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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

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第61話 鉄壁の要塞

要塞ヴェルグは、遠くから見ても堅牢だった。


切り立った岩山を背にして、分厚い石壁が周囲を囲んでいる。城門は鉄で補強された巨大なもの。物見櫓がいくつも立ち並び、王国の旗が風にはためいていた。


「……なるほど。王都を守る、最後の砦か」


俺は丘の上から、その威容を見据えた。


威力偵察。今日の目的は、この要塞の硬さを測ることだ。深入りはしない。守りの厚さ、指揮の質、将軍の配置。それを確かめて引く。


だが、ソラは。



「兄貴! あの城門、俺が叩いてみる!」


ソラが天空の聖剣を構えた。


事前に打ち合わせてあった。ソラがまず城門へ一撃を入れる。その反応で、要塞の守りを測る。どれだけの兵が、どう動くか。ジークがどう指揮するか。──囮であり、探りだった。


「ああ。だが無理はするな。一撃入れたら、すぐ引け」


「わかってる!」


ソラが駆け出した。丘を下り、まっすぐ城門へ。


要塞の物見櫓から、警戒の声が上がった。矢が飛んでくる。だがソラは天空の聖剣でそれを弾きながら、城門へ迫った。



「うぉぉぉっ!」


ソラが天空の聖剣に力を込めた。精霊解放。刀身が白く輝く。守護の力を攻めに転じた、渾身の一撃。


どがぁん!!


聖剣が城門を叩いた。轟音が響き渡る。土煙が舞い上がった。


だが。


土煙が晴れると、城門はほとんど無傷だった。わずかなへこみ。それだけ。ソラの全力の一撃が、鉄で補強された要塞の城門には通じなかった。


「な……効いてねえ!?」


ソラが愕然とした。



その時。


城門の上から、大柄な影が飛び降りてきた。


どしん、と地響きを立てて着地する。両手に戦斧を提げた男。ディートリヒだった。


「よお、ソラ坊」


ディートリヒがソラを見下ろした。だがその目に、いつもの豪快な笑みはなかった。


「その呼び方も、今日で最後だ」


ディートリヒが戦斧を構えた。


「今この瞬間から、お前を連邦の勇者ソラとして相対する。稽古仲間の坊主じゃない。俺が守る要塞に、牙を剥く敵将としてだ。──悪いが、ここは通さん」



ディートリヒの戦斧が振り下ろされた。


ずがん!


ソラが天空の聖剣で受ける。だがその一撃は重かった。淡々と、けれど容赦なく。ディートリヒはソラを一人の敵として攻め立てた。


以前の稽古の時のような手加減はない。飯を奢ってくれた、あの兄貴分の顔は、そこになかった。ただ要塞を守る将軍として、ディートリヒは戦斧を振るった。


「ディートリヒ、さん」


ソラの声に、寂しさが滲んだ。だがディートリヒは応えない。斧がまた唸る。


「ソラ! 引け!」


俺は叫んだ。これ以上は危険だ。城門は硬い。そしてディートリヒが出てきた。守りの厚さは、わかった。



ソラがディートリヒの斧をいなして後退した。


俺のもとへ駆け戻ってくる。その背を追うように、要塞の門が開いた。ぎぎぎ、と重い音を立てて。中から王国軍が打って出てきた。


先頭にジークがいた。数人の将軍を従えて。


「連邦の威力偵察か」


ジークの声が響いた。以前の、あの焦りに満ちた声とは違う。落ち着いた、指揮官の声だった。


「読めているぞ。要塞の硬さを測りに来たな。──だが、生きて帰れると思うな」


俺はソラと合流した。そしてフィオナに目をやった。



「フィオナ。一発、派手にいこう。牽制だ」


「ええ」


フィオナが両手を掲げた。魔力が渦を巻く。虹色の光が、天を衝く。魔王をも超える器。その極大魔法。


「【天嵐】!」


打って出てきた王国軍の前面に、巨大な風の渦が生まれた。ごぉぉぉっ、と地を薙ぐ。前列の兵が、巻き上げられる。──はずだった。


だが。


ジークとディートリヒが、前に出た。



「ぬぅん!」


ディートリヒの戦斧が、天嵐を真っ向から叩いた。ジークの剣も、風の刃を切り裂く。がぎん、ばぎんっ、と。二人の将軍が、フィオナの極大魔法を、剣技だけでこじ開けた。


天嵐が、割れた。


「……嘘だろ」


ニックが呆然と呟いた。


「あの天嵐を。剣で、ぶち破っただと」


俺は奥歯を噛んだ。将軍の武は、想像以上だった。フィオナの極大魔法すら、力ずくで斬り裂く。要塞の硬さは、城壁だけじゃない。この将軍たちの武こそが、鉄壁だった。



「連邦の勇者、ソラ」


ジークが、割れた風の中から進み出た。まっすぐソラを見て。


「俺はジーク。ヴィントに代わって、この要塞の指揮を執ることになった」


ソラが天空の聖剣を構えた。


「先日は無様を見せた。魔族の捕虜を餌にした。あれは俺の恥だ」


ジークの声は震えていなかった。まっすぐソラに向けられていた。


「だが勘違いするな。──王国の民を守るためなら、俺はどんなことでもする覚悟だ。きれいごとだけじゃ、この戦は勝てん。すべて俺の意思だ。ここにいる将軍は、すべて俺の指揮で動いている!」



その宣言に、迷いはなかった。


俺はジークを観察していた。──変わったな。東の戦線でフィオナに一撃で沈められた、あの慢心の若造とは違う。あの時は、侮りと焦りだけだった。だが今は。


執念があった。


ヴィントに代わって指揮を執る。その重責を背負う意地。前回の無様を雪ぐ執念。──あのジグムントのような保身ではない。自分の失態を認めた上で、それでも前を向いている。


(こいつは……侮れん)


俺はジークへの評価を、改めた。



「ソラ!」


ジークが剣を構えた。


「お前と一対一でやらせろ! ヴィントは、お前に負けた。だが俺は違う。──ヴィントより、俺の方が強い。それを証明する!」


ソラが俺を見た。俺は頷いた。ジークの力量を測る、いい機会だ。だが警戒は怠るな、と目で伝える。


「わかった」


ソラが天空の聖剣を構えた。


「ジーク。──来いよ」


二人がぶつかった。



がぁん、がぎん、と剣戟が響いた。


ソラの天空の聖剣。ジークの剣。──終始、ソラが上回っていた。力も、速さも、剣の冴えも。ソラの方が上だった。ジークの剣を何度も弾き、押し込む。


だが。


ジークは倒れなかった。


「まだ、だ……!」


執念だった。ソラの一撃を受けきり、食らいつく。剣がへし折れそうになっても。膝が崩れかけても。ジークは退かなかった。ヴィントより強い。その意地だけで、ソラの猛攻を受けきっていた。



ソラの剣は鋭かった。だが、俺は気づいた。


ソラは、ジークを殺そうとしていない。


倒す。制する。武器を弾く。だが命を獲る一撃は、決して放たない。天空の聖剣は刃がない。もとより殺せない剣だ。だがそれ以上に、ソラの意思がそうだった。敵であるジークすら、ソラは殺そうとしなかった。


ジークも、それに気づいたようだった。


「なぜ、だ……」


ジークが剣を交えながら呟いた。


「なぜ殺しに来ない。俺は敵だぞ。お前の仲間を脅かす敵だ。──なのに、なぜ」


ソラは答えなかった。ただまっすぐ剣を振るった。倒すために。殺さずに。


その姿に、ジークの目が揺れた。



勝負はつかなかった。


ソラが終始圧倒しながら、ジークが執念で受けきる。引き分けのまま膠着した、その時。


「──今だ!」


ジークが叫んだ。


その瞬間。俺の腕輪の視界が、異変を捉えた。左右。そして後方。いつの間にか、王国の別動隊が、俺たちを囲むように展開していた。将軍の数人が部隊を率いて。回り込んでいたのだ。ソラとジークが斬り合っている、その間に。


だが、それは織り込み済みだった。


ニックが、にやりと笑った。



「おいおい、きたねぇやり方だなあ、ジーク」


ニックが、わざとらしく肩をすくめた。


「一対一だって言っておいて、こっそり囲むのかよ。──騎士様の、やることかね」


挑発だった。気づいていないふりで、相手を乗せる。ニックも、この展開を読んでいた。俺たちは、初めから、この罠を想定していた。


「それも作戦だ」


ジークが剣を引いて言い放った。


「一対一は、時間を稼ぐための餌。その間に部隊を回り込ませる。──そこの知恵者なら、わかっていたと思うがな」


ジークの視線が、俺に向いた。今度は、ジークの挑発だった。


俺は静かに笑った。


「ああ。──わかってたよ」



その言葉と同時に、俺は聖剣を抜いていた。


精霊解放。今度は炎。フィオナが、すでに魔力を練っている。事前に打ち合わせた通りに。


「フィオナ!」


「ええ!」


炎と魔力が合わさる。


「精霊合わせ──焔龍(えんりゅう)!」


炎の龍が、後方へ放たれた。


ごぉぉぉぉっ!!


囲もうとした王国の別動隊。その後方の一角へ、炎の龍が突き抜けた。兵たちが慌てて退く。炎が地を舐め、一本の道を焼き開いた。


「ソラ! 天空の道だ!」


俺は叫んだ。



「おう!」


ソラが天空の聖剣を掲げた。焔龍が焼き開いた、その道へ。天空の聖霊の力が重なる。白い光の道が、炎の道の上に生まれた。守護結界の道。味方を守りながら通す、退路だった。


「全軍、撤退! この道を通れ!」


俺は号令をかけた。


連邦の精鋭が、焔龍と天空の道が作った退路を駆け抜ける。炎が敵を阻み、結界が味方を守る。俺とソラの連携だった。事前に打ち合わせた、切り札。


ジークが追おうとした。だが。


「追うな!」


ジークが、逆に味方を止めた。


「深追いはするな! 炎と結界の道だ。無理に追えば、こちらが焼かれる! ──連中の退き際は見事だ。ここは退かせる」


その冷静な判断に、俺は内心で舌を巻いた。



連邦の部隊は、無事撤退した。


丘の上まで退いて、俺は要塞ヴェルグを振り返った。ジークたちが要塞へ戻っていく。追撃はなかった。


「……ふう」


ニックが息をついた。


「危なかった。あの回り込み。読んでなかったら、囲まれてたな」


「ああ」


俺は頷いた。だが、俺の頭は別のことを考えていた。今日の威力偵察。その成果を。



「城門の破壊が、キーじゃないな」


俺は呟いた。


「え?」


ニックが聞き返した。


「ソラの全力の一撃でも、城門はびくともしなかった。あの要塞を正面から力で破るのは難しい。──だが、それより気になることがある」


俺は要塞を見据えた。


「あの別動隊だ。あれだけの量の部隊が、俺たちに気づかれず後方へ回り込んだ。──ソラとジークが斬り合っている、あの短い間にだ」



「どこかに、抜け道がある」


俺は続けた。


「要塞から気づかれずに兵を動かせる、隠し通路か。地形を利用した迂回路か。──それがあるなら、攻略の糸口になる」


「なるほど……」


ニックが頷いた。


「じゃあ次は、その抜け道を探せば」


「ああ。だが」


俺は首を振った。ジークの、あの落ち着いた指揮を思い返しながら。


「もし抜け道がないなら。あの回り込みを、ただの地形と兵の動かし方だけでやってのけたなら。──ジークという将軍。相当の切れ者だ。侮れん」



丘を下りながら、俺はソラを見た。


ソラはまだ、どこか考え込んでいた。ジークとの斬り合いを。ディートリヒの、あの淡々とした攻撃を。


「ソラ。どうした」


「……兄貴」


ソラがぽつりと言った。


「ディートリヒさんが、俺のことソラ坊って、もう呼ばないって。連邦の勇者として相対するって。──なんか、寂しかった」


俺は黙って聞いた。


「でも」


ソラが顔を上げた。



「わかるんだ」


ソラはまっすぐ前を見た。


「ディートリヒさんも、ジークも。みんな守るものがあるんだ。王国の民を。それを守るために、俺を敵として見てる。──もし俺が逆の立場なら、俺もそうする。守るもののために、馴れ合いを捨てる」


ソラの目に、寂しさと覚悟があった。


「だから俺も。連邦のみんなを守るために強くなる。あの人たちにも、負けないように」


俺は頷いた。ソラはまた一つ、大人になっていた。



要塞ヴェルグは、堅かった。


城門はソラの全力をはね返し、将軍の武はフィオナの天嵐を斬り裂き、そしてジークの指揮は、俺たちを罠に嵌めかけた。


だが、収穫はあった。


城門の正面突破は悪手。攻略の鍵は、別動隊が使ったあの回り込みのルート。そして──ジークという、侮れない将軍の存在。


「一筋縄じゃ、いかないな」


俺は要塞を振り返って呟いた。


だが、必ず落とす。ヴェルグを越えれば、その先は王都だ。連邦の攻勢は、始まったばかりだった。

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