16話 地下室
階段を駆け下りると、部屋があった。空き瓶、草、なにかの液体が入った瓶、血の跡…鼻を刺激するなにか薬のような嫌な臭いが充満していた。
「うわっ、くっさ…なにここ」
「さぁ?なんか胸糞悪いとこ」
後から降りてきたぷるぷるがその辺に散らばっている紙を拾い上げて見る。
「ニーナ…あいつどこ行ったんだよ」
舌打ちをしながら私は部屋の奥へ進んだ。
「や、やめて下さい!!だれかっ!」
真っ暗な奥の方から声が聞こえた。この先も繋がっているらしい。
声を頼りに私は奥に進んだ。
次第に声が聞こえるようになってきた。
女と…男の声だ。あのジジィに違いない。
奥には扉があった。私はその扉を勢いよく開けた。
バァン!!
ひときわ広い部屋…。広さ的にはさっきの玄関ほどだろうか。
部屋の中心に、奴らはいた。
一瞬私と目が合った三人は、何が起きているのかわかっていない様子で固まった。
私も、なにが起きているのかわからず固まった。状況をまずは確認したい。
ニーナが縛られて身動きが取れなくなっている。
緑、青、黄色…色とりどりの小瓶が並んでいる。
血なまぐさい…床には新しい、古い血痕が点々としていた。
それを見ているうちに、先に動いたのは女だった。
シュッ!!
私の隣を短剣が走った。
「貴様!どこから入った!?」
「玄関だけど?文句ある!?」
「そんな…鍵は閉めたし…それにこの場所をどうして」
「床殴った!悲鳴聞こえたんだもん!いいでしょそんくらい!!」
「ふ、ふははは!昨日の旅人のガキか…」
「このクソジジィ…ニーナに何すんだよ!今すぐ放せ!」
「くそ!?…、貴様!ガルド様に向かってなんて口を!!」
「よい。どうせアイツも同じ運命になる小娘よ。生け捕りにしろ!殺すな!」
「はっ!」
女は短めの剣を太ももの内側から取り出すと斬りかかってきた。
私は後ろに飛び退く。
「た、助けて…」
ニーナが涙を浮かべながら私に消えそうな小さい声で訴えてきた。
「言えんじゃん」
「??貴様、なに言ってる?」
「ちゃんと助けてって、自分の気持ち言えんじゃん」
なぜか、笑えてきた。
別に、面白くないし、なんならこんな意味わかんない女に襲われてるんだけど、アイツが私にちゃんと自分の気持ちを言った事がなんか嬉しかった。
ぶんっ!ぶぅん!
セレナが短剣を振り下ろすも、どれも私には届かない。動きが遅い。冒険者みたいに戦闘が得意なタイプじゃないみたいだ。どの攻撃も余裕でかわしながら、ガルドとの距離の詰め方を模索していた。
「こ、小娘!!調子に乗るな!」
棚から緑の液体をつかみ取り、短剣にこぼし、空になった瓶をこちらに投げてきた。
「無駄だって」
私は余裕で瓶をかわし、向かってくる女を見据えた。
「気を付けて!さっきの薬も毒かもしれないよ!」
ぷるぷるの声が後ろから聞こえた。その一瞬、二階での出来事を思い出した。
『ピリピリする…』
まさか、と思って避けた時だった。
「うわっ!」
女が振り下ろした短剣から液体が飛び散り、目や口に数滴入る。
「ありちー!!」
「ふふっ…油断したね。これはガタイのいい男でも身動きが取れなくなる痺れ薬なんだ。お前みたいな小娘、すぐに体の自由が…、自由が??」
「きったね!きっしょ!キモ!!う”え”ぇ”!!」
床に唾を吐きながら目をこする。
あんないつ作ったかわかんないキモイ水を飲んでしまった事が一番ショックなんだけど…。
目に入ったのも嫌なんですけど!!マジでキモイ。ちょっとピリピリするのがなんか腐ってそうで余計に嫌だ!
「なんで、…なんで動けるの?」
「これ、腐ってるの?ちょっとピリピリするんだけど!?」
「そ、そんな…私の薬が…」
「ありちー!アイツエルフだよ!耳見て!」
「知らないし!!あーー!!ピリピリして気持ち悪い!!」
「もう一度…もう一度だ!!」
女は再び私に斬りかかってきた。
振り下ろされた剣の軌道から身を外し、腕を掴む。
「なっ!?…ぐあぁぁぁ!!」
掴んだ腕にちょっとだけ力を込めると女は絶叫した。
手にしていた短剣を放し、乾いた音を立てて床に落ちる。
パキッ
短剣を足でへし折ると、私はそのまま女を壁に向かって放り投げた。
ドォン
壁に叩きつけられてそのまま力なく崩れ落ちる。
動いてはいるし、声も苦しそうだけど聞こえる。殺してはいない。殺すとあのジジィと同じだし、それは気に入らない。
「貴様…」
ガルドがヨロヨロと後ずさりをする。私はそんなのに興味はない。
一人取り残されたままのニーナの元へ急いだ。
「ぷるぷる!手貸して!!」
「う、うん!」
ニーナの手足、首、胴周りにつけられていた拘束具を外していく。
「あ、ありがとう」
「別に…お前、後でぶん殴るからちゃんと待ってろよ。ムカつくんだよ」
「助けたのに本当に殴るんだね…」
無言だったニーナは涙を落としながら拘束具が外れると顔を隠して泣いていた。
「…ムカつく」
「貴様!俺の奴隷だ!勝手になにをしている!?」
「ニーナは返してもらう」
「俺の奴隷だ!俺がカネを払って買ったんだ!貴様に何の権利がある!?」
「…だから?」
「…っな!?」
「え?」
私の一言でその場の全員が固まった。
「金払ったからなんだっていうの?ニーナは嫌がってるじゃん!」
「奴隷とは…、奴隷とは主人の為に尽くすのが道理。そいつは奴隷としての仕事を全うしてるだけだ!」
「尽くすって…仕事って何だよ!リセ…昨日の奴隷みたいに殺されて川に捨てられるのが奴隷の仕事っていうの!?…そんなの僕も認められないよ!」
「昨日?…あぁ、昨日の奴隷は実に惜しかった…あと少し、…あと少しだったんだ」
「少し?なにが?」
「あの娘の病は治った。…しかし、薬の副作用に耐えることができなかったんだ。あと少し、あと少しで薬も完成してあの娘も自由に生きることができたんだ!」
「…」
「あと少しなんだ。あと少しで完成する。どんな怪我、病にも効果のあるエルフの秘薬と同レベル…いや、それ以上の効果がある奇跡の薬が!!」
「だから、リセは殺してよかったの?」
「…」
「薬ができるなら、誰でも殺していいの?」
「誰でもではない。犯罪者、先の短い者、奴隷…この国で人知れず消える命を使って、みなの為になる薬を俺は作っているんだ!しかも昨日の娘は良かった。持病は治った。あとは副作用をどうするか…研究は大幅に前進したんだ!あの娘も生まれてきた価値があったというもの!」
「お前、頭ん中湧いてんじゃねーの?」
私がガルドへ向かって一歩踏み出した時だった。
「動くな!!この二人がどうなっても知らんぞ!!」
「あ、ありちー…」
「よくやったぞセレナ!!」
私が振り返るとぷるぷるとニーナはセレナ、と呼ばれた女に捕まっていた。
あのクソスライム…自分のことは自分でどうにかしろよ。
「た、助けて…いやだ、死にたくないよ…いやだ」
「…」
ニーナの声を聞いて一瞬セレナの表情が曇った。
「ニーナを返して」
「ぼ、僕は!?」
「…」
(まただ…こいつもか)
一瞬、セレナの身体が揺れた。ニーナを見る目は、昨日の奴隷屋で見たニーナの眼と一緒だった。何か言いたいことがあるくせに、言わない眼。
ほんと、ムカつく…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆(セレナ視点)
「た、助けて……いやだ、死にたくないよ……いやだ」
「……」
ニーナの震える声が耳に入った瞬間、私の手から力が抜けた。
――死にたくない。
昨日も、同じような声を聞いた気がした。ぼんやりとして、思考や判断が鈍くなった頭でもそれは覚えている。
病に苦しみながら、それでも生きようとしていた少女。
リセ。
薬を飲ませたあと、病の症状は確かに消えた。
成功したと思った。
けれど、その身体は薬に耐えられなかった。
ひどい副作用だった。苦しみ、血を吐き、最後には動かなくなった。
その姿を見たとき、どうして私は――。
「……リリエナ」
小さく、名前が漏れた。
ずっと昔。
まだ、私が今よりずっと幼かった頃。
『セレナ!今日は外に出てもいいって!』
『ダメよ。昨日も熱を出したでしょう?』
『ちょっとだけ!ね?』
明るく笑う少女がいた。
身体は弱いくせに、じっとしていることが大嫌いで、私よりもずっとお転婆。
何度止めても外へ出たがって。
少し元気になれば、すぐに笑って。
けれど、そんな日々は長く続かなかった。
生まれつき魔力に異常を抱えていたリリエナの身体は、少しずつ弱っていった。
薬を飲ませても。
治癒魔法を使っても。
何をしても。
私では、彼女を助けることができなかった。
『ごめんね、セレナ』
『なんであなたが謝るのよ……』
『だって、いっぱい頑張ってくれたから』
『まだよ。もっと勉強するから。もっと薬のことも覚える。それに、頑張ってくれた。なんて終わったみたいに言わないでよ』
覚えている最後の笑顔は、子供のくせに大人みたいに私を気遣って、言いたいことを飲み込んだような、寂しくて優しい笑顔だった。
助けたかった。
ただ、それだけだった。
誰かが病気で苦しんでいるなら治したい。
大切な人が死にそうなら助けたい。
自分の両手で掬った命を零れ落とさないように……。
だから薬草を学んだ。
治癒魔法も覚えた。
エルフでは皆が憧れる薬師にもなった。
いつか、自分と同じように大切な人を救えず泣く誰かを、一人でも減らしたかったから。
それなのに。そのはずなのに――。
「いや……死にたくない……」
腕の中でニーナが震えていた。
私は自分の手を見た。
その両手は、掬った命を助けるためではなく、逃げられないように自分よりもだいぶ若い少女を押さえつけていた。
「お前さ、言いたいことあるなら言えよ」
押さえつけている手に、ニーナの震えが伝わってきた。
再び彼女のことを強く…掴んだ。
本当は、抱きしめたい…安心させてあげたい…。私、わたし…いつから…。
「私……何を……わたし」
ニーナの顔にリセが重なった。
そして、その向こうで――リリエナが笑っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ニーナのことを掴んでいた手が緩むのが見えた。
さっきふっ飛ばした時のダメージが残っているのか?
心ここにあらず…という感じ。上の空でぼーっとしているようにも見える。
「お前さ、言いたいことあるなら言えよ」
私の言葉で緩んでいた手に再び力が戻る。
「私……何を……わたし」
あきらかに様子がおかしかった。さっきまでの敵対心というか攻撃性が嘘のように消えていた。
ニーナを掴む手には力が戻ったものの、ぷるぷるの方はすでに自ら手を放してしまっている。
ぷるぷるはその隙にセレナから距離を取っていた。
セレナの目は、ずっとニーナを見ていた。
私はその目に苛立ちを隠せなかった。
「わっかんねーよ!!今なにを考えてるかとか、相手がどう思うとか、こういう時はどうするとか、そんなのわかんないよ!お前わかる!?私が今何したいか?!肉串食いたい!って思ってたら、お前肉串持ってきてくれる?来ないでしょ!!」
「に、にく…ぐし?」
「言えよ!お前の気持ちはお前のもんなんだよ!誰かに言われてなんでも言う事聞くような人生ならやり直してこい!!ムカつくんだよ!ニーナも…お前も!!」
「気持ち…リリエナ……」
私の言葉でセレナの瞳の色が変わったように見えた。今まで生気がない、人形のような目に光が灯ったような…そんな気がした。
「セレナ!何をしている!その奴隷を離すな!」
しびれを切らしたガルドが大きな声をあげた。
その声にビクンっと大きく体を揺らすと、セレナは再びニーナの腕を軽くつかんだ。
「こっちにこいセレナ!!そんなガキの言葉に耳を傾けるな!!」
「はい…ガルド様」
セレナは私から距離を取りながら、ゆっくりとガルドの方へ進んで行った。




