早朝
翌朝、家族が寝静まっている中、ヤッキーは適当にパーカーを身に着け、スニーカーに素足を突っ込んでかかとを潰しながら家を出た。まだ日が昇りきっておらず、青白くそびえ立つ古巣をしばらく眺め、そのまま駅へと立ち去った。駅のホームでスマホで、例の誘拐殺人で死刑執行された男についての記事を眺めていたが、ほとんど頭に残らず、ハッと気づけば、始発列車が到着していたので、急いでスマホをバックにしまって、忘れ物がないかを確認し、電車に乗った。車内は閑散としていて、朝日が街を照らしゆくのが広い窓からハッキリ見えた。列車はゆるやかにカーブして、遠くに見える山々が左へ移ろいでいった。次第に、家々の前に沈んでいった。ふと、目的の学校前駅に止まる案内が流れたので、立ち上がった。駅を降りて、すぐ脇にある朝日が鋭く差すベンチへ座った。人がたまに駅舎へと入っていくが、電車が来ても誰も降りてはこなかった。いつのまにか視界が途切れ、また目が覚めるというのを繰り返しているうちに、日も登りきって、見慣れた風景が現れてきた。素足にローファー姿で学校まで早足で行く女子生徒もチラホラと見受けられ、時々この時間を狙ってここにいるのも悪くはないなという思いがよぎりながら、ずっと眺めていると、ふと肩をたたかれたのでビクッとしてそちらを向くと、ニアがいた。
「何見惚れてたんだ?」
「いつからそこにいたんだよ。」
「来たばっかだよ。」
「なぁ・・・。足でも揉んでくれよ。」
「あぁ。」
半袖ワイシャツにミニスカート、そしてビーサン姿の彼女は、彼の脇に密着して座り、左足を組んで差し出した。独特で足の臭いを凝縮したような刺激が鼻を襲った。彼はその足を親指で押した。
「あー気持ちいいわ。」
「なんでそんな恰好なんだ。」
「森へ行くときはこの格好がいいんだよ。奥野森なんて中学時代何度も来たし。」
「へぇ。森が好きなんだ。」
「んなことより、私の足でも興奮するのか?」
「男なら仕方ない。」
「そっかぁ。」
彼は、指の間からアキレス腱まで、揉みほぐした。指も疲れてきた頃、ふと彼女の脚の付け根を見ると、スカートが捲れて、はだけていた。
「お前、履いてないのか?」
「まぁね。男ならこういう時、襲ってきたりするんだろ?」
「僕はそんなことしない。」
彼は、彼女の足を、手の甲で払いのけるようにパチンと叩いたら、ニアは足を自分のサンダルに戻した。
「男ならともかく、女なら自分を大切にしなきゃダメだろう?」
「私、この学校来てよかったかもな。」
ニアはそう呟くと、スカートを整えて、膝を縮こませた。ただ、ヤッキーは改めて臭いが気になって、バッグからウェットティッシュを取り出し、ニアの足に触れた箇所を擦った。
「何だよ?嫌だったのか?」
「なんでお前の足そんなに臭いんだ!」
「あぁ、このビーサン、中学の頃からのやつだからなぁ。」
「そんな古いもの持ち出したのか。」
「まぁ新しいサンダルは消滅したし。」
「あぁそうだったなぁ。」
ニアはふと空を眺めて、呟いた。
「なんで足子はこの世界に、男女を生み出したんだろう。」
「足子の話を鵜呑みにするのか?」
「あいつの言うことだろ?信じるよ。」
「まるで宗教だな。僕も信じるけど。」
「私が男だったら、こんなに業を背負わなくてよかったのか。それとも、足子に認知されないまま、愛なき世界で消滅してたのかもなぁ。」
「うん?業ってなんだ?」
「私、奥野森で、君らが地獄沼に言ってる間、ちょっと別行動するよ。」
「まぁ、構わんだろうけど。ともかく僕は男だが、僕とて足子に話しかけなければ、無関心の民として一生を終えたのだと思うと奇跡だな。」
「・・・そうだよな。」
ふと、学生の雑踏の中から、鈴の音が聞こえたと思ったら、足子が現れた。つばが広く一周しているハットに、防水コートにズボン、そして大きくてカラフルな立派なスパイクのついた靴を履き、大きなスポーツバッグを背負っていた。片方には、トレッキングポール、もう片方には手提げバッグを持っていた。
「足子、本格的だな・・・。」
「まったくよねぇ。過保護にもほどがあるわ。」
手提げバッグの中から、首子の声が響く。足子と首子の扱いの落差を見たとき、ヤッキーは吹き出しそうになった。笑いをこらえつつ、出発の号令をかけて、学生らとは反対方向を歩き、改札に入った。




