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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

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第69話 レーヴェン平野

——ジーク視点

レーヴェン平野に、王国軍二万が展開していた。

朝靄の中、槍が林立し、旗が翻る。王国最強の精鋭たち。かつて連邦を幾度も退けてきた、誇り高き騎士団だ。だが俺は、その先頭に立ち、これから彼らに、正気とは思えぬことを告げようとしていた。


「聞いてくれ」


俺は馬上から、声を張った。

「この戦、連邦兵を殺すな。──とどめを、刺すな」

どよめきが走った。


「ジーク様、それはどういう……!」

「戦うなと、おっしゃるのですか!?」


騎士たちが、当然の困惑を口にする。俺は馬を降りた。そして彼らの前で、深く頭を下げた。


「頼む。この通りだ」


騎士たちが息を呑む。将軍が兵に頭を下げる。あってはならぬ光景に、彼らは言葉を失っていた。


その時、俺の隣で、ヴィントが馬を降り、同じように頭を下げた。


「俺からも、頼む」


続いてディートリヒが、ラインハルトが、ゴドウィンが。八人の高弟が次々と、兵の前に頭を垂れた。王国の頂点に立つ武人たちが、揃って。

騎士たちの動揺が深まる。


「なぜです、ジーク様」


一人の若い騎士が、絞り出すように言った。


「なぜ我らが、敵を見逃さねばならんのです。連邦は敵でしょう。王国の、仇でしょう」

「……この戦に」


俺は頭を上げ、まっすぐ彼らを見た。


「この戦に、王国の正義はない」


騎士たちが凍りついた。


「我らは長く、魔族を家畜と呼び、その土地を奪い、民を駒として使い潰してきた。それが、この王国の正体だ。連邦は、その歪みから逃れた者たちが築いた国。人も魔族も、分け隔てなく手を取り合う国だ」


俺は続けた。


「この戦で連邦を、憎しみのままに殺せば、遺恨が残る。恨みが、次の戦を生む。──俺は、それを断ちたい。未来に禍根を残さぬために」

「ですが!」


若い騎士が食い下がった。その目には涙が滲んでいた。


「我らには家族がいます! 王都に、妻が、子が! 連邦が攻めてくれば、あの者たちが危険に……! それでも敵を、見逃せと!?」


その叫びに、俺の胸が締めつけられた。

分かっている。彼らには守るべきものがある。俺の頼みは、その守るべきものを危険に晒せと言っているに等しい。


「……すまない」


俺は、再び頭を下げた。


「勝手な頼みだ。お前たちの家族を思えば、こんなこと言えた義理ではない。──だが、聞いてくれ。連邦は、民を傷つけない。人も魔族も守る国だ。だから、お前たちの家族も守られる」


俺は絞り出した。


「この戦は、お前たちの家族の、未来のための戦いなんだ。この腐った王国では守れない未来を。連邦になら、託せる」


沈黙が、平野を覆った。


騎士たちは俯き、拳を握り、あるいは天を仰いだ。悔しさに歯を食いしばる者。静かに涙を流す者。だがやがて──。


「……分かりました」


若い騎士が、震える声で言った。


「ジーク様が。将軍方が。そこまで頭を下げて言うのなら。……信じます。俺たちの家族の、未来のために。この命、賭けます」

「ジーク様に続け!」

「未来のために!」


騎士たちが次々と、覚悟を固めていく。悔し涙を拭いながら。死ぬ覚悟を決めながら。それでも、守るべき未来のために。

この者たちは、王のためではなく、腐った王国のためでもなく、ただ未来の民のために、自らの死を選ぼうとしている。これこそが、本当の忠義なのかもしれない。


その時、平野の後方から、一騎が進み出た。

全身に王国の宝鎧を纏い、腰には宝剣。総騎士長グレイス。王国最強の武人が、決戦の装いで現れた。その威風に、騎士たちが道を開ける。

グレイスは兵たちの前に進み出ると、ゆっくりと馬を降りた。そして──頭を下げた。


「王国の、勇者たちよ」


グレイスの朗々とした声が、平野に響いた。

「未来を創るために。どうか、力を貸してくれ。──この老いぼれの、最後の願いだ」

王国最強の武人が。総騎士長が。兵の前で、深々と頭を垂れる。その姿に、騎士たちの覚悟が極まった。


「おおおおおっ!」


平野を震わせる歓声が、上がった。


それは、悲鳴にも似ていた。

死を覚悟した者たちの。それでも未来を信じる者たちの。腐った王国に引導を渡し、新しい世を託すための。武人たちの、魂の雄叫びだった。

歓声は朝靄を突き抜けて、平野の彼方まで轟いていった。


——レイジ視点

「……なんだ、あの歓声は」

平野の反対側。連邦の陣で、俺は眉をひそめた。

朝靄の向こう、王国軍の陣から、地鳴りのような歓声が轟いてくる。腹の底に響くような、異様な熱量。ただの鬨の声ではない。もっと切実な、覚悟の滲んだ何かだ。

隣で、ソラが剣の柄に手をかけた。


「兄貴。なんか様子が変だぞ。王国のやつら」

「ああ」


俺も感じていた。この、得体の知れない圧を。


王国軍、二万。対する連邦軍は、三万。数ではこちらが上回る。各地から連邦に加わった兵力を結集し、ついに王国の数を超えたのだ。

さらにガルドとセシリアさんに加え、クレイとリルが、ミストリアから戦線に加わってくれた。

ギルド本部がミストリアを襲い、それを撃退したヴァイスら第一部隊が首都防衛に残り、自分たちは合流してくれた、ということだった。

これで作戦の幅が広がる。

クレイとリルは、前線の指揮と遊撃へ。ガルドとセシリアさんは、後方に控えさせた。

セシリアさんの回復と、ガルドの盾。前線が崩れかけた時の、備えとしてだ。温存できる駒は、温存する。それが、盤面の鉄則だった。


だが、質は違う。連邦兵の大半は、CランクからDランク。かつて搾取され、燻っていた名もなき者たち。対して王国軍は、AランクからCランク。大半がBランクの精鋭だ。

数と気力は連邦。質は王国。拮抗した戦力だった。


「フィオナ、ニック、魔王。手筈通りに」


俺は傍らの仲間たちに告げた。


「軍と軍のぶつかり合いは、クレイに指揮を任せる。俺たちは頃合いを見て動く。──あの歓声の正体を、見極めてからだ」

嫌な予感がした。あの歓声。あの異様な熱量。何か、俺の知らない盤面が動いている。


——クレイ視点

「全軍、構え!」

俺は連邦軍の前線で、剣を掲げた。

レイジさんから軍の指揮を任された。若輩の俺に。ローゼンの当主として、この連邦の一員として。その信頼に応えねばならない。隣にはリルが、水の魔力を練っている。

「リル。無理はするな。俺のそばを離れるなよ」

「わかってる」

リルが、こくりと頷いた。その気安い返事に、少しだけ心が和む。

「かかれぇっ!」

両軍が激突した。


どぉっと、大地が揺れる。連邦の兵が雄叫びを上げて突っ込む。王国の騎士がそれを迎え撃つ。剣戟が、悲鳴が、鬨の声が、平野を埋め尽くしていった。


「押せ! 数ではこちらが上だ!」


俺は指揮を飛ばした。連邦兵が気力を振り絞り、押し込んでいく。だが──王国軍は堅かった。

さすがは王国の精鋭。一人一人の練度が違う。連邦兵が三人がかりで、ようやく一人の騎士と渡り合える。数で押しても、質の壁に跳ね返される。


「くっ……! 押し返される!」


戦線がじりじりと後退し始めた。数と気力で優る連邦が、質で優る王国に押されている。


「リル! 左翼を支えろ! 水魔法で足止めを!」

「まかせて!」


リルが両手を掲げた。

ざぁぁっ──と、水流が渦を巻いて噴き上がる。王国騎士の足元へ、水の奔流が襲いかかった。

どぱっ、ばしゃっ、と足を取られ、騎士たちがたたらを踏む。その隙に、連邦兵が押し返した。リルの支援は的確だった。俺の指揮と、リルの魔法。二人の連携で、崩れかけた戦線をなんとか持ち直す。


「クレイ、右翼が手薄!」

「分かった! 予備隊を回す!」


俺は駆け回り、指揮を続けた。押されながらも粘る。この拮抗を崩されなければ、レイジさんが次の手を打つまで、保たせられる。


——ジーク視点


「殺すな。とどめは刺すな」


俺は指揮を執りながら、繰り返し命じていた。

王国騎士たちは、俺の命に従っていた。連邦兵と剣を交え、押し返しながらも、決して致命傷は与えない。倒した相手に、とどめを刺さない。戦うふりをしながら。

だが、それは綱渡りだった。本気で殺しにいかなければ、連邦に悟られる。かといって殺せば、遺恨が残る。その際どい匙加減を、騎士たちは必死に守っていた。

一人の騎士が、連邦兵を斬り伏せた。

連邦兵が倒れ、「ひっ」と恐怖に顔を引きつらせる。とどめを覚悟して。

だが騎士は、剣を止めた。ぐっと唇を噛むと、踵を返し、別の敵へと向かっていった。

その葛藤に満ちた背中を、俺は見ていた。すまない、と心の中で詫びながら。


——レイジ視点


「……おかしい」


俺は戦況を俯瞰していた。そして、その違和感の正体に気づき始めていた。

連邦兵が倒される。「ひっ」と怯える。だが王国騎士は、とどめを刺さず踵を返す。別の敵へ向かう。その光景が、一つや二つではない。

平野のそこかしこで、同じことが起きていた。倒れた連邦兵に、王国騎士が背を向ける。斬り伏せておきながら、致命傷は与えない。まるで、殺すことを避けているかのように。


「まさか」


俺の背筋に、冷たいものが走った。


「殺しに来ていない……?」


ありえない。これは戦争だ。殺し合いだ。それなのに王国軍は、連邦兵を殺していない。あれだけの激戦を演じながら、一人も、とどめを刺していない。

なぜだ。なぜ王国は殺さない。

あの開戦前の歓声。あの異様な覚悟の熱量。そして、この殺さない戦い方。全てが一本の線で、繋がろうとしていた。まだその絵の全体は見えない。だが──。


「──全軍に伝えろ」


俺は決断し、伝令に鋭く命じた。


「連邦兵も、王国兵にとどめを刺すな。深追いもするな。相手を倒しても、殺すな。──これは厳命だ」

「え!? しかしレイジさん、それでは……!」

「いいから従え」


王国軍の意図は、まだ掴みきれない。だが向こうが殺さないなら、こちらも殺さない。この奇妙な戦いの真意が見えるまで、無駄な血を流すわけにはいかない。


伝令が駆けていく。連邦軍にも「殺すな」の命が広がっていった。

両軍が殺し合いを演じながら、誰も殺さない。そんな奇妙な戦場が、レーヴェン平野に生まれつつあった。

俺は王国軍の陣を睨んだ。あの歓声の奥に、ジークがいるはずだ。あの切れ者の騎士が。


「ジーク。……あんた、何を企んでる」


その答えを確かめる間もなく、戦況が動いた。


王国軍の中から、二つの巨大な影が飛び出してきた。連邦の前線へ。まっすぐ、クレイの指揮する一角へと。

戦斧を担いだ巨漢、ディートリヒ。そして細身の剣を提げた、ラインハルト。将軍格の武が二つ、連邦の戦線へ突っ込んでいく。


「この状況で──どう出る、連邦!」


ディートリヒの咆哮が、平野に轟いた。

まるで試すかのようだった。殺さない戦いの中で、あえて将軍をぶつけてくる。連邦がどう対応するのか。その真価を問うように。


「クレイ!」


俺は叫んだ。だが遠い。俺の位置からでは間に合わない。ディートリヒたちは、まっすぐクレイとリルのいる場所へ迫っていた。

戦いは、まだ始まったばかりだった。

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