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火を継ぐ者の帰る道  作者: いわんちょちょ
第1章 ラズリオン編
11/20

できること、できないこと

 初めて魔物と戦った日から、およそ三週間が過ぎた。


 あれからも薫たちは授業と訓練を続け、少しずつ実戦に出る機会を増やしていた。王国側も、これまでの訓練や実戦での様子を踏まえ、危険度の低い任務については来界者だけで担当することを認めるようになっていた。


 もちろん、何でも自由に任せてもらえるわけではない。任務の内容や危険度は事前に確認されるし、状況によっては撤退することも求められる。


 それでも、自分たちだけで行動できる機会が増えたことは、薫にとって少し嬉しい変化だった。


 そして、この三週間で変わったことがもう一つある。


「……よし」


 薫は左腕に装着した籠手を確かめ、小さく頷いた。

 以前、装備の相談で希望していた鉤縄の射出機構が完成したのだ。


 籠手には鉤を射出する仕組みと、伸ばした鋼線を巻き取るための機構が組み込まれている。鉤を引っ掛けた場所へ身体を引き寄せたり、離れた場所にあるものへ引っ掛けたりと、使い方次第では色々な場面で役に立つ。


 完成品を受け取った薫は、盗賊ギルドで何度も試し、扱い方を覚えてきた。


 もっとも、最初からうまく使えたわけではない。

 狙った場所へ鉤が掛からなかったり、巻き取りの勢いに身体が引かれて姿勢を崩したり。左腕に掛かる負担も、手で投げる鉤縄とは随分違っていた。

 鉤が掛かったからといって、すぐに身体を持ち上げていいわけでもない。引っ掛けた枝や岩が体重に耐えられるか、鋼線が途中で擦れていないか。確認を怠れば、かえって危険な目に遭うことになる。


 それでも練習を重ねるうちに、少しずつ扱えるようになってきた。

 今では右手に剣を持ったまま、左腕から鉤を射出することもできる。


「おーい、薫! 準備できたか!」


 背後から声が飛んできた。

 振り返ると、大地がこちらへ歩いてきている。その後ろには慧と紗良の姿もあった。


「うん。いつでもいけるよ」

「よっしゃ! じゃあ行くか!」

「お前、遠足にでも行くつもりかよ」


 慧が呆れたように言った。


「なんだよ、元気があるのはいいことだろ!」

「限度ってもんがあるだろうが」

「まあまあ。元気があるのはいいことですよ」


 紗良が苦笑しながら二人を宥める。


 薫も笑ってから、今回の任務について書かれた紙を取り出した。


 王都の外れにある森林地帯で、コボルドの群れが確認されたという。

 現時点では人里への大きな被害は報告されていないものの、群れの規模や移動方向が分かっていない。そのため、今回は周辺を調査し、確認できた情報を持ち帰ることになっていた。

 討伐ではなく、調査が目的だ。


「じゃあ、確認だけしておこうか。今回は見つけても、無理に戦わない。数と居場所、それから移動してる方向が分かれば十分だから」

「分かってるって!」

「……本当か?」

「慧、お前さっきからオレを何だと思ってんだよ!」

「突っ走る奴」

「即答すんな!」


 そんなやり取りを聞きながら、薫は思わず笑った。


 今回はこの四人だ。


 大地が前衛、慧が魔術による後方支援、紗良が治療を担当する。そして薫は、先行して周囲を確認する斥候役だった。


 それぞれ得意なことは違う。

 だからこそ、できることを分担すれば、自分たちだけでも任務をこなせるはずだ。


「それじゃ、行こうか」


 薫の言葉に三人が頷き、一行は王都を出発した。


     ◇


 目的地の森へ入ると、薫は少し先を歩きながら周囲を確かめた。


 木々の間から差し込む陽光が地面にまだらな模様を作り、足元には枯れ葉が積もっている。人の手があまり入っていないらしく、ところどころに倒木や大きな岩が転がっていた。


 薫は歩調を緩め、湿った地面へ目を向けた。


「この辺りからかな」


 土の上には、小さな足跡がいくつか残っていた。

 しゃがんで確かめると、同じ方向へ向かう跡が複数重なっている。輪郭の崩れたものもあるが、新しく見える足跡も混じっていた。


「何かあったか?」


 後ろから大地が顔を覗かせる。


「うん。足跡がある。たぶん、こっちに行ったんだと思う」

「おお、マジか! よく分かるな!」

「まだ確実じゃないけどね。……ちょっと上から見てみようかな」


 薫は近くの木へ目を向けた。

 地上では茂みや倒木が視界を遮っている。少し高い位置から周囲を見渡せれば、何か分かるかもしれない。


 左腕を持ち上げ、籠手の鉤縄を構える。

 狙いは、頭上に伸びた太い枝の付け根だった。

 機構を作動させると、乾いた金属音とともに鉤が射出された。伸びた鋼線の先で鉤が枝へ引っ掛かり、薫は軽く引いて固定を確かめる。

 枝の付け根にしっかり掛かっている。


 薫は幹へ足を掛け、巻き取りの力を借りながら身体を持ち上げた。


「おおっ!」


 下から大地の声が上がる。


「すげえな、それ! めちゃくちゃ便利じゃねえか!」

「大地、声でかい」

「おっと、わりぃ」


 薫は小さく苦笑し、足を掛けられる場所を探しながら登っていった。

 途中で身体が横へ揺れ、慌てて幹へ足を押しつける。左肩に思ったより負担が掛かったが、足場を取り直すと姿勢が安定した。


 ……まだ、ちょっと怖いな。


 訓練で何度も使ってきたとはいえ、地面から足が離れる感覚には完全には慣れていない。

 巻き取りの速度を緩め、最後は自分の足で枝へ登った。

 そこは、ちょうど身体を安定させられる太さがあった。


 薫は枝に片手を添え、木々の隙間へ目を凝らした。

 地上にいるときよりも、周囲の様子がよく分かる。

 少し離れた場所で、小さな影が動いていた。


「……いた」


 コボルドだ。


 背の低い人型の魔物が、茂みの向こうを歩いている。


 一体、二体。


 さらに奥にも動く影があった。


 薫は姿勢を低くし、しばらく様子を観察した。

 確認できたコボルドたちは、森の奥から緩やかな斜面の方へ移動しているらしい。その先には開けた土地があり、さらに進めば街道へ出られるはずだった。


 ……なるほど。


 少なくとも、放っておいていい場所ではなさそうだ。


 薫は確認できた数と移動方向を頭に入れ、慎重に木を下りた。


「どうだった?」


 慧が尋ねる。


「何体か確認できたよ。奥にもいるみたいだから、もう少し多いかもしれない。移動してる方向も、ちょっと気になるかな」

「街道の方か?」

「うん。まだ向かってるとは言い切れないけど」


 慧は腕を組んで考え込んだ。


「だったら、もう少しだけ様子を見たいな。数が分からないまま戻っても、対処しづらいだろ」

「そうだね。でも、あんまり近づくのは危ないと思う」

「そこはお前に任せる」

「……責任重大だなぁ」


 薫が苦笑すると、大地が肩を叩いてきた。


「何かあってもオレがいるだろ」


 いつもより声を落としている。


「うん。頼りにしてるよ」

「おう!」

「……だからって、突っ込むなよ?」

「慧、お前またそれかよ……」


 薫と紗良は、顔を見合わせて小さく笑った。


     ◇


 その後、一行はさらに森の奥へ進んだ。


 途中には大きな岩がいくつも転がっており、木々の間に狭い道ができている。薫は三人にその場で待つよう伝え、近くの岩へ目を向けた。

 少し高い位置からなら、先ほど見えなかった場所も確かめられそうだった。


 薫は岩の突起へ鉤縄を掛け、固定を確かめてから登り始めた。

 以前なら大きく回り込む必要があった場所だが、今は比較的簡単に上へ登れる。

 もっとも、どこにでも鉤を掛けられるわけではない。最初に狙った突起では鉤が滑り、結局、別の場所を探すことになった。

 足場によっては、自分の手足でよじ登った方が早い。


 ……これ、便利だけど、万能じゃないな。


 それでも、使える場所があるだけで随分助かる。


 薫は岩の上から周囲を見渡した。

 少し先に、木々のまばらな場所がある。

 そこには複数の足跡が重なっており、踏み荒らされた草の間に細い道ができていた。


 ……結構いるな。


 薫は身を低くし、さらに奥を確かめようとした。

 そのときだった。


「ギャッ!」


 甲高い声が響いた。


 薫は反射的に振り返った。

 先ほど確認していた群れとは別の方向から、コボルドが近づいてきていた。

 その一体が、岩の下にいる大地たちに気づいたのだ。


「……やば」


 コボルドが再び声を上げる。

 それに応じるように、近くの茂みが次々と揺れ始めた。


 薫は岩の縁へ移動し、足場を確かめながら急いで下りた。


「見つかった! みんな、逃げるよ!」

「おう!」


 大地が前へ出た。

 ほかの三人が下がる間、追ってくるコボルドたちを食い止めるためだ。

 茂みから飛び出してきたコボルドは、小柄ながら素早い動きで距離を詰めてくる。手には粗末な剣や棍棒を握っていた。


「慧、追いかけてきてる!」

「分かってる! あっちの窪地まで引きつけろ!」


 慧が指さした先には、湿った土が広がる窪地があった。その脇には、木々の間を抜ける比較的乾いた地面が続いている。


「あそこを通らせる気?」

「そうだ。足元を崩して追っ手を止める。俺たちは横から抜けるぞ」

「分かった!」

「大地、少しだけ時間稼げるか!」

「任せろ!」


 大地は拳を握り、迫ってくるコボルドの前へ立った。


 薫は一度足を止め、敵の数と仲間の位置を確かめる。

 追っ手はさらに増えていた。

 このまま正面から戦うのは、得策ではない。


「大地、無理しないで! 足止めだけでいい!」

「分かってる!」


 大地は迫ってきたコボルドの前へ踏み出した。

 最初の一体が、短い棍棒を振り上げる。

 大地はその腕を受け流すと、拳に《闘気》を集中させ、がら空きになった胴へ打ち込んだ。


「おらぁっ!」


 鈍い音とともにコボルドの身体が後ろへ吹き飛び、続いて迫っていた一体を巻き込んだ。

 しかし、それで終わりではなかった。

 倒れた仲間を避け、別のコボルドが横から迫ってくる。


 大地はすぐに身体を向け直した。


「慧! まだか!」

「今やってるよ!」


 慧は窪地の脇で膝をつき、地面へ片手を押し当てていた。

 魔力を土へ流し込み、術式を組み立てていく。

 湿っていた地面が少しずつ柔らかくなり、表面に水が浮き始めた。踏み込めば足を取られそうな泥が、窪地の中央から広がっていく。

 だが、追っ手の進路を塞ぐには、まだ範囲が足りない。


「大地、下がれ! あと少しだ!」

「まだ来てる!」


 大地は叫び返し、前へ踏み込んだ。

 飛び込んできた一体を押し返し、続くコボルドが振り下ろした武器を腕で受ける。

 ガッ、と硬い音がした。


「ぐっ……!」


 刃が籠手の縁を滑り、その上の腕を切り裂いた。

 大地が顔を歪める。

 袖の裂け目から血が滲み、すぐに腕を伝い始めた。


「大地!」


 薫が叫ぶ。


「もう十分! 下がって!」

「……っ、分かってる!」


 大地は目の前の相手を蹴り離し、後ろへ下がった。

 それを追って、コボルドたちが一斉に駆け出す。

 足を踏み入れようとした先には、慧が術式を広げていた窪地があった。


「できた! 全員、こっちだ!」


 慧が地面から手を離した。

 追ってきたコボルドの足元で、泥が大きく沈み込む。


「ギャオッ!?」


 先頭の一体が足を取られ、前のめりに転んだ。

 その後ろから来たコボルドも、急に足場が変わったことで踏ん張りきれない。互いにぶつかり、泥へ足を取られて動きが鈍った。

 完全に閉じ込められるほどではない。

 それでも、追跡を妨げるには十分だった。


「今のうちに!」


 薫は大地の腕を見た。

 裂けた袖から、まだ血が流れている。


「大地、走れる?」

「おう! このくらいなら……!」

「分かった。とりあえず離れよう」


 薫は紗良と慧を先へ促し、大地の後ろを警戒しながら乾いた地面へ回り込んだ。

 背後からはコボルドの鳴き声が聞こえていたが、すぐに追いついてくる様子はない。

 四人は木々の間を抜け、足場のよい場所を選びながら森の外側へ向かって後退していった。


     ◇


 追っ手の声が聞こえなくなってからも、しばらく歩き続けた。


 薫が何度か後方を確かめ、安全に休めそうな場所を見つけたところで、ようやく一行は足を止めた。


「……ふぅ。何とかなったな!」


 大地が笑った。

 しかし、額には汗が浮かび、いつもより顔色もよくない。


「朝倉くん」


 紗良が近づいた。


「腕を見せてください」

「ん? ああ、これか。大丈夫だって、このくらい」

「大丈夫かどうかはこちらで確認します。座ってください」

「……お、おう」


 きっぱりと言われ、大地は近くの岩へ腰を下ろした。


 紗良は負傷した腕の防具を慎重に外し、傷口を確かめる。

 裂けた袖の下には、思ったよりも深い傷があった。籠手の縁から腕に沿って切られており、傷の周りには血が広がっている。


「……かなり切れていますね」

「マジか」

「痛みはどうですか?」

「んー、結構痛えな。でも、動くぜ」

「今は動かさないでください」


 紗良は清潔な布で傷口を押さえ、出血の具合を確かめた。

 大地が少し顔をしかめる。


「……いてて」

「痛いのは分かりますけど、少し我慢してくださいね」

「へいへい……」


 普段なら何か言い返していそうな大地も、今は素直に従っていた。

 紗良は傷の状態を確かめると、両手をかざした。


「《ヒーリング》」


 淡い光が手元に集まり、大地の腕を包み込む。

 裂けていた皮膚が少しずつ寄り、傷口から流れていた血が止まっていく。

 大地は目を丸くした。


「おお……相変わらずすげえな、それ」

「まだ動かないでくださいね」

「おう」


 紗良は集中を切らさず、傷の状態を確かめながら治療を続けた。

 やがて魔法の光が消えると、傷口は塞がり、出血も止まっていた。


「……ひとまず、傷は塞がりました」

「よっしゃ! じゃあ、もう大丈夫だな!」


 大地が勢いよく立ち上がろうとした。

 しかし、腰を浮かせたところで身体がふらつく。


「……おっと?」

「大地!」


 薫が咄嗟に肩を支えた。


「……あれ? 何だ、ちょっと立ちくらみが」

「朝倉くん。だから、まだ座っていてください」


 紗良の声が少し厳しくなった。

 大地は大人しく岩へ座り直す。


「傷は塞がりました。でも、失った血まで戻ったわけではありません」

「……そうなのか?」

「はい。治癒魔法で出血を止めたり、傷ついた部分を治したりすることはできます。でも、流れ出た血がそのまま身体へ戻るわけではないんです」


 紗良は血のついた布へ目を落とした。


「それに、さっきまでずっと戦っていたでしょう? 今は疲れもあると思います。急に立ち上がったりせず、少し休んでください」

「……なるほどな」


 大地は自分の腕へ目を向けた。

 さっきまで血が流れていた傷は、すでに塞がっている。

 それなのに、身体にはまだ妙なだるさが残っていた。


「……便利だけど、何でも治せるわけじゃねえんだな」

「そういうことです」


 紗良は頷き、改めて大地の顔色を確かめた。


「王都に戻ったら、医療の方にも診てもらいましょう。今日はもう戦闘禁止です」

「えっ、マジで?」

「マジです」


 普段より少しくだけた返しに、大地が目を瞬かせた。


 その隣で、慧が深いため息をつく。


「……お前さぁ」

「なんだよ」

「だから無理するなって言っただろうが」

「いや、でもよ。あそこでオレが下がったら、お前の魔法が間に合わなかったかもしれねえだろ?」

「それはそうだけどな。もう一歩下がっても時間は稼げただろ。わざわざ前へ出る必要はなかったんじゃねえの?」

「……うっ」


 大地が言葉に詰まる。


 薫も腕を組み、先ほどの状況を思い返した。


 大地が敵を押さえてくれたおかげで、慧の魔法は間に合った。

 それは間違いない。

 けれど、慧が言うように、相手を押し返しながら少しずつ下がる方法もあったかもしれない。


「……俺も、もう少し早く周りを確認できてたらよかったかな」

「いや、薫はちゃんと見つけてくれたじゃねえか」

「うん。でも、別の方向から来てたコボルドには気づけなかったから」


 薫は少し苦笑した。


「斥候としては、まだまだだね」

「……まあ、今回は誰か一人のせいじゃないな」


 慧が言った。


「俺も泥を広げるのに時間が掛かったし。もう少し早く準備できてりゃ、大地が怪我することもなかったかもしれない」

「それはそうかもしれませんね」


 紗良も頷いた。


「でも、大切なのは、全員が無事に戻れるようにすることだと思います。治療できるからといって、怪我をしていいわけではありませんから」


 大地はしばらく黙っていた。

 それから、少し気まずそうに頭を掻いた。


「……悪かった。次は気をつける」

「お願いしますね」


 紗良は柔らかく笑った。


 薫もほっと息を吐いた。

 大地の傷が治ったのはよかった。ただ、立ち上がった途端にふらついた姿を見ると、決して軽い怪我ではなかったのだと分かる。

 それに、紗良がいなければ、帰るまでにもっと苦労していたかもしれない。

 誰かが前に出なければならない場面はある。

 けれど、だからといって、怪我をすることを前提に動いていいわけではない。

 その判断は、きっと自分にも必要になる。


 薫はもう一度、大地の腕へ目を向けた。

 籠手には刃が当たった跡が残っている。


 次は、ああなる前に動けるようにしないとな。


 そう思いながら、薫は森の方へ視線を向けた。


     ◇


 しばらく休憩したあと、四人は帰路についた。

 調査は途中で切り上げることになったが、群れの位置や確認できた数、移動方向については報告できそうだった。

 無理に戦わず、情報を持ち帰る。

 それも、今回の任務の大切な目的だ。


「しっかし、薫よお。その鉤縄、結構便利だよなぁ」


 歩きながら、大地が口を開いた。


「ん? ああ、これ?」


 薫は左腕を持ち上げた。


「うん。使える場所があれば、結構助かるね」

「オレも欲しいわ!」

「お前には向いてねえと思うぞ」


 慧が即座に返した。


「なんでだよ!」

「勢いよく飛ばして、そのまま腕ごと持ってかれそうだから」

「そんなヘマしねえよ!」

「今日のことがあったあとに言われてもなぁ」

「ぐっ……!」


 大地が再び言葉に詰まった。


 薫は笑いをこらえながら、左腕の籠手を軽く叩いた。


「でも、これも腕への負担が結構あるからね。慣れないと危ないと思うよ」

「そっかぁ。じゃあ、やっぱ薫に任せとくか」

「うん。その方がいいかも」

「……何だよ、薫まで!」


 今度は紗良も小さく笑った。


 しばらく歩くと、木々の間から王都の城壁が見えてきた。


 大地の歩調は普段より遅かったが、適度に休憩を挟みながら進めていた。紗良はときどき顔色を確かめ、慧も何だかんだ言いながら、大地の歩幅に合わせている。


 薫はそんな三人を見ながら、少しだけ笑みを浮かべた。


 初陣の日も、今日も、うまくいかないことは多かった。

 自分には足跡を追ったり、高い場所から周囲を調べたりすることができる。大地は敵を食い止め、慧は魔法で退路を作り、紗良は怪我を治してくれた。


 その一方で、見落とした敵もいたし、魔法が完成するまでには時間が掛かった。治癒魔法にも、できることとできないことがある。

 それぞれ得意なことがあっても、それだけで何もかもうまくいくわけではない。

 けれど、一人では気づけなかったことも、仲間と一緒なら見えてくる。

 今日だって、誰か一人だけでは無事に帰れなかったかもしれない。


「……榊くん?」


 紗良に声を掛けられ、薫は顔を上げた。


「あ、うん。何?」

「何だか嬉しそうだったので」

「ああ。いや、なんでもないよ」


 薫は少し笑った。


「こうやって、みんなで任務に出るのも悪くないなって」

「……そうですね」


 紗良が微笑んだ。


 その前では、大地と慧がまた何か言い合っている。


「だから次は怪我しねえって!」

「それ、次も突っ込む気満々じゃねえか!」

「ちげえよ!」

「……ふふっ」


 薫は思わず笑ってしまった。


 その声に二人が振り返る。


「おい、薫! お前も何とか言ってくれよ!」

「えっ、俺?」


 突然話を振られ、薫は少し考えた。


「……とりあえず、紗良さんの言うことは聞いた方がいいと思うよ」

「お前までそっちかよ!」

「朝倉くん?」

「……はい」


 紗良に名前を呼ばれた途端、大地が大人しくなった。


 薫と慧は顔を見合わせ、声を上げて笑った。


お読みいただきありがとうございます。

来週から、毎週火曜日と金曜日にそれぞれ2話ずつ投稿する予定です。

引き続きよろしくお願いいたします!

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