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天空の階段

日も登らない時間、ヤッキーはスマホのアラームで目覚めた。寝起きに学校の天井を見るのに辟易していたが、自分にはどうすることもできなかった。バッグにしまっていた登山用の服装に着替えて、学校を出た。駅前まで来て、ふと振り返ると、スケルトン世界が学校の裏側を覆っていることに気づいた。自身の寝床であるオカルト部ですら失ったら、いったいどこへいけばよいのかと、止め処なく溢れ出る不安感を何とか堪えながら、足子の、これが最後の風景になるかもしれない、という言葉を思い出し商店街の先に佇む母校の景色を目に焼き付けて、ホームに入っていった。

しばらくの間、乗り込んだ列車の窓から見える広大な街の風景をボォっと眺めていると、次第に山深い所にまで進行していったが、観光地であるが故に、奥野森付近の山々ほど排他的ではなく、さまざまな車が行き交う道路と並走した。ふと、終点の案内が流れて、間もなく列車が止まったので、降りてみると空気が澄んでいた。山々が駅を囲んでいたが、奥野森駅とは異なり、家々やアパートが麓に密集するように立ち並んでいた。

階段を登り、改札を出ると、旭山方面がガラス張りになっていた。ちょうど朝日が昇っており、真正面の遠くの方で輪郭を形成していたのが旭山であることが推察された。周辺の山々と比べて際立ってそびえており、まさにこの地域を代表する名山と言っても恥じることはないだろう。

彼はホームに出て、駅前のベンチで、朝日を浴びながら、しばらく遠くを眺めていた。たとえ足子に、いつも通りの風景を焼き付けろと言われても、その場限りの景色を逐一記憶する気にはなれなかった。ただ今が楽しければ何だっていいと思えば気が楽になった。

ふと遠くから本格的な登山の格好をして、リーンリーンと鈴を鳴らしながら駅へ向かってくる人がいたので、他にも登山する人がいるのかと妙な仲間意識を覚えていたが、こちらへ近づいてくるので顔を見たらジジェイであった。


「あら、おはよう。朝は得意なのね。」

「あぁ、おはよう。」

「あとは、足子が来るのを待つだけね。」

「そうだな。」

「そういえばさぁ。」


ジジェイが何かを思いついたように口を開いたので耳を傾けた。


「足子の本名って何だったかしら?」

「あーまだ言ったことなかったっけ。山田 信子だよ。」

「なんか平凡な名前ね。名前が人格を作るってよく言うけどあの子には当てはまらないのかしら。」

「いや?そんなことないよ。彼女は普通の女子高生。」

「何よそれ。ていうかさぁ、もうジジェイって言うのやめて。これからは久美子ね。」

「あぁ、分かった。」

「ジジェイおはよう。」

「言ったそばから!」


声のする方を見ると、足子がこちらへ向かって歩いてきた。


「ねぇ足子。いや信子。私を久美子って呼んでくれないかしら?」

「信子?足子でいいよ。」

「そ、そうなの?じゃあ足子のままで行かせてもらうわ。」

「うん。」

「じゃあ、早速行くわよ。みんなへばるんじゃないんだからね!」


久美子が、かまわず先へ行ってしまったので、二人も後を追った。ニアがいないことに、一抹の寂しさを覚えたが、特に口に出すことはしなかった。早朝で営業前のシャッター街を抜け、モダンな石畳の、大通りの交差点の信号が点滅しているので急いで渡り、その先にある巨大な鳥居を、久美子に倣って、一礼してくぐり抜けると、本格的な森の道へ入っていった。御嶽山道や、奥野森の藪の道と比べても、道が広くよく整備されていたので登りやすかった。久美子は止まることなど知らず登っていったので、周りの風景など気にする余裕もなく付いていくのだけで精一杯であった。何か怒りに突き動かされているのではないかとさえ思えた。

しばらくそのような調子で足を動かしていると、平らなところに出たので、救われたような気持ちになって、息を切らしながら、久美子に口走った。


「おーい!そろそろ山頂か?」

「バカ言うんじゃないわよ!まだ半分もたどり着いてないわよ。」

「マジかよー!?休憩しないか?」

「ダメよ!ここで止まるとあとがキツくなるわよ。」

「ヤッキー、頑張ろう。」


足子にまで励まされると、意地でもついていこうと思えた。平地であっても、久美子は容赦なくペースを上げたので、気も休まらなかった。しばらく歩くと、だんだんと登り坂になり、地獄が再開された。ついに足子にも抜かされ始めたが、なんとか食らいついた。しかし、真っすぐに、着実に進んでいっているので、確実に目的地に近づいているのだと実感できた。あらゆるものを原動力として、ただ無心で山を登った。しばらく登ると、木々が背丈まで縮んで、次第に岩場へと変わった。足を踏み外さぬように、ゴロゴロとした岩を一歩一歩と踏み込んだ。次第に霧が立ち込め、風が強くなり、顔に容赦なく吹き付けた。もはや久美子の姿は見えず、足子ですら背中がぼんやりと見えるほどになったが、なんとか見失わないように、登った。気づけば、あらゆる不安がかき消されており、山の偉大さとともに、山登りの魅力を存分に味わった。

岩場も、少しずつ緩やかになってきて、次第に霧が晴れてきた。登るごとに風が強くなり、パーカーが強くはためいた。周りが明るく見えてきたので、振り返ってみると、これまで登ってきたところが霧で覆われており、雲の上にいるのだと思えた。ふと辺りを見回すと、遠くの方で雲の上に切り立った山々や長い稜線を形成している高原が、透き通って見えた。初めて見るこの光景は、自然と自分の中に写真のように残った。ふと前方を見ると、足子が遠くの方に見えていたので、遅れを取り戻そうと努めた。

しばらくして、足場が砂場のようになり、多少歩きやすくなったので、ザッザッと足がつりそうになりながら登ると、二人が遠くの方で立っているのが見えた。


「おそーい!!!」


久美子の叫び声が聞こえたので、そこへ向かって重くオーバーヒートした足を動かし、彼女らの元へとたどり着いた。


「あー!!!やっと着いた!!!」


天を見上げ、大声で叫んだ。太陽が容赦なく照りつけ、無限の青空が彼を祝福した。


「まったく、男のくせに遅いわねぇ。足子の方が早いってどういうつもりよ。」

「登ればいいんだ!ともかく、お参りしないか。」 

「そうね。」


彼らは、バッグから小銭を取り出し、山頂にある小さな祠の前に捧げ、二礼二拍手一礼をした。しばらく、目を閉じて手を合わせている間に、息を整えた。そのまま目を開けると、二人はまだ祈っていた。すると、祠の前にモヤモヤとした影がたくさん表れては消えを繰り返していたのを目の当たりにして、思わず声を上げた。ふと、小太りの男が雲のように現れて、空からこちらを見下ろしていた。思わずその男に向かって問いかけた。


「お前!誰だ!」


ただ男は何も喋らなかった。久美子は彼の声に気づいて目を開け、その男を目撃すると、後退りしたので、彼は彼女を支えた。ふと足子が目を開けて、その男に向かって呪文を唱えた。


「ルクス・サンクチュアリ!」


すると、男は霧散した。久美子は震えていたが、自ら立ち上がり空に叫んだ。


「バカどもー!!!」


その叫びは空を切り裂き、もやもやした白い影をすべて消し去った。久美子は我に返ると、二人を集めた。


「二人とも、いい?ここでオカルト部、解散ね。私に青春をくれて感謝してるわ。」

「久美子、帰るか?」

「そうね。」


三人は日も沈まぬうちに山を駆け下りていった。

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