第62話 天空砕き
ヴェルグから戻って三日。
俺はニックの斥候網を使い、要塞の周辺を徹底的に洗わせていた。あの日、王国の別動隊が、俺たちを囲むように回り込んだ。あれだけの兵が、短時間で。──どこかに抜け道があるはずだ。そう踏んでいた。
だが。
「レイジ。……ねえんだ」
戻ってきたニックの顔は、渋かった。
◇
「抜け道なんて、どこにもねえ。隠し通路も、迂回路も。要塞の周りを隅から隅まで探った。──だが、何もねえんだ」
俺はその報告を聞いて、しばらく黙り込んだ。
抜け道がない。だとしたら、あの回り込みはどうやって。ソラとジークが斬り合う、あの短い間に。あれだけの部隊が、俺たちの死角へ。
答えは一つしかなかった。
「……用兵か」
背筋が冷たくなった。
◇
ジークの指揮だ。
抜け道のような仕掛けじゃない。純粋な兵の動かし方。地形の読み。タイミングの計算。そのすべてを、ジークはあの一瞬でやってのけた。俺たちに気づかせずに。
「待て……」
俺は呟いた。
「それができるってことは。──あの要塞は、ほとんど詰みじゃないか」
正面の城門は、ソラの全力でも破れない。抜け道はない。そして指揮官のジークは、抜け道なしであの用兵をやってのける切れ者。攻める側のどんな手も、あの男に読まれる。
◇
「ヴェルグがあるから、か」
俺は地図を睨んだ。
王国は、連邦が拡大しても、どこか余裕を見せていた。二方面の反攻を仕掛けてきた時も。ハルベルを奪い返された時も。まるで、最後の一線は揺るがないと確信しているかのように。
その理由が、わかった気がした。
ヴェルグだ。あの鉄壁の要塞。あそこが王都への道を塞いでいる限り、連邦がどれだけ暴れても、王都までは届かない。──だから王国は、余裕でいられたのだ。
「厄介な砦だな」
俺は奥歯を噛んだ。
◇
その夜。連邦の仮設の館で、俺たちは頭を抱えていた。
「結局、どうやってあの門を抜けるんだ」
ニックが腕を組んだ。
「正面からは無理。抜け道はない。ジークは切れ者。──八方塞がりじゃねえか」
みんなが黙り込んだ。フィオナも、セシリアも、クレイも、リルも。攻略の糸口が見えなかった。
その時。
「なあ」
ソラがぽつりと口を開いた。天空の聖剣を膝に乗せて。
「俺も、精霊合わせ、使えないかなぁ」
◇
みんなの視線がソラに集まった。
「兄貴とフィオナの、あの技。すげえ威力だったろ。俺もあれが使えたら、門くらいぶち抜けるんじゃないかって」
俺は少し考えた。ソラは天空の聖剣で、精霊解放が使える。属性を纏える。だとしたら、理屈の上では、精霊合わせも──。
その時。ソラの天空の聖剣が、淡く光った。
『使えるぞぉ』
天空の精霊の明るい声が響いた。
◇
「マジか!?」
ソラが目を輝かせた。
『うん。ソラも精霊合わせ、できるよ。──ただし』
精霊の声が続けた。
『ソラが使えるのは、天空と、聖属性と、地属性だけだね』
「天空……無属性は、わかるけど」
ソラが首を傾げた。
「なんで、聖と地なんだ?」
『もともとの資質だぞー』
あっけらかんとした答えだった。
◇
「資質、って」
ソラがきょとんとした。
『そういうもんだよ。ソラの中に、もともと、その二つと相性のいい力があるんだ。深く考えなくていいぞぉ』
天空の精霊は、それ以上説明する気はないようだった。
俺は内心で苦笑した。精霊の言うことは、いつもこんな調子だ。理屈はあるようで、ない。だが、使えるというなら、試す価値はある。
「よし。──試してみるか、ソラ」
「おう!」
ソラが勢いよく立ち上がった。
◇
翌日。連邦の訓練場。
俺は精霊合わせの仕組みを説明した。ソラにも、みんなにも。
「この世界の魔法は、大抵、精霊から力を借りて撃つ。フィオナの魔法もそうだ。だから、契約した精霊の属性が、そのまま使える属性になる」
「はい」
フィオナが頷いた。
「精霊合わせは、それとは少し違う。聖剣に属性を纏わせて、フィオナの魔法と重ねる。二つの力を一つにする技だ。──ソラも、天空の聖剣で、それができるはずだ」
「なるほど! じゃあフィオナ、俺に魔法を撃ってくれ!」
ソラが天空の聖剣を構えた。
◇
「では、いきます。聖属性の魔法を」
フィオナが指先に光を集めた。聖属性の魔力。
「【聖光】!」
淡い光の弾がソラへ飛んだ。
ソラが天空の聖剣で、それを受けようとする。合わせようとする。──だが。
ぱしゅん。
聖光がソラに当たって、はじけた。ただ当たっただけ。合わさる気配はなかった。
「あれ!?」
ソラが目を丸くした。
◇
「もう一回、頼む!」
「ええ」
フィオナがまた聖光を撃つ。ぱしゅん。ソラに当たる。合わさらない。
「もう一回!」
ぱしゅん。
「もう一回!」
ぱしゅん、ぱしゅん。
ソラはただ、フィオナの魔法を食らい続けていた。合わせる感覚が、まるで掴めないらしい。聖光が当たるたびに、ソラの髪がちりちりと逆立った。
◇
「……なあ、これ、俺、ただの的じゃねえか?」
ソラが情けない声を出した。
その様子を見て、フィオナが、ふふん、と胸を張った。
「言っておきますけど。精霊合わせは、そう簡単にはできないんですよ。──レイジさんは天才ですから。フフン」
みんなの前で、堂々とそう言った。
俺は思わず、顔が熱くなった。
「……フィオナ。それはいいから」
「あら。事実です」
◇
「ぶはっ」
ニックが噴き出した。
「フィオナ、お前、レイジのこと褒めてんのか、自慢してんのか、どっちだよ!」
「両方です」
きっぱりとフィオナが答えた。ニックが腹を抱えて笑った。ソラが、聖光で髪を逆立てたまま苦笑いする。
「フィオナさん、ぶれねえなあ……」
クレイが感心したように頷いた。
「でも、仲がいいのはいいことだよ。うん」
その隣で、リルがクレイの袖を、きゅっと引いた。
「……クレイ。私がいるからね」
「え? あ、ああ、わかってるよ、リル」
念押しだった。クレイが慌てて頷いた。
◇
和やかな空気の中。だが、ソラの特訓は難航していた。
フィオナの魔力が、そろそろ心もとなくなってきた。何十発と聖光を撃ち続けている。ソラはその全部を、ただ食らっただけ。合わせられた気配は、一度もなかった。
「あー……これ、無理かも」
ソラが頭を掻いた。
「感覚が全然、掴めねえ。フィオナの魔法、来た瞬間、どうしていいかわかんねえんだ」
俺は腕を組んで考えた。理屈の上では、できるはずなのに。何が足りない。
◇
その時。
ソラがふと、顔を上げた。
「なあ、兄貴」
「ん?」
「これ、さ。──フィオナからじゃなくて。兄貴から、なら。合わせられるんじゃないか?」
俺はきょとんとした。
「なぜ、そう思う」
「なんとなく」
ソラがあっけらかんと笑った。
「理屈はわかんねえけど。兄貴となら、できる気がする。──ずっと兄貴の隣で戦ってきたからかな。兄貴の力なら、俺、合わせられる気がするんだ」
理屈じゃなかった。ただの直感。兄への信頼だった。
◇
その言葉に。
フィオナが、ぴくり、と反応した。
「……ソラさん」
「ん?」
「兄貴、兄貴って。──レイジさんは、私のです」
ぷく、と頬を膨らませて。フィオナがソラを睨んだ。
「な、なんでそうなるんだよ!?」
「ソラさんが、レイジさんとできる気がする、なんて。──私より先に、なんて。認めません」
「いや、そういう意味じゃ……!」
ソラがあたふたと手を振った。俺はまた、顔が熱くなった。
◇
「まあ、待て」
俺は咳払いをした。
「フィオナ。焼きもちは後だ。──ソラの勘は、案外、馬鹿にできない。試す価値はある」
「……むぅ」
フィオナが渋々引き下がった。
俺は聖剣を抜いた。ソラの直感。兄貴からなら、できる。理屈はわからない。だが、ソラの勘は、これまでも何度か常識を超えてきた。
「ソラ。俺がフィオナと精霊合わせを作る。それをお前に撃つ。──受けて、合わせてみろ」
「おう!」
「まあ……お前なら、直撃食らっても大丈夫だろ」
「おい、それどういう意味だよ!?」
◇
俺はフィオナと頷き合った。
「フィオナ。地属性で頼む。俺は聖属性を纏う」
「わかりました」
フィオナが地属性の魔力を練る。俺は聖剣に、聖属性の精霊を纏わせた。精霊解放。二つの力が合わさっていく。
「精霊合わせ──」
聖と、地。二つの属性が渦を巻いた。それをソラへ向ける。
「行くぞ、ソラ! 受けろ!」
「来い、兄貴!」
俺はその一撃を、ソラへ放った。
◇
ソラが天空の聖剣を掲げた。
飛んでくる精霊合わせの力。それがソラの聖剣に触れた瞬間。
かちり、と。
何かが噛み合う音がした。ソラの天空の聖剣が、俺の放った力を受け止め、そして──取り込んだ。聖と、地。二つの力が、ソラの天空の力と重なっていく。
「これ……! 合わせられる!」
ソラが叫んだ。
天空の聖剣が、まばゆく輝いた。聖と地と天空。三つの力が一つになって、凄まじい力が剣に集まっていく。
◇
「うぉぉぉぉっ!」
ソラがその剣を、地面に叩きつけた。
「精霊合わせ改──天空砕きっ!」
どぱぁぁぁん!!
轟音が訓練場を揺るがした。
土煙が晴れると、そこには巨大な穴が空いていた。
ベッコリと。人が何人も飲み込まれそうな大穴が。訓練場の地面を、深く抉って。
◇
「…………」
みんなが絶句した。
ニックがぽかんと口を開けて。クレイが後ずさり。リルがクレイの後ろに隠れた。フィオナですら、目を丸くしている。
「え……」
ソラ自身も、その大穴を見て呆然としていた。
「俺、これ、やったのか……?」
『やったねぇ』
天空の精霊の、のんきな声が響いた。
◇
『いやあ、なんか、できたねぇ』
『……理がどうなっておるのか、わからんが』
剣霊の賢者めいた声も、困惑していた。
『まあ、できたなら、よしだな』
精霊たちですら、この現象を正確には理解していないようだった。天空の精霊も、剣霊も。ただ「なんかできた」と首を傾げている。
俺はその大穴を見つめながら考えた。
◇
なぜソラは、フィオナ単独ではできなくて、俺からならできたんだ。
理屈で言えば、フィオナの魔法は精霊から力を借りて撃つ。だが俺の精霊合わせは違う。純粋に魔力をエネルギーにして、そこに精霊の力を乗せる。──だから属性を選ばない。
だが、それは俺の"なんでも積める"力があってこそ。本来、誰にも真似できないはずだ。
なのにソラは、俺から放たれた力を受け止め、合わせた。まるで最初から、そうできると決まっていたかのように。
神様からもらったチートが、噛み合ったのか。俺はふと思った。
◇
いや。
俺は内心で首を振った。
俺もソラも、神様から規格外の力をもらっている。俺はなんでも積める力。ソラは望むだけ力を引き出せる体質。その二つのチートが、噛み合った? それもあるかもしれない。だが。
(……神様の、お願いか)
俺はあの、爺さんめいた神様の顔を思い出した。転生の時。神様は俺に頼み事をしていた。この世界を頼む、と。──ならば、これも神様の筋書きのうちなのかもしれない。
深くは考えないことにした。できたなら、それでいい。ソラと同じだ。
◇
「よし。──ソラ、その技、使えるぞ」
俺が言うと、ソラがパッと顔を輝かせた。
「ほんとか! これで、あの門も──」
だが、その時。ソラが膝をつきそうになった。
「うっ……」
「ソラ!」
「大丈夫……ちょっと、くらっとしただけ」
ソラの顔は青ざめていた。額に汗が滲んでいる。天空砕き。あの一撃の反動だった。三つの力を一つに束ねる。その代償は、ソラの頑丈な体にも、重くのしかかっていた。
◇
「……反動がでかいな」
俺はソラを支えながら言った。
「一撃撃つだけで、これか。連発はできないな」
「みたい、だな……」
ソラが苦笑いした。
それにもう一つ。俺はあの技の欠点に気づいていた。天空砕きは、剣に三つの力を束ねる時間が要る。溜めが長い。その間、ソラは完全に無防備になる。
「隙がでかすぎる」
俺は呟いた。
「あの溜めの間に、横から殴られたら終わりだ。──よほど条件が整わないと、実戦じゃ使えない」
◇
だが。
俺はあの、要塞ヴェルグの城門を思い出していた。ソラの全力でもびくともしなかった、あの鉄の門。
その門を。もしこの天空砕きで叩けば。
「城門を抜く鍵は、これかもしれん」
俺は大穴を見下ろして言った。
「正面から破れないなら、門ごと、地面ごと砕く。──ただし、ソラがこの技を撃つには、誰かがソラを守って隙を埋める必要がある。溜めの間、無防備なソラを守り抜く盤面が要る」
課題はまだあった。だが、糸口は掴んだ。
◇
「ソラ。よくやった」
俺は青い顔のソラの肩を叩いた。
「お前のその勘のよさ。それに、デタラメな頑丈さ。──今回ばかりは、それに救われた」
「へへ。……よくわかんねえけど。兄貴の役に立てたなら、よかった」
ソラが汗だくの顔で笑った。相変わらず理屈はわかっていない。だが、それでいい。できた。それがすべてだ。
フィオナがそのソラを見て、それから俺の袖を、つん、と引いた。
「……レイジさん。次の合わせは、私とですからね」
「ああ、わかってる」
俺は苦笑した。
◇
訓練場に空いた大穴。
それは鉄壁の要塞ヴェルグを破る、一筋の光だった。正面突破は無理。抜け道はない。ジークは切れ者。──八方塞がりに見えた、あの要塞。
だが、連邦には規格外が揃っている。俺の盤面。ソラの天空砕き。フィオナの魔力。みんなの力。
「ヴェルグ攻略の絵図が、見えてきたな」
俺は大穴を背に、みんなを見た。
まだ詰めるべきことは多い。天空砕きをどう城門に届けるか。ソラの隙をどう守るか。ジークの用兵をどう出し抜くか。
だが、一歩前へ進んだ。連邦の攻勢は、次の段階へ動き出そうとしていた。




