終わりの始まり
ヤッキーは、ただ死んだニアの頭を眺めるしかなかった。同じ生首であるにもかかわらず、彼女の方がより惨めでならなかった。ただ、主体を失った彼女に意見を求めることもできず、途方に暮れた。このまま、ここに延々と転がされ続けていると思うと、惨めなのは自分の方なのかもしれない。彼はもう一度、足子に助けを求めた。すると、玄関のほうから制服姿の足子が表れた。たった一つの救いが目の前にいて、この上なく幸福を覚え、ずっと力が抜けた。
彼女は、ニアに憐れみの表情を浮かべたあと、ヤッキーの方へ向かい、彼の頭を両手で拾った。彼女の手は温かかった。そして、自分の体のあるべき場所に置くと、「ジョイナス」と呪文をかけた。すると、身体がもとに戻って、起き上がることができた。
「足子、死んだかと思ったぜ。」
「フフっ。言葉通りだね。」
「でも、ニアはどうするんだ?」
「私が創造主。私の手で終わらせる。」
足子はニアの首を拾い、胸の上に置くと、「ルクス・サンクチュアリ」を唱えた。すると彼女は煙のように消滅していった。
「これでよかったのか?」
「うん。私にとっては、悪魔の再来そのものだったからね。」
「そっかぁ。うまくやれればよかったのにな。」
「うん。でも彼女はしょうがなかった。負の連続の象徴。私、いわゆる御嶽神社の社の中で知ったことなんだけど、実は、過去を何度も繰り返してたんだけど、重複した世界線の中に、彼女はいつも現れては、悪さばかりしてたの。彼女はまたきっと次の世界線も現れると思うよ。」
「うん?過去の世界とか、次の世界とか、何を言ってるんだ?」
「ずっと前に、過去へ行ったことがないって言ったかもしれないけど、それは嘘だったってこと。」
「いや、そんなこと別にいいんだが、もう世界を終わらせる道しかないのか?」
「うん。」
「運命を受け入れるときが来たってことか?」
「うん。」
「ちょっと待って。」
彼はおもむろにバッグを開くと、あるはずの久美子の頭蓋骨が消えていた。
「あれ、おかしい。」
「なにかな?」
「いや、久美子の頭蓋骨を持ってきたはずなんだよ。なんでないんだ?」
彼はバッグをひっくり返してみても一切の骨が見つからなかった。彼は、虚しくなって項垂れた。その彼に、彼女は寄り添った。
「一線を越えちゃったんだね。」
「あぁ、そうだな。」
「一緒に唱えよう。南無阿弥陀仏。」
「そうだな。」
足子が不器用な声で彼に念仏を促すと、彼もそれに応え、バッグの前で、二人は手を合わせた。
「南無阿弥陀仏。」
何の反応も無かったが、彼自身が救われたような感覚を覚えた。そして、目を開けてその場でへばり、ふと疑問に感じたことを足子に問いかけた。
「久美子の場合、どうなんだろうな。」
「どうって?」
「つまり、来世でもこの子は現れるのかってこと。今世では足子が蛇の姿に変えて彼女を守ったんだろ?」
「うーん。もう彼女は出てこないかもね。つまり、誘拐以前に、彼女が生まれてることはないし、蛇の役目もこれで終わりにしたいしね。」
「どういうことだ?」
「彼女は御嶽神社に干渉を起こした報いを受ける。不整合を起こした人間は来世では現れないことになると決まってる。」
「まぁ、彼女の場合、生きてる苦しみをずっと味わってたような子だからね。それでいいのかもな。」
「ただ、ニア同様に、姿を変えて現れることは否定できないかな。」
「そうか。僕はどうなんだ?」
「それはね。御嶽神社の社の中で伝える。必ず来てね。」
そういうと、足子は唐突に立ち上がり、アパートを出ていってしまった。すると、アパートがスケルトン化し始めたので、バッグも持たず、靴も履く余裕もなく、裸足で家を出た。




