首子の中で
久美子は、母親のいるアパートで、一人絵を描いたり、折り紙を折って過ごしていた。母親には、一人では外に行ってはいけないと言われているにも関わらず、玄関の鍵を空けて、半袖に半ズボン、サンダル姿で向かいの山に登った。小さい体ながら無我夢中で、一本道をひたすら歩いた。頂上に着いたとき、おっかない神社が見えたが、ここまでたどり着いたという達成感から境内の地面にへばりこんだ。
身体も整ってくると、どんぐりがたくさん落ちていることに気づいて「お母さんへのプレゼントにしよう!」と思い立ち、さまざまな形のドングリを拾い集めた。ジジェイの人格はそれを遠くから眺めていた。自身の記憶では、女の子の姿をした蛇の眷属がここに姿を表すのだが、一向に現れる気配がない。その代わりに、小太りの男性が山へ登って、久美子の方へと向かった。
「ねぇ、こんなところに一人でいちゃ危ないよ?」
「おじさんだれ?」
「僕は山にお参りにしに来たの。一緒にやる?」
「うん!」
おじさんは、久美子に5円玉を渡し、二礼二拍手一礼を教えた。久美子がカランコロンと賽銭を入れると、彼は上手だねぇと褒めそやしたから、彼女は得意になった。そして、ここが「みたけじんじゃ」と呼ばれていることも教わった。
「おじさんすごいね!なんでもしってる!」
「そうだよ?おじさん、何でも知ってるからね。」
おもむろに彼は、彼女に飴玉を渡した。彼女は喜んで口のなかで転がした。彼女はおじさんを信じ切ってしまった。すると彼はドライブに行かない?と誘うと行く!と二つ返事で答えたので、彼女を抱えて山を降り、付近に停めてあった車の後部座席に乗せて、クルマを発進させた。ジジェイは、その感覚をハッキリと覚えていた。生首になった自分をヤッキーが抱えていた時だ。彼女は嫌悪したと同時にヤッキーの記憶で上書きしたかったが、どうしても小太りの男が目に焼きついてしまう。発狂して頭をかき回したがどうすることもできなかった。
ジジェイの記憶では、唐突に引っ越しが始まるのだが、それらが自分のダブった記憶と対応していたことに気づいた。旭山口駅周辺に移り住んだことや、半袖短パン素足を好んでいたこと、母親が定期的に旭山に登ることや、自分に関心を示さなくなったなどだ。
唐突に、久美子の記憶に切り替わった。車内ではおじさんは無言で、彼女もただ外を眺めていた。初めての都会の道にワクワクしていたのだ。次第に、田園風景へと代わり、山奥へと進んでいった。彼女は少しずつ不安になっていった。
「ねぇ、わたしをどこへつれていくの?」
「それはねぇ、楽しい場所!」
気づいたら、広い駐車場にクルマを停めた。そこは奥野森駅だった。駅舎は古びていて、廃線になった線路が道の奥まで続いていた。おじさんは彼女を車から降ろすと、彼女の手を引き、廃線跡を散策した。
「ほら、ここも昔、電車が通ってたんだよ?」
「・・・。」
久美子は日が沈みかけた薄暗い森の道を歩いていて、不安がどんどんと大きくなっていった。地獄沼付近まで着いた時には、ついに泣き出してしまった。ジジェイはここからの記憶が完全に閉ざされてしまっている。ただ、自分の身に何が起きたのかは理解できた。だからこそ発狂した。発狂しても気が収まらないほどに踊り狂った。なぜ自分が!なぜあの日に!あの時間に!なぜ山に登った!なぜあの男がいた!理解不能な情報の波が彼女を圧迫して、次第に頭を埋めていった。ヤッキー助けて!ヤッキーがあそこにいれば!ヤッキーなら私を守ってくれる!私はヤッキーですべてを埋めたい!次第に彼女の優しさに包まれた記憶はヤッキーへと移り変わると同時に、ブラックアウトした。
−−−−−−−−−−−−−−−
奥野森駅で、首子の血を洗い、タオルでくるんで、手提げ袋のなかにしまったあと、ベンチにてヤッキーは足子から事件の背景を聞いた。
「これは単純に資料とか本を読んだうえでの話なんだけどね。」
「うん。」
「あの連続誘拐殺人犯、確かに全面的に犯行を認めてるんだけど、『もう一人殺めた子がいるんです。あの子を探してあげないと成仏させてあげられない。』ってことを裁判開始時から死刑確定時まで一貫して口にしてたんだ。」
「へぇー。」
「見つかるわけがない。それはダブった世界線での話だからね。最初その資料を見たとき、死刑執行回避のための嘘をついているのだと思ってたんだけど、首子のことだとは思いもよらなかった。」
「不思議なこともあるもんだね。」
「うん。彼は死んでしまったから伝えることはできないけど、私たちがけじめをつければ済む話。」
「もし、旭山であの男が出てきたらどうする?」
「フフ、怖いこと言うね。そのときは正直に伝えよう。」
「まぁそれでいっかぁ。」
彼らは、ニアが帰ってくるのを、ただ待っていた。




