久美子と首子
ヤッキーは血の海と化したマットをピチャピチャと音立てて足子のもとへ駆け寄った。そして首を抱えたまま意識を失っている制服が血に塗れた彼女を揺すってみたが、一向に覚める気配がない。ふと頭に声が響いた。
「そっとしておいてやんなさいよ。」
ジジェイだった。彼は足子の胸元にある首を両手で拾い、顔を見つめた。髪は乱れ、頬に血がべっとりと貼り付いていて、目を見開いていた。そして、断面から血交じりの透明な液が滴り落ちる。
「お前、大丈夫なのか。」
そう問いかけると、口をパクパクと動かし始めると遅れて言葉が聞こえてきた。
「私、どうなったかしら?」
「あぁ、生首になったよ。」
「や、やば!私、本当に首だけになっちゃった!」
彼女は恍惚として、今にも泣き出しそうな顔を浮かべた。先程まで呆然と立ち尽くしていたニアも、ハッとして駆け寄った。
「す、すげー。部長さん生きてるんだ・・・。」
「そうよ?すごいでしょ。」
「ハッ、ハハハハ、じゃあ足子ならぬ首子だな!」
「ん?懐かしい響きね。」
彼女は、首子という言葉を聞いた瞬間、キツネに摘まれたような顔を見せた。不思議に思った彼は問うてみた。
「どういうことなんだ?」
「あぁ私ね、本名は久美子なの。」
「あぁそれで。」
「ま、誰も呼んでくれないからね。私のこと首子って呼んでもいいわよ。」
彼女のどこか遠くを見るような顔を見せるが、リンゴのお化けがここまで豊かな表情を見せるとあまりにもシュールだったので部屋に備え付けられた鏡に彼女の顔を向けた。すると彼女は屈託のない笑顔を見せた。
「あはは、なんかおかしい!」
「お前こんな姿になって平気なのか?」
「まずは、顔を洗いたいわ。」
「しょうがないなぁ、どこで洗えばいいってんだ?」
「この棟に理科室あるでしょ?そこがいいわ。」
「誰かに見つかったらどうするんだ。」
「誰も私たちを気にしないんだし平気よ!それにもし気づかれたら小道具って言えばいいから。」
自分をモノのように扱う彼女に憐れんでしまったが、彼女の言うことだからと、仕方なしに髪の毛を掴むように持った。彼女は、長い髪の下で揺れる。
「なによ!痛いじゃないの!」
「仕方ないだろ。いったん足を拭きたいんだよ。」
「じゃあ置けばいいじゃない。」
「まぁまぁ。」
彼はバッグからタオルを取り出す際、不意に手を離してしまい、彼女は地面に転がり落ちた。髪の毛の奥からギロリとこちらを覗いていたため、背筋が凍った。彼はさっさと血で汚れた足を拭き、体液が溢れないようにと、彼女を拾いながら首の断面にタオルを被せた。そして、ジロジロと身体を眺めているニアに足子をよろしくと伝え、薄暗い廊下へ出た。自分の足跡が残っていないことを気にしながら理科室へ直行した。途中、ジジェイ改め首子が、彼をからかう。
「あなた何故か裸足だし、なんかやばい殺人犯みたいね。」
「黙っているんだ!」
「それにしても、こうやって誰かに連れてかれるって、小さい頃思い出すわね。」
「まぁお前がこれだけ小さくなったからな。」
「帰りはさぁ。抱いてくれないかな。」
「構わんが?」
理科室へ着くと、暗がりのなかで体の模型がうっすらと見え、今にも動き出しそうで恐ろしかったので、さっさと適当な洗い場で、彼女にこびりついた血を落としてやった。髪の毛までワシワシと洗い流したが、彼女はぎゅっと目を閉じているだけでおとなしかった。彼女に口を開けるように促し、水を注ぐと、断面から溢れ出て、滑稽であった。
ひとしきり血も流れたので、タオルで適当に拭いてやった。すると初めて彼女は口を開いた。
「あぁサッパリしたわぁ。」
「さっさと戻るぞ。」
帰りは彼女の言われたとおりに胸に抱き、理科室を後にした。辺りはすっかり暗くなって、ただ、首を抱えた一人の男子生徒が静寂な廊下を歩く。ふと、彼女は語り出す。
「私、忘れかけてたかもしれないな。この感じ。」
「ん?どうした?」
「私ね、母親とアパートで二人暮らしなんだけど、いつも一人ぼっちなの。それで、孤独を埋めるように、オカルトにのめり込んだわけだけどさ。」
「だからって生首になることはないだろ。それにみんな孤独を抱えてるもんだろ。ヘビの件もあるんだし。」
「それはそうなんだけど。高校卒業しても大学には行けるわけないし、そのまま適当なとこで働いて命を終えるのかなぁって思うと、いつも虚しかったの。足子がいなくたって遅かれ早かれこうなってたかもね。」
「そうか。ま、今は難しいことを考えなさんなよ。」
「それもそうね。」
しばし、徒然なるままに廊下を巡った。月明かりの照らす廊下で、ふと彼女の顔を見ると目を閉じていた。なんら反応を見せない彼女を見るやいなや、全身が凍りつき、部室へと急いだ。すでに明かりが灯っており中に入ると、足子は目覚めていた。
「大丈夫だったのか?足子!それよりも首子が!」
「首子?ジジェイのこと?」
間もなく、目を閉じて動かない首子を足子に渡した。彼女を見るやいなや口角が緩んだ。
「首子、寝てるみたい。」
「え?それだけ?」
「首だけだと息がないでしょ?じき目覚めると思う。」
「そっかぁ。で、体の方は?」
「それが・・・。」
足子がうつむいて何かをつぶやこうとした次の瞬間、首子が眩しそうに目を半分開いた。彼女は口を開くこともなく、それぞれの頭に語りかけてきた。
「ここは・・・。」
「部室だよ。」
足子が彼女に語りかけると、急に目を見開いた。
「あれ?確かあなた倒れてたわよね。」
「おい!心配かけてるんだぞ!」
ヤッキーが咎めるが、足子はそれを制止して、彼女を揺らしながら、顔を見つめ合った。
「赤ん坊のようでかわいい。首子?生きててよかったね。」
「ま、まあ、そうね。」
首子もまんざらでもなく、彼女の母性に触れた。また、同じトーンで今度は真剣なまなざしを彼女に向けた。
「実はね。体の蘇生がうまくいかなくて、このままだと体を元通りにできないの。」
首子は、一瞬目を見開いたが、気を取り直した。
「体はじゃあこのまま腐ってくわけ?」
「そういうわけじゃないんだけど、生気が抜けてるというか。」
「じゃあ探しに行けばいいんじゃね?」
後ろから聞いていたニアが割って入った。その一言に足子は何かを閃いたような顔を浮かべたが、ここで何かを述べることはなかった。それよりも体をどうするのか、気になって仕方がなかった。
「ねぇ首子。体、あのままでいいの?」
「うーん。人形みたいに壁に座らせとくのもなぁ不気味だし。」
「お前が言うのかよ!」
ヤッキーがツッコミにピンときた首子は、ギロチンを片付けるついでに十字架を持ってきてほしいと頼んだ。彼は渋々ながら彼女を斬り落とした鉄板にこびりついた血糊を拭き、台を背負って隣の小道具室の奥へと運び入れ布をかぶせた。男子の力を持ってしてもかなり重く、彼女の執念を感じ取れた。その後、十字架を探し出し、部室に運び入れた。十字架はひどくほこりかぶっていた。
「よくこんなものがこの学校にあるもんだな。」
「ま、私も不思議で仕方ないんだけどね。まぁいいわ。これに私の体をくくりつけてちょうだい。」
「体、壊さないか?」
「うーん。平気よ!」
ここまでしてオカルトグッズに身を投じる彼女はもはや性癖なのではと察するに至った彼だったが、渋々と要求を呑んだ。一度倒した十字架の上に彼女の体を仰向けに乗せて、両手を広げた状態で、十字架に固くくくりつけて、両足首も下部に縛りつける。足の臭いがほんのりと漂うが、一度頭のほうを覗くと意思の主体がとうに失われていることを思い知らされ、単なる人形を扱っているのだという気がしてならなかった。彼の気持ちなど気にせず首子は、私の体に変なことしないでよね、と文句を言うものだから、呆れて仕方がなかった。ニアも、男ならこういうの興奮するんじゃねぇの?などと眺めているだけから、足首を力いっぱい縛り上げた。そして、部室の正面に立てかけると、手首だけをささえにダランと十字架に身を委ねた。その様はすべての罪を否応なしに認めさせられ、一身に背負った健気で惨めな生贄であった。もしも足子と出会わず、そのまま卒業してしまえば、彼女は似たような運命をたどったのだろうと彼は悟った。
そんなことを考える素振りも見せない女子たちは、どこかレジャーランドで面白いものを見ているかのようなワクワクとした表情を浮かべていた。
「すごいじゃないヤッキー!」
「ほ、本当にこれでいいのか?」
「もちろんよ!あとさぁ、記念に私の血で乾杯しない?」
「そんな気持ち悪いことできるわけないだろ!」
「私の血を気持ち悪いって言うわけ?」
「あーもう仕方ない!一杯だけだぞ!」
ヤッキーは部室にあった紙コップを取り出し、身体の首の断面を少し傾け血を注いだ。そして、それぞれに配った。そして首子が口火を切る。
「では、私の斬首を祝して乾杯!」
3人はお互いの紙コップと交わし、一気に飲み干した。彼は口のなかに鉄の味が広がって気分が悪くなった。足子は何ら表情を変えることはなく、ニアはどこか興奮を覚えているように見えた。次に足子が、首子の口に注ぎ込んだ。次の瞬間、目を見開いたが、その後首組織がきゅうと締まり、血がタラタラと流れ落ちた。せっかく洗った断面がまた血で汚れて、彼は軽い徒労感を覚えた。
「感想はどうだ?首子。」
「まぁまぁじゃない?自分の血だし。」
「それよりこれからどうするさ?血まみれのまま帰るのは嫌だよ。」
「じゃあ、ウチ寄ってくか?」
「うん!それがいいわ!」
ニアの提案に首子は勝手に承諾したが、一応は部長であるので、彼はそれに従った。足子は言うまでもないことだった。皆が帰りの支度をして、首子を手提げ袋にしまい、血まみれの3人と一つの頭は、ニアのアパートへ向かった。
暗い部室で、首を失った罪人はあちこちに残したままの真っ赤な足跡を静かに見下ろしていた。




