足子の不思議な日常
窓から光が強く差し、ヤッキーの目を刺激した。ふと腰に重りが乗っている感覚がしたので、おもむろに起き上がると、ニアが私の身体によだれを垂らしながら、うつぶせでだらしなく寝ていた。彼はそっとズレながらニアの頭をゆっくりと地面に寝かせ、汚れをひとしきり拭いた後に、制服に着替え直して、十字架を前になんとなしに仏教式に手を合わせて、今日の無事と首子が意識を取り戻すことを祈った。
その後、乾いた足でヒタヒタと廊下を歩き、トイレへも構わず足を踏み入れ、用を足し、久しぶりの教室へと戻った。隣の席にはすでに足子が姿勢よく座っていたが、足元には何も身に着けていなかったのがシュールに思えた。
「足子も裸足、始めたのか。」
「もともと私は裸足だったからね。」
「確かにそうだったな。」
ただ一方、教室へ来たものの、ヤッキーには授業を受ける意味が感じられないでいた。足子は従順に授業を受けるだろうが、彼は熱意どころか意欲もなかった。これは、授業の遅れを取り戻す気力がないという次元のものではなく、そもそも、これまで起きた出来事が自身がこれまで考えてきた常識とあまりにも乖離しており、一般的な教科を勉強したところで、足子ワールドにおいては無用の長物なのではないかと考えたときに、普通に授業を受けていても、道端の石ころを湖に投げ込んで波紋を見つめるようなそんな虚しさをを覚えるのだ。突き詰めていえば、これは大学入試のための作業なのだと割り切れば少しばかり心に火が灯った。
しばらくして、授業開始時間ギリギリにニアが裸足で駆け込んできた。服を着ていたのがなりより幸いであった。彼は、ニアを茶化した。
「おーい!ちゃんと履いてきたー?」
するとニアは振り返って、うるせー!と恥ずかしげに、文句を言ったので、笑いが止まらなかった。足子は状況を理解していなかったようだ。授業のチャイムが鳴り、教師が入ってくると、その姿に目を疑った。くりくりしたレーダーのような青い目に、ベレー帽を被り、全身がセラミックで、肝心な部分に装甲をし、関節がプラモデルのように接続している少女の水着姿のようなロボット生命体が教壇に立ったのである。気づけば、ニア、ヤッキー、足子以外はそのような見た目になって、教師を向いていた。そして、教室が宇宙船艦の内部のようになり、外を見るや未来都市と化していた。ニアは思わず足子に振り向いた。
「おーい、なんだこれー。」
その困惑した表情のニアにロボット教師が睨みつけると、バチッと電撃が走るような音がして、ニアはいきなり立ち上がり、直立のまま拘束されるような形で空中を浮きながら、廊下へと立たされてしまった。それを目の当たりにしたヤッキーは、教科書の陰に隠れて大笑いした。足子はただ困惑の表情を浮かべた。ただ、ふと教科書の内容が目に入ると、ロボット生命体の内部構造や倫理など、現実離れしたことが書いてあり、思わず表紙を見てみると、ただ道徳とだけ書かれていた。このことをすぐにでも足子に問いただしたかったが、もし余計なことをすればニアと同じ目に合うと直感したので、なんとか堪えて教師に目をやった。ただ、そのロボット生命体がなんとも言えず美形で、それだけで暇つぶしになった。肝心の教師が語り出すと、足子チックな理論を可愛らしい声でツラツラと並び立てるので、これが彼女の仕業であることは間違いなかった。
いわく、我々ロボット生命体は、人間の脳から意識を抽出し、その生命機構を機械に置き換えた存在である。ゆえに我々はうまくいけば永遠の命と共にすることができる。しかし、これが資本主義、つまり過去の遺産を燃やしつくして命を保っていると考えたときに、我々の命は永遠ではないことは明白だ。みなさん、そんなに、暗い顔をしないでください。我々ロボットの個別の意識というものが永遠ではないからこそ、命を輝かせられるのです。つまり私たちは生きているということを実感できる。そして、意識が消失したあと、また新たな生命体として、新たなこころ、あらたな身体でこの世に迎え入れられるということが如何に幸せであることか、皆さんも理解しなければなりません。話は変わりますが、我々ロボット生命体は、生殖機能を持ちません。しかし我々はお互いを性的な存在とみなすことができる。なぜか。それは、我々がパターンによってお互いを識別するからに他ならない。これらの話は大学受験でも毎年出題される重要事項なので、必ず覚えておいてください。では授業を終わります。
−−−−−−−−−−−−
裸足の造形のロボット教師が、ペチペチと音を立てながら、教室を出た。気づけば周りの生徒は生身の人間に戻り、いつも通りの風景となった。間髪入れず、ニアが教室へ駆け込んできた。
「おい!足子!今のなんだったんだよ!」
「あ、そうだ、関係ない話だけど、あなたが浮いてるとき、足の裏が丸見えだったね。あなたも足子?」
「今そんなことはどうでもいいんだよ!入学当時を思い出して悦に浸ってるのか?」
「あ、確かにそうだ。」
ヤッキーも、先ほどの現象に困惑しており、会話に参加した。
「おい足子。やっぱり君の仕業なのか?」
「うん。おそらく。」
「そうか。」
「たぶん、とてつもなく嫌なことが起きてる。二人もいつもの風景がもう見れなくなると思っておいてほしいな。だから、一瞬一瞬をこの目に焼き付けてほしい。」
「・・・僕たちは今どこにいるんだ?」
「それは、とても不思議な現実世界。としか言いようがない。申し訳ないけれど、私にはとても手に負えなくなっている。」
足子がそういって項垂れると、ニアとヤッキーは、黙って見つめるしかなかった。不意に、ニアは、さぁ次の授業だ!と自らを奮い立たせて、自席に戻った。ヤッキーも、この状況を打開する方法が全く見えないので、自分の運命を受け入れることを誓った。次の授業、その次の授業も、不思議なことの連続で、とめどなかった。目まぐるしい一日であったために、あっという間に放課後になった。
ニアは帰りがけに、ヤッキーと足子にひと言呟いた。
「なんか、今日の出来事とは関係ないんだけど、気持ち悪い。しばらくアパートでそっとしてていいかな?」
「うん?ニア、体調悪いのか?」
「あぁ、なんとなく。しばらく会えないかもね。じゃーね。」
そう言い残して、ニアは去っていった。足子はそっけない様子でいたが、ヤッキーには嫌な予感がしていた。それを振り払うかのように、足子を誘ってオカルト部室へ向かった。




