第71話 紅の盾、再び
——ソラ視点
俺は、ジークと斬り結んでいた。
がぎんっ、きぃんっ
剣と剣が火花を散らす。ジークの剣は鋭い。速くて、重くて、そして狡いくらいに巧い。一瞬の隙も、見逃さない。
「はぁっ!」
俺は力任せに、剣を振り抜いた。ジークが、それを受け流す。まともに受けず、いなす。膂力なら、俺のほうが上だ。だがこの男は、技で、それを埋めてくる。
互角だった。
俺の力。ジークの技。どちらも譲らない。斬り合うほどに、削り合うほどに、俺は、こいつの強さを思い知る。ヴェルグでは、決着がつかなかった。今度こそ、と俺は思っていた。
「──ソラ」
ジークが、剣を交えながら口を開いた。
「なぜ、あの力を使わない」
精霊解放のことだ。この聖剣に、精霊の力を宿す、あの技。あれを使えば、俺はもっと戦える。だが。
「使わねえよ」
俺は、剣を振りながら答えた。
「ジークとは、俺自身の力で、決着をつけたいんだ。小細工なしで。真正面から。──それが、お前への、礼儀だろ」
ジークが、一瞬、目を見開いた。そして、ふっと、笑った。
「……バカだな、お前は」
「よく言われる」
きぃんっと、また剣が噛み合う。ジークの笑みは、どこか嬉しそうだった。
こいつは、本気だ。
ジークの剣には、一切の手抜きがない。俺を、全力で、討ちにきている。連邦の兵には、あれほど手加減していた王国軍が。ジークだけは、俺に対して、本気で剣を振るう。その理由は、分からない。だが。
「上等だ、ジーク」
俺は、笑った。
「俺も、全力で行くぜ。──お前を、倒すまでな」
俺たちは、再び斬り結んだ。互角のまま。決着は、まだ見えない。だが、それでいい。この削り合いの果てに、必ず、答えを出す。
◇
——レイジ視点
一方、俺は。最悪の盤面に、立たされていた。
「くっ……!」
俺は、聖剣で、ヴィントの斬撃を受けた。重い。腕が痺れる。そして、その隙に、左右から、二人の将軍が斬りかかってくる。コンラートと、オズワルド。
俺と、フィオナ、ニックの三人。対するは、総騎士長グレイス、ヴィント、そして将軍二人。数でも、格でも、圧倒的に不利だった。
セシリアさんは、後方に控えさせている。ここに、彼女の加護はない。祝福を欠いたこの体では、ヴィント一人ですら、抑えるのがやっとだ。それが、四人。しかも、その中に、あのグレイスがいる。
「フィオナ、ニック! 固まるな! 散開しろ!」
「言われなくても!」
フィオナが、魔法を放つ。ニックが、短剣で牽制する。だが、じり貧だった。三人の連携で、なんとか、しのいでいるにすぎない。
グレイスは、動かなかった。
宝鎧を纏った、王国最強の武人。腕を組み、ただ、俺たちを見据えている。まるで、値踏みするように。その視線が、妙に、引っかかった。
だが、今は、考えている余裕はない。この、四人がかりの猛攻を、どうにか、しなければ。俺は、盤面を組み立てる。突破口を探して。
「──フィオナ! 精霊合わせだ!」
「はい!」
フィオナが、氷の魔力を練り上げる。俺は、聖剣に、その魔力を通わせた。精霊が、応える。氷と風が、聖剣に宿っていく。俺は、その刃を、動かぬグレイスへと叩き込んだ。
ざしゅっ──と、氷風の斬撃が、グレイスの宝鎧を襲う。連邦で、幾多の敵を屠ってきた、俺たちの切り札。だが。
しかし、グレイスは微動だにしなかった。
氷風の刃が、その宝鎧に当たった。だが、まるでそよ風のように。グレイスは、傷一つ、負っていない。俺たちの、必殺の一撃が。無効化された。
「魔力……無効化か?」
俺は、瞬時に、可能性を探った。あの鎧が、魔力を打ち消しているのか。それとも、俺の精霊合わせが、たまたま不発だったのか。あるいは、別の何らかの手法で、耐えたのか。確かめる、必要がある。
「フィオナ! もう一度! お前の、一番速い魔法を、グレイスに!」
「──了解です!」
フィオナが、即座に応じた。詠唱を、極限まで切り詰めた、雷の魔法。ばぢぃんっと、閃光が走り、グレイスへと殺到する。
だが、それもまた。グレイスの宝鎧に触れた瞬間、霧散した。二度。異なる魔法が、同じように無効化された。これで、確定だ。あの宝鎧は、魔力を、打ち消す。魔法系の攻撃は、一切、通じない。
これで確定だ。
「魔法が効かない、となると」
俺は、奥歯を噛んだ。盤面から、有効な手が、一つ消えた。ただでさえ不利なのに。
その、思考の隙を。敵は、見逃さなかった。ヴィントが、コンラートが、オズワルドが。一斉に、猛攻を仕掛けてくる。俺は、聖剣で、必死に捌いた。だが、フィオナと、ニックまで、手が回らない。
「ニック!」
「うおっと!?」
ニックが、コンラートの斬撃を、間一髪で躱す。フィオナも、ヴィントの一撃を、障壁で防ぐ。三人とも、防戦一方だ。じりじりと、押されている。
そして。
オズワルドの狙いが、フィオナに定まった。
「優秀な魔術師殿には──ここらで、退場、願おうか」
オズワルドが、フィオナの死角から、剣を振り上げる。フィオナは、ヴィントの対応に追われて、気づいていない。無防備だった。
「フィオナァァァァァッ!」
俺は、叫んだ。体が、動いていた。彼女を庇おうと。だが、遠い。間に合わない。
まずい。
フィオナの、銀の髪が揺れる。オズワルドの剣が、振り下ろされる。その切っ先が、彼女に届く──。
どぉんっ!!
巨大な影が。俺と、フィオナの間に、割り込んだ。
大楯が、オズワルドの剣を、受け止める。がしぃんっと、重い音が響いた。見慣れた、その大きな背中。
「ガルド……!」
「よお、レイジ」
ガルドが、大楯を構えたまま、にやりと笑った。
「盾役は、俺の役目だろ。──忘れたか?」
後方に控えていたはずの、あの男が。フィオナの窮地に、間に合ったのだ。
「ハァァァァァッ!」
「がっ……!?」
だが、オズワルドの一撃は、重かった。ガルドの大楯が、軋む。将軍の一撃を、受けきるには、まだ足りない。ガルドの足が、地面にめり込んでいく。
「このままじゃぁっ!俺は紅の盾のリィィダァァッだっ!!」
ガルドが叫んだ…その時、だった。
俺の聖剣が、淡く光を放った。剣の中の精霊が、ざわめく。まるで、ガルドに、応えるように。
地の属性を帯びた光が、聖剣から溢れ出し──ガルドの、大楯へと、流れ込んでいった。かつて、命がけで皆を守った、あの時。地の精霊は、この不動の男に、応えた。それが、再び。
「うおおおおっ!」
ガルドが、吼えた。
大楯が、地の光を帯びて、輝く。オズワルドの剣を、受け止めていた、その楯が。今度は、逆に、押し返す。ガルドの足が、めり込みを止め、大地に、根を張るように、微動だにしなくなった。
がきぃんっ──
オズワルドの剣が、弾かれた。将軍の一撃が、ガルドの大楯に、完全に防がれ、そして、跳ね返された。
「なにぃ!?」
オズワルドが、体勢を崩す。
「フィオナ! 無事か!」
「ガ、ガルドさん……! はい!」
フィオナが、我に返る。ガルドの、大きな背中に守られて、無事だった。
ガルドは、大楯を構えたまま、四人の将軍を睨みつけた。かつて、搾取の駒だった男が。今は、仲間を守る盾として、そこに立っている。地の精霊を、その身に宿して。
「レイジさん! 皆さん! ご無事ですか!」
続いて、聞こえてきたのは。セシリアさんの声だった。
ガルドと共に、後方から駆けつけてきたのだ。彼女は、俺たちの姿を見て、状況を即座に悟った。そして、両手を掲げる。
「祝福を! 皆さんに、加護を!」
温かな光が。俺と、フィオナ、ニックを包んだ。
力が、満ちる。体が、軽くなる。欠けていたものが、戻ってくる感覚。セシリアさんの祝福が、萎みかけた俺たちの武を、再び、押し上げていく。これで、戦える。
「セシリアさん……! 助かる!」
「いいえ。遅くなって、ごめんなさい。──さあ、ここからです!」
ガルドが、大楯を担ぎ直した。そして、俺を振り返り、豪快に笑った。
「レイジ! これで、揃ったな。──紅の盾、復活だ!」
その言葉に、俺は、はっとした。
ガルド、ニック、フィオナ、セシリアさん。そして、俺。かつて、搾取の象徴だった、あの忌まわしいパーティーの名。だが、今は違う。
今の紅の盾は。互いを守り、支え合う、本物の仲間だ。搾取の盾では、ない。誰かを守るための、盾。
「巻き返すぞ、レイジ! 作戦を、くれ!」
ガルドが、吼えた。フィオナが、魔力を練り直す。ニックが、短剣を構える。セシリアさんが、祝福を維持する。皆の目が、俺に集まった。
俺の盤面が、再び、動き出す。
「ハッ!当たり前だ」
俺は、聖剣を握り直した。力の戻った、その刃を。口の端が、自然と吊り上がる。
「盤面は、整った。お前たちがいれば。──俺たちなら、いける」
紅の盾が。今、レーヴェン平野に、再び掲げられた。搾取の過去を越えて。仲間を守る盾として。反撃の狼煙が、上がろうとしていた。




