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火を継ぐ者の帰る道  作者: いわんちょちょ
第1章 ラズリオン編
6/15

……せめて使い方くらい教えてよ

 国王との謁見を終えた薫たちは、体調の確認を終え、再び騎士の案内で城内を移動していた。

 来たときとは違い、生徒たちの間に会話は少なかった。

 帰る方法は、まだ分からない。

 その事実が、皆の頭から離れないのだろう。薫自身も例外ではなかったが、考えたところで今すぐ答えが出るわけでもない。

 隣では綾芽が黙って歩いている。少し前を行く颯真は、ときおり振り返って生徒たちの様子を確かめていた。


「……なあ、薫」

「うん?」

「能力って、どうやって調べんだろうな」


 大地が声を潜めて尋ねてきた。


「さあ……。魔法とか使うんじゃない?」

「おお、やっぱそう思うか!」

「大地、声でかい」

「おっと」


 口元を押さえる大地に、慧が呆れたような視線を向けた。


「まあ、俺もちょっと興味あるけどな。そもそも魔術って何をどうやって動かしてんだ?」

「それが分かったら苦労しないでしょ」

「お前には聞いてねえよ」

「ひどいなぁ」


 薫が笑うと、慧も口元を緩めた。

 まだ落ち着かないことばかりだったが、こうして友人たちと話していると、少しだけ普段の感覚が戻ってくる。


 やがて、一行は廊下の奥にある部屋へ案内された。

 広さは教室二つ分ほどだろうか。壁際には棚や机が並び、その上には見慣れない道具や本が置かれている。中央には円形の台座があり、そこに人の頭ほどの大きさの透明な水晶が載せられていた。


「おおっ!」


 真っ先に声を上げたのは大地だった。


「いかにも魔法って感じじゃねえか!」

「ちょっと、大地! まだ説明聞いてないんだから!」


 美琴がすかさず注意する。


「いや、でもよ。あれ見てテンション上がんねえか?」

「気持ちは分かるけど!」


 薫も水晶へ目を向けた。


 ……鑑定水晶、みたいなやつかな。


 ゲームでなら何度か見たことがあるような魔法の道具。

 まさか、本物らしきものを目にする日が来るとは思わなかった。


「皆、こちらへ」


 水晶の傍らに立っていた男性が、薫たちへ声をかけた。

 白いローブを身につけた、落ち着いた雰囲気の男性だった。


「私はセドリック。ラズリオン王国で魔術の研究と教育を担当している。先ほど召喚の間にもいたのだが、覚えている者はいるかな?」


「あっ」


 薫は思い出した。

 騎士の言葉が突然理解できるようになった、あのとき。


「もしかして、さっき言葉がわかるようになったのって、あなたのおかげですか?」


「うむ。正確には、言葉を理解するための術を施した。詳しいことはいずれ説明しよう」


 セドリックは小さく頷くと、水晶の方へ向き直った。


「さて、これからそなたたちの魔術適性と固有能力を調べさせてもらう。ただし、今日の段階ですべてが分かるわけではない。ここに表示されるのは、あくまでも今確認できる情報だ」


「固有能力、ですか?」


 颯真が尋ねる。


「そうだ。人によって、生まれ持った資質や扱える力は異なる。そなたたち来界者にも、それぞれ違った適性があると考えられる」


 セドリックは水晶へ手を添えた。


「この道具は、それらを調べるためのものだ。危険なことはしないので、安心してほしい」


 説明を聞いても、すぐに前へ出る生徒はいなかった。

 無理もない。

 さっきまで知らなかった世界で、自分の中にあるという未知の力を調べられるのだ。


「……じゃあ、俺からお願いします」


 最初に声を上げたのは颯真だった。


「ああ。では、こちらへ」


 セドリックに促され、颯真が水晶の前に立つ。


「手を触れてくれ」


「はい」


 颯真が右手を水晶へ置くと、その内側に淡い光が灯った。


「おっ……!」


 誰かが声を上げた。

 光はゆっくりと水晶の中心へ集まり、やがて細かな文字のようなものが浮かび上がる。

 セドリックはそれを確認し、興味深そうに頷いた。


「……なるほど。そなたには、風の力が宿っているようだな」


「風、ですか?」


「うむ。風を操り、動きや攻撃に利用する力と考えられる。ただし、実際にどの程度扱えるかは訓練してみなければ分からぬ」


「へえ……」


 颯真は自分の手を見下ろした。

 薫も思わず身を乗り出す。


 ……風かぁ。


 颯真は剣道が強い。特に、一度攻めに転じたときの勢いは凄まじい。鋭い踏み込みから次々と技を繰り出し、相手に息をつく暇を与えない。あの怒涛の攻めに風の力まで加わったら、一体どうなるんだろう。


 ……うん。想像しただけで厄介そうだ。


 薫は思わず苦笑した。


「すげえじゃねえか、颯真!」


 大地が声を上げる。


「いや、まだ使えるかどうかも分かんねえって」


 颯真は苦笑した。


「でも、ちょっと楽しみだな」


 そう言って笑う顔は、いつもの颯真だった。

 続いて綾芽が水晶の前に立った。


「お願いします」

「それでは、手を置いてくれ」


 綾芽が水晶へ触れると、再び淡い光が広がった。


 セドリックが表示を確かめる。


「……《剣域》、か」

「けんいき……?」

「どうやら、間合いや相手の動きを捉える感覚に関わる力のようだ。剣を扱う者には興味深い能力だな」

「剣……」


 綾芽は少し驚いたように目を瞬かせた。


「私、日本で剣道をやっているんです」

「ケンドウ……? それは何だ?

「あ、えっと……竹で作った剣を使って、相手と打ち合う武道です」

「ほう。そなたらの国に伝わる剣術の一つか」


 セドリックは納得したように頷いた。


「こちらの剣術とは勝手も違うだろうが、その経験が役立つ場面もあるかもしれぬ」

「……はい!」


 その言葉に、綾芽は嬉しそうに微笑んだ。


 薫も思わず頷く。

 綾芽は昔から、相手との距離を測るのが上手かった。剣道でも、ただ素早く踏み込むのではなく、ここだという瞬間を見つけるのが得意だった。


 ……確かに、ぴったりかも。


「薫、何笑ってるの?」

「いや、綾芽らしいなって」


「……そう?」


「うん」


 綾芽は少し照れたように笑った。


 その後も、鑑定は順番に進められていった。


 大地には、身体へ力を巡らせて強化する《闘気》の資質が確認された。


「おっしゃあ! なんか強そうじゃねえか!」

「まだ何もしてねえだろ」


 慧が突っ込む。


「分かってるよ! でもよ、こういうのは気持ちが大事だろ!」

「はいはい」


 そんな慧自身には、《術式編纂》という能力が示された。

 セドリックによれば、魔術の構造を読み取り、組み替えることに関わる力らしい。


「……術式の構造、ね」


 慧は水晶をじっと見つめた。


「これ、詳しく調べたら色々できるんじゃねえか?」

「可能性はある。ただし、まずは魔術そのものを学ぶ必要があるな」

「ですよねぇ……」


 残念そうに言いながらも、その目はどこか楽しげだった。

 美琴には、他人の身体能力や集中力を高める支援魔術の適性。


「えっ、あたし、誰かを強くできるってこと?」

「そう考えてよい。ただ、実際の効果や限界は確認が必要だ」

「へえ……! なんか面白そう!」


 美琴が声を弾ませる。


「颯真くんの風とかも強くできるのかな?」

「それも今後調べてみよう」

「やった!」


 続く紗良には、治癒に関わる適性が見つかった。


「治癒……怪我を治せるということですか?」

「その可能性が高い。ただし、どんな傷でも治せるわけではない。治癒術には知識と適切な判断も必要になる」

「……そうなんですね」


 紗良は少し考え、それから真剣な表情で頷いた。


「もし本当に人を治せるのなら、きちんと勉強したいです」

「うむ。その心構えは大切だ」


 灯の番になると、水晶には霊的な存在と関わる適性が示された。


「……霊?」


 セドリックの説明を聞いた灯が、小さく呟く。


「そうだ。霊を感じ取り、場合によっては意思を通わせることもできるかもしれぬ」

「……本当に?」


 それまで緊張していた灯の表情が、わずかに変わった。


「灯、すごいじゃん!」


 美琴が隣から声をかける。


「お化けとか好きだったもんね!」

「う、うん……でも、本当に会えるなら……」


 灯は胸元で手を握った。


「……ちょっと、楽しみかも」


 能力の調査は順調に進んでいた。

 自分にも何か特別な力があると知り、表情を明るくする生徒もいた。一方で、検査を終えても俯いたままの者もいる。

 不思議な力には興味がある。けれど、何か能力が見つかったところで、日本へ帰れるようになるわけではない。


 そして、薫の番が来た。


「では、次はそなたかな」

「あ、はい」


 薫は腕に抱えていた教科書とノートを綾芽に預け、水晶の前へ進んだ。


「よろしくお願いします」

「うむ。先ほどと同じように、手を置いてくれ」


 言われたとおり、右手を水晶に触れさせる。

 ひんやりとした感触が掌に伝わった。


 剣を扱う能力だったら嬉しい。

 もちろん、それ以外でも役に立つものならありがたい。

 そんなことを考えていると、水晶の内部に光が灯った。

 颯真たちのときと同じように、淡い光が集まっていく。


「……ふむ」


 セドリックが表示を確認した。

 だが、すぐには続きを口にしなかった。


「……?」


 薫は顔を上げる。


「あの、どうかしましたか?」

「いや……少し待ってくれ」


 セドリックは水晶の表示をもう一度確かめ、わずかに眉をひそめた。


「……《継承》」

「継承?」

「うむ。そなたの固有能力は、《継承》という名らしい」

「……おお」


 薫は自分の手を見下ろした。

 継承。

 言葉の意味は分かる。

 何かを受け継ぐ、ということだろう。


「それって、具体的には何ができるんですか?」


 当然の疑問だった。

 しかし、セドリックはすぐには答えなかった。


「……それが、どうにも分からぬ」

「……はい?」

「能力名は確かに表示されている。だが、具体的な性質を示す情報が確認できないのだ」


 薫は思わず水晶を覗き込んだ。


 もちろん、表示されている文字を自分で詳しく読めるわけではない。それでも、セドリックが何度も確認している様子から、普通とは違うことだけは分かった。


「……つまり、名前だけ?」

「そういうことになるな」

「そうですか……」


 何かしらの能力があることは分かった。

 けれど、結局何ができるのかは分からない。


「もう一度、調べてもらうことはできますか?」


「無論だ。少し手を離して、もう一度触れてみてくれ」


「はい」


 薫は言われたとおりにした。

 水晶に再び光が灯る。

 セドリックが表示を確認する。


「……やはり同じだな。能力そのものが存在しない、というわけではない。しかし、今の段階では何を継承する力なのか、私にも判断できぬ」


 セドリックは少し考えてから続けた。


「今後、魔術や能力について学ぶうちに分かることもあるだろう。そなた自身が何か変化を感じたら、教えてほしい」


「……分かりました」


 薫は水晶から手を離した。

 颯真には風の力があり、綾芽には《剣域》がある。ほかのみんなにも、それぞれ得意なことが見つかっていた。


 ……俺のは、名前だけか。


 期待していなかったと言えば、嘘になる。剣に役立つ力だったら嬉しかったし、そうでなくても何かできることが増えるなら、それに越したことはない。


 ……今すぐ答えが出る話でもないか。

 これから調べていけば、何か分かるかもしれない。

 そう思うことにして、仲間たちの方へ戻った。


「薫、どうだった?」


 戻ってくると、綾芽が教科書とノートを返してくれた。


「《継承》っていう能力らしいんだけど……何ができるか分かんないんだって」

「継承?」

「うん。何かを受け継ぐってことなのかなぁ」

「……どうなんだろうね」


 綾芽も少し首を傾げた。

 そこへ颯真が近づいてきた。


「まあ、まだ初日だしな。俺たちだって、実際に何ができるかは分かってないだろ?」

「それもそうだね」

「魔術のこともこれから教えてもらえるみたいだし、分からなかったら一緒に調べようぜ」

「うん。ありがとう」


 薫が笑うと、颯真もいつものように笑い返した。


「それに、お前は剣道も榊流もあるだろ。能力のことが分かるまで、やれることはあるんじゃねえか?」

「……そうだね」


 薫は自分の右手へ目を落とした。

 確かに、剣の振り方まで忘れたわけではない。

 それに、今すぐ何かと戦わなければならない状況でもない。


「ま、焦ってもしょうがないか」

「そういうこと」

「薫、無理に何かやろうとしなくていいからね?」


 綾芽が横から言った。


「分かってるよ」

「ほんとに?」

「……そんなに信用ない?」

「そういう意味じゃないけど」


 綾芽が少し笑う。

 薫もつられて笑った。

 能力が分からなかったからといって、二人の接し方が変わるわけではない。

 そのことが、今はありがたかった。

 やがて、ほかの生徒たちの鑑定も一通り終わった。


「皆、ご苦労だった」


 セドリックが水晶から離れ、生徒たちへ向き直る。


「今日はここまでにしよう。今後、魔術の基礎やそれぞれの適性について、順を追って説明する機会を設けるつもりだ」

「今日、能力を使う練習しないんすか?」


 大地が尋ねた。


「興味を持ってくれたのは嬉しいが、皆、まだこの世界へ来たばかりだ。慣れない魔術を扱う前に、まずは身体を休めてほしい」

「……そっかぁ」


 大地は残念そうに肩を落とした。


「ま、今日は色々あったしな」


 慧が言う。


「それに、お前がいきなり力試し始めたら、何壊すか分かんねえし」

「壊さねえよ!」

「声はもう十分でけえけどな」

「うるせえ!」


 二人のやり取りに、何人かが笑った。

 薫も小さく笑いながら、腕の中の教科書を持ち直した。

 魔術。

 固有能力。

 そして、自分に与えられた《継承》という名前。

 まだ分からないことばかりだ。


 ……でも、まあ。


 今日はもう、頭がいっぱいだった。

 薫は窓の外へ目を向けた。

 見知らぬ街の屋根が、遠くまで続いている。

 ここには、学校も、自分の家もない。

 それでも、明日になれば朝は来るのだろう。

 これからどうするかは、そのときまた考えよう。

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