↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
火を継ぐ者の帰る道  作者: いわんちょちょ
第1章 ラズリオン編
8/17

少々、いや、かなり物騒な面接

 オルフェン王との面談から、数日後。


 薫は王都の一角にある、少し古びた建物の前に立っていた。

 大通りから一本外れた場所にあり、周囲には商店や工房が並んでいる。道を行き交う人々の声に混じって、どこかから金属を打つ音が聞こえてきた。


 薫は手元の紙を見下ろす。

 オルフェンから渡された紹介状と、建物までの道順を記した地図だ。


「……たぶん、ここだよな」


 もう一度、目の前の建物を見上げる。

 外観はごく普通の建物だった。木製の扉の横には小さな看板が掛けられているが、目立った装飾もなく、知らなければ通り過ぎてしまいそうだ。


 ……盗賊ギルド、かぁ。


 名前だけ聞けば、どうしても物騒な集団を想像してしまう。

 もっとも、オルフェンの説明によれば、ここは犯罪者の集まりではない。偵察や追跡、情報収集などを専門とする、れっきとした職能組織らしい。

 王国から仕事を請け負うこともあるが、王家に直接仕えているわけではなく、独立した立場で活動しているという。


「……いつまでも突っ立ってても仕方ないか」


 薫は紹介状をしまい、扉を開けた。


 中に入ると、まず木と革の匂いが鼻をくすぐった。

 部屋には大きな机がいくつか並び、壁には地図や縄、見慣れない道具が掛けられている。机の上には書類が積まれ、奥では数人の男女が何かを話し合っていた。

 思っていたより、ずっと普通だ。


 ……いや、普通って何だろう。


 そもそも盗賊ギルドの普通を知らない。


「いらっしゃい。何かご用?」


 受付らしい机に座っていた女性が顔を上げた。


「あ、こんにちは。こちらに、オルフェン陛下の紹介で伺ったんですけど……」


 薫は紹介状を差し出した。


 女性はそれを受け取り、封を確かめると、少しだけ眉を上げた。


「……なるほど。話は聞いてるよ」

「本当ですか。よかった」

「頭領に会いに来たんだろう?」

「はい。できれば、こちらで技術を学ばせていただきたくて」

「ふうん……」


 女性は薫の顔を一度見てから、奥の扉へ視線を向けた。


「じゃあ、奥の部屋で待ってて。頭領には伝えてあるから」

「分かりました。ありがとうございます」


 薫は軽く頭を下げ、示された扉へ向かった。

 廊下を進んだ先には、もう一つ部屋があった。

 中には机と椅子が置かれ、壁には王都周辺のものと思われる地図が貼られている。窓からは通りの様子が見えた。


 薫は扉を閉め、部屋の中を見回した。


 ……ここで待ってればいいのかな。


 椅子に座ろうかとも思ったが、勝手にくつろぐのも気が引ける。

 とりあえず、壁に貼られた地図へ目を向けた。

 この二週間、セドリックから読み書きを教わってはいるものの、まだ知らない文字も多い。それでも、王都の名前や主要な道くらいは、少しずつ分かるようになってきた。


「……あ、ここが城か」


 地図に記された王宮の位置を見つけ、薫は小さく呟いた。

 そこから道を辿っていく。

 今朝通った大通りは、この辺りだろうか。

 そんなことを考えていた、そのときだった。


「――動くな」

「……っ!」


 背後から、低い声が聞こえた。

 ほとんど同時に、首筋のすぐ横へ冷たいものが差し込まれる。

 薫の身体が強張った。

 視線だけを下へ向けると、細い刃が見えた。


 ……ナイフ?


 反射的に身を捩りかけたが、寸前で思いとどまる。刃は肌に触れるか触れないかという距離にあり、下手に動けば自分から切っ先へ首を寄せてしまう。

 いつ近づかれたのか、まったく分からなかった。


「お前、何しに来た?」


 背後の人物が尋ねた。

 薫は一度、息を整えた。


「……えっと」

「答えろ」

「こちらで、技術を学びたくて来ました」

「技術?」

「はい。隠密行動とか、索敵とか……そういうものです」

「ほう」


 刃の位置は変わらない。


「誰の紹介だ?」

「オルフェン陛下です。紹介状も受付の方に渡しました」

「王様の紹介なら、何でも教えてもらえると思ったか?」

「いえ。そういうつもりはないです」

「じゃあ、何でここなんだ?」


 薫は少し考えた。

 首元には相変わらずナイフがある。

 正直、あまり落ち着いて話せる状況ではなかった。


「……あの」

「何だ?」

「話すのは構わないんですけど、できればナイフを下ろしてもらえませんか?」

「怖いか?」

「……そりゃ、まあ。怖いですよ」


 薫は苦笑しようとして、やめた。

 下手に首を動かすのは危なそうだ。


「でも、今の俺じゃどうにもできそうにないので。話せって言うなら、話します」


 背後で、小さく息を吐く音がした。


「……続けろ」

「はい」


 薫は視線を正面に戻した。


「俺、二週間ほど前にこの世界へ召喚されたんです。固有能力もあるみたいなんですけど、何ができるのか分からなくて」

「それで?」

「能力のことが分かるまでに、ほかにできることを増やしたいんです」

「だから、うちに来たのか?」

「はい。敵の位置を調べたり、危険を先に見つけたりする技術があれば、仲間の役に立てると思って」

「……剣を振るのが怖いだけじゃないのか?」

「怖くないとは言いません。でも、俺も剣術は習ってきましたし、必要なら戦います。それに、戦わずに済む方法を知っておくのも、大切だと思うんです」


 薫は少し首を動かしかけ、慌てて止めた。

 危ない危ない。


「ほう?」

「敵がどこにいるか、何が危険なのか。そういうことが先に分かっていれば、避けられる戦いもあるでしょうし」


 薫は一度、言葉を切った。


「……それに、俺が習ってきた剣術は、使えるものを使って、どんな状況でも生きて帰ることを大事にしてるんです」


 昔、道場で何度も聞いた言葉だった。

 剣を握ることだけが、戦うことではない。

 足場を見て、周囲を見て、使えるものを探す。無理に斬り合わずに済むなら、それも一つの選択だ。


「ここで学べる技術は、俺が今まで習ってきたことにも生かせるんじゃないかと思います」

「……」

「もちろん、まだ何も知らないので、簡単にできるとは思ってませんけど」


 しばらく返事はなかった。

 薫は背後の人物の様子を窺おうとしたが、ナイフがある以上、振り返るわけにもいかない。


 ……そろそろ下ろしてくれないかな。


 そう思ったところで、不意に刃が離れた。


「……よし」

「……え?」

「もう動いていいぞ」


 薫はゆっくり振り返った。

 そこに立っていたのは、鋭い目つきをした男だった。

 動きやすそうな服装に、使い込まれた革の装具。派手な飾りはなく、手にしていたナイフも特別目立つものではない。

 だが、不思議と隙が見えなかった。


「……あの、あなたは?」

「クロウだ」


 男はナイフを鞘へ収めた。


「ここの頭領をやってる」

「……えっ」


 薫は思わず目を瞬かせた。


「頭領、ですか?」

「そうだ。何か問題でもあるか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 薫は先ほどまでナイフがあった首元に手を当てた。

 切られてはいない。

 けれど、少しばかり冷や汗をかいていた。


「……ずいぶん物騒な挨拶なんですね」

「ははっ。まあな」


 クロウは悪びれた様子もなく笑った。


「それで、どうだった?」

「……何がですか?」

「俺が近づいたの、気づいたか?」

「……全然」

「だろうな」


 クロウは机の端に腰を預けた。


「お前、地図に夢中だったろ。部屋に入ってから一度も後ろを確認しなかった」

「……あ」

「足音を消せる奴は珍しくない。だが、何も聞こえないからって、誰もいないと思い込むのは危険だ」


 薫は思わず、先ほどまで自分が立っていた場所を見た。

 扉は閉めていた。

 それでも、いつ誰かが入ってきたのか、まったく分からなかった。


「……なるほど」

「もし俺が本当に敵だったら、お前はもう死んでる」

「……そうですね」


 反論はできなかった。

 剣術の経験はある。

 相手の気配や動きに注意することも教わってきた。

 それでも、今回のように相手の存在そのものを見落としていては、どうにもならない。


「……勉強になりました」

「ほう。怒らないのか?」

「いや、驚きましたし、正直やり方はちょっと怖かったですけど……」


 薫は困ったように笑った。


「でも、気づけなかったのは本当なので」


 クロウは少しだけ口元を緩めた。


「変わった小僧だな」

「……よく言われるわけじゃないんですけどね」

「ははっ!」


 クロウは声を上げて笑った。

 その笑い方は思っていたより気さくで、薫は少し拍子抜けした。


「さて、カオルだったな」

「はい」

「王様から話は聞いてる。直々に話を持ってくるなんざ、珍しいことだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。だが、王様の紹介だからって特別扱いはしないぞ」

「はい。そのつもりです」

「結構」


 クロウは腕を組んだ。


「一応言っておくが、うちは騎士団じゃない。綺麗な仕事ばかりでもないぞ」

「……はい」


「森や街道で行方不明になった奴を探すこともあれば、危険な場所へ潜り込んで情報を持ち帰ることもある。依頼主には商人もいるし、貴族もいる。王家から表立って動けない仕事を頼まれることだってある」


 薫は黙って耳を傾けた。


「ただし、俺たちは独立したギルドだ。王様の言うことなら何でも聞くってわけじゃない。依頼を受けるかどうかは、こっちで決める」

「……なるほど」

「当然、仕事には危険もある。場合によっちゃ、剣を抜かなきゃならないこともあるだろう」


 クロウはそこで言葉を切り、薫を見た。


「それでも、ここで学びたいか?」


 薫はすぐには答えなかった。

 先ほど首元に刃があったことを思い出す。

 正直、怖かった。

 この男が本気で自分を傷つけようとしていたら、何もできなかったかもしれない。


 ……まだまだだなぁ、俺。


 そう思う。

 けれど、だからこそ学びたいとも思った。


「……はい」


 薫はクロウを見返した。


「やってみたいです」

「理由は変わらないか?」

「変わりません。斥候としては、まだ何もできないですけど」

「……」

「だから、できるようになりたいんです」


 クロウはしばらく薫を見つめていた。

 やがて、短く頷く。


「……よし。分かった」

「……え?」

「入れてやる」


 薫は一瞬、言葉を失った。


「……いいんですか?」

「何だよ。自分から来といて、断られると思ってたのか?」

「いや、もう少し何か試験みたいなのがあるのかなって……」

「試験なら、さっきやっただろ」

「……あれが?」

「そうだ」


 クロウは楽しそうに笑った。


「腕前だけじゃない。予想外のことが起きたとき、どう動くか。自分に何ができて、何ができないのかを分かっているか。そういうのも見てたんだよ」

「……なるほど」


 薫は小さく息を吐いた。


 ……そういうことだったのか。

 いや、それにしたって物騒すぎるとは思うけど。


「もっとも、いきなり一人前として扱うわけじゃない。まずは見習いだ」

「はい」

「最初に覚えてもらうのは、観察と移動、それから情報の扱い方だ。派手なことは何もないぞ」

「大丈夫です」

「地図の読み方、足跡の見分け方、見つからずに動く方法。野営の準備も、罠の確認も覚えてもらう。剣術ができるなら、それをどう生かすかも考えなきゃならん」


 クロウは指を折りながら説明した。


「それから、勝手に危険な仕事へ首を突っ込むな。見習いを一人で送り出すような真似はしない。まずは、先輩の仕事を見て覚えろ」

「分かりました」

「あと、もう一つ」

「はい?」


 クロウは薫をまっすぐ見た。


「俺たちの仕事は、情報を持ち帰って初めて意味がある。どれだけ敵に近づけようが、どれだけ見事に潜り込もうが、帰ってこられなきゃ何にもならん」


 その言葉に、薫は静かに頷いた。


「……はい。それは、よく分かります」

「ほう?」

「俺の師匠も、似たようなことを言ってましたから」


 クロウは少しだけ目を細めた。


「……そうか。いい師匠だな」

「はい」


 薫は穏やかに笑った。


「とても」


 クロウはそれ以上、詳しく尋ねなかった。

 代わりに机の引き出しから一枚の紙を取り出し、薫へ差し出す。


「じゃあ、ここに名前を書け。見習いとして登録してやる」

「あ、はい」


 薫は紙を受け取り、ペンを手にした。


 ……あ。


 そこに並んでいるのは、まだ覚えきっていない異世界の文字だった。


「……すみません」

「ん?」

「ここの文字、まだちょっと自信がなくて」

「……お前、読み書きは?」

「勉強中です」


 クロウは数秒黙ったあと、額に手を当てた。


「……そうか。来たばっかりだったな」

「はい。すみません」

「いや、謝らんでいい。名前の書き方は教えてやる」

「ありがとうございます」


 結局、薫はクロウに文字を一つずつ教えてもらいながら、どうにか登録用紙へ名前を書き込んだ。

 ずいぶん時間が掛かってしまったが、クロウは途中で急かすこともなく、最後まで付き合ってくれた。


「……よし。これでいい」


 紙を確認したクロウが頷いた。


「今日からお前も、うちの見習いだ」

「……はい!」


 薫は思わず笑みを浮かべた。


「よろしくお願いします!」

「おう。こっちこそな」


 クロウは立ち上がり、部屋の扉へ向かった。


「じゃあ、まずは中を案内してやる。ついでに、ほかの連中にも紹介しねえとな」

「分かりました」


 薫も立ち上がり、後に続こうとした。

 すると、クロウがふと思い出したように振り返る。


「ああ、そうだ」

「はい?」

「次から、部屋に入ったら周りをよく見とけよ」

「……はい」

「特に背後な」


 そう言って、クロウはにやりと笑った。

 薫は思わず苦笑した。


「……できれば、次は普通に声をかけてもらえると助かります」

「ははっ! 考えといてやる!」


 廊下へ響く笑い声を聞きながら、薫は小さく息を吐いた。


 ……本当に大丈夫かな、ここ。


 少しだけ不安はある。

 けれど、学べることも多そうだった。

 何より、今まで知らなかった技術を身につけられるというのは、少し楽しみでもある。

 薫はクロウの背中を追い、部屋を後にした。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。