最後通告
ヤッキーと足子は、オカルト部室に入った。足子は気づかなかったが、この締め切った部屋の中で、彼がニアとの夜の痕跡が鼻についたので、彼は慌てて十字架の後ろの窓を開けて網戸にし、換気扇を付けると、夜風が部屋を通り抜けた。足子がふと漏らす。
「虫、入ってこないかな。」
「まぁほんの一瞬、首子から色々臭いが漏れてるだろうし。」
「うん。そうだね。」
マットの上に白くこびりついた跡を隠すように彼は座った。しかし、首子が目覚めると面倒だと察知した彼は、足子に再びルクス・サンクチュアリをかけてもらえないだろうかとお願いをすると、それを受け入れ、部屋をクリーンにした。その後、彼は窓を閉め、足子にひと言礼をしたあと、こう述べた。
「なぁ、最近、首子もこの有様だし、僕、十字架に向かって祈りを捧げることにしたんだ。まぁキリスト教のことはよく分からないけど。」
「うん。私の代わりってこと?」
「まぁそういうことだね。」
彼は、部屋においてあったお香立てとお輪を十字架の前に置き、いくつかの線香を立てチャッカマンで火をつけた。チリチリと煙を上げ、心地よいヒノキの香りが部屋中に行き渡り、赤く輝き灰がポロポロと落ちていく。部屋中に響くようにお輪を鳴らし、手を合わせる。そして、足子にも促すと、困惑した顔を浮かべ彼を諭した。
「彼女、死んでるわけじゃないんだけどね。」
「まぁまぁ、これは伝統ってやつだよ。ほら。」
足子は躊躇いながらも、同じく線香を灯し、お輪を鳴らして手を合わせた。足子が目を閉じていると、ふと首子の頭がピクッと動き出し、目を開いた。それを見るや、彼は立ち上がり、首子の前に座った。
「お、おい!首子、無事だったのか?」
その声を聞いた足子は目を開けて、彼の隣に座り、首子の顔を覗いた。
「うーん?ここは?」
「ここはオカルト部室だよ!覚えてるだろ!」
「え?何?私、久美子よ?ていうか、オカルト部?あと何で身体動かないの?」
「お前寝ぼけてるのか?ジジェイだろ?お前は!」
「ハッ!あ、あなたヤッキーね?それに足子も。」
「気づいてくれてよかったよ。どこまで覚えてる?」
「私、ずっと暗闇の中をさまよい続けてた。生きてるのか死んでるのか分からない世界で。ただ、何も見えない泥のなかで。でもね、霊のほうがどっかいっちゃって一人ぼっちで寂しかったの。」
そう言うと首子は泣き出した。彼は彼女の首を抱き、気が済むまで撫でてやった。足子はそれを見ている他なかった。ただ、何か思いついたような顔を浮かべたので、首子を抱きながら、その理由を聞いてみた。
「何かあったのか?」
「うーん。もしかしたらって話だけど、霊自体は首子そのものなのであって、ダブった身体だけ、地獄沼に置いてけぼりにされちゃったんじゃないかなぁって思っただけ。」
「なるほど。」
「だとしたらピースが揃ったから、今なら首子の身体を繋げられるかも。」
「やる価値はあるな。首子、いやジジェイ、どうだ?」
涙がすでに止まったジジェイは、神妙な面持ちでヤッキーを見つめた。彼は受け入れるというサインだと理解し、一旦首を足子に渡し、線香などを脇に置き、十字架から彼女の身体を解き、部屋の真ん中に横たわらせた。そして、足子は首を元の場所に置き、呪文を唱える。
「ジョイナス。」
すると、離れていた肉組織がくっついていき、足子同様の傷は残ったが、ジジェイは一つの身体になった。足子はジジェイに、一声かけた。
「立ってみて。」
ジジェイは、彼女の言葉を聞くと、膝を動かし始め、産まれたての子鹿のようにバランスを崩しながらも、自力で立ち上がった。その姿を見たヤッキーは、思わず涙を浮かべた。
「おめでとう!」
「何泣いてんのよ!ま、私が言えることじゃないけどね。足子、本当にありがとう。そしてヤッキー、あなたがいなければこの世に留まることはできなかったかもしれない。本当に感謝してる。ありがとう。」
ジジェイは確かに自分の喉仏を鳴らして、肉声で話しているのが分かり、本当に身体が繋がったのだと実感できた。ただ、ヤッキーは彼女の発言に疑問を持った。
「うん?逆じゃないのか?」
「いや、暗闇の中であなたが手を引いてくれなければ、そのまま消滅してたのかもねって思っただけ。」
「なるほどね。不思議なこともあるもんだ。」
「それはともかくとして、私、決めたの。」
「何をだ?」
「オカルト部を解散する。」
「なんだって?」
「だってさ、オカルトに青春を捧げたのも、全部このためだったと思うと、なんかスッキリしちゃって。」
「ニアはどうするんだ。」
「あいつの名前は口にしないで。もう終わりだから。」
「そうか。」
彼は、彼女はここまで強い嫌悪をニアに抱いているとは思っても見ないことだったし、共に行動した仲間としてさみしい気がしたが、彼女の行いの数々を振り返ってみれば当然の報いだったのかもしれないと納得しようとした。ただ最後に、彼女に言っておきたいことを触れた。
「なぁ旭山はどうする?御嶽神社には行くのか?」
「うーん、そうね。じゃあ旭山で解散ってことにしましょ?御嶽神社はその前哨戦としてね。」
「おぉ、なかなか悪くないね。足子はどうだ?」
「うん。その理屈なら御嶽神社も一緒に行ってもいいかな。」
「じゃあ決まりね。今日は解散しましょ?」
「あ、僕、一応この部屋で借りぐらししてるんだ。」
「へぇ。私は帰っちゃうわよ?」
「かまわないよ。」
足子とジジェイは、そのまま帰っていった。静まり返った部室を改めて見回すと、おどろおどろしいオカルトグッズが目に入り、急に心細くなると、足子の地獄沼での幽霊話を思い出した。生首が置かれていた方が不気味であるはずなのに、今はもぬけの殻になった十字架を前にして、パラノイアに陥った。線香の香りに包まれた部屋の中で彼は明かりをつけたまま、夜が明けるのを待った。




