足子と首子
ヤッキーとニアが出かけ、日も登りきって薄暗い部屋に、足子と首子はいた。足子は体育座りをして物思いにふけっている。たまに、あ!とか、確かにその通りだ・・・、などと独り言を口ずさむことはあっても、首子に話しかけることは一切なかった。しばらくムスッとした顔で、目を閉じていたが、痺れを切らして口を開いた。
「ねぇ足子、あなた、人に話しかけるってことをしないのかしらね。特に私は生首なんだから超絶暇なんだけど。」
「あ、今いいところだったのに。」
「え?何がよ。」
足子は、返答する素振りも見せずに、ただ俯いてしまった。首子は他にどうすることもできないので、もどかしい気持ちを抑え、眉にシワを寄せながら、足子と会話を続けようと試みる。
「まぁあなたがそういう性分ってのは理解できるけどさ。ともかく何でもいいわ。あなたは私の命の恩人なんだし。議論するのも楽しいじゃない?」
足子は顔を上げて、首子を見つめ続けた。それがあまりに長く続いたので、足子の顔がどんどん近づいてくるような錯覚を覚えた。ふいに、足子は口を開いた。
「じゃあ、オカルトとアニメの話でもしましょう。」
「結構いいじゃない?私がアニメ好きって覚えていてくれたのかな?」
首子の言うことなど構わず、足子は独り言のように語り始めた。
「まず、アニメそのものは、現実を拡張するものとして存在しうる。小説はその原点であるが、人が多く関わる分、その作品が伝えたかったことは何か、若干ブレることはあるだろう。」
「あーわかるわー。私が見てきた奴もなんかそんな感じよねー。」
「で、アニメというのは、かなり工業的な側面を持つので、資本主義が終われば自ずと消えるのではないか。」
「え?つまり、人を集めるのが大変ってこと?」
「それもあるけど、まずテレビという媒体があってこそ、活きるものだから、前提そのものが崩れるね。」
「漫画は?」
「確かに漫画は後世まで残り続ける媒体で有り続けよう。しかし、漫画をアートと捉えたとき、その技術を会得するのは難しい。かと言って大衆に受けるものを作れるかどうかというのは、運でしかない。そうなったとき、結局のところエロスに行き着くのではないか。」
「ふーん。足子も考えるじゃん。」
「これは、歴史的事実を述べているんだよ。歴史は繰り返すから、おそらく将来的には、過去に売れたものと人の性を満たすものしか残らない。そうなると、結局人は農工情報産業で生きていったほうが気楽ではあるんだけどね。」
「生首の私はどうなるのかしら。」
「仮にこの現実が続くとして、あなたは私と運命を共にするのかもしれない。」
「そ、それはどういう意味かしら。」
「私の作り出した概念体としてのあなたは、私が時々見てやらないと、ほころびが出始めるという意味で。」
「つまりあなたがいなければ、私は消え去るわけね。」
「うん。そういう理解でいいと思う。」
「なんか、くすぐるじゃない。そういうの。足子と首子。」
「うん。まぁ気楽に考えて。私も普通に年を取るつもりだし、あなたが生きたければ私も生き続けるよ。」
「何よそれ。死にたがりなの?」
「世界のそれまでと、この先。私の生まれる前と死後。すべては一つってことに気づいたの。だから、命に執着することはないかなってだけ。」
「結構、危ない考えよ、それ。」
「自ら首だけになった子が言える話じゃないけどね。」
「ぐっ。そのとおりね。ちなみに、なんで私はこうして生きてられるの?」
「うーん。生きてるってことじゃなくて、意識を保っていられるのが大事なんだけど。」
「まぁ、どっちでもいいわ。なんで?」
「つまりね、意識っていうのは、物質的なパターンとその流れによって、その人の意識が生まれてくるわけなんだけど、要は楽譜と楽器の関係を想像してもらえればいい。」
「へぇ、そんなことまで考えてるのね。」
「でね。難しいのは、それが揃えば、同一人物と見做せるのか、どうしても掴み難い。首子もね。首を刎ねられる前のジジェイと同一なのか、私には確かめる術がない。」
「う、うーん。私にはジジェイの記憶はあるけど、ジジェイの主体は死んで、足子が作り出した首子という意識があるってわけね。」
「うん。そうだね。」
首子は顔が青ざめ、口を閉ざした。彼女の言う事が本当であれば一寸先の自分の意識はすでに別の主体に取って代わられるのだと思うと、1秒1秒が生々しく感じられた。そして、自身の愚行を後悔した。すかさず足子は話を続ける。
「でもね。そんなこと気にする必要はないのかもね。だって、すでに過去の記憶との連続性の上に今があるんでしょ?時間という概念が私たちを困らせているのかもしれないね。」
「そ、そうかもね。この話題、怖いから別の話をしない?」
「え?オカルト的で良いのかなぁって思ったのに。」
「じ、じゃあ、私から本来のオカルト話をしてあげるわよ。」
「うん。」
「あなたも電車通学してるでしょ?」
「うん。実は自転車で行ける距離だけどね。」
「まぁそんなことはさておき、あの旭山線ってね、旭山とは反対の方面へ向かうとね奥野森駅ってのが終点なんだけどさ。」
「うん。」
「ある日、電車内で居眠りをしていたある男性がね。ふと目覚めたときには奥野森駅の電光掲示板が車内に流れたのを見つけて、慌てて周りの荷物とかをまとめたんだけど、ドアが閉まってね。」
「うん。」
「なんとね。折り返しでもなく奥野森駅の先まで列車が動き始めたの!」
「なるほど。」
「それで、彼はまだ夢の中なのではないかと、疑ったんだけど、ちゃんと意識も保たれていたし、自分の周りに誰もいないこともしっかり認識できていたわけ。」
「うんうん。」
「不気味に感じた彼は、運転台まで駆け寄ったんだけど、コンコンコンとドアを叩いても反応せず。ただ、トンネルのような森の中を走り抜けるのを呆然と眺める他なかった。」
「うん。」
「ふとアナウンスもなく、掲示板に『次は、地獄沼』と流れてきて、青ざめた彼は自席に戻って、降りる準備をしたのね。そんな駅名は知らないし、このままどこへ連れて行かれるのか分からなかったから。」
「それで?」
「でね、降りてみると、こじんまりとして片方のホームしかないし、明かりもない。電車が走り去って暗闇に慣れてくると、目の前には大きな湖があったの。ホームを見下ろすと崖になってるし、線路を歩いても元の駅へ戻れる保証もない。途方に暮れて、ぼんやりとした不安とともにホームの端で何とか夜を明かすか、電車が来るのをじっと待つことにした。」
「うーん。」
「ふと、ホームの端を見てみると、小さい人影が見えて、驚いて飛び上がったんだけど。改めて見てみると、髪の濡れた裸足の小さい女の子に見えたので、近寄ってみると『お母さんはまだ来ませんか?』ってこちらも向きもせずに静かに口を開いたので、どう答えればよいか分からず、『わ、分からないかな』と答え返すとただ黙って立っているだけだったの。」
「ほぉー。」
「困惑した彼は、またホームの端へ戻り、湖を眺めていた。女の子は相変わらず立っているだけだった。」
「うん。」
「しばらく待っていると、来た道とは反対方向から列車がやってきて、停車してドアが開いたので、嬉々として乗り込もうとしたんだけど、女の子は動こうともしなかったから、居てもたってもいられず、その子の手を引いて、車内に乗ったんだけどね。」
「うん。」
「その子はただうつむいてるだけで何も喋ろうとはしなかったから、彼もただ黙っていたんだけど、奥野森駅に無事到着してホッとしたのもつかの間、ここが終点だと言われて、駅員に無理やり降ろされたわけ。」
「うん。」
「でも、なんとね。辺りを見回しても、女の子の姿は見えず、気づいたら列車が旭山方面へ走り去ってくのが見えたの。で、時計を確認するも3時を回っていて、終電などとうの昔に走り去ったことは明らかだから、駅舎で始発が来るまで眠ったわけだけど。」
「うん。」
「翌朝ね。ニュースで、奥野森駅の先の沼地で、女の子の遺体が見つかったってニュースが流れたのを知って、あ、あの子かもしれないなと、彼は思ったんだけど。で、あの電車は旭山、つまり呼ばわり山まであの子を導いて、神がそれに応えたと。で、今はその電車の正体を暴こうと全国からオカルトマニアが時々来るって話よ。」
「その電車に乗ろうという呪いかな?」
「ギャグじゃないのよ!そういうオカルト話があるってわけ。ね?面白いでしょ?身近なところにも色々不思議な話は転がっているものよ。」
「でも、実際、昔ニュースであったよね。実は当時逮捕された誘拐犯の影の被害者だとか言われてたし。私も同じ世代だったからちょっと怖かったね。」
「あーそうだったわね。」
「でも今の首子の方が怖いよ。」
「え?失礼しちゃうわ!」
その矢先、ドアの鍵が開く音がした。




