……せめて使い方くらい教えてよ
国王との謁見を終えた薫たちは、体調の確認を終え、再び騎士の案内で城内を移動していた。
来たときとは違い、生徒たちの間に会話は少なかった。
帰る方法は、まだ分からない。
その事実が、皆の頭から離れないのだろう。薫自身も例外ではなかったが、考えたところで今すぐ答えが出るわけでもない。
隣では綾芽が黙って歩いている。少し前を行く颯真は、ときおり振り返って生徒たちの様子を確かめていた。
「……なあ、薫」
「うん?」
「能力って、どうやって調べんだろうな」
大地が声を潜めて尋ねてきた。
「さあ……。魔法とか使うんじゃない?」
「おお、やっぱそう思うか!」
「大地、声でかい」
「おっと」
口元を押さえる大地に、慧が呆れたような視線を向けた。
「まあ、俺もちょっと興味あるけどな。そもそも魔術って何をどうやって動かしてんだ?」
「それが分かったら苦労しないでしょ」
「お前には聞いてねえよ」
「ひどいなぁ」
薫が笑うと、慧も口元を緩めた。
まだ落ち着かないことばかりだったが、こうして友人たちと話していると、少しだけ普段の感覚が戻ってくる。
やがて、一行は廊下の奥にある部屋へ案内された。
広さは教室二つ分ほどだろうか。壁際には棚や机が並び、その上には見慣れない道具や本が置かれている。中央には円形の台座があり、そこに人の頭ほどの大きさの透明な水晶が載せられていた。
「おおっ!」
真っ先に声を上げたのは大地だった。
「いかにも魔法って感じじゃねえか!」
「ちょっと、大地! まだ説明聞いてないんだから!」
美琴がすかさず注意する。
「いや、でもよ。あれ見てテンション上がんねえか?」
「気持ちは分かるけど!」
薫も水晶へ目を向けた。
……鑑定水晶、みたいなやつかな。
ゲームでなら何度か見たことがあるような魔法の道具。
まさか、本物らしきものを目にする日が来るとは思わなかった。
「皆、こちらへ」
水晶の傍らに立っていた男性が、薫たちへ声をかけた。
白いローブを身につけた、落ち着いた雰囲気の男性だった。
「私はセドリック。ラズリオン王国で魔術の研究と教育を担当している。先ほど召喚の間にもいたのだが、覚えている者はいるかな?」
「あっ」
薫は思い出した。
騎士の言葉が突然理解できるようになった、あのとき。
「もしかして、さっき言葉がわかるようになったのって、あなたのおかげですか?」
「うむ。正確には、言葉を理解するための術を施した。詳しいことはいずれ説明しよう」
セドリックは小さく頷くと、水晶の方へ向き直った。
「さて、これからそなたたちの魔術適性と固有能力を調べさせてもらう。ただし、今日の段階ですべてが分かるわけではない。ここに表示されるのは、あくまでも今確認できる情報だ」
「固有能力、ですか?」
颯真が尋ねる。
「そうだ。人によって、生まれ持った資質や扱える力は異なる。そなたたち来界者にも、それぞれ違った適性があると考えられる」
セドリックは水晶へ手を添えた。
「この道具は、それらを調べるためのものだ。危険なことはしないので、安心してほしい」
説明を聞いても、すぐに前へ出る生徒はいなかった。
無理もない。
さっきまで知らなかった世界で、自分の中にあるという未知の力を調べられるのだ。
「……じゃあ、俺からお願いします」
最初に声を上げたのは颯真だった。
「ああ。では、こちらへ」
セドリックに促され、颯真が水晶の前に立つ。
「手を触れてくれ」
「はい」
颯真が右手を水晶へ置くと、その内側に淡い光が灯った。
「おっ……!」
誰かが声を上げた。
光はゆっくりと水晶の中心へ集まり、やがて細かな文字のようなものが浮かび上がる。
セドリックはそれを確認し、興味深そうに頷いた。
「……なるほど。そなたには、風の力が宿っているようだな」
「風、ですか?」
「うむ。風を操り、動きや攻撃に利用する力と考えられる。ただし、実際にどの程度扱えるかは訓練してみなければ分からぬ」
「へえ……」
颯真は自分の手を見下ろした。
薫も思わず身を乗り出す。
……風かぁ。
颯真は剣道が強い。特に、一度攻めに転じたときの勢いは凄まじい。鋭い踏み込みから次々と技を繰り出し、相手に息をつく暇を与えない。あの怒涛の攻めに風の力まで加わったら、一体どうなるんだろう。
……うん。想像しただけで厄介そうだ。
薫は思わず苦笑した。
「すげえじゃねえか、颯真!」
大地が声を上げる。
「いや、まだ使えるかどうかも分かんねえって」
颯真は苦笑した。
「でも、ちょっと楽しみだな」
そう言って笑う顔は、いつもの颯真だった。
続いて綾芽が水晶の前に立った。
「お願いします」
「それでは、手を置いてくれ」
綾芽が水晶へ触れると、再び淡い光が広がった。
セドリックが表示を確かめる。
「……《剣域》、か」
「けんいき……?」
「どうやら、間合いや相手の動きを捉える感覚に関わる力のようだ。剣を扱う者には興味深い能力だな」
「剣……」
綾芽は少し驚いたように目を瞬かせた。
「私、日本で剣道をやっているんです」
「ケンドウ……? それは何だ?
「あ、えっと……竹で作った剣を使って、相手と打ち合う武道です」
「ほう。そなたらの国に伝わる剣術の一つか」
セドリックは納得したように頷いた。
「こちらの剣術とは勝手も違うだろうが、その経験が役立つ場面もあるかもしれぬ」
「……はい!」
その言葉に、綾芽は嬉しそうに微笑んだ。
薫も思わず頷く。
綾芽は昔から、相手との距離を測るのが上手かった。剣道でも、ただ素早く踏み込むのではなく、ここだという瞬間を見つけるのが得意だった。
……確かに、ぴったりかも。
「薫、何笑ってるの?」
「いや、綾芽らしいなって」
「……そう?」
「うん」
綾芽は少し照れたように笑った。
その後も、鑑定は順番に進められていった。
大地には、身体へ力を巡らせて強化する《闘気》の資質が確認された。
「おっしゃあ! なんか強そうじゃねえか!」
「まだ何もしてねえだろ」
慧が突っ込む。
「分かってるよ! でもよ、こういうのは気持ちが大事だろ!」
「はいはい」
そんな慧自身には、《術式編纂》という能力が示された。
セドリックによれば、魔術の構造を読み取り、組み替えることに関わる力らしい。
「……術式の構造、ね」
慧は水晶をじっと見つめた。
「これ、詳しく調べたら色々できるんじゃねえか?」
「可能性はある。ただし、まずは魔術そのものを学ぶ必要があるな」
「ですよねぇ……」
残念そうに言いながらも、その目はどこか楽しげだった。
美琴には、他人の身体能力や集中力を高める支援魔術の適性。
「えっ、あたし、誰かを強くできるってこと?」
「そう考えてよい。ただ、実際の効果や限界は確認が必要だ」
「へえ……! なんか面白そう!」
美琴が声を弾ませる。
「颯真くんの風とかも強くできるのかな?」
「それも今後調べてみよう」
「やった!」
続く紗良には、治癒に関わる適性が見つかった。
「治癒……怪我を治せるということですか?」
「その可能性が高い。ただし、どんな傷でも治せるわけではない。治癒術には知識と適切な判断も必要になる」
「……そうなんですね」
紗良は少し考え、それから真剣な表情で頷いた。
「もし本当に人を治せるのなら、きちんと勉強したいです」
「うむ。その心構えは大切だ」
灯の番になると、水晶には霊的な存在と関わる適性が示された。
「……霊?」
セドリックの説明を聞いた灯が、小さく呟く。
「そうだ。霊を感じ取り、場合によっては意思を通わせることもできるかもしれぬ」
「……本当に?」
それまで緊張していた灯の表情が、わずかに変わった。
「灯、すごいじゃん!」
美琴が隣から声をかける。
「お化けとか好きだったもんね!」
「う、うん……でも、本当に会えるなら……」
灯は胸元で手を握った。
「……ちょっと、楽しみかも」
能力の調査は順調に進んでいた。
自分にも何か特別な力があると知り、表情を明るくする生徒もいた。一方で、検査を終えても俯いたままの者もいる。
不思議な力には興味がある。けれど、何か能力が見つかったところで、日本へ帰れるようになるわけではない。
そして、薫の番が来た。
「では、次はそなたかな」
「あ、はい」
薫は腕に抱えていた教科書とノートを綾芽に預け、水晶の前へ進んだ。
「よろしくお願いします」
「うむ。先ほどと同じように、手を置いてくれ」
言われたとおり、右手を水晶に触れさせる。
ひんやりとした感触が掌に伝わった。
剣を扱う能力だったら嬉しい。
もちろん、それ以外でも役に立つものならありがたい。
そんなことを考えていると、水晶の内部に光が灯った。
颯真たちのときと同じように、淡い光が集まっていく。
「……ふむ」
セドリックが表示を確認した。
だが、すぐには続きを口にしなかった。
「……?」
薫は顔を上げる。
「あの、どうかしましたか?」
「いや……少し待ってくれ」
セドリックは水晶の表示をもう一度確かめ、わずかに眉をひそめた。
「……《継承》」
「継承?」
「うむ。そなたの固有能力は、《継承》という名らしい」
「……おお」
薫は自分の手を見下ろした。
継承。
言葉の意味は分かる。
何かを受け継ぐ、ということだろう。
「それって、具体的には何ができるんですか?」
当然の疑問だった。
しかし、セドリックはすぐには答えなかった。
「……それが、どうにも分からぬ」
「……はい?」
「能力名は確かに表示されている。だが、具体的な性質を示す情報が確認できないのだ」
薫は思わず水晶を覗き込んだ。
もちろん、表示されている文字を自分で詳しく読めるわけではない。それでも、セドリックが何度も確認している様子から、普通とは違うことだけは分かった。
「……つまり、名前だけ?」
「そういうことになるな」
「そうですか……」
何かしらの能力があることは分かった。
けれど、結局何ができるのかは分からない。
「もう一度、調べてもらうことはできますか?」
「無論だ。少し手を離して、もう一度触れてみてくれ」
「はい」
薫は言われたとおりにした。
水晶に再び光が灯る。
セドリックが表示を確認する。
「……やはり同じだな。能力そのものが存在しない、というわけではない。しかし、今の段階では何を継承する力なのか、私にも判断できぬ」
セドリックは少し考えてから続けた。
「今後、魔術や能力について学ぶうちに分かることもあるだろう。そなた自身が何か変化を感じたら、教えてほしい」
「……分かりました」
薫は水晶から手を離した。
颯真には風の力があり、綾芽には《剣域》がある。ほかのみんなにも、それぞれ得意なことが見つかっていた。
……俺のは、名前だけか。
期待していなかったと言えば、嘘になる。剣に役立つ力だったら嬉しかったし、そうでなくても何かできることが増えるなら、それに越したことはない。
……今すぐ答えが出る話でもないか。
これから調べていけば、何か分かるかもしれない。
そう思うことにして、仲間たちの方へ戻った。
「薫、どうだった?」
戻ってくると、綾芽が教科書とノートを返してくれた。
「《継承》っていう能力らしいんだけど……何ができるか分かんないんだって」
「継承?」
「うん。何かを受け継ぐってことなのかなぁ」
「……どうなんだろうね」
綾芽も少し首を傾げた。
そこへ颯真が近づいてきた。
「まあ、まだ初日だしな。俺たちだって、実際に何ができるかは分かってないだろ?」
「それもそうだね」
「魔術のこともこれから教えてもらえるみたいだし、分からなかったら一緒に調べようぜ」
「うん。ありがとう」
薫が笑うと、颯真もいつものように笑い返した。
「それに、お前は剣道も榊流もあるだろ。能力のことが分かるまで、やれることはあるんじゃねえか?」
「……そうだね」
薫は自分の右手へ目を落とした。
確かに、剣の振り方まで忘れたわけではない。
それに、今すぐ何かと戦わなければならない状況でもない。
「ま、焦ってもしょうがないか」
「そういうこと」
「薫、無理に何かやろうとしなくていいからね?」
綾芽が横から言った。
「分かってるよ」
「ほんとに?」
「……そんなに信用ない?」
「そういう意味じゃないけど」
綾芽が少し笑う。
薫もつられて笑った。
能力が分からなかったからといって、二人の接し方が変わるわけではない。
そのことが、今はありがたかった。
やがて、ほかの生徒たちの鑑定も一通り終わった。
「皆、ご苦労だった」
セドリックが水晶から離れ、生徒たちへ向き直る。
「今日はここまでにしよう。今後、魔術の基礎やそれぞれの適性について、順を追って説明する機会を設けるつもりだ」
「今日、能力を使う練習しないんすか?」
大地が尋ねた。
「興味を持ってくれたのは嬉しいが、皆、まだこの世界へ来たばかりだ。慣れない魔術を扱う前に、まずは身体を休めてほしい」
「……そっかぁ」
大地は残念そうに肩を落とした。
「ま、今日は色々あったしな」
慧が言う。
「それに、お前がいきなり力試し始めたら、何壊すか分かんねえし」
「壊さねえよ!」
「声はもう十分でけえけどな」
「うるせえ!」
二人のやり取りに、何人かが笑った。
薫も小さく笑いながら、腕の中の教科書を持ち直した。
魔術。
固有能力。
そして、自分に与えられた《継承》という名前。
まだ分からないことばかりだ。
……でも、まあ。
今日はもう、頭がいっぱいだった。
薫は窓の外へ目を向けた。
見知らぬ街の屋根が、遠くまで続いている。
ここには、学校も、自分の家もない。
それでも、明日になれば朝は来るのだろう。
これからどうするかは、そのときまた考えよう。




