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火を継ぐ者の帰る道  作者: いわんちょちょ
第1章 ラズリオン編
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突然、魔方陣

 二時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。


 教師が教室を出ていくと、生徒たちは一斉に席を立ち始めた。三時間目は移動教室だ。教科書を鞄にしまう者もいれば、すでに廊下へ出ていった者もいる。

 薫も机の中から次の授業で使う教科書を取り出し、ノートと一緒に抱えた。


「颯真、次ってどこの教室だっけ?」

「ん? 時間割に書いてあっただろ」

「いや、見たんだけどさ。何階だったかなって」

「お前なぁ……」

「二人とも、まだ準備してるの?」


 声をかけてきたのは綾芽だった。すでに教科書を抱え、いつでも移動できる格好をしている。


「薫、さっきも確認してなかった?」

「いやぁ、ちょっと記憶が曖昧で」

「もう。ちゃんと覚えときなよ」

「ごめんて」

「ごめんじゃない」


 綾芽が笑った。

 近くでは、紗良も鞄から教科書を取り出していた。机の上に残っていた筆箱をしまうと、隣の席の女子生徒へ声をかける。


「そろそろ行きましょうか。次の授業、移動がありますから」

「あ、ちょっと待って! まだ準備できてない!」

「ふふっ、慌てなくても大丈夫ですよ」


 紗良は笑いながら、その子が準備を終えるのを待っていた。


 少し離れた席では、慧がまだ本を読んでいた。


「おい慧、そろそろ行くぞ」

「分かってるって。あとちょっと」

「さっきからそれ言ってんだろ」

「うるせえな。今いいところなんだよ」


 大地が呆れた顔をすると、慧はようやく本にしおりを挟んだ。

 薫もそろそろ移動しようと、教科書を抱え直した。

 そのときだった。


「……ん?」


 足元に、細い光の線が見えた。

 最初は窓から差し込んだ日差しが反射したのかと思った。だが、違う。光は机の脚の間を縫うように伸び、床の上をゆっくりと走っている。


「おい、何だこれ?」


 大地の声が聞こえた。


「……は? 何だよ、これ」


 いつもなら何かしら軽口を返す慧も、今ばかりは床の模様を見つめていた。


「慧、お前何か分かんのか?」

「……分かるわけねえだろ。こんなの初めてだ」


 薫が顔を上げると、教室のあちこちで生徒たちが足元を見つめていた。


「え、何これ……?」


 綾芽も不思議そうに床を見下ろしている。

 光の線は次々と枝分かれし、円を描き、見たこともない模様を形作っていく。


「ちょっと、何これ!?」

「美琴ちゃん……!」

 美琴の声に、灯の不安そうな声が重なる。

「皆さん、少し離れた方が……!」


 紗良が声を上げた。


「おい、何だよこれ!」


 教室の出入口にいた男子生徒が、慌てて廊下へ飛び出そうとした。

 だが、その足が不自然に止まった。


「……は?」


 男子生徒は目の前に手を伸ばし、何かを確かめるように押してみる。しかし、手は空中で止まり、それ以上先へ進まない。


「ちょっ、何だこれ! 出られねえ!」


「えっ、どういうこと?」


「分かんねえよ! 何かあんだよ、ここ!」


 男子生徒は今度こそ抜け出そうと肩から身体を押しつけたが、見えない何かに押し戻され、よろめいた。


 ……何だ、今の。


 薫は思わず出入口へ目を向けた。

 扉は開いている。廊下も、その先を歩いていく生徒たちも見えている。

 なのに、出られない?


「薫!」


 颯真の声がした。

 振り向こうとした瞬間、床の模様が一際強く輝いた。


 眩しい。


 薫は思わず目を細めた。

 誰かが何かを叫んでいた。

 けれど、その声を聞き取るより早く、白い光が視界を埋め尽くした。




 視界を埋め尽くしていた白い光が、少しずつ薄れていく。

 薫は何度か瞬きをした。眩しさが残っているせいか、目の前の景色がぼんやりとしか見えない。


 ……あれ?


 おかしい。さっきまで教室にいたはずなのに、見慣れた机も、椅子も見当たらなかった。

 薫は目を細めたまま、ゆっくりと顔を上げた。

 最初に目に入ったのは、高い天井だった。教室とは比べものにならないほど広い空間に、太い石柱が何本も並んでいる。周囲を囲むように立っているのは、白いローブをまとった人々だ。


 ……どこだ、ここ。


 慌てて足元に目を落とす。そこには、先ほど教室で見たものとよく似た模様が広がり、淡い光を放っていた。

 周囲からは、生徒たちの戸惑った声が聞こえてくる。

 薫はもう一度顔を上げた。広間を囲むように、白いローブをまとった見知らぬ人々が立っている。


 ……いや、待って。何が起きたんだ?


 腕の中には、三時間目の授業に持っていくはずだった教科書とノートがある。ついさっきまで、颯真たちと次の授業の話をしていた。

 それなのに、どうしてこんな場所にいるんだろう。


「……薫!」


 聞き慣れた声に振り向くと、颯真がすぐ近くに立っていた。


「颯真……ここ、どこ?」

「分かんねえ。お前、どっか怪我してないか?」

「うん、大丈夫。颯真は?」

「俺も平気だ」


 少し離れたところでは、綾芽が周囲の生徒たちに声をかけていた。大地は落ち着かない様子で辺りを見回し、慧は床に描かれた模様をじっと見つめている。


「ちょっと、何なのこれ……!」

「美琴ちゃん、あの……」

「大丈夫、灯。あたしもいるから」


 美琴はそう言って灯のそばに立っていたが、その表情には明らかに戸惑いが浮かんでいた。

 ほかの生徒たちも同じだった。互いに名前を呼び合い、誰かが泣きそうな声で学校に帰りたいと言っている。


 薫は手元へ目を落とした。

 教科書とノート。

 三時間目の授業へ持っていこうとしていたものが、そのまま腕の中にある。


 ……いや、本当に何が起きたんだ。


 そのとき、広間の奥から重い音が響いた。

 大きな扉が開き、鎧をまとった男たちが入ってくる。


「……騎士?」


 誰かが呟いた。

 確かに、そうとしか見えなかった。金属製の胸当てに、腰へ提げられた剣。映画やゲームで見るような格好だが、目の前にいるのは本物の人間だ。


 薫は思わず姿勢を正した。


 ……本物、だよな。あれ。


 男たちは一定の距離を保って立ち止まった。剣に手をかける様子はない。

 先頭の男が何かを話した。


「……、…………?」


 ……今なんて言った?


 薫は思わず眉をひそめた。

 声は確かに聞こえた。何かを問いかけられたようにも思える。だが、言葉としてはまったく理解できない。

 日本語ではない。英語でもなさそうだ。


 ……何語なんだ、これ。


「何て言ってんだ?」

「分かんねえよ」


 大地と慧の声が聞こえた。

 騎士もこちらの反応を見て、何かに気づいたらしい。後方にいる白いローブの人々へ目を向けた。

 すると、その中から一人の男が進み出た。

 落ち着いた様子の男だった。周囲の騒ぎにも慌てることなく、生徒たちを一度見渡すと、静かに片手を上げる。

 指先に、小さな光が集まった。


「えっ……?」


 光が細い輪のように広がり、ふわりと宙へ散った。

 薫は反射的に身構えたが、痛みも熱さもない。


 ……何、今の。


 男が先頭の騎士へ頷く。

 騎士は改めてこちらへ向き直り、口を開いた。


「皆様、私の言葉がお分かりになりますか?」

「……え?」


 薫は耳を疑った。

 言葉の響きは、先ほどと変わらない。日本語ではないはずなのに、今度はその意味が理解できた。

 頭の中で翻訳しているわけでもない。ただ、聞けば何を言っているのか分かる。


 ……何だ、これ。


「え、待って。今、何て……」

「言葉、分かるようになってない?」

「どういうこと?」


 生徒たちの間に、再びざわめきが広がった。

 騎士はその様子を確かめると、静かに頷いた。


「突然のことで、皆様が混乱されているのは承知しております。まずは、どうか落ち着いてお聞きください」


 よく通る、落ち着いた声だった。

 大声を張り上げるわけでも、必要以上に柔らかく話しかけるわけでもない。


「皆様に危害を加えるつもりはございません。こちらの兵も、皆様を傷つけるためにいるのではありません」


 そう言って、騎士は後ろに控える兵たちへ目を向けた。

 彼らも静かに立ったままで、こちらへ近づこうとはしない。

 それでも、生徒たちの不安が消えるわけではなかった。


「……ここ、どこなんですか?」


 前に出たのは、颯真だった。

 薫は隣の親友へ目を向ける。

 表情こそ硬いものの、颯真は騎士から視線を逸らしていなかった。


「俺たち、さっきまで学校にいたんです。なのに、急に光って……気づいたらここにいました。何が起きたのか、説明してもらえませんか?」


 騎士は颯真の言葉を最後まで聞いてから、ゆっくりと口を開いた。


「承知しました。まず、ここはラズリオン王国の王城です」


「……ラズリオン?」


 綾芽が小さく呟いた。

 薫も聞いたことのない国名に首を傾げる。


「はい。そして皆様は、我々の行った召喚術によって、この場所へお越しになりました」


 召喚術。

 薫はその言葉を頭の中で繰り返した。


 ……召喚?

 聞き覚えはある。

 ゲームや小説でなら。

 でも、まさか。


「それって……俺たちを、ここに呼んだってことですか?」

「そのとおりです」

「俺たちの意思とは関係なく?」


 颯真の声が、少しだけ硬くなった。

 騎士はすぐには答えず、一度だけ頷いた。


「……はい。その点についても、我々からご説明しなければなりません」

「じゃあ、帰れるんですか?」


 別の生徒が声を上げた。


「そうだよ! 学校は!? 家はどうなるの!?」


 その声をきっかけに、あちこちから質問が飛び始めた。

 騎士は遮らずに耳を傾けていたが、やがて片手を上げた。


「皆様のご不安はもっともです。ですが、今ここで私からお答えできることには限りがございます」

「そんな……」

「詳しい事情については、国王陛下より直接ご説明いたします。その前に、体調の優れない方はいらっしゃいませんか?」


 紗良が近くで座り込んでいた女子生徒へ声をかけた。


「大丈夫ですか? 立てそうですか?」

「……うん。ちょっと、びっくりしただけ」


 颯真もその様子を確認し、改めて騎士へ向き直った。


「……分かりました。ひとまず、話を聞かせてください」


 騎士は頷いた。


「ありがとうございます」


 颯真は振り返り、薫たちへ目を向けた。


「みんな、まずは一緒に話を聞こう。ここで騒いでも、何も分からないままだしさ」


「……まあ、そうだな」


 大地が腕を組んで頷く。


「それに、向こうも説明するつもりはあるみたいだしな」


 慧も騎士たちへ目を向けたまま言った。

 それでも、不安が消えたわけではない。生徒たちの間では小声でのやり取りが続き、騎士たちを警戒するように見つめる者もいた。


 薫はもう一度、広間を見回した。

 見知らぬ場所に、見知らぬ人々。ここがどこなのかも、どうすれば帰れるのかも分からない。

 相手を信用していいかどうかも、まだ判断できなかった。


 ……でも、今は話を聞くしかないか。


 騎士が静かに一礼した。


「それでは、国王陛下がお待ちです。ご案内いたします」


 騎士たちが入ってきた扉の方へ、案内役の男が歩き出す。

 颯真が先にその後を追った。綾芽も続き、周囲の生徒たちも互いの顔を見合わせながら、少しずつ歩き始める。


 薫は腕に抱えた教科書を持ち直すと、二人の後を追った。

 ほんの少し前まで、三時間目の授業を受けるはずだった。

 それなのに、今から会うのは国王だという。


 ……いや、本当にどうなってるんだろう。


 薫は答えの出ないまま、見知らぬ廊下へ足を踏み出した。



ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

ストックに少し余裕があるので、本日はこのあとさらに2話投稿する予定です。

引き続き読んでいただけたら嬉しいです。

今後ともよろしくお願いします!

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