5話 お宝の価値
「あぁー腹減ったぁ…。なんか美味しいもの食べたい!」
ダンジョンのあの部屋でぷるぷるにいろいろと指導をして数時間。思ったより覚えが早く、教えたことをどんどん吸収していった。さすが私のペット!
これならもう町へ行っても大丈夫だろう、と思ってダンジョンから出てきた。
欠点としては、歩くのはまだ少し苦手で、今も急ぐとうさぎ跳びをするから、そのたびに立ち止まって、「うさぎ跳びは禁止!」と本気で教えている。
街中でこんなことされたら目立って仕方ない。
「だいぶ歩けるようになったね!これで見た感じ人間と変わんないよ!」
「そうかな…自信ないけど、ありがと」
隣を歩くぷるぷるは焦点があっていない眼で少し照れたように笑いながら答えた。
「キモイよ!目玉!ギョロってるよ!」
「あぁ、眼ね。ごめんごめん、気を抜くとイマイチうまくコントロールできなくて…どう?」
目を閉じて目に力を入れて何かをしている。本人が言うには目玉をゴロゴロ動かしてリセットしているらしい。
ゆっくりと見開いた眼は普通になっていた。
「OK!人間してる!」
「ふぅ。人間て難しいね」
「いや、普通だから!っていうかそれなら普通にスライムで復活すればよかったやん?」
「んー、そうなんだけど、なんかありちの手のひらに乗ってたら、急に真っ暗になって、なんか近くに入れそうなのがある気がして。死にたくないって思って夢中でそっち行ったら、こうなってた」
「…そ、そっか。お前も大変だな」
私の手のひらの上にいたら真っ暗…潰しちゃったからねぇ?でも、ぷるぷる覚えてないんだ。これは黙っておいた方がいいな。この話はもうやめよ。
「ま、まぁちょっとキモかったけど、何とかなってよかったじゃん!」
「うん!しかも今度は喋れるし、こっちの方が楽しいよ!」
上機嫌で鼻歌まで歌って歩く姿を見ると、何も知らなければ人間の女にしか見えないな。
「え?なんで鼻歌できるの?何の歌?それ。スライムの歌とかあるの?」
「ちがうよ。なんかね、覚えてるんだ。この身体の記憶ってやつ?僕じゃないこの人間の記憶があって、その歌だよ」
「へー!人間の記憶がわかるんだ!おもろ!なんか特技あるの?」
「う~んとね。この人間は回復魔法が使えるらしいよ」
「すごいじゃん!ありち回復魔法得意じゃないんだよね」
「あぁー、うん。なんとなくわかる気がするよ」
「はっはー!?なに?何か言った?ぶん殴るよ?」
「な、なんでもないよ。ホラ、町が見えてきたよ。その棍棒売るって楽しみにしてたじゃん」
スライムになにかものすごいバカにされた気がするけど、遠くに見えてきた灯りを見て心が躍った。今日は初めてダンジョンで宝箱を開けたんだ!早く売って、美味しいものを食べたい!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「30ブロンズ」
「は?」
「だから30ブロンズだって。嫌ならもってけぇりな」
町に一つしかない武器屋に今日の戦利品を持って行くと、見るなりロクな査定もしないで30ブロンズと言われた。
おかしいだろ!ダンジョンの宝だぞ!?なんでそれがたった30ブロンズなんだよ!宿にすら泊まれないよ!
「おかしいよ!ダンジョンの宝箱で手に入れたんだ!ちゃんと査定してよ!」
「あぁ?めんどくせーな。いいのか査定しても?知らんぞ?」
「あぁいいよ!ちゃんと見てくれればそのお宝の価値がわかるね!」
「…」
武器屋の親父は私が渡した棍棒を隅々まで見ると、深いため息をついた。
「こいつはあぶねぇところだった。査定してよかったぜ」
「でしょ!?だから言ったじゃんお宝だって!いくらよ?1ゴールド?まさか100白金貨?」
「10ブロンズ」
「…」
私たち二人は声が出なかった。
親父は私の前に棍棒を投げ捨てるように置いた。
「こいつ、なんかバカ力で持ち手を握っていたのか手の跡ができていやがる。こんな呪いの手形みたいなのがついてたら売れねーよ」
その手形は私が握っていた跡だった。無意識にちょっと強く握ったせいで持ち手に手形ができている…。
「ま、待ってよ!さっきは30ブロンズっていったじゃん!男なら30ブロンズで買ってよ!」
「ありちー…それヤバすぎだよ」
「うるさい!いいじゃん!お宝なの!30ブロンズって言われたもん!30ブロンズなんだもん!」
あまりの安さに、私は泣く事しかできなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「悪くないもん…。ありち悪くないもん」
屋台の賑わう広場の隅っこで私はうずくまりながら座っていた。ぷるぷるが困ったように隣に座っている。
「もういいじゃん、あの親父さんだって最終的に30ブロンズにしてくれたんだから」
「…くやしいよぉ!ぷるぷるぅ~!!」
「ど、どおどお…。大丈夫だって、すごいよありちーは。交渉の天才だよ。僕にはあんなことできないもん」
ぷるぷるは私の頭をなでながら優しく言ってくれた。
垂れる鼻水と涙をぷるぷるの服で拭く。
あのあと、私は親父が30ブロンズ出してくれるまで粘った。何度も交渉の末、20ブロンズと言われたが納得できず、店の中でドンドンと地団駄を踏んで抗議した。床は軋み、建物が震えた時に、武器屋の親父はすぐに30ブロンズ出してくれた。
「本当に?すごかった?」
「うん、すごいすごい。だからほら、さっき買ったシュワシュワと肉串、食べちゃいなよ。今日のお宝の分で買ったありちーのお手柄だよ!」
無言で私は地面に置いてあったコップを持ち上げると、一気にシュワシュワを飲み干す。甘くてスッキリして、喉を刺激するシュワシュワ感がたまらない。家出をしてから私はこれが大好きになった。
肉串も好きだ。ぷるぷるから受け取るとハグハグっとかぶりつく。いつかお金持ちになって食べきれないほどの肉串とシュワシュワでパーティーをするんだ。それが私の夢。
「あ、ごめん。ぷるぷるのも食べちゃった」
串と空のコップを見て何も食べていないぷるぷるのことに気が付いた。
「大丈夫だよ。僕なんかおなか減らないんだ。…どうしてかな。これって変なの?」
「変だよ!変!…でも、もうお金ないし…。どうしよう…あ、そうだ!こっち来て!」
私は広場の中をぷるぷると歩いた。当てもないわけじゃない。広場に無造作に置かれているテーブルを見ていた。ほとんどの席は埋まっているが、一部の席はまだガラガラだ。
「あ!ぷるぷる!こっち!」
私は一つのテーブルを見つけた。シュワシュワが半分以上残っているコップ。肉串が2つとただの串が数本皿の上に置いてある。
私が知っている限りテーブル席にも種類があって、人が多い場所と少ない場所がある。こっちの人が少ない場所は金持ちそうなやつが多いし、時々こうやって食べ物を残して席を立つ人間がいる。
「ほら!見てこれ!もったいないから食べちゃお!」
肉串を一本、ハグハグっとすぐに口いっぱいに頬張りながら、残りの一本をぷるぷるへ手渡す。
「あ、ありち、それって…」
ごくん、と頬張っていた肉串を飲み込むと私はシュワシュワのコップを片手にぷるぷるの手を取って席から急いで離れた。
「遅いよぷるぷる!すぐに食べないと!あっちいくよ!!」
「だ、ダメだよありちー。これきっと…ふぐっ!!…ごっくん。飲んじゃった…」
私はぷるぷるの口に肉串を突っ込むと無理やり食べさせた。串をその場に投げ捨てて、すぐに広場から離れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「これ、すごい味だね。さっきの肉串は美味しかったなぁ…」
広場から少し離れた噴水がある区画のベンチに座りながら、ぷるぷるはシュワシュワをちまちまと飲んでいた。
「でしょ?肉串いいよね。シュワシュワいらないなら頂戴!」
「あ、いらないって言ってない。ゆっくり飲んでるだけ!」
私はぷるぷるのコップに手を伸ばすも、『ダメ』と振り払われてしまう。
口を尖らせていると、公園を歩いている冒険者風の男たちが何かを言っていた。
「おい、例の攻略組パーティー、僧侶が一人でいなくなったらしいぜ」
「あぁ、あそこか。最近、攻略がうまくいってないのは回復役のせいだとか揉めてたって噂の」
「それそれ。なんでも今日、僧侶が一人でダンジョンに行ったっきり戻ってこないらしい」
「一人で?回復しかできない僧侶が?」
「らしいぜ。仲間も止めたみたいだけど、そのまま行っちまったんだと」
「マジかよ……。それじゃ危ねぇだろ」
「魔法使いのレイスなんか相当心配してるらしいぞ。ギルドに捜索願まで出してるってよ」
「へぇ。報奨金とか出てんの?」
ピクッ。
報奨金。
その言葉に、私の耳が勝手に反応した。
人を探せばお金がもらえる。
お金があればシュワシュワが飲める。肉串もいっぱい食べられる。
(人探しって、お宝探しより儲かるんじゃない?)
「あぁ。なんでも――100ゴールドらしいぜ」
「ひゃ!?」
慌てて両手で口を塞いだ。危ない危ない。
今のは聞かれてないよね?
男たちから視線を逸らしてぷるぷると話しているふりをしながら、そーっと耳だけを男たちの会話に集中させる。
「100ゴールド!?そりゃすげぇな!」
「レイスが個人の金で出してるらしいぞ。それだけ仲間のこと心配なんだろ」
「俺なら絶対探すわ。特徴は?」
「ちょっと待て…。今日いなくなったときは、白っぽい僧侶服に膝丈くらいのスカートだったらしい」
「そんな奴、その辺にいくらでもいるだろ?僧侶様だと服装が地味なんだよなぁ」
「……」
ちらっ。
気づかれないように目を細めて隣を見る。
だいぶ汚れてはいるけど、白っぽい服。
膝くらいまでのスカート。
ぷるぷるは何も知らず、シュワシュワをちまちま飲んでいる。
「髪は茶色。瞳は黒。十八くらいの女だってよ」
「……ん?」
もう一度ぷるぷるを見る。
水色の髪。
目は……淡い青。
(あれ?)
こいつの髪って、最初から水色だったっけ?
倒れてたときは……茶色だったような……。
いや、ちゃんと見てない。
(でも服はめっちゃ似てるな……)
「まぁ、地味な特徴だよなぁ。けどダンジョンで行方不明なら、明日潜ってみるか?」
「いいねぇ。運がよけりゃ100ゴールドが歩いてるかもしれねぇぞ!」
「違いねぇ!あっはっはっは!」
二人の男は笑いながら広場の方へ歩いていった。
私は改めてゆっくりと隣を見る。
白い僧侶服。
十八歳くらい。
ダンジョンにいた女。
そして――100ゴールド。
(やば。多分コイツやん)
じーーー。
私の視線に気づいたぷるぷるが、シュワシュワのコップを胸元へ引き寄せた。
「な、なに? これはあげないよ?」
「ぷるぷる」
「な、なんだよ」
「お前……」
改めてもう一度、頭から足までじっくり見る。そして確信に変わった。
「めっちゃ高いやん」
「…………は?」




