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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

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第57話 焦りの刃(前編)

——ジーク視点

負けた。

その事実がジークの頭から離れなかった。

あの東の戦線。連邦の長、レイジ。剣も魔も使えぬFランクだと、そう聞いていた。だから侮った。後衛から叩けば、すぐ終わると。

なのに気づいたら、地に伏していた。

何をされたのか、わからなかった。目の前が白く弾けて、次に目を覚ました時には、味方に担がれ、撤退の最中だった。総合値三百。ヴィントと並ぶと言われた剣技の天才が、何もできずに沈められた。

「……ありえない」

ジークは拳を握りしめた。屈辱だった。

王都に戻ってから、事態はさらに悪くなった。

「ジーク。上層部が、お前の処罰を検討しているらしいぞ」

同輩の高弟が、こっそり耳打ちしてきた。

「なんだと?」

「東の戦線の敗北の責任だ。将軍が四人もいて退いた。陛下ではない。焦った文官どもが、誰かの首を差し出したがっている。真っ先にやられたお前が、槍玉に挙がってるんだ」

ジークの背筋に、冷たいものが走った。

処罰。

剣に生きてきた自分が、一度の敗北で。あのレイジという男のせいで、すべてを失うのか。

「……冗談じゃない」

功を挙げねばならない。挽回できる手柄を。それも、早く。

だが、連邦の本拠地、精霊の地は攻められなかった。

霧の回廊。霧の防壁。あの地は大軍を通さない。正面から攻める術がない。

では、どうする。

ジークは地図を睨んだ。そして、一つの案に行き当たった。

ハルベル。一月前に落とした、あの街。そこには連邦から奪った捕虜がいる。魔族の捕虜が。

「……そうだ」

ジークの口元が歪んだ。

「連邦は、魔族を仲間だと言っている。ならば、その魔族の捕虜を処刑すると触れ回れば、連中は必ず助けに来る。おびき寄せて、平野で叩く」

ジークは、その策を高弟たちに持ちかけた。

「捕虜を、処刑する? 魔族の?」

ヴィントの眉が険しくなった。

「連邦をおびき寄せるために、か。──ジーク。それは騎士のやることじゃない」

「なぜです」

ジークは食い下がった。

「相手は魔族ですよ。家畜だと陛下も仰っている。それを処分して、連邦を釣り出す。何がいけないんです」

「戦えぬ者を殺すからだ」

ヴィントの声は低かった。

「捕虜は、もう戦う力を持たない。それを餌にして殺すなど、騎士の恥だ」

「綺麗事です」

ジークは吐き捨てた。

「ヴィントさん。あなたは一度、ソラに退かされた。俺もレイジに沈められた。このままじゃ、俺たちは連邦に勝てない。勝つためには、使えるものは何でも使う。違いますか」

ヴィントは答えなかった。ただ苦い顔で、ジークを見ていた。

他の高弟たちも、微妙な顔をしていた。

「まあ……魔族だけなら」

一人がぽつりと言った。

「陛下も家畜と仰っているしな。人族の捕虜じゃない。それで連邦を釣れるなら」

その一言が、空気を決めた。

ヴィントはなおも渋い顔をしていた。だが、ジークの策は進み始めた。

ハルベルに、触れが回された。

「連邦から奪った魔族の捕虜を、三日後、公開処刑する」

その報はジークの狙い通り、連邦へと届いた。

そして連邦は動いた。

斥候の報告が入る。ミストリア軍、約三千。ハルベルへ向けて進軍中。

釣れた。ジークは笑った。

「かかったぞ。連邦の甘い連中め。魔族一匹のために、のこのこと」

王国軍は七千。合流した将軍四人も揃っている。数でも質でも、こちらが上。今度こそ手柄を立てる。あのレイジに負けた汚名を、そそぐ。

だがジークは、知らなかった。

その連邦軍の先頭に、一人の少年がいることを。

——レイジ視点

「捕虜を処刑する、だと」

俺は斥候の報告を聞いて、眉をひそめた。

「魔族の捕虜を餌にして、俺たちを釣り出すつもりか。見え透いた罠だな」

「どうする、レイジ」

ニックが聞いた。

「行くしかない。罠だとわかっていても、あそこには連邦の仲間がいる。魔族の捕虜だ。見殺しにはできない」

俺は地図を広げた。ハルベルの平野。七千の王国軍。対するこちらは三千。

「罠に乗る。だが、ただ乗るんじゃない。──こっちの盤面で乗る」

その時。

「兄貴」

ソラが前に出た。天空の聖剣を担いで。

「俺が、先に出る」

ソラはまっすぐ俺を見て言った。

「捕虜のところへ、一直線に行く。処刑を止める。魔族のみんなを守る。今の俺なら、できる」

俺はソラを見た。

天空の聖剣。守護結界。あの氷風撃を完全に防いだ、守る力。ソラなら、できる。捕虜を守り抜ける。前回、守れなかったソラは、もういない。

「ああ」

俺は頷いた。当たり前のように。

「行ってこい、ソラ。捕虜はお前が守れ。その隙に、ヴァイスたちが回収する。俺とフィオナは、本隊を抑える」

「任せろ!」

ソラが笑った。頼もしい笑顔だった。

そのやり取りを見ていたフィオナが。

つい、と俺の腕をつねった。

「いたっ!?」

俺は思わず声を上げた。

「えっと……フィオナ、さん……?」

「知りません」

フィオナは、ぷい、と顔を背けた。頬を少し膨らませて。

「……ソラばかり頼りにして。私だって、いるのに」

「あ、いや、フィオナは俺と一緒に、本隊を──」

「ふん」

どうやら、ソラを当たり前のように送り出したのが、気に入らなかったらしい。俺は慌てて言った。

「フィオナ。お前の魔法が、この戦の要だ。お前がいなきゃ、七千は抑えられない。頼りにしてる。一番」

「……最初から、そう言えばいいんです」

フィオナの機嫌が、少しだけ直った。

——ジーク

処刑の朝が来た。

ハルベルの平野に、王国軍七千が布陣した。その前方に、粗末な檻。中には魔族の捕虜が数十人。角のある者たちが、怯えた目でこちらを見ている。

「さあ、始めるぞ」

ジークは剣を抜いた。

連邦軍は平野の向こうに布陣している。三千。こちらの半分にも満たない。あの中に、レイジがいるはずだ。

「見ているか、連邦の連中。お前たちの大事な魔族が、どうなるか。まずは一匹」

ジークが檻に近づいた。捕虜の魔族が後ずさる。

剣を振り上げた。処刑を始める。連邦を挑発するために。奴らが慌てて突っ込んでくるように。

その瞬間。

平野の向こうから、一つの影が飛び出した。

速い。連邦の陣を離れ、まっすぐこちらへ。七千の王国軍の真ん中を、突っ切って。

「なっ……!?」

ジークが振り返った。

白い光を帯びた剣を担いだ、少年。その顔には、見覚えがありすぎた。稽古場で、何度も打ち合った、末の弟弟子。

「ソラ坊……!?」

なぜ、あいつがここに。ジークが、そう思った時にはもう、少年は間合いに飛び込んでいた。剣を掲げて。

「精霊解放──守護結界っ!」

刹那。

捕虜の檻を囲むように、白い光の壁が生まれた。半球状の、清らかな結界。ジークの剣が、その結界に阻まれる。

がぃん!

剣が弾かれた。処刑の刃が、届かない。

「なん……だと!?」

ジークは目を見開いた。

檻の魔族たちを、光の壁が守っている。何度剣を叩きつけても、びくともしない。

「この光は……! ソラ坊、貴様、こんな力を!」

ソラが結界の中心に降り立った。捕虜たちを背に庇って。剣を構えて。

「間に合った」

ソラがぽつりと言った。息を切らしながら。よく見れば、その身体は傷だらけだった。七千の軍勢を突っ切ってくる間に、無数の刃を浴びたのだろう。血を流している。

それでも、ソラは笑っていた。

「もう大丈夫だ。──俺が守るから」

ジークの背後で、ヴィントたち将軍が、その光景を見ていた。

七千の軍勢を、たった一人で突っ切ってきた少年。傷を負いながら、一直線に。ただ、魔族の捕虜を守るために。

ヴィントが、ゆっくりと歩み出た。ソラの持つ剣を、じっと見て。

「ソラ坊。その剣……」

以前の木剣ではなかった。白く輝く、立派な剣。ヴィントの目が、鋭くなった。

「とうとう、木剣を捨てたか。──殺す覚悟を、決めたのか。ソラ坊」

騎士としての問いだった。人を斬らぬ木剣を捨て、刃を持つ。それは覚悟の証。剣を握る者が、命を奪う覚悟をした証。

だが。

「違うよ!」

ソラは、あっけらかんと笑った。

「これは、守るための剣だ!」

ソラは、天空の聖剣を掲げて見せた。

「モーリスさんに誓ったんだ。もう誰も失わないって。──この剣はな、誰も殺さない。刃だって、ないんだぜ」

刃のない、白い剣。それを、ソラは得意げに、ヴィントに見せつけた。

「言っとくけどな、ヴィント。前の木剣が、これになったんだ! すげえだろ! 進化したんだぜ!」

ヴィントは、しばらく、その剣を見ていた。

それから、ふっと、笑った。

「……やはり、規格外だな。お前は」

弟の成長を認める、兄の笑みだった。かつて稽古で、何度も地面に這わせた甘えん坊が。今や、木剣を聖剣に変えて、仲間を守って立っている。ヴィントの目に、確かな、感嘆があった。

その傍らで、ジークだけが、取り残されていた。

二人の間に流れる、穏やかな空気に。ついていけずに。

「な、何を……何を笑ってるんですか、ヴィントさん! 敵ですよ、そいつは! 処刑を、妨害されたんですよ!」

「ジーク」

ヴィントが、静かに言った。もう、笑ってはいなかった。

「見ただろう。あの少年を。七千の中を、単身で突っ切ってきた。ただ、戦えぬ捕虜を、守るために。──あれが、騎士だ。お前が、餌にしようとした、その捕虜を、命がけで守る。あれこそが、騎士の姿だ」

ジークが、たじろいだ。

「そ、そんな……! 俺は、ただ、手柄を──」

「わかっている」

ヴィントの声は、どこか、哀れむようだった。

「お前は、焦っていた。処罰を恐れて。──だが、そのために、選んではならぬ道を、選んだ」

平野に、緊張が走った。

七千と三千。処刑を止めたソラ。焦るジーク。そして、何かを決意したヴィント。

ソラは、結界の中で、捕虜を守りながら、ヴィントを見た。

「ヴィント。俺は、この人たちを、絶対に渡さない。ハルベルも、取り返す。──モーリスさんが、命をかけて守った街だ」

「モーリス……ハルベルの、老領主か」

ヴィントの顔が、わずかに、曇った。あの陥落の日。最後まで、連邦の若者を逃がすために、突っ込んできた、老いた領主。その覚悟を、ヴィントも、見ていた。

「……そうか。あの男の名を、背負ってきたか」

ヴィントは、剣を、握り直した。

戦の火蓋が、切られようとしていた。だが、その刃は

──ジークの思惑とは、別の方向へ、向き始めていた。

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