになった頃、ふと思いついて、右手に訓練用の木剣を持ちながら使ってみる。

 ところが、実際にやってみると、すぐに不便さを感じた。

 左手だけで鉤を投げることはできるが、縄を整えたり回収したりするには手間が掛かる。剣を持ったままでは扱いにくく、場合によっては一度剣を置かなければならなかった。


「……うーん」


 薫は手元の鉤縄を見下ろした。

 もし戦いの最中に使うなら、できるだけ剣を手放したくない。

 それに、手で投げるよりも素早く鉤を飛ばせたら、使い道も増えそうだ。


 ……何かいい方法、ないかなぁ。


 そんなことを考えながら、薫はもう一度、鉤縄を手繰り寄せた。

     

 その日の訓練が終わる頃、クロウが薫を呼び止めた。


「おい、カオル。ちょっと待て」

「はい?」

「これ、持ってけ」


 差し出されたのは、クリーム色のマフラーだった。


「……マフラー、ですか?」

「おう。ギルドの連中も使ってる、丈夫な旅用のやつだ。遅くなったが、入団祝いみたいなもんだな」

「えっ、いただいていいんですか?」

「いいから受け取っとけ」


 薫は礼を言ってマフラーを受け取り、首に巻いてみた。

 生地はしっかりしているが、ごわつきは少なく、動きの邪魔にもならなさそうだった。


「……あ、いいですね。これ」

「だろ?」

「ありがとうございます。大事に使います」

「ははっ。道具なんだから、遠慮せず使えよ。傷んだら買い直しゃいい」

「……それもそうですね」


 薫は笑いながら、マフラーを少し整えた。

 特別な力があるわけでも、珍しい品というわけでもない。それでも、こうして贈り物をもらえたことは素直に嬉しかった。

     

 その日の夜、薫が来界者用の寮へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 盗賊ギルドでの訓練が長引き、夕食も外で済ませてきた。廊下を歩いていると、ちょうど部屋から出てきた颯真と顔を合わせる。


「あれ、薫。今帰ってきたのか?」

「あ、颯真。ただいま」

「おかえり。最近忙しそうだな」

「そう?」

「そうだろ。授業と訓練が終わったら、今度は盗賊ギルドだろ?」

「ああ……言われてみれば、確かに」

「自覚なかったのかよ」

「いや、楽しくてさ。気づいたら時間が過ぎてるんだよね」


 薫が苦笑すると、颯真も笑った。


「今日は何やってたんだ?」

「鉤縄の練習とか、追跡の訓練とか。あと、最近は投げナイフもやってるよ」

「投げナイフ?」

「うん。意外と得意だったんだよ、これが」

「へえ。面白そうじゃん」

「そうなんだよ。でも、動く的にはまだ全然当たらなくてさ」

「そりゃ、そう簡単にはいかないだろ」

「まあね。颯真の方はどう? 風の扱い」

「んー……少しずつだな。剣を振りながら細かく調整するのが難しくてさ」


 颯真は自分の手を見ながら答えた。


「勢いをつけすぎると、逆に身体が流れるんだよな」

「ああ、確かに制御は難しそう。……颯真の攻めに風まで加わったら、受ける方はたまったもんじゃないけど」


「ははっ。使いこなせればな」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 日本にいた頃も、稽古が終わった後にはこうして技の話をすることがあった。今は竹刀ではなく本物の武器を扱い、魔法まで加わっているが、こういうやり取りはあまり変わらない。


「……それにしても、無理はするなよ」

「ん?」

「ちゃんと休めてるか? 帰ってくるのも最近遅いし」

「ああ、大丈夫。寝る時間は取ってるよ。……まあ、今日はちょっと足が疲れたけど」

「おいおい」

「明日には戻ると思うよ。たぶん」

「その『たぶん』が怪しいんだよなぁ」


 颯真は呆れたように笑った。

 それから、ふと薫の首元へ目を向ける。


「それ、マフラーか?」

「ん? ああ、これね。クロウさんにもらったんだ。入団祝いだって」

「へえ。似合ってるじゃん」

「ありがと。結構あったかいよ、これ」


 薫は嬉しそうにマフラーへ触れた。


「そうだ。また時間が合うときさ、稽古付き合ってよ」

「おう、もちろん」

「風の練習も兼ねて?」

「いや、お前相手にいきなり使ったりしねえって」

「はは、冗談だよ」


 颯真は苦笑し、軽く手を振った。


「じゃあ、おやすみ。ちゃんと休めよ」

「うん。颯真もちゃんと寝るんだよ。朝起きられるように」

「……余計なお世話だ!」


 背後から聞こえた声に笑いながら、薫は自分の部屋へ戻った。

     

 それから数日後、薫たち来界者に、王国から装備についての希望を聞きたいという知らせが届いた。

 今後の訓練や活動に備え、それぞれの能力や戦い方に合った武器・防具を用意するためだという。


「俺は両手で扱える剣がいいですね。防具も、ある程度しっかりしたものをお願いします」


 颯真は前衛として戦うことを想定し、重装と両手剣を希望した。

 綾芽は居合に適した刀、大地は拳や腕を守る防具。慧は魔術を扱いやすい装備について相談し、美琴は短い杖と動きやすい服装を希望していた。紗良や灯も、それぞれの役割に合った道具について担当者と話し合っている。


「では、次はサカキ様ですね」

「あ、はい。お願いします」


 薫は担当者の前に座った。


「まず、どのような戦い方を想定されていますか?」

「そうですね……剣術は習っていたので、剣を中心に考えています。ただ、今は斥候の技術も勉強していて」

「斥候、ですか」

「はい。なので、できれば軽くて動きやすい防具がいいです。もちろん、必要なところはちゃんと守れるものがいいですけど」


 担当者は頷き、希望を書き留めた。


「武器についてはいかがでしょう?」

「片刃の直剣がいいです。あまり大きすぎないもので、片手でも両手でも使えるものが理想ですね」

「なるほど」

「それから、手斧は道具屋で買ったものがありますし、投げナイフもギルドで揃えたので、副武装は今のところ大丈夫だと思います」


 薫は続けて、背嚢や野営道具などについても希望を伝えた。

 長く歩いても邪魔にならず、必要な道具を持ち運べるもの。旅先でも扱いやすく、手入れのしやすいものがいい。


「……かなり実用性を重視されるのですね」

「そうですね。いろんな場面で使えるものがいいなと思ってます」

「承知しました。では、こちらの内容を職人へ伝えておきます」

「あ、ありがとうございます」


 薫は頭を下げ、席を立とうとした。

 そのとき、ふと先日の訓練を思い出す。


「……あっ、すみません。もう一ついいですか?」

「ええ、もちろんです」

「鉤縄っていう道具を、今ギルドで練習してるんですけど……」


 薫は左腕を持ち上げた。


「例えば、左手に着ける籠手から鉤縄を飛ばせるようにすることって、できないでしょうか?」

「籠手から、ですか?」

「はい。今は手で投げてるんですけど、剣を持ちながらだと結構不便で。左腕から射出できて、縄も巻き取れるようになれば、便利かなと思ったんです」


 担当者は少し考え込んだ。


「……なるほど。似たような機構を考えた職人は、以前にもいたと聞いたことがあります。ただ、扱いが難しく、整備にも手間が掛かるため、あまり普及していないようですね」

「……ああ、やっぱりそうなんですね」

「それに、強い力で引っ張られれば腕にも負担が掛かります。実際に使えるものになるかは、職人と相談する必要があるでしょう」

「そうですよね……」


 薫は自分の左腕を見下ろした。

 鉤縄を手で使っているだけでも、固定する場所や引っ張る方向には気を遣う。それを腕に取り付けるとなれば、考えなければならないことは多そうだ。

 けれど、剣を持ったまま鉤縄が使えたなら。

 高い場所へ登るときも、足場を利用して移動するときも、今よりずっと動きやすくなるかもしれない。


「……あの、難しいのは分かるんですけど、一度相談だけでもできませんか?」

「ええ。もちろんです。今回の装備製作には腕の立つ鍛冶師が関わりますから、希望として伝えておきましょう」

「本当ですか? ありがとうございます!」

「ただし、必ず実現できるとは限りませんよ」

「はい。それはもちろん」


 薫は笑って頷いた。

 こうして、装備についての相談はひとまず終わった。


「薫、終わった?」


 部屋の外では、颯真と綾芽が待っていた。


「あ、うん。ごめん、ちょっと長くなった」

「何頼んでたんだ?」

「剣と防具とか。あと、鉤縄を腕から飛ばせないかなって」

「……腕から?」


 颯真が首を傾げる。


「うん。剣を持ったまま使えたら便利だと思って」

「へえ、面白そうじゃん」

「でしょ?」


 薫が笑うと、綾芽も興味深そうに左腕を見た。


「でも、それって腕に負担が掛からない?」

「そこが難しいみたい。職人さんに相談してくれるって」

「そっか。安全に使えるものができるといいね」

「うん。俺もそう思う」


 三人は並んで部屋を出た。

 固有能力の《継承》については、相変わらず何も分かっていない。

 それでも、盗賊ギルドで学んだことは確実に増えている。今まで知らなかった道具の使い方も覚えたし、こうして新しい装備のことまで考えるようになった。


 ……まだまだ覚えることは多いけど。

 それはそれで、悪くない。


 薫は小さく笑い、仲間たちの後を追った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


今後は毎週金曜日に2~3話ずつ投稿していきたいと思っています。無理のないペースで、少しずつ物語を進めていけたらと思います。


そして、本作『火を継ぐ者の帰る道』ですが、タイトルが少し長いので、略して『ひもの』と呼んでいただけたら嬉しいです。

これからも『ひもの』をよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。