それぞれの苦しみ
ヤッキーたちは、ニアが山から帰ってくるのを見るや、大きく手を振った。それに対してニアは、涙を拭き、早足でこちらへ向かってきた。
「いやぁ、汗かいたねぇ。」
「あっちの方で何してたんだ。」
「まぁ、探検探検、昔を思い出してな。懐かしくなっちゃって。」
「そういうことかぁ。じゃ、そろそろ電車も来そうだし帰るか!」
彼ら3人は意識の戻らない首子を連れて、改札に入り、それぞれ用を済ませ、電車に乗り込んだ。ニアは、彼らの様子が地獄沼で何をしていたのか気になって仕方がなかった。
「なぁなぁ、地獄沼で何やってたんだ?」
「まぁダブった人格の回収ってのが正しいかねぇ。」
「で、首子元気?」
「まだ意識が戻らないんだよ。」
「うーん。だいぶやられたみたいだなぁ。ちなみにさぁ、こんなかで一番ダメージ少ないのってヤッキーじゃね?」
「お前、そういうデリカシーのないことばかり言うから、首子だって怒ったんだぞ!」
ヤッキーはニアに対してこれまでにないほど語気を強めた。
「まぁまぁ、ヤッキーも色々あるのか?」
「あぁすまない。僕自身も今、妙な問題を抱えているんだ。」
「うん?何だ?」
「まぁつまり、帰る家をなくした。なぁニア、しばらく泊まらせてくれないか?」
「私のアパートはちょっとなぁ。」
「そっかぁ。じゃあ、学校で寝泊まりするか。首子も僕が預かろうか。」
「うん。いいと思うよ。」
ヤッキーの言葉に、足子は返事をした。一方のニアは、彼に対していたずらごころが芽生えた。いわく、学校に忍び込んで不埒なことをやってみたいという、要は好奇心は猫を殺すという体験をやってみようということだ。彼女の心が疼き出すと、とめどない欲望となって現れる。たとえ性行為をしないと子供に誓ってもだ。そのとき、ニアのお腹がぼんやりとした光り始めた。彼女はそれを見ながら戸惑いを見せた、その様子に、足子は彼女に語りかけた。
「ルクス・サンクチュアリ、使ってくれたみたいだね。」
「うん?これ?なんだ?」
「さっき、何をしてきたか分からないけど、あなたの中に負の欲求が芽生えたとき、あなたを浄化する。」
「な、なんだよそれ!余計なことするなよ!」
ニアは足子にキレた。それは焦りにも似た様子であった。するとその光がどんどん強くなり、あぁっ!と声を張り上げながら、床にうずくまった。ヤッキーはすぐさま揺れる車内でバランスを崩しながらも、彼女に寄り添った。
「お前、平気なのか?」
「お、おなかが痛い。私、バカなことばかり考えてるから・・・。」
「おい足子、これ解けないのか?」
椅子に座って上から見つめる足子は、時を止め深く考え込んだ。
(ルクス・サンクチュアリを彼女の内面に宿したことで、多少なりとも彼女の悪魔性を排除できるのかもしれない。しかし、彼女がその性質そのものだとしたら、それは彼女の存在そのものを消し去ってしまう。そもそも、悪魔性とは何なのだろうか?彼女を悪魔と見做してしまったのはなぜなのだろう。要は私の嫌悪感そのものの排除が彼女に働いてしまっているのではないか。ルクス・サンクチュアリによって私自身が惨めな行いをしているのだ。私自身に嫌悪したらどうなるんだろうか。そもそもこの世は嫌悪で出来ている。騒音、公害、虐め、奴隷、悪意、詐欺。そして、食欲、肉欲、出世欲、金満。どれもこれも嫌なことばかり、それを排除してしまったことで、世界は我々に対して無関心という結果を示したに過ぎないのではないか。
・・・まずは彼女を救いたい。どんなに悪意に満ちていても、南無阿弥陀仏を唱えれば救われるはず。)
彼女は時を動かし、ニアの背中に手を当てて、目を閉じた。すると、彼女から光が消え始め、ニアは座席に座れるほど落ち着きを取り戻した。彼女は冷や汗をかき、大きく足を伸ばし、足子にもたれかかる。それを見てホッとしたヤッキーも、座席に戻った。ニアは息を切らしながら、彼女に問うた。
「はぁはぁ、いったい何をしたんだ。」
足子は、彼女があまりにも近いので、身を引いて身体を縮こませながら正面を見つめ答えた。
「この世界における真の救いは南無阿弥陀仏。たとえどんなに壮大な景色を見て感動しても、取り返しのつかないことをして、どうしようもなくなっても、人間であるからには救われなければならないと気づいた。」
「そ、そうか。私は救われたんだな。あ、ありがとな。」
そう言い残すと、その大きな身体を足子の膝下に委ね、そのまま眠った。その際に手提げ袋から首子がこぼれ落ち、電車の中をコロコロと転がったので、ヤッキーは慌てて拾いに行った。また座席に戻ると、ニアを見つめ、しょうがないやつだと呟き、首子を抱えたまま、学校前の駅につくまで、電車に揺られた。




