12話 『リセ』という少女
「ね、ねぇありちー?さすがにそろそろ食べすぎじゃない?」
次の日、私たちは昨日と同じく街の散策をしていた。
お金はまだまだたくさんあるし、そもそも仕事というものをしたことがない。お金の稼ぎ方=盗賊ぶっ飛ばす。くらいしか今のところ知らないんだよなぁ。
ダンジョンの宝箱はカネにならないし、今のところもうやりたくない。
そんなこんなで、今日も一日街を見て回ろう。という事になり、今は町の北側にある話題の肉串、というのを食べに来ている。
ぷるぷるに話しかけられたのは5本目を手に取ったあたりだった。
「そぉ?普通じゃない?」
そういいながらシュワシュワを飲み干しながら肉に噛みつく。
別に、心当たりがないわけじゃないんだ。
昨日のニーナ、リセを見てからずっと心がモヤモヤする。
あそこに好きで来たってんなら別にいい。私も今好きでここにいる。
でも、なんかイヤだ。
「昨日の奴隷のこと、気にしてる?」
「…」
返事をしなかった。気にしていない。と言えば嘘になるからだ。
無言で肉に噛みつく。
「はぁ。…そんなことだと思ったよ」
ぷるぷるは水を飲むと、ゆっくりと話し続けた。
「この身体の記憶だとね、奴隷って別にそんな特別悪いわけじゃないみたいだよ。生きるため、大事な家族の為に奴隷になる人もいるらしいし…そもそも、僕からしたら見つかっただけで人間から一方的に殺されるんだから奴隷の方がかなり生易しいような…」
「…」
ぷるぷるのことは別にどうでもいいんだけど、家族の為に奴隷とか、ニーナの言っている事が私にはどうしても理解できない。お姉ちゃんのことは嫌いだ。でも、お姉ちゃんが私たちの為にどっかの誰かに買われるなんて考えられない。
『こんにちは!』
と笑ったリセの顔がまだ忘れられない。
「そんなに気になるなら、また話に行かない?」
「なんで?めんど」
どうしてまた私は嫌いなあそこに行かないといけない?あの場所も、あの男も、奴隷たちも好きじゃない。なんで私がわざわざ行かないといけないの。
「いいから行ってみようよ!すぐにそうやって怒るんだから」
「はっ、マジウザ。行かねーし」
最後の一口を頬張ると串をぷるぷるに突き付けて私は歩き出した。
特に行く当てもないけど、心のモヤモヤを晴らしたい…。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
西部の方へぐるっと回りながら私たちは歩いていた。このままもう少し歩けば宿だ。こっちの方はあまりお店がなく見る物もないつまらない場所だった。
「ありちー!待ってよ!」
ぷるぷるが少し後ろで話しかけてきたけど、無視して歩いた。
「まってよ!なんかあそこ、人がいっぱいいるよ!」
「…」
めんどくせー、と思いながらも足を止めてぷるぷるが見ている方に視線を移した。
確かに、こんな何もない場所なのに人が集まっている。
川の中で何か探しているのか…どっちにしろあんまり興味はなかった。
「怖いねぇ…こんなところで…」
「そうだね、気を付けないと…」
後ろから来た女二人が何かを話しながら私たちの隣を通り過ぎた。
「怖い?何のことだろう?ちょっと見に行ってみようよ」
一瞬ためらった。めんどう。もう宿で寝たい。なんか疲れた。今日は楽しくない。
それでも、ぷるぷるが行きたいというなら、と思ってついていくことにした。
「まだ若いのにね…」
「ひどい事するもんだよ…あんな優しそうな子…」
すれ違う人が口々にしていた。人込みが多くて、よく見えない。
ぷるぷるは私の手を掴むと、人込みをかき分けながら前に進んでいった。
そこに見えたのは見たことのある服だった。
川に浮かんでいるその姿は人込みで満足に確認できなかったが、昨日奴隷のテントで見たものと似ていた。
足…、髪がチラチラと見える。
心臓の音が大きくなるのがわかる。見たい気持ちもあれば、見てはいけない。後悔する気持ちもあった。でも、確かめたい気持ちの方が強かった。
目が離せないでいると、前の人が動いた時に…顔が見えた。
「……あれ……リセ?…じゃない?昨日テントにいたよね」
ぷるぷるの声が聞こえた。私は目が離せなかった。
昨日まで動いてたし、喋ってた。笑いかけてた。
病気があるとは聞いたけど、川で死ぬ病気なのか?人間の世界にはそんな病気があるのか?
「……なんで?」
動かないリセを見て、そのまま立ち尽くすことしかできなかった。
人だかりの中から誰かがリセを川岸へ引き上げた。
「ありちー、ちょっと待ってて」
ぷるぷるはそう言って、横たわったリセのそばへ駆け寄った。私は気分が悪くなって少し離れたところで座っていると、ぷるぷるが身体を軽く調べ戻ってきた。
「死んでた…」
「なんで」
「分かんない。でも……服の下に傷がいっぱいあった。自分で引っ掻いたみたいな……」
「なんでそんなことすんの?」
「分かんないよ。すごく苦しかったのかも……」
「…」
アイツのことは、何考えてるかわからないし、好きなわけじゃない。でも、嫌いだったわけでもない。
昨日は奴隷のテントにいたんだ。だったら、あそこに行けば何か知ってるだろ。
「チッ…クソが」
立ち上がると、私は昨日の市場の方へ歩き出した。
「ど、どこ行くの!?」
「…」
慌てて後をついてくるぷるぷるのことをよそに、私は奴隷のテントへ向かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
歩いていたはずの足は早歩きへ…それでも気持ちが抑えきれなくていつの間にか私は町の中を走っていた。
「あ、あ、…ありち…待ってよ。…もう無理…」
ぷるぷるが今にも倒れそうな顔で走ってくる。
「おっそ!本気出せよ!」
「だ、だから…前も言ったけどこの身体はすぐにばてるんだって…」
「ちっ、めんどくさいな!!」
「ご、ごめん…」
ヨロヨロになって歩いてきたぷるぷると合流して路地裏を進む。
「どこに行くのさ?こんな変な道走って」
「…昨日の奴隷のとこ。あいつらならなんか知ってるでしょ」
「あ、なるほど!ありちー賢いじゃん!っていうより、やっぱり気にしてたんだね!素直じゃないなぁ」
「…で?」
「で?…え?なにが?」
「どうすれば奴隷のとこ行けんだよ!」
「ま、迷ってたの!?道知ってると思ったのに!」
「知らないよ!だってありちこんなところ歩いたことないもん!」
「ぼ、僕だって知らないよ!昨日一緒に来たばっかりじゃないか!」
「じゃあ止めろよ!そっちじゃないって!!」
「そ、そんな無理だよ!どこ行くかなんて知らなかったんだから!!」
「この役立たず!!」
「…っ!!な、なんてこと――」
「ほらほら、お嬢さん方、こんなところで何を喧嘩しているんだ?やめなさい」
私とぷるぷるが言い合っているのを見て、路地の向こうから来たおっさんが声をかけてきた。杖を突いて、ヒョロヒョロと変な歩き方するおっさんだった。
私が急に声をかけられて睨み返すと、ぷるぷるはすぐに前に出た。
「道がわからなくて…その、僕がちゃんと教えないといけなかったんだけど言いそびれちゃって…」
「ふむ…道か。どこに行きたいんだ?」
「どれ…市場に行きたくて。ホラ、あの子の胸についてる魔石あるでしょ?おそろいのあるかなー?って」
「あぁ、市場か。そうかそうか。お前たちは旅人かな。俺はこの町で50年生きてる。この町は俺の庭みたいなもんだ。市場なんてすぐに連れて行ってやりたいところだが…」
「だが?」
「見てのとおり足が悪くてな…連れて行ってやることができない。それに今は野暮用があってな。だからすまん。これで許してくれ」
おっさんは杖を使って地面に器用に地図を書いてくれた。
ぷるぷるはそれを見てすぐに分かったようだ。
「市場まではもうそこまで遠くない。これでわかりそうか?」
「うん!大丈夫そうだよ。ありがとうおじさん!」
「あぁ、喧嘩しないで仲良くな」
おっさんは再びヒョロヒョロと杖を使って歩き出した。私はすれ違いざまに目が合った時、軽く頭を下げた。
おっさんはそれを見て軽く笑うと、そのままゆっくり進んでいった。
「ありちー!もうすぐそこだよ!急ごう!!」
ぷるぷるが走って行くのを見て、私もすぐに追いかけた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テントの布をめくると、昨日と同じ風景、同じ男がそこにいた。
「おや!昨日のお嬢様たちではないですか!なにやら気になる奴隷がいましたか?ぜひお買い求めくださいませ!にひひ」
男はムカつく笑いを浮かべながら揉手をして私たちを出迎えた。
「いた…」
「おぉ!それはそれは!気になる奴隷がいましたか!ささ、早速ご覧くださいまし!」
男は奥の奴隷の方へ私を案内しようとしていたが、私はそこから一歩も動かなかった。
「リセ」
「…はい?」
「リセはどうした?」
「あぁ~!リセ、あの病気持ちの奴隷ですね。申し訳ございません、昨日売れてしまいまして…いやはや、ちょっと遅かったですな」
「…」
握った拳に力がこもる。
小刻みに震える右手を見てぷるぷるが男に声をかけた。
「さっき、川で死んでたんだ」
「は?…リセが?川で??」
男は少し考えたような顔をしていたが、すぐに開き直った様子で、
「奴隷と言えど、商品ですからな。売却後についてまで私が口をはさむことはできないのですよ」
「………売った?」
男の言っている事に心底ムカついた。言いたいことは分かる。私がシュワシュワをこぼしても、飲んでも、捨てても、私の都合。お店は文句言ってこない。
でも、物と人は違う。リセは生きてた…笑ってたんだよ。
「はい?どうされました?」
「誰に売った?」
「ん~、申し訳ございません。私どもも信用で商売をしておりますのでお客様の情報をポンポン喋ってしまうのは…」
「いや、あの…奴隷屋さん?…あまり今のありちーを刺激しない方が…」
ぷるぷるが仲裁をしようと間に割って入るがもう遅い。
私は握りしめていた手で、思いっきり奴隷商に向かって腕を振った。
ブォンッ!!
「ひぃっ!?」
「うわぁあーー!!」
空気が弾けた。
テントが大きく膨らみ、バサバサバサッ!と今にも吹き飛びそうな音を立てる。
紙や小物が舞い上がり、男が頭を抱えてしゃがみ込むも、風の勢いでゴロゴロと転がっていった。
私は近づきながら男を見下ろした。
「で?…誰?」
「え……」
「次はないよ」
「ガ、ガルド様です!!」
男は驚いた様子で両手をあげてすぐにリセを買った人間の名前を吐いた。
腕を振り上げた私は動きを止めた。
「誰…それ?」
「五十代くらいの男性で……片脚が悪く、杖を使っている――」
「あのジジィ!!」
私はここに来る時に会った杖のおっさんを思い出した。
テントを出るとすぐに来た道を私は戻った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あの人…。何者ですか?」
奴隷商は散らばった荷物を片付けながらぷるぷるに声をかけた。
「僕もわかんない。でも、悪い人間じゃないんだけど…」
「ほっほっほ!!悪い人間じゃないとは、面白い言い方ですな。まぁ、確かに悪い人間じゃない。というのには賛成です」
風で吹き飛ばされたぷるぷるは空き箱の中にお尻からすっぽりとハマってしまい、抜け出そうともがいていた。
その時に、一瞬だけ奥の奴隷たちを見ると昨日端っこで俯いていたニーナがいないことに気が付いた。
「ねぇおじさん?ニーナは?昨日あの端にいたよね?」
「あぁ、それならたった今売れましたよ。お二人が来る本当に少し前に」
よっこいせ。と大きな木箱を動かしながら奴隷商は淡々と答えた。
「その買った人って…もしかして?」
「えぇ…にひひ」
にやり。と笑いながら奴隷商は口元を歪めて笑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ぷるぷるを置いて走ってきた私はさっきあのジジィに声をかけられた場所まで戻ってきた。
あの足だ。そう遠くまで行っていないはず…。
路地の中をくまなく探してみる。
道端にある水たまりに杖を使った後と足跡が残っていた。まだ遠くには行ってない。
そう思ってこの道を進んで行るのに、どこにもジジィの姿は見当たらなかった。
それどころか次の水たまりには杖や足跡はなく、一本道のはずなのに消えたようになっている。
路地を抜けて通りまで出てきてしまった。
「あのクソジジィ…絶対にぶっ飛ばす!!」
見落としがないか、私はもう一度路地に戻ることにした。




