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18話 『セレナ』というエルフ

「よし!よくやったぞセレナ!」


 私の前にガルドとセレナ、そしてニーナがいる。振り出しに戻ってしまった。


「俺が直々に相手をしてやる。小娘、ありがたく思え」


 そう言いながらガルドは腰の長剣を抜くと、近くにあった黄色い小瓶を3つ開けて飲み干した。


「が、ガルド様!あまり飲み続けては副作用が…」


「かまわん!この小娘…ガキだと思ったがなかなかやるじゃないか。久々に体が疼く…戦いを求めてるんだ。あの日から戦えなくなったこの身体の血が…肉が騒ぐんだよ!!我慢が出来ん!!」


「へぇ…偶然だね、私も気に入らなかったんだ。クソジジィ…。今ここで実力の差…教えてやろうか?」


「ふんっ!小娘がいきがりおって…A級冒険者の力…見せてくれる!こっちへこい!セレナ…セレナ!!」


「…」


 小さく頷くとセレナは再びガルドの方へ進んで行った。


「いい機会だ…あいつらにも薬の完成に立ち会わせてやろうじゃないか。昨日の奴隷の死亡後に再度調薬した新型の薬だ…。これを飲ませて何もなければ…これで我が悲願は達成されたも同然だ!」


「お前!やめろ!ニーナは嫌がってるって言ってんじゃん!!」


「奴隷の権利は全て買主の俺にある!それはこの国が認めた立派なルールなんだよ!お前みたいな小娘にはどうにもならないことがある。それをよく理解するがいい!」


 セレナは黙々とさっきの痺れ薬と同じものをニーナに飲ませた。

 その直後、ニーナは崩れ落ちるようにその場へ倒れ、意識はあるものの動けなくなった。


「実験再開だ!セレナ!薬を飲ませろ!」


「…はい」


 セレナは動けなくなったニーナを近くのテーブルの上に寝かせた。

 そのままそばにある透明の薬が入った瓶を持ってくる。


「や、…やめて…セ・レナ…」


 震える声でニーナが言う。

 それを見たセレナは一瞬動きが止まるも、俯いたまま足を止めなかった。


「ぷるぷる!!」


「な、なに!?」


「お前…覚えてるよね?ニーナに何かあれば…」


 一瞬身体をビクンっとぷるぷるは震わせると、物陰から出てくる。

 私はガルドから視線を外さないままぷるぷるに命令した。

 正確に言えば視線を外したらその瞬間何か攻撃を受けそう。そう本能が訴えている。


「が、頑張るけど僕にできる事なんて…」


「お前、私の仲間なんだろ?頑張ってみろ!!」


「…う、うん!!」


「そんななよなよの小娘が一人増えたところで、なんになるというんだ?俺たちの勝ちだ!次はお前たち二人を実験に使ってやる…感謝するんだな!さぁセレナ!やれ!」


 透明な瓶を持ったまま、セレナは動かなかった。


「…」


「どうした!早くその奴隷に薬を飲ませぬか!!」


 セレナは小刻みに震えながら言った。


「嫌です……ガルド様」


「な…なんだと?…貴様奴隷のクセに、俺に逆らうのか!?」


「申し訳ございません。私、もうこれ以上…」


「えぇい黙れ!!やれ!飲ませるんだ!!」


 部屋の中にガルドの狂った叫び声が響いた。


「あと少しじゃないか!俺たちの10年の研究が、もうすぐ完成するんだ!昨日の奴隷の病も治った、弱っている体には副作用が耐えられなかったんだ。だから調薬もした。あと少し…あと少しで俺の…エルフの薬師としてのお前の悲願もかなうんだぞ!?なにが…何がお前を狂わせた!?」


「…これ以上は…。…たしかに、このままならいつかは完成するかもしれません。ですが、これは私たちの手には余る代物です。もうやめましょう。ここまで…私たちにはもうここまでなんです」


「だまれ!!!」


 肩で息をするガルドは、今まで見た中で一番野性的に見えた。獣のような、怒りで顔を真っ赤にして剣を持つ手が震えている。


「昨日の奴隷は…。リセは生きたいといっていました。私たちなんかの為に、役に立ちたいと言っていました!」


「うるさい!!黙れと言っている!!」


「屋敷の使用人たちもです!みな、知っていました…。口にしないだけで、皆さんこの実験が好ましくない結果だという事を…それでも、…それでもみんなあなたの為にと命をかけたのですよ!!なぜあなたは変わってしまったのですか!」


「うるさい!!」


「きゃぁあ!!」


 ガルドは目の前にあるテーブルの上のものを左手で薙ぎ払った。

 瓶や薬草、液体などがあたりに散らばり激しく音を立てて砕けた。


「優しくしておればつけ上がりおって…貴様も…貴様もか!?」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ――あの戦いから、どれくらい経った頃だったか。


「ぐっ……こんな重かったか?このドアって」


 杖をつきながら冒険者ギルドの扉を開けた。

 以前なら何でもなかった数段の階段を上がるだけで、左脚に鈍い痛みが走る。

 あの日。

 町を襲った魔物を倒した代償に、俺の左脚はまともに動かなくなった。

 それでも、最初はすぐに戻れると思っていた。

 傷が治れば。

 治癒魔法を使えば。

 良い薬さえ見つかれば。

 また以前のように斧を振るえる。

 また魔物を倒せる。

 そう思っていた。


「ガルドさん、お久しぶりです!」


「ああ」


 受付の女が笑顔を向けてきた。

 以前と変わらない。

 俺はこの町のA級冒険者、ガルドだ。

 何も変わってなどいない。


「何か依頼はあるか?」


「依頼……ですか?」


 一瞬、受付の女が困ったような顔をした。

 その顔が気に入らなかった。


「討伐だ。近頃、街道に魔物が出ると聞いた」


「あ……その依頼でしたら、すでに別のパーティーが受注しています」


「なら他のものだ」


「ですが……」


「なんだ?」


「その……ガルドさんのお身体では……」


「……」


 女はそれ以上言わなかった。

 言わなくても分かる。

 俺は何も言わず、近くの椅子へ腰を下ろした。

 その時だった。


「なぁ……あれ、ガルドだよな?」


 少し離れたテーブルから声が聞こえた。

 若い冒険者たちだった。


「やっぱり脚、駄目らしいぞ」

「じゃあもう引退か?」

「仕方ないだろ。あんな杖ついてたら戦えねえよ」

「でもA級だろ?」

「昔はな」


 笑い声が聞こえた。


「今じゃD級の仕事だって無理じゃねえか?」

「おい、聞こえるって」

「別に馬鹿にしてるわけじゃねえよ。実際そうだろ?」


 杖を握る手に力が入った。

 違う。

 俺はA級だ。

 何年も戦ってきた。

 何度も死にかけた。

 この町だって俺が守った。

 それなのに――。


「英雄だって言っても、動けなきゃなぁ……」


 ガタッ!!


 俺が立ち上がると、若い冒険者たちの声が止まった。

 全員がこちらを見ていた。


「……」


 何か言ってやろうと思った。

 お前たちなど、俺なら一人で全員倒せる。

 そう言ってやりたかった。

 だが――。


 ズキンッ!!


「ぐっ……!」


 動こうとして脚に力を入れた瞬間、激痛が走った。

 身体が傾く。

 慌てて杖を床につき、どうにか転ぶのだけは耐えた。


「ガ、ガルドさん!」


 受付の女が駆け寄ってきた。


「触るな!!」


「っ……」


 ギルド中が静まり返っていた。

 誰も笑っていない。

 誰も馬鹿にしていない。

 それなのに。

 その目が――。

 俺を見る、その目が。

 憐れんでいるように見えた。


「……くそっ」


 俺は杖をつきながらギルドを出た。

 一歩。

 また一歩。

 歩くたびに脚が痛む。

 武器を振るうどころか、まともに歩くことすらできない。

 町を歩けば声をかけられた。


『英雄ガルド様』

『町を救ってくださった英雄』


 違う。

 俺はそんなものになりたいんじゃない。

 過去の話など聞きたくない。

 俺はまだ戦える。

 まだ終わっていない。

 なのに――。


『もう引退か?』

『あんな杖ついてたら戦えねえよ』

『昔はな』

『動けなきゃなぁ……』


「……黙れ」


 誰もいない道で呟いた。


「俺は……まだ終わっていない」


 杖を握る手が震えた。


「終わってなど……いない……」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エルフなら、人間には作れない秘薬を作ることができる。

 失われた部位すら再生させることがある。

 そんな話を耳にして、噂半分で裏の奴隷市場へ…。

 そこで俺は…セレナ、お前と出会った。


『できました! できましたよ!』


 小さな傷だった。

 だが、それが治った時のお前の顔が忘れられない…。

 町の連中…ギルドの連中と違い、俺を対等に見て、憐れまなかった。

 過去の英雄などという扱いはせず、俺と一緒に研究し、喜び、笑った。

 俺はまだ終わっていない――また、歩き出せる。

 そう思わせてくれたのは…。

 セレナ。

 お前だったじゃないか。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「セレナ、お前まで…お前まで…」


 ガルドの様子が変わった。さっきまでと違って、顔には絶望の色が見える。


「セレナ、ニーナを返して。その子は実験台なんかじゃない。嫌がってるの、わかってんでしょ?」


「…」


 ニーナの顔を見ながら小さく頷くと、セレナは別の瓶を持ってきてニーナに飲ませた。


「お前!なにして…!!」


 セレナが何かを飲ませたのを見ると咄嗟に殴り飛ばそうと踏み込んだけど、その顔を見て私はすぐに速度を抑えて、ゆっくりと、歩きながら近づいた。


「大丈夫…これは解毒薬だから、麻痺もそのうち治ると思う。…ごめんね、怖い思いさせちゃって…」


 泣きそうな顔の彼女からは、先程まであった毒気がなくなったように感じた。


「た、助けて…くれ…るの?」


「えぇ…そうね。私は、命を助ける研究をしてたんだから…助けるわ」


「あ、ありが…とう…」


 苦しそうだけど、嬉しそうに笑うニーナの顔を見て、とりあえずは一安心した。


「あなたもありがとう…。言いたいこと…いつの間にか誰にも言えなくなってた。…言えたかわからないけど、私はこれからもガルド様に寄り添っていくわ。それが償いになると思うし…」


「あっそ…私は別にニーナをぶっ飛ばしに来ただけだから、…別にあんたらに興味ないし」


「ふふっ…。強がりな女の子ね。…ガルド様だけが悪いんじゃないの。私もいけないのよ。…彼を止められなかった。…時間はかかると思うけど、元の素敵なガルド様に戻ってもらえるように、私なりに努力してみるつもり」


「…」


 ガルドはブツブツと何かを口にしているが、それは何を言っているか私には聞き取れないし、いまさら聞く気にもならない。ムカつくやつだったけど、セレナがこう言っている以上、私が何かするのはちょっと気が引けたし、このムカつく場所から早く帰りたい。というのが本音だった。


「…うん。わかった。じゃあもういいや。ぷるぷる!帰るよ」


「え!?終わり?ほんと!?」


「なんかあの女見てたらぶっ飛ばす気持ちなくなっちゃった。ニーナ連れてきてあげて。帰って肉串食おうよ!」


「わかった!」


 ぷるぷるはセレナのところに走って行くと、なにかセレナと話し、ニーナを受け取り抱き上げた。

 その瞬間、セレナの後ろにいるガルドと目が合った。

 さっきまでの絶望した顔じゃない。

 目の前の獲物を狩るような、獣の目だった。

 私が声を出すよりも早く、ガルドはニタァと口元を歪めると、そのまま握っている剣を勢いよく前に突き出した。


「せ、セレ――!!」


「この裏切り者がぁーー!!」


「…が、がる…ど…だま??」


 獣のような叫び声と同時に、セレナは背中から剣を突き刺された。驚きと絶望の表情のまま、のけぞりながらゆっくりと後ろを見る。

 口からは血があふれ出し、胸元からも出血がひどい。


「俺は…終わらん!!」


 剣を引き抜くと、セレナの体は地面に静かに崩れ落ちた。




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