11話 奴隷商
布をめくってテントに入ると、中は見た目以上にきれいだった。
中に人は少なくて、入った先のテーブルに座っている女の人とすぐに目が合った。
なんとなく、私はその人に足が向いた。
「いらっしゃいませ。お二人様ですか?」
「うん」
私はあたりをキョロキョロと見回した。丁寧に並べられた木箱。ところどころに目隠しの幕があって、奥の方には大きめの檻が見えた。
もしかしたら動物がいるのかもしれない!
「これはこれは、お若いお客様たちですね。いやはや、歓迎いたします。どうぞこちらへ」
「うん」
「初めて見るお顔ですが、こちらは初めてですかな?」
「僕たちは昨日この町へ来たんだ。今日はこの町を探索していたらこの店を偶然見つけたんだよ」
「そうですか!聡明そうなお嬢さんだ。水色の毛色がまた美しい!あなたのような美しい方には及びませんが、本日は程度のよいものがおりますので、気に入っていただけたらいいのですが…にひひ」
「ねぇぷるぷる。なんで檻の中に人間がいるの?」
奥から出てきた男はぷるぷるに話しかけると、私たちを奥へ連れて行った。
さっき見えた大きな檻。私はペットがいるものだと思っていたのに、そこにいたのは首輪、手枷、足枷をつけられて座っている人間だった。ざっと見ただけでも大人から子供まで7人くらい。
「おや!お嬢様は奴隷を知りませんか?この国では奴隷制度が認められており、ここにいるのは訳あって売られた人間たち。つまりは商品でございます」
「奴隷?奴隷って何?」
「主人の為に働く召使いのようなものですね。お嬢様が望まれたことを何でもします」
「働かせるために買うってこと?」
「そうです。面倒なことは全てこの奴隷たちがやりますよ!」
「人間が人間を買うの?」
「さようでございます。貧しきものが生きるために、富を得るために人間を売るのです!中には犯罪者が売られることもありますが、安心してください。従属の刻印を身体に刻みますので逆らったら全身に激痛が走るようにきっちり躾を行います」
「…買ったらそいつ自分のものなの?なんで?いつかは自由になるの?」
「いえいえ!一度奴隷の身に落ちたら最後、主人の許可なく自由な人生などありえません。生かすも殺すも、全てはお嬢様次第。でございますよ」
嬉しそうに話す奴隷屋の男を見て、私にはあまり理解できなかった。
パパが『人間は殺したらダメ』と言っていたけど、『人間を飼うのはいい』のか?
私にはイマイチ奴隷というのが理解できない。
「まぁ、せっかくなので実際にご覧になってください!お役に立てそうなものがいればぜひご購入も…ニヒヒ。ご検討くださいまし」
「うん、見る!」
「あ、ありちー。僕奴隷なんて欲しくないよ」
ぷるぷるが誰にも聞こえないような小さい声で私の耳もとで言った。
正直私も買うかどうか決めてない。ただ気になる、見てみたい。という気持ちだけで、奴隷の良さがわからなかった私は男の言うまま、とりあえず見ることにした。
「この男は力自慢ですので、農作業などの肉体労働向きです。もし力仕事に困っていたらおすすめでございます」
「ごめん、力仕事っていう点で僕たちは今困ってないかな…」
「それは失礼しました、では次はこちらの女、家事、炊事が得意ですので身の回りのお世話係として最適でございますよ」
「僕たち宿暮らしだから、家事も今のところいいかなぁ」
「それはそれは、…それではこちらの男、元冒険者で、犯罪歴がありますがその腕っぷしは――」
「却下です」
「お嬢さん、見る目厳しぃ―!!いやはや、商売人泣かせですなぁ!」
奴隷を買いたくないぷるぷると、どうにか奴隷を売りたい男が賑やかに話している。
私はそんな二人を放っておいて、檻の中をじーっと見ていた。
「ねぇ、あっちのは?」
「あ、あちらの奴隷ですか?少々難ありなのですが……ご紹介させていただきます」
「リセ、こっちに来なさい」
「はい、こんにちは!」
返事をすると檻の奥で二人寄り添うように座っていた女の一人が手前に歩いてきた。
この子は足枷がない。手枷と首輪だけだ。
「お前は、なんでここにいるの?」
「私、もう治らない病気なんです。それで、今まで治療費でお金たくさん使っちゃって…それで両親に苦労させちゃって、自分の意志でここに来ました。私の命、残っている分を家族の為にって思って。どうせそのうち死んじゃうんならいいかなって思って、最後の親孝行なんです!」
寂しそうに笑う女。私よりも年下だと思うけど、親の為に自分を売って金にする。これも人間の生き方なの?
(私は…パパの為に売られるの?)
心の中がモヤモヤした。自分の命を親の為にお金にする。どうせ死ぬなら?いつか死ぬじゃん。
親孝行。
私には理解できないもので、ただ言葉が出てこなかった。
「下がっていいぞ…こっちにこいニーナ……おいニーナ!!」
男の声に一瞬体をビクっと震わせるも、俯いたまま檻の奥の方に座っていた。
一瞬私と目が合うと、ニーナと呼ばれた女はすぐに目線を逸らしてまた俯いてしまった。
「なに?言いたいことあるなら言いなよ」
「…ない…です」
ほとんど聞こえないようなか細い声で返事をするとまた動かなくなるも、私のことをチラッと見るその視線が鬱陶しかった。
「なに!?言えっつってんじゃん!」
私には、その目がなにか訴えてるような、何か言いたいことがあるような気持ちの目だった。
それをハッキリと言わないことが私には不快だった。
私に文句があるのか?自分の話を聞いて欲しいのか?ちゃんと言ってほしかった。
「あ、ありち―!やめなよ。そんな風に喧嘩腰に行っちゃダメだって」
「ふんっ!」
ぷるぷるが仲裁にくるも私は面白くない。さっきから心の中でモヤモヤしているのが爆発しそうだ。
「かえる」
「え?」
「帰る!もういい!」
「また、いつでもお越しください。お待ちしておりますよ。いひひ」
テントを出るために外へ向かう途中、後ろからずっと男の笑い声が聞こえて気分が悪かった。
「なんか、すごいところだったね…」
「…」
ぷるぷると屋台が並ぶ市場の方へ戻っている時も、頭の中では最後に見た2人の女が忘れられなかった。
ムカつく…。それだけはわかる。
「……」
「ありちー?」
「なに」
「いや……ずっと怖い顔してるから」
「してない」
「してるよ」
「してない!」
むかつく。
あのニヤニヤした男もむかつく。
自分から奴隷になったって笑ってた女も、なんかむかつく。
最後にこっちを見たあの意気地ない女も、…なんか、むかつく。
でも、何にむかついてるのかはわからない。
「……肉食べる」
「え?」
「肉!」
私は近くの屋台で肉串を買うと、大きく口を開けてかぶりついた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「いやはや……とんだ冷やかしでしたなぁ」
少女たちが出ていったテントの中で、奴隷商の男はやれやれと肩を竦めた。
「まぁ、あのお嬢さんなら金は持っていそうですし、また来ていただければいいのですがねぇ……にひひ」
「…………」
檻の奥。
ニーナは何も言わず、二人が出ていった入口を見つめていた。
『…言えっつってんじゃん!』
さっき怒鳴られた声が、まだ耳に残っている。
「……言えるわけないよ」
「ニーナ?」
隣から声をかけられた。
リセだった。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「そっか!」
リセはいつものように笑った。
病気だというのに、いつも笑っている。
ニーナはそんなリセを見て、また俯いた。
そのときだった。
「誰もいないのか?」
「おや?」
テントの入口から声が聞こえた。
奴隷商がすぐに表情を変え、揉み手をしながら入口へ向かう。
「これはこれは、いらっしゃいませ!奴隷をお探しですかな?」
「ああ」
入ってきたのは、一人の老人だった。
白髪の混じった短い髪に、顔には深い皺が刻まれている。
決して大柄ではない。
だが、その老人が身につけている装備は古く、使い込まれていた。
何より目を引いたのは、その歩き方だった。
老人は杖をつき、片脚を引きずるようにして歩いている。
「いやはや……これは珍しいお方がいらっしゃったものですな」
「昔の話だ」
「いえいえ!あなた様ほどの冒険者、この町でお名前を知らない者はいないでしょう」
「…それより奴隷だ」
「これは失礼いたしました」
老人は檻の前まで来ると、中をゆっくりと見回した。
「どのような者をお探しで?」
「…女だ。従順な方がいい」
「でしたら、ちょうど程度のよい者が何人かおりますよ!」
奴隷商は嬉しそうに檻へ近づいた。
「まずはこちらなどいかがでしょう。家事全般が得意でして、従順でございます。身の回りのお世話をさせるには…」
「違う」
「では、こちらは?こちらも若く、健康状態も良好で――」
「違うな」
「おや……」
老人はほとんど興味を示さなかったが、檻の中を眺めていると、その視線はある場所で止まった。
「……あの娘は?」
「え?」
老人が杖の先で示した。
そこにいたのは、リセだった。
「ああ……あちらですか」
それまで威勢よく商品を紹介していた奴隷商が、少しだけ困った顔をする。
「リセ!こっちへ来なさい」
「はい!」
リセは立ち上がると、檻の手前まで歩いてきた。
「こんにちは!」
老人は何も答えない。
ただ、リセをじっと見ている。
「こちらはリセと申しましてな。性格も素直で、扱いやすい娘ではあるのですが……」
奴隷商が老人の耳元へ顔を近づける。
「正直、あまりおすすめはできません」
「なぜだ」
「病持ちでして」
「病?」
「ええ。それも医者から見放されております。もう治る見込みはないそうで……いつまで生きられるかもわかりません」
「…………」
「もちろん、その分お安くはできますがね。ただ、せっかく買われてもすぐ死なれては、あなた様もお困りでしょう?」
老人は答えなかった。
杖をついたまま、リセをじっと見ている。
「お前」
「はい!」
「その病は、いつからだ」
「えっと……三年くらい前からです」
「症状は?」
「え?」
「普段、どこが苦しい」
「えっと……胸が苦しくなるのと、熱が出たり……たまに息ができなくなったりします」
「血は吐くか」
「た、たまに……」
「そうか」
老人の目が細くなった。
「……これにする」
「はい?」
「この娘を買う」
「い、いやいや、お待ちください!」
奴隷商の方が慌てていた。
「先ほど申し上げた通りですぞ?この娘は長くもちません。あなた様ほどのお方なら、もっと程度のよい奴隷を…」
「くどい!この娘でいい!」
「……」
「いくらだ」
奴隷商は老人の顔を見た。
冗談を言っているようには見えない。
「そ、それは……病持ちですので、通常よりかなりお安くはできますが……」
「金額を言え」
「は、はい!」
提示された金額を聞いても、老人は値切らなかった。
懐から金を取り出し、そのまま奴隷商へ渡す。
「ま、毎度ありがとうございます!」
「えっ……私、売れたんですか?」
「ああ!よかったなリセ!」
「ほんと!?」
リセの顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ、お父さんとお母さんにお金がいくんですよね!?」
「もちろんでございますとも。契約通り、ご家族へお渡しいたしますよ」
「よかったぁ……」
リセは胸の前で両手を握った。
「これで少しは親孝行できたかなぁ……」
「…………」
檻の奥でニーナだけが笑っていなかった。
なんだろう。
何かがおかしい気がする。
器量もよくて可愛らしいリセが私より先に売れるのは当然だ。
なのに――なぜか嫌な予感がした。
「リセ……」
「ん?」
「…………」
「どうしたの?」
「……なんでもない」
「そっか!」
また言えなかった。
奴隷商が檻の鍵を開け、リセを外へ出す。
そして首輪につながった鎖を老人へ渡した。
「それでは、こちらが契約書でございます。従属の刻印を身体に…」
「必要ない」
「……はい?」
「鎖も外せ」
奴隷商が目を丸くした。
「よ、よろしいので?」
「ああ」
「ですが、奴隷ですよ?逃げ出す可能性も…」
「この娘は逃げん」
老人がリセを見る。
「そうだろう?」
「はい!」
リセは笑顔で頷いた。
「私、ちゃんと働きます!買ってもらった分、最後までいっぱい頑張ります!」
「…あぁ」
老人はそれだけ言うと、出口へ向かって歩き出した。
「ニーナ!」
リセが振り返った。
「今までありがとう!」
「……リセ」
リセは笑いながら手を振り、老人の後をついていった。
ニーナは檻の中から、小さく手を振り返し、その嬉しそうな後ろ姿をジッと見ているだけだった。
やがて二人の姿が幕の向こうへ消えた。
「いやぁ、まさかあれが売れるとは!今日はついておりますなぁ」
奴隷商は嬉しそうに金を数え始めた。
「…………」
ニーナは何も言わなかった。
ただ、リセが出ていった場所を見つめていた。
◇ ◇ ◇
「お待ちしておりました。旦那様」
テントから少し離れた場所。
人通りの少ない路地に、一人の従者が立っていた。
深くフードをかぶり、顔はよく見えない。
老人はその前で立ち止まった。
「手に入った」
従者が老人の後ろを見る。
そこには、嬉しそうに周囲を眺めているリセがいた。
「……まさか」
「ああ」
老人は静かに答えた。
「次は人間で試す」
「ですが、まだ――」
「10年だ…10年待った」
「…………」
「もう待てん」
従者は何も答えなかった。
老人は動かない脚を杖で支えながら、再び歩き出す。
「帰るぞ」
「……はい」
「あ、あの!」
リセが二人を追いかける。
「私、何をすればいいんですか?」
老人が足を止めた。
少しだけ振り返る。
「心配するな」
「?」
「お前の病気を治してやる」
「…………え?」
リセの目が、大きく見開かれた。




