第65話 俺のフィオナ
——フィオナ視点
それは勝利の歓声の、すぐ後だった。
ヴェルグが落ちた。フィオナがほっと息をついた、その一瞬。背後に気配が生まれた。振り返る間もなく、腕を掴まれる。冷たい何かが、手首に嵌められた。
かちり、と。
「これは……魔術封じの腕輪!?」
魔力がすっと引いていく。練ろうとしても、指先に何も集まらない。封じられた。フィオナの、最大の武器が。
◇
「いやーごめんねー、お嬢さん」
軽い声だった。振り向くと、軽装の男がにっと笑っていた。盗賊のような身のこなし。いつの間に、こんなに近くへ。
「悪く思わないでね。これも仕事なんだぁ」
その手がフィオナの首筋へ伸びた。かわそうとする。だが魔力を封じられ、体術も並のフィオナには、その速さに追いつけない。
とん、と首筋に軽い衝撃。視界がぐらりと歪んだ。意識が急速に遠のいていく。倒れる体を、誰かが抱き止めるのがわかった。
◇
次に目を覚ました時、フィオナは揺れる馬車の中にいた。
薄暗い荷馬車。手首には、まだ魔術封じの腕輪。周りを数人の男女が囲んでいた。皆、只者ではない気配。手練れの冒険者たちだ。
「お目覚めですか」
穏やかな声でそう言ったのは、僧衣を纏った女だった。柔和な顔立ち。だが、その目は少しも笑っていない。
「申し訳ありませんが、私たちは依頼を受けただけなのです。あなたを王都までお連れする。それが仕事でしてね」
◇
僧侶の女が、懐から何かを取り出した。
黒い金属の冠。禍々しい意匠。フィオナは、その形に見覚えがあった。かつてソラに嵌められた、あの──。
「支配の、冠……!?」
フィオナの背筋が凍った。
「あら。ご存じでしたか」
僧侶が微笑んだ。
「なら話は早い。これを付ければ、あなたは私たちの言うことを聞く、従順な兵になるそうです。連邦の主力魔術師が、王国側の戦力になる。──王への、いい土産だそうです♪」
◇
「やめ……!」
フィオナは身をよじった。だが両側から屈強な男たちに押さえつけられる。
抗おうとした。魔力を、練ろうとした。だが、指先には何も集まらない。魔術封じの腕輪が、フィオナの力を、根こそぎ奪っている。
(魔力さえ、あれば……!)
魔王をも超えると言われた、その魔力。
それがあれば、こんな冠、弾き返せたかもしれない。だが今のフィオナは、ただの非力な娘だった。
抵抗する術が、何一つ、ない。
◇
冠が、額に近づいてくる。
フィオナは、必死に、首を振った。逃れようとした。だが、押さえつけられた体は、指一本、思うように動かない。目の前に、黒い冠が迫る。その禍々しさに、意識が呑まれそうになる。
(いや……いや……!)
心が、悲鳴を上げる。だが、その悲鳴を、力に変える術がない。魔力を封じられた者に、支配の冠は、あまりにも無慈悲だった。
レジストなど、できない。ただ、受け入れるしか、ない。その、絶望。
◇
冠が、額に触れた。
冷たい金属の感触。その瞬間、フィオナの意識に、黒い何かが、流れ込んできた。自分の考えが、塗り替えられていく。誰が敵で、誰が味方か。その線引きが、書き換えられる。
「あ……あ……」
自分が、自分でなくなっていく。抗えない。押し流されていく。フィオナは、その濁流の中で。
たった一人の顔を、思い浮かべた。
◇
(レイジ、さん……)
いつも隣にいてくれた人。ぶっきらぼうで、ヘタレで。でも、誰よりもフィオナを必要としてくれた人。頼りにしてる、と言ってくれた人。
その顔を、最後に思い浮かべる。自分が、自分でいられる、最後の瞬間に。
(ごめん、なさい……レイジ、さん……)
視界が、黒く塗り潰された。フィオナの意識は、支配の冠の闇へと沈んでいった。
◇
「……支配、完了です」
僧侶が、フィオナの虚ろな目を覗き込み、頷いた。
「もう、この娘は支配されました。──腕輪を、外して差し上げなさい。冠で操れる以上、魔力を封じておく必要はないでしょう。王都までの道のりで何かあった時に役に立ってもらいましょう。」
フィオナの手首から、魔術封じの腕輪が外された。封じられていた魔力が、戻ってくる。だが、その力は、もう、フィオナ自身のものではなかった。支配の冠に、操られるがままの、兵器の力だった。
◇
——レイジ視点
「フィオナが、さらわれた」
ヴェルグ制圧の喧騒の中で、俺は仲間たちに告げた。精霊のつながりが、フィオナの気配が遠ざかっていくのを伝えている。北へ。一刻の猶予もない。
「ニック、ここは任せる。ヴェルグの制圧と、後始末を頼む。──俺とソラで、フィオナを追う」
「おう、任せろ! でも二人だけで大丈夫か!?」
「大人数じゃ、追いつけない。馬で、飛ばす」
セシリアの祝福は、ヴェルグを攻める前に受けたものが、まだ効いている。それだけが頼りだった。俺とソラは、馬に飛び乗った。
◇
「ソラ、こっちだ。北へ」
「兄貴、なんで場所がわかるんだ?」
「精霊のつながりだ。フィオナの気配を、辿れる」
聖剣の精霊が、フィオナの居場所を、うっすらと示してくれる。告白してから、フィオナは聖剣の精霊と言葉を交わせるようになった。その縁が、今、二人を結んでいる。
俺たちは馬を駆った。街道を北へ。フィオナの気配を、手繰り寄せるように。
◇
どれほど駆けただろうか。
前方に、一台の荷馬車が見えてきた。それを守るように、複数の人影。遠目にも、隙のない身のこなしだとわかる。相当な手練れの集団だ。
「あれだ! フィオナは、あの馬車にいる!」
俺たちが追いつくと、馬車を守る一団が、迎え撃つ構えを取った。剣を抜き、弓を番え、大楯を構える。統率の取れた動き。何者かは知らんが、ただの護衛ではない。
◇
その時、馬車の幌が開いた。
中から一人の魔術師が、ふらりと降り立った。フィオナだった。
だが、様子がおかしい。額に黒い冠。目は虚ろで、光がない。俺を見ても、何の感情も浮かばない。
「フィオナ!」
叫んでも、答えない。フィオナは両手をこちらへ掲げた。魔力が渦を巻く。魔王をも超える、あの魔力が。
「──【爆炎】」
こちらへ向けて、炎の魔法が放たれた。
◇
「くっ……!」
俺は聖剣で炎を斬り払った。威力が凄まじい。手加減の欠片もない、フィオナの全力だ。
「あれ、あの冠……! 俺が付けられてたやつだ!」
ソラが、フィオナの額を見て、目を見開いた。かつて操られた記憶。あの恐怖を、ソラは知っている。
「支配の冠だ。フィオナは操られてる」
俺は歯を食いしばった。
「あいつらに、俺たちを敵と、認識させられてるんだ」
◇
「まずは、あいつらをなんとかしないと!」
俺は馬を降り、聖剣を構えた。ソラも天空の聖剣を抜く。
だが、敵の連携は洗練されていた。
「散開! 定石通りだ!」
先頭の剣士が指示を飛ばす。こいつがリーダーか。号令一つで、仲間が的確に動いた。大楯が前線を固め、その陰から双剣士が斬りかかる。二方向から矢が飛ぶ。数えれば、十人。全員が手練れだった。
そこへ、フィオナの極大魔法が加わる。
「ぐっ……!」
◇
じり貧だった。
こちらは二人。相手は剣士の指揮で回る、十人の連携。そこにフィオナの、魔王超えの魔力。
「兄貴、多すぎる!」
ソラが双剣士の斬撃を弾きながら叫ぶ。俺たちはフルパワーだ。だが二人では、この連携を崩しきれない。しかもフィオナを傷つけずに助けたい。その条件が、俺たちの手を縛っていた。
フィオナの次の魔法が、練り上げられていく。極大の魔力。まともに撃たれたら、二人ともただでは済まない。
◇
その時だった。
街道の向こうから、一騎の馬が駆けてきた。だが少し手前で止まる。騎手が、戦いの様子を遠くから窺っていた。
「今の衝撃音は、これか……」
ジークの声が、風に乗って届いた。撤退の途中、フィオナの極大魔法の轟音を聞きつけ、様子を見に来たのだろう。だが、目の前の光景を、掴みかねている。連邦の二人が、手練れの一団と、そして一人の魔術師の女と戦っている。
◇
「なぜこんなところで、戦闘をしている。連邦の長よ」
そういいながら馬にまたがったまま双剣士に切りかかった
ジークが俺にたずねた。状況を測りかねている様子だった。あの一団が何者か。額に冠を付けた女が、なぜレイジたちを攻撃するのか。そもそもあの女は連邦の魔術師だったはずだ。
ジークには状況がつかめなかった。
俺は、それどころではなかった。フィオナが操られている。その一事で、頭がいっぱいだった。
「あいつが……冠で、操られて……取り返さないと……」
俺の口から出たのは、要領を得ない言葉だった。
「何を言っているレイジ。要領を得ないぞ......」
◇
ソラがジークに叫んだ。
「ジーク! あいつは、俺たちの仲間なんだ! あの黒い冠で、無理やり操られてる! 助けたいんだよ!」
ソラの必死の説明に、ジークの目が、魔術師の女の額の冠を捉えた。
その瞬間、ジークの表情が変わった。
「……人を操って、戦わせているのか」
ジークの声に、静かな怒りが滲んだ。
「戦う意思もない者に冠を被せ、道具のように使う。──外道な所業だ。この俺も過去に過ちを犯した。だから捨て置けん」
◇
ジークが剣を抜いた。
「レイジ。手をかそう」
「……なぜだ」
「借りがある。負傷兵を見逃してくれたお前にな。それに、あのやり方が気に入らん。理由は、それで十分だろう。」
ジークが地を蹴った。将軍格の武が、戦いに加わる。その一撃が大楯を崩しにかかった。剣士の指揮する連携に、綻びが生まれる。
「ソラ! 今のうちだ!」
「おう!」
◇
ソラがジークの近くで剣を振るった。
かつて剣を交えた二人が、今、同じ方を向いて戦っている。ソラ、素の四百に、祝福で五百二十。あの一戦の時よりも、さらに強い。
「地力が違いすぎる……!」
手練れの一人が呻いた。ソラの一撃が大楯を粉砕し、ジークの剣が双剣士を退ける。二人の武が、十人の連携を削っていった。戦況がこちら側に傾いていた。
だが、俺は。
俺は、フィオナしか見えていなかった。
◇
操られたフィオナ。虚ろな目。俺を敵として攻撃してくる、その姿が、俺の頭から冷静さを奪っていた。
「フィオナ! 俺だ! わかるだろ!」
叫んでも届かない。フィオナの魔法が俺を襲う。避けながら近づこうとする。盤面も戦術も、頭から吹き飛んでいた。ただ、フィオナを取り戻したい。その一心で。
炎が俺の肩を掠めた。焼ける痛み。だが、どうでもよかった。俺はボロボロになりながら、フィオナへ突き進んだ。
◇
「兄貴が、あんななりふり構わず……!」
ソラが驚いた。理詰めで盤面を組み立てる、あの俺はどこにもいない。ただ感情のまま、フィオナの名を呼び、炎の中を進む。そんな俺を、ソラは見たことがなかったのだろう。
フィオナの魔法が、また俺を捉えた。避けきれない。俺の体は吹き飛ばされ、地面を転がった。
「ぐっ...」
「レイジ、さん……」
フィオナの口が動いた。虚ろな顔。その頬に、一筋の涙が伝っていた。心のどこかで、フィオナは、俺を攻撃することに苦しんでいる。
◇
だが、冠の力が、それを押さえつける。
フィオナの手が、俺へとどめの魔法を向けた。その手が震えている。
俺は立ち上がれない。肩を焼かれ、満身創痍で。それでも、フィオナから目を逸らさなかった。
その時。
「フィオナ! このぺちゃぱい!」
ソラの声が響いた。
◇
「は……!?」
フィオナの動きが止まった。虚ろな目に、ぴくり、と何かが走る。
「嫉妬深い、独占女! ストーカー! 兄貴のこと、そんな好きかよ、この重い女ぁ!」
ソラが、ありったけの憎まれ口を叩いていた。その顔は笑っていない。それでも、あえて最低の言葉を選んで、フィオナを煽り続ける。
◇
「……誰、が」
フィオナの声が、低く響いた。
支配の冠を突き破って、フィオナの素の感情が噴き出す。俺への独占欲。プライド。そのフィオナらしさが、冠の支配を揺さぶった。
「誰が、ぺちゃぱいですって……!?」
フィオナの魔法の照準が、俺からソラへ逸れた。怒りに任せて、ソラへ極大の魔力を向ける。
「ソラさん……あなただけは、許しません!」
◇
「ありがとう、ソラ!」
俺は叫んだ。ソラが身を挺して、フィオナの注意を逸らしてくれた。あいつが、自分を囮にして。フィオナが我を取り戻すきっかけを、作ってくれた。
その一瞬の隙に、俺は地を蹴った。満身創痍の体で、フィオナへまっすぐ。魔法がソラへ向いた、その隙を突いて。フィオナの懐へ飛び込んだ。
◇
俺はフィオナを抱きしめた。強く。その細い体を。逃がさないように、魔法を撃たせないように。両腕でしっかりと包み込む。
「な……!? 放し……!」
フィオナがもがく。だが俺は放さなかった。
「フィオナ! 俺だ! レイジだ! ──目を覚ませ!」
腕の中のフィオナに叫んだ。心臓が痛いくらいに脈打っていた。
◇
「俺のフィオナが、そんな支配なんかに負けるな!」
俺の声が震える。フィオナの体が、腕の中でびくりと跳ねた。虚ろな目に、涙があふれていく。
「れ……いじ、さん……」
フィオナの唇が震えながら動いた。
「だめ……です……私じゃ..この冠の支配からは.........逃げられ……ない……お願い……これ以上...あ...なたを傷つ..け...るまえに...早く...私を....殺して……」
支配の冠が黒い光を放つ。フィオナの意思を、また塗り潰そうと。フィオナが腕の中で、苦しげにあえいだ。
◇
「黙れ」
俺は言った。
「お前を殺すわけ、ないだろ。俺のフィオナは、そんな弱い人じゃない。──お前の居場所は」
俺はフィオナの、涙に濡れた顔を両手で包んだ。
「俺の隣だろぉぉぉっ!」
そして俺は、フィオナに口づけた。
「んっ」
◇
支配の冠が砕ける音を、俺は聞いた。
ぱりぃん、と。
フィオナの額から、黒い冠が罅割れ、砕け散った。かつてソラが自らの意思で砕いたように。今、フィオナが、俺の想いを受けて、自らの力で支配を打ち破ったのだ。
唇を離すと、フィオナの目に光が戻っていた。虚ろではない。いつもの、まっすぐな強い光が。
「……レイジ、さん」
フィオナが俺を見つめた。涙をいっぱいに溜めて。
◇
「くっ……支配が解けただと!?」
指揮していた剣士が歯噛みした。切り札を失い、ソラとジークに他の連中も倒されていく。もう勝ち目はない。
「フィオナ、力を貸してくれ」
「……当たり前ですっ!私の居場所はあなたの隣なんでしょう?」
俺はフィオナと並んだ。フィオナの魔力が、今度こそフィオナ自身のものとして戻っている。
「精霊合わせ──氷風撃!」
俺の風を纏った聖剣に、フィオナの氷が乗る。二人の力が一つになった暴風の刃。
ごぉぉぉっ!
それが、残った手練れたちをまとめて薙ぎ払った。殺しはしない。だが、戦う力は奪う。十人が、次々と地に伏していった。
◇
戦いは終わった。だが、俺には、まだわからないことがあった。
こいつらは何者で、誰の指図で、フィオナをさらったのか。
「──さて。誰の依頼か、聞かせてもらいましょうか♪」
そう言って前に出たのは、フィオナだった。倒れた連中の中から、あの僧侶の女を選んで、見下ろしている。かつて自分に冠を被せた、その女を。
フィオナは、にっこりと微笑んでいた。だが、その目は、少しも笑っていなかった。
◇
「私、たちは……依頼を、受けた、だけ……」
僧侶が、口を割ろうとしない。プロの矜持か。雇い主の名は、吐かない。
「あら。そうですか」
フィオナが、指を、軽く振った。
「では...あなたにもピッタリの冠をつけてあげます♪」
水の球体が生まれ、僧侶の頭を、すっぽりと覆う。僧侶の顔が、水中に沈んだ。ごぼり、と気泡が上がる。もがく僧侶。数秒後、フィオナが水を解いた。
「げほっ、ごほっ……!」
「さあ、もう一度、聞きます。誰の依頼ですか?」
「い、言え、ない……!」
再び、水の球体。僧侶の頭を覆う。
◇
それを、何度、繰り返しただろうか。
フィオナは、終始、微笑んでいた。淡々と。水で覆い、溺れさせ、解く。また覆う。僧侶の目が、だんだん虚ろになっていく。かつて、フィオナがそうされたように。
「ひっ……!? フィオナ、こえぇ……!」
ソラが、後ずさった。青い顔で。
ジークに至っては、言葉も出ない様子で、その光景をドン引きした顔で見ていた。
だが、俺はというと。ただ、ニコニコと、フィオナを見守っていた。まあ、こいつをさらって、こんな目に遭わせたんだ。これくらいは、当然の報いだろう。
◇
「わ……わかった、言う! 言います!」
ついに、僧侶が、口を割った。
「王都ギルド、本部の……強制依頼、だ! 断れなかった! 連邦の主力魔術師を、支配して、王都へ、献上しろと……! ギルド本部の、命令だったの!!」
水浸しの僧侶が、涙と、それから何か別の液体でも濡れながら、白状した。びしょ濡れで、もう、何が何やら、わからなかったが。
「王都ギルド本部、か」
俺は、静かに、その名を、頭に刻んだ。
◇
「ご苦労様でした」
フィオナが、にっこりと、水責めを解いた。
「最初から、素直に、話してくれれば、よかったのに。ねえ?」
「ひ、ひぃ……」
僧侶が、震え上がった。もう、抵抗する気力も、残っていないようだった。
これで、黒幕がわかった。王都ギルド本部。軍事で連邦に押され、保身のために、フィオナを兵器にしようとした。──許せる話では、ない。だが、決着は、王都で、つけることになる。
◇
「この者たちは、俺が、王都へ連れて行こう」
ジークが、ようやく口を開いた。まだ、少し引いた顔のまま。
「人を冠で操り、道具にする。こんな外道な真似、王国の恥だ。相応の場所へ突き出し、裁きを受けさせる」
「いいのか。お前も王国側だろう」
「王国の騎士だからこそ、だ」
ジークは、倒れた連中を、馬に括りつけた。
「これで、借りは返したぞ。──ではな、レイジ殿」
◇
ジークが、去っていく。
その背に、ソラが声をかけた。
「ジーク! ありがとな! お前、いいやつだな!」
ジークは振り返らなかった。ただ片手を軽く上げて応え、王都へと去っていった。敵として。だが、どこか通じ合う何かを残して。
こうして、フィオナは取り戻され、黒幕の名も知れた。すべて、片がついた。
◇
「レイジさん」
戦いの後。フィオナが俺の前に立った。もう、あの怖い笑顔ではない。いつもの、フィオナだった。
助かった、よかった。俺がそう言おうとした、その時。
フィオナが頬を赤らめ、上目遣いに俺を見て、こう言った。
「さっきのは……ノーカウント、です」
「……は?」
「さっきの、その……く、口づけ。あんな、みんなが見ている、戦いの最中なんて。数に入れません。──だから」
◇
フィオナが、俺の袖をきゅっと掴んだ。
「もう一度、ちゃんと、してください。今度は、ちゃんと心の準備をしてから……」
顔を真っ赤にして。だが、その目は真剣だった。俺は。
「……っ」
かあっと、顔が熱くなった。
「い、いや、それは、その……」
言葉が出てこない。あれだけ必死だったくせに。いざ改めて言われると、俺の口は、情けなくパクパクと動くだけだった。
◇
「ま、また今度な……」
俺は目を逸らして、そう言うのが精一杯だった。
「もう! レイジさんの、ヘタレ!」
フィオナが頬を膨らませる。だが、その顔はどこか嬉しそうだった。
そして、その一部始終を、ソラがにやにやと見ていた。
◇
「兄貴さぁ」
ソラが、呆れたように笑った。もう、さっきの泣きそうな顔も、水責めにビビった顔も、どこにもない。いつもの明るい笑顔だった。
「あんなカッコよく『お前の居場所は俺の隣だろぉぉ』とか叫んで、キスまでしといて。今更ヘタレとか、ダサすぎだろ」
「うるさい! ソラ、お前は黙ってろ!」
「ぶはは! 顔真っ赤! 兄貴、真っ赤だぞ!」
ソラが腹を抱えて笑う。フィオナも、つられて笑った。
◇
ヴェルグを落とし、フィオナを取り戻し、フィオナを拉致した黒幕の名も掴んだ。
長い戦いの一日が終わる。俺は真っ赤な顔を片手で覆いながら、笑うソラとフィオナを見ていた。
まったく、締まらない。あんな大見得を切ったのに。
だが、これでいい。フィオナが笑っている。ソラが笑っている。それが、俺の守りたかった景色だ。
次の戦いは、王都。ギルド本部。そして、あの王が待つ。だが、今日だけは。この笑い声の中に、いさせてくれ。




