ノアの方舟
ニアに案内されるようにリビングへ上がると、カーペットに丸いテーブルが置いてあって、その前にソファがあるだけの簡素な部屋だった。ニアが不思議そうな様子で部屋を眺めているのが気になった。
「泥棒でも入られたか?」
「うーん。分からない。でもいつの間にか部屋が片付いてる。」
「もしかして、ルクス・サンクチュアリか?」
「なんて?」
またヤッキーは口を滑らせハッとなった。ニアは怪訝な顔で彼を見つめる。
「お前もしかして・・・。」
「な、なんだよ。」
「中二病か?」
「いや、まぁそうかも知れないな。」
彼女が誤解してくれて、なんとか誤魔化せた。ただ、こういうことが続くのが面倒に感じたヤッキーは、思い切った。
「実は足子さんには超能力があってですね。」
「なんだ?」
「ほら。部屋がきれいなのもそうだろ?」
「言われてみれば、って超能力ってなんだよ。まぁ座れよ。」
ただ黙って彼らの会話を聞いていた足子さんは、ソファーの端に足をかがめて座ったのでヤッキーもその隣りに腰掛けた。彼女とは若干距離を空けていた。ニアはおもむろに冷蔵庫から缶コーヒーを取り出し、2人に渡し、ソファにどっしりと腰掛けあぐらをかいた。そのせいで、裸足の2人と体を密着することとなるし、ニアも堂々と大きなフヤケた足をこちらに向けてくるので、緊張を隠しきれないでいた。
「ヤッキー、女には今のうちに慣れといた方がいいよ。じゃ乾杯!」
「か、かんぱい。」
足子さんは無言だったが、3人はコーヒーを空け飲んだ。喉が渇いていて、3人ともがすべて飲み干し、テーブルの上に置く。
「やっぱり、この瞬間がいいよね。」
「まぁな。」
「でさぁ、足子の超能力って何?」
すると先ほどまで口を閉ざしていた足子さんが語り出す。
「私は普通の女子高生。」
「ヤッキーどういうことだよ。」
「まぁ、つまりだな。彼女は時間を止められたり、例えばこの部屋の片付けだってやったんだろ?」
「まじ、そんなことできるの?」
「じゃあ一回時間旅行してみますか?」
足子さんは急に問いかけた。
「そんなのもできるんだ。」
「ただ注意点もある。ソファを依り代にして、様々な時間軸に行くことは可能だが、本来時間は存在するものではなく、積み重ねられた今の集合体でしかない。だから、過去へ行こうにも未来へ行こうにも、歴史が変わるということは一切なく、かならず私たち三人がソファに座っている状態に収束する。」
「ん?なんだ?難しそうな話。」
「重要な話だから続きを聞いてください。さらに、時間を変更した場合、その地点が氷河期であろうが、灼熱地獄であろうが、無差別に移動するので、肉体が環境に耐えられるかは別問題。」
「確かにな。」
「さらに、時間移動を繰り返すと、現実に流れる世界との齟齬を起こす。つまり、私たちが元の世界に戻っても、今を過ごした時間だけ歳を取ることになる。第一、未来の自分を見てしまった時の絶望は人間にとっては耐えきれない苦痛となる。あまりメリットはないよ。」
「お前は、過去とか未来とか言ったことあるのか?」
「まだない。現実との辻褄合わせが面倒だから。仮に同じ私が2人同時に存在する時、物理的な肉体は共有しているから、彼女を傷つければ私も傷つく。それが嫌。」
「1000年後とかなら大丈夫じゃね?」
「じゃあ、私の手に触れて。」
ニアは興味津々でヤッキーの膝下に手を置いたので、緊張で鼓動が高鳴るし、そっちの興味もつよいのでは、と勘ぐった。ニアに呼応するように、足子さんは手を触れると、急に手が光りだすと同時にすぐ止まった。まるで何事もなかったかのように見えたが、ニアは冷や汗にまみれて、ソファに仰向けになった。よほどすごいものを見たに違いない。




