第70話 支え合う者たち
——クレイ視点
戦斧の巨漢と、細身の剣士が、まっすぐこちらへ迫ってきた。
ディートリヒと、ラインハルト。ヴェルグで見た、王国の将軍だ。この二人を食い止めなければ、戦線が崩れる。
「リル、気をつけろ! 二人がかりで来るぞ!」
「わかってる!」
リルが、水の魔力を練った。俺は剣を構え、ディートリヒの戦斧を迎え撃つ。
◇
がぎぃんっ──と、俺は剣で受けた。
腕が痺れる。重い。桁違いの膂力だ。受けるだけで精一杯だった。
「ほう、若造。よく受けた」
ディートリヒが笑う。その隣から、ラインハルトの細身の剣が滑り込んできた。速い。避けきれない。肩を、浅く斬られた。血が滲む。
二人の将軍を相手に、地力の差は、あまりに大きかった。
◇
「ざあぁっ!」
リルの水魔法が、ラインハルトの足を狙う。だが、ラインハルトは軽々と躱した。そして、返す刃で、今度はリルへと迫る。
「リル!」
まずい。リルは魔術師だ。接近戦になれば、ひとたまりもない。俺は、地を蹴った。ラインハルトの剣と、リルの間へ。
「クレイ!?」
「間に合えぇっ!!」
滑り込んで、剣で受ける。ギャリンッと、火花が散った。だが、将軍の一撃は重い。受け損ねた切っ先が、俺の脇腹を、深く抉った。
「がはっ……!」
「クレイ!」
リルが、悲鳴を上げた。
俺は、膝をついた。脇腹から、血が流れ落ちる。だが、リルは、無事だ。庇えた。それだけで、よかった。
「なんで……なんで、わたしを庇うの!」
リルが、俺に駆け寄る。青い顔で。俺は、笑おうとした。指揮を任され、意気込んで。それなのに、このざまだ。ローゼンの当主として。連邦の一員として。──俺は、何をやっているんだ。
だが、それでも。リルを、死なせるわけには、いかない。
◇
リルが俺を背にして、立ち上がった。
震える脚で。それでも、ディートリヒとラインハルトの前に、立ちはだかる。
「クレイ、逃げて」
リルが、掠れた声を上げた。
「あなたは……連邦に、必要な人だから。逃げて!あなたが、生きてれば……」
◇
「──断る」
俺は、言い切った。
「あの人の言葉を借りるようで、恥ずかしいが」
震える足...心を......奮い立たせ俺は立ち上がった。
ソラから聞いた...レイジさんの......フィオナさんを、支配から救った、あの言葉が。
「俺の隣には、お前が必要だ。ここは……ここだけは、俺は、曲げない!」
リルが、息を呑む気配がした。俺は、剣を握り直した。
◇
「ほう」
ディートリヒが、感心したように目を細めた。
「いい啖呵だ、若造。魔族の女を、そこまで庇うか」
「魔族も、人も、関係ない。リルは、俺の大切な人だ」
「くく。──いい面構えになった」
ディートリヒが、戦斧を担ぎ直す。その一撃が、俺へと振り下ろされた。
◇
がぎんっ、どがんっと。
俺は、受け、いなし、耐えた。ディートリヒの戦斧を。ラインハルトの剣を。二人がかりの猛攻を、リルを背にして、防ぎ続けた。
だが、限界だった。地力の差は、埋めようがない。剣を握る手が痺れる。脇腹の傷から、血が流れ続ける。視界が、霞んでいく。
それでも、俺は退かなかった。一歩も。リルの前から。
「……いい気迫だ」
ディートリヒが、戦斧を大きく振りかぶった。
「だが、まだ足りん。その覚悟、天晴れだが──ここで、寝てな」
戦斧が、唸りを上げて振り下ろされる。俺の防御ごと、砕く一撃。避けられない。
俺は、リルを庇うように、身をかぶせた。
せめて、リルだけは。
だが──その一撃は、いつまで経っても、俺を襲わなかった。
◇
恐る恐る、顔を上げる。
そこに、大きな背中があった。ディートリヒの戦斧を、片手で受け止めている。見慣れた、その背中は。
「魔王……さん」
連邦最強の男が、俺とリルの前に、立っていた。
「よく守った、クレイ。お前にはお前の役目がある。後は、任せろ」
その、静かな声に。俺は、詰めていた息を、ようやく、吐き出した。助かった。俺は、リルを、守り抜いたのだ。
◇
——魔王視点
俺は、ディートリヒの戦斧を、押し返した。
がしぃんっと、巨漢の体が、後方へたたらを踏む。その隙に、俺は、クレイとリルを、背に庇った。二人とも、傷を負っている。だが、命は、無事だ。
倒れた若者が、魔族の娘を庇い、その娘もまた、彼を案じている。人と、魔族が、互いを守り合う。
……いい光景だ。俺が、ずっと夢見てきた、世界の形だった。四十五年、殺し合いの果てに民を失い続けた俺には、その光が、まぶしかった。
◇
「魔王、か」
ディートリヒが、戦斧を構え直した。
「連邦最強。噂は、聞いている」
その時、戦場の奥から、二つの影が駆けてきた。槍を提げたゴドウィン。そして、剣を持つアルフレート。二人が、ディートリヒの左右に並ぶ。
「魔王が、相手か」
アルフレートが、剣を抜いた。
「ならば、我ら四人でも、不足はあるまい。──行くぞ」
◇
四人の将軍が、俺を囲んだ。
戦斧のディートリヒ。細身の剣のラインハルト。槍のゴドウィン。剣のアルフレート。いずれも、王国の将軍。手練れ揃いだ。
「クレイ、リル。俺の後ろへ」
俺は、二人を背に庇った。この若者たちを守りながら、四人の将軍を相手取る。数の上では、不利だ。だが、退く気は、なかった。
「かかってこい」
◇
四方から、斬撃が殺到した。
がぎん、ずがん、きぃんっと。俺は、それを捌いた。四人の将軍の猛攻を。だが、クレイとリルを庇いながらでは、動きが制限される。じりじりと、押される。
ディートリヒの戦斧が、俺の肩を掠めた。ゴドウィンの槍が、脇腹を狙う。四人がかりの連携。さすがは、王国の将軍だ。容易くは、いかない。
だが、俺は退かなかった。
◇
この戦場では、王国の兵が、連邦兵を殺していない。とどめを刺さず、見逃している。奇妙な戦だった。ならば、俺も、応えよう。
殺し合いには、もう、飽いた。バッセを赦した、あの時に。俺は、決めたのだ。魔族だから殺す、人族だから殺す。その、愚かな連鎖を、断ち切ると。
「悪いが」
俺は、両手に、魔力を練り上げた。
「手加減、させてもらう」
「ハァッ!!!!」
どぱぁんっと。
俺の魔力の衝撃波が、ディートリヒの巨体を、吹き飛ばした。殺さず。ただ、戦う力だけを、削るように。続けて、ラインハルトを、風の魔力でいなし、ゴドウィンの槍を、圧で弾き返す。アルフレートの剣を、地の魔力で、絡め取った。
徐々に、俺は、押し始めていた。四人がかりでも。連邦最強と謳われるこの力。伊達では、ない。
「くははははっ!!この...化け物......め……!」
ディートリヒが、呻いた。だが、その声に、憎しみは、薄かった。
◇
四人の将軍を押し込みながら、俺は、ふと戦場全体を見渡した。
俯瞰して戦況を確認する。レーヴェン平野の、あちこちで、死闘が繰り広げられている。そして、俺は、二つの戦いに、目を留めた。
平野の一方では、勇者ソラが、一人の将軍格の男と、斬り結んでいた。二人の剣が、火花を散らす。互角の削り合い。どちらも、退かない。あの若造、いつになく、楽しそうな顔をしている。
◇
そして、平野のもう一方では。
レイジが、囲まれていた。総騎士長グレイス。あの、王国最強の武人。俺も、幾度か、戦ったことがある。並の相手では、ない。それに加えて、数人の将軍が、レイジとフィオナ、ニックを、囲んでいた。
レイジでは、あの面子は、荷が重い。ましてや、グレイスがいるとなれば。盤面を組む、あの男が追い詰められるのも時間の問題か...
「……レイジ。無茶をするなよ」
俺は、呟いた。だが、今の俺は、この四人の将軍から、離れられない。
◇
同時刻。
レーヴェン平野の、各所で。連邦と王国の死闘が、続いていた。誰も、殺さぬまま。だが、誰もが、必死に。それぞれの覚悟を、剣に込めて。
俺は、四人の将軍へと、向き直った。まずは、こいつらを制する。そして、レイジのもとへ。
戦いは、まだ終わらない。それぞれの戦場で、それぞれの想いが、ぶつかり合っていた。




