4話 ぷるぷる
「こっちくんなぁぁぁ!!!」
ダンジョンの中で最恐のモンスターに遭遇した。真顔でうさぎ跳びしてくる人間だ。正直今まで遭遇した魔物、モンスターと言われる者たちすべてに、『友達になろう』と接してきたが今回は別、仲良くなれる気がしない。
後ろを見てみると、両手をダランとぶら下げた状態で真顔で迫ってくる人間がいる。しかもさっきよりもうさぎ跳びのコツを掴んだのか、アイツはドンドン早くなってくる。しかも飛距離も伸びてるように思える。
(いっその事殴り飛ばすか?…でもでもパパにバレたら怒られるし、人間殺すなって言われてるし…でもでも私アイツ怖いし…)
拳を握って後ろを振り返ると、今度は両手を伸ばして私に飛び掛かろうとする姿が見えた。この数秒でさっきまで使えなかった腕が使えるようになっている。
「いやだぁ!!!…ふ、あははは!!いやだこっちくんな!きっしょ!!きっしょ!!」
恐怖でリミッターが外れたのか、笑いがこみ上げてくる。
アレはヤバい、捕まったらダメな奴だ。本能がそう言ってる。
さらに加速して走るも、うしろの、
ざっざっざっ!
といううさぎ跳びの音は確実に近くなってきている。
焦る私の視界に、曲がり道が見えた。
(あ、あそこだ!あそこしかない!)
それを見てさらに加速した。
後ろの人間もそれを見てさらに加速した。
そして曲がり道にきた瞬間、私は90°の方向転換をして曲がり道に飛び込んだ。
すぐに後ろを振り返ると、うさぎ跳びの人間は無表情の顔を私に向けたまま全速力で直進していった。私を見失った腕はバタバタともがくような意味不明な動きをしていた。
「き、キモすぎるやろ…」
息を切らしながらその姿を見送ると、急に安心して笑いがこみ上げてきた。
「人間っておもしろすぎるだろ…。げほっげほっ…あー喉乾いた。早く出てシュワシュワ飲みたい」
歩き進めて行くとそこは行き止まりの部屋だった。
「マジかよ…」
……………。
ざっざっざっざっ
私の歩いてきた通路の奥から、うさぎ跳びの音が聞こえてきた。
「まじかよ!!」
恐怖を通り越して笑いながら私は部屋の一番奥まで行ってアイツを迎え撃つべくこぶしを握った。
少しして、うさぎ跳びのアイツは現れた。
私は覚悟を決めた。
殴らないとダメだ。私の為に。
パパに怒られるだろうし、お姉ちゃんにもボコボコにされる。でも、コイツは…こいつだけは無理だ。鳥肌が止まらない。
「と、止まって!!来ないで!!やめろおい!!」
叫んでも、アイツの表情は変わらなかった。逃げ場がなくなったことを察したのか、アイツの動きは遅くなった。
それでも、私が右へ行けばアイツも右へ、左へ走ればアイツも左へ。
逃がしてくれる気はまったくなさそう。それだけは伝わってきた。
「待って待って、ごめん、ありち何もしてないじゃん!むしろ助けたよ!覚えてないの!?」
「……………」
なにか口をモゴモゴと動かしている。
(おいおい、まさか口からなんか出さないだろうな…マジで勘弁してくれよ)
止まってモゴモゴしている人間を恐る恐る観察する。動いたらきっとアイツはまた私を追いかけるし、追いかけてきたら今度こそ捕まる自信がある。
「おーい?いや、もうさ。なんていうか、私悪くなくない?聞こえる?私お前殴らない。OK?だからお前も私についてこない。OK?」
「…きゅぴーー!!」
「ひぃやああああぁぁ!!」
私が数歩近づいて話しかけた後、少しの沈黙があると急に叫んで飛び掛かってきた。驚いてまた壁まで一気に私は後ずさりした。
「…な、なんなんだよ!こいつムカつく!!」
目の前でしゃがんでゆらゆらと揺れている姿を見ると、なんかだんだんムカついてきた。
「なんだよきゅぴーって、お前スライムかよ!…え?スライムなん?」
「きゅぽー!」
女が嬉しそうに反応する。顔は無表情だけど。声ね。声だけがなんとなく嬉しそう。
「……え?」
女を見て、さっき握り潰した水色スライムを思い出した。女のお腹を見ながら、スライムがなんかこの女の中に入っていったような…。
「…………お前、マジでスライムなの?なんだよその変な鳴き声!なんだお前スライムだったのかよ。驚かすなよスライムのクセに。どうして動けてる?何か喋れる?」
「…」
口をモゴモゴと動かすと、何かを言いたそうにしているが、うまく喋れないようだ。
「私はアリシア。ありちーでいいよ。名前ある?」
「……」
「ないの?」
「……きゅぽ」
「じゃあ私がつける!」
目の前の女を見てしまうと、どうにもホラーな名前しか出てこないから、目を閉じて手のひらに乗ってくれていた時のスライムのことを思い出す。水色でプルンプルンした可愛いヤツ…。
「…………ぷるぷる」
「きゅ?」
「ぷるぷる!可愛くない!?」
「きゅぴー!」
「決まり!私の名前、言える!?ありちだよ!ありち!」
自分の顔に指をさし、ここ!ここ!っとぷるぷるに見せる。
「あ、あ…」
「そうそう!あ、り、ち!」
「あ、…ち」
「あーりーち。ほら、もう一回!」
「……あ……り……」
「そうそう!」
「…………ありち」
「おおっ!!」
思わずぷるぷるの頭をわしゃわしゃ撫でる。
「できんじゃん! お前すごいな!」
「……ありち」
「ん?」
「ありち!」
さっきまであれだけ気持ち悪かった無表情な顔が、少しだけ笑ったように見えた。
「……へへ。よろしくな、ぷるぷる!」




