第60話 灯を継ぐ街
——レイジ視点
ハルベルの街に、槌の音が響いていた。
かんっ、かんっ、と。木材を打つ音。石を積む音。焼け落ちた街のあちこちで、人と魔族が並んで汗を流している。奪還してから半月。ハルベルは少しずつ立ち直り始めていた。
俺はその光景を、城壁の上から眺めていた。
炎に包まれた、あの日。守れなかった街。だが取り戻した。そして今こうして、また灯がともり始めている。
◇
「兄貴! 見てくれよ!」
ソラが駆けてきた。天空の聖剣を背負って。その顔は汗と埃で汚れていた。
「クランハウスの土台ができたんだ! みんなで建ててる!」
ソラが指さす先。街の一角で、大勢の人が働いていた。人族も魔族も。かつて盤上の灯のクランハウスがあった場所。そこに新しい建物の土台が、組まれ始めていた。
「モーリスさんに約束したからな」
ソラが笑った。
「もっとでっかいのを建てるって。人も魔族も、一緒に集える場所を。──あの人が託してくれた未来を、ここに作るんだ」
俺は頷いた。ソラの目に、もうあの敗北の影はなかった。
◇
街を歩いた。
復興は順調だった。ケイルの交易網が、建材と物資を次々と運び込んでいる。連邦の各領から、人手も集まってきた。ハルベルを取り戻す。その報せは連邦中を勇気づけていた。
「毎度! レイジ!」
ケイルが荷車を引きながら声をかけてきた。
「復興資材、どんどん入っとるで。連邦の各領がこぞって支援してくれとる。──ハルベルは連邦の要やからな。ここが立ち直れば、みんな安心する」
「助かる。頼りにしてるぞ、ケイル」
「まかせとき」
ケイルが狐目を細めて笑った。
◇
街の広場に、ガルドがいた。
自衛団の若者たちを集めて、何やら指導している。総隊長として連邦の守りを束ねる男。腹の古傷を抱えながらも、その背中は頼もしかった。
「よお、レイジ」
ガルドが振り返った。
「ハルベルの守りの再編だ。ここは連邦の、対王国の最前線になる。守りを固めねえと、また狙われるからな」
「ああ。それで相談がある」
俺はガルドと並んで歩いた。
「ハルベルの防衛をどう組むか。──ここは絶対に、二度と落とせない。モーリスさんが命をかけて守ろうとした街だ。そして、ソラが取り返した街だ」
◇
その夜。
連邦の主だった者を、ハルベルの仮設の館に集めた。
レイジ、ソラ、フィオナ、セシリア、ニック、ヴァイス、クレイ、リル、ガルド、ケイル。そして魔王。
「ハルベルの防衛体制を固める」
俺は地図を広げた。
「ここは連邦の喉元だ。王国から見れば、最初に叩く標的になる。──だからこそ鉄壁にする。二度と落とさせない」
魔王が腕を組んで口を開いた。
「俺の出番か、レイジ」
◇
「ああ。魔王、あんたにハルベル防衛の要を頼みたい」
俺はまっすぐ魔王を見た。
「今まであんたには、本隊の防衛で温存に回ってもらってた。だが、もうその段階じゃない。ハルベルは王国との最前線だ。ここに連邦最強の武が要る」
魔王が、にやりと笑った。
「ようやく俺を、遊ばせない気になったか」
「あんたがハルベルにいる。それだけで王国は、迂闊に手を出せない。──抑止力だ。連邦最強の魔王が守っているとなれば、な」
「いいだろう」
魔王が頷いた。
「この街は俺が守る。あの老領主が、命をかけた街だ。──無下にはできん」
◇
「そしてヴァイス」
俺は魔族の若者を見た。
「お前に一部隊を預ける。ハルベル防衛の一翼を、担ってもらう」
ヴァイスの目が見開かれた。
「俺が……部隊を?」
「ああ。お前はこの一年で、大きく成長した。魔族の若者たちも、お前を慕っている。──もう立派な隊長だ」
ヴァイスはしばらく、言葉を失っていた。それから拳を握りしめた。
「……わかった。任せてくれ、レイジ。この街は俺たちも守る。ソラだけに、いい格好はさせねえ」
「おう! 頼りにしてるぜ、ヴァイス!」
ソラがヴァイスの肩を、ばしんと叩いた。ヴァイスが照れくさそうに笑った。
◇
「防衛は魔王を要に、ヴァイスの部隊とガルドの自衛団で固める」
俺は地図のハルベルを指した。
「セシリアもハルベルに残ってくれ。救護の要だ。負傷者を一人も死なせない」
「はい」
セシリアが頷いた。
「これでハルベルの守りは盤石だ。魔王の武、ヴァイスの部隊、ガルドの自衛団、セシリアの救護。──王国が再び攻めてきても、跳ね返せる」
みんなが頷いた。
ハルベルの守りは固まった。連邦の、対王国の最前線。ここを鉄壁にする。それが次の一手の、前提だった。
◇
「それでレイジ」
フィオナが口を開いた。
「守りを固める。それはわかりました。でも、あなたのことです。──守るだけの話じゃ、ないんでしょう?」
俺はフィオナを見た。付き合いが長い。俺の考えを見抜いている。
「ああ」
俺は頷いた。そして地図の、ハルベルのさらに向こうを指した。
「守るだけじゃ受け身だ。いつまでも王国の都合で攻められる。──こっちから攻勢に出る」
館の中が、しんと静まった。
みんなの目が地図に集まる。俺が指した、その先に。
◇
「要塞ヴェルグ」
俺はその名を告げた。
「王国の、対連邦の最前線だ。王国軍の攻撃拠点。ここから王国は、連邦へ兵を送り出してくる」
地図の上。ハルベルと王都の、ちょうど中間。堅牢な要塞が、そこに記されていた。
「このヴェルグを落とせば」
俺は続けた。
「その先は王都まで、ほとんど遮るものがない。──ヴェルグは王国にとって、王都を守る最後の砦だ。ここを取れば、連邦は王国の喉元に、刃を突きつけられる」
魔王が目を細めた。
「攻めの要か。──守りを俺に任せて、お前は攻めに出る、というわけだ」
◇
「ああ。だが」
俺は慎重に言った。
「ヴェルグは堅い。王国最前線の要塞だ。守りは相当なはずだ。しかも──」
俺は、ニックの斥候網が掴んだ報せを、思い返した。
「ヴェルグの守衛には、あのジークが就いたらしい。東の戦線で、フィオナが気絶させた、あの若い将軍だ。加えて、六人の高弟が、その指揮下にいる」
「六人の高弟……」
ニックが唸った。
「東の戦線で戦った、あの将軍格が六人も。しかも要塞に籠もってる。──こりゃ、簡単にはいかねえな」
◇
「だから、いきなり本気で攻めはしない」
俺は首を振った。
「まずは様子を見る。ヴェルグへ小規模な部隊で、威力偵察をかける。要塞の守りがどれほどか。ジークの指揮がどうか。六人の高弟の配置はどうか。──それを、この目で確かめる」
「威力偵察か」
ガルドが頷いた。
「いきなり全軍でぶつかって痛い目を見るより、まず相手の硬さを測る。賢明だな」
「ああ。ヴェルグは必ず落とす。だが、そのためには、まず敵を知る。──焦って突っ込めば、ハルベルの二の舞になりかねん」
ソラが、ハルベルの、と聞いて、わずかに目を伏せた。だがすぐに顔を上げた。
「わかった。今度は焦らない。──ちゃんと敵を知ってから、攻めるんだな」
◇
「メンバーは絞る」
俺は告げた。
「俺、ソラ、フィオナ、ニック。それに精鋭を少数。──小回りの利く編成で、ヴェルグに探りを入れる」
「私も行くんですね」
フィオナが少し嬉しそうに言った。この前、ソラばかり頼りにした、と拗ねていた。今度は最初から名前を呼んだ。
「ああ。お前の魔力は、偵察でも切り札になる。──頼りにしてる」
「ふふ。最初からそう言えばいいんです」
フィオナが機嫌よさそうに微笑んだ。
その隣で、ソラが天空の聖剣を握りしめた。
◇
「ハルベルは魔王たちに任せる」
俺は締めくくった。
「俺たちはヴェルグへ向かう。攻勢の第一歩だ。──守るだけの連邦は終わりだ。ここからは、こっちが王国を追い詰めていく」
みんなが頷いた。
館の外で、槌の音がまだ響いていた。かんっ、かんっ、と。ハルベルを立て直す音。灯を継ぐ音。
守れなかった街を取り戻し、守りを固め、そして攻めに出る。
連邦の新しい一歩が、ここから始まろうとしていた。




