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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

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第56話 天空の剣

——ソラ

レイジたちが戻ってきたのは、ハルベルが落ちた翌日だった。

東の戦線は、完勝だったという。将軍が四人いても、レイジの盤面がそれを捌いた。ほとんど犠牲を出さずに。

ソラはその報せを聞いて、うつむいた。

同じ四人の将軍。同じ二千の兵。同じ五千の敵。なのにレイジは勝ち、自分は負けた。ハルベルを失った。モーリスを、ロランを、多くの仲間を失った。

何が、違ったんだろう。

「ソラ」

レイジがソラのところへ来た。

「聞いた。ハルベルのこと。──よく、みんなを逃がしてくれた」

「……逃がしただけだよ」

ソラは木剣を握りしめた。

「守れなかった。モーリスさんも、ロランさんも。俺が弱かったから」

「ソラ」

「なあ、兄貴」

ソラは顔を上げた。その目に、暗い問いが宿っていた。

「兄貴と、俺。何が違うんだ。同じ将軍四人が相手だった。同じ数の敵だった。なのに兄貴は勝って、俺は負けた。──俺の、何が足りなかったんだ」

レイジはすぐには答えなかった。

しばらくソラを見つめて、それから静かに言った。

「言葉で言っても、たぶんお前には届かない。──手合わせ、するか」

「手合わせ?」

「ああ。お前のその問いの答えは、俺が教えるものじゃない。お前が自分で掴むものだ。──全力で来い」

ソラの胸が揺れた。

全力で。兄貴が、そう言った。ずっと憧れてきた兄貴。盤面でみんなを導いてきた兄貴。その全力とぶつかれば、何か掴めるかもしれない。

「……頼む。兄貴、全力で来てくれ」

「ああ」

連邦の訓練場。

ソラとレイジが向かい合った。少し離れて、フィオナとセシリアが控えている。

「セシリア。祝福を頼む」

「はい」

セシリアの祝福がレイジを包んだ。三割の底上げ。だがソラには、祝福はかけられなかった。

「兄貴。俺には祝福、なしか」

「ああ。──お前は素のままで来い。それが、お前の本当の力だ」

ソラは頷いた。素の四百。祝福もなし。木剣一本。

対するレイジは全解放だった。素の九十七が、剣霊の加護、自己強化、聖剣、そして祝福で、四百十二へ。ソラを超える数値。

「行くぞ、ソラ」

レイジが聖剣を抜いた。

「おう!」

ソラが木剣で突っ込んだ。

がぁん!

二人の剣がぶつかる。ソラの四百。レイジの四百十二。数値は僅かにレイジが上。だがソラは押した。力なら、まだいける。

「兄貴! まだまだっ!」

ソラは木剣を振るった。がぎん、がぎん、と剣戟が続く。渾身の一撃を、レイジが聖剣で受ける。

だが、レイジは慌てなかった。ソラの剣をすべて読んでいた。腕輪の視界。ミサンガの聴覚。ソラの大振りの癖を。

「──精霊解放」

レイジの聖剣が、赤く燃え上がった。

「なっ……剣が、燃えた!?」

ソラは目を見開いた。そんな技、初めて見た。レイジは、こんな力まで隠していたのか。

炎の精霊。ソラの木剣を受け止めながら、レイジは炎を纏った。ごぉっ、と熱がソラを押し返す。

「うっ……!」

ソラがたじろぐ。その隙に、レイジの聖剣が属性を切り替えた。今度は薄緑の風。

「速い……!」

ソラは必死に木剣で追う。だがレイジの剣は、属性を自在に変えながら、ソラを翻弄した。炎で押し返し、風でいなし、氷で足を止める。

力ではソラが上。だがレイジの多彩な精霊解放が、その差を埋めていた。いや、超えていた。

「フィオナ!」

レイジが叫んだ。

「はい!」

フィオナが指先を、レイジの聖剣に向けた。

「【氷結】!」

フィオナの氷が、風を纏ったレイジの聖剣に吸い込まれる。刀身に、氷と風が渦を巻く。

「なんだ、あれ……!」

ソラは、目を疑った。フィオナの魔法が、レイジの剣に、宿っていく。二つの力が、一つになって、暴風の刃となる。

「精霊合わせ──氷風撃!」

レイジがその刃を、ソラに叩きつけた。

ごぉぉぉっ!!

氷の礫を孕んだ暴風が、ソラを飲み込んだ。

「ぐぁっ……!?」

ソラの身体が吹き飛んだ。木剣を握ったまま。訓練場の地面を転がる。

初めて見る、二人の合わせ技。その威力は、桁違いだった。ソラの四百の身体でも、まともに受ければ、ひとたまりもなかった。

「……あ、が……」

ソラの意識が、遠のいた。

視界が暗く霞んでいく。力が入らない。木剣を握る手も緩んでいく。──気絶。その寸前だった。

守れなかった。負けた。手合わせでも、兄貴に届かない。俺はやっぱり、弱いんだ。

暗い諦めが、ソラの心を飲み込もうとした。

その時。

薄れゆく意識の中で。

ソラの心に、あの声が響いた。

『──ソラよ』

モーリスの声だった。精霊が届けてくれた、あの最期の言葉。

『私の心は、救われた。お前たちに、救われた。ありがとう』

ソラの胸が、熱くなった。

そうだ。俺は。守れなかったけど。──モーリスさんの心は、救えたんだ。俺たちが灯した灯が、あの人の最後の日々を、照らしたんだ。

俺の剣は。この木剣は。殺せない。でも。

(守るためなんだ)

ソラは木剣を握りしめた。薄れゆく意識の中で。それでも、その一点だけは、はっきりしていた。

俺は、殺すために剣を握ってるんじゃない。守るために握ってるんだ。

モーリスさんを。ロランさんを。第一部隊のみんなを。ハルベルの街を。守りたいんだ。もう二度と、失いたくない。

その想いが。

ソラの木剣に宿る精霊に、届いた。

木剣が、光った。

淡い光ではなかった。目も眩むような、白い光。

『……これは』

精霊の声が、驚いていた。

『ソラ。お前の想いが。守りたいという、その一途な想いが。──僕を、変える』

声が、変わっていく。低く古びた響きから、澄んだ、少年のような声へ。

『応えるよ、ソラ。お前のその願いに。僕は、生まれ変わる』

光が強くなる。木剣の形が変わっていく。

遠のいていたソラの意識が、引き戻された。目を開ける。自分の手の中で、木剣が光り、姿を変えていくのを見た。

離れた場所で、レイジの聖剣が震えた。

その中の剣霊が、驚愕の声を上げた。

『馬鹿な……こんなに早く。無属性の精霊が、聖霊へと進化するとは』

剣霊の、賢者めいた声が揺れていた。

『聖霊への進化は、幾百年もの時を要するもの。それを、この短さで。──あの少年の想いの強さが、時を飛び越えたか』

「ハハッ!やっぱりお前は可能性を超えていく!!」

光が収まっていく。

ソラの手の中にあったのは、もう木剣ではなかった。

白く輝く、剣だった。

刃はない。木剣と同じ。誰も傷つけない、優しい形。だがその全身から、清らかな光があふれていた。

『やあ、ソラ』

新たな声が、ソラの心に響いた。明るく、まっすぐな、少年の声だった。

『僕は、天空の聖霊。無属性だった僕が、お前の想いで生まれ変わったんだ。──よろしくね、相棒』

ソラは、その剣を見つめた。

「聖霊……お前が?」

『うん。前は、ただの無属性だったけど。お前の「守りたい」って気持ちが、僕を目覚めさせてくれた。だから、僕の力も、そのための力だよ』

「僕の力は──守る力」

天空の聖霊が、弾んだ声で言った。

『傷ついた人や、守るべき人を、守護する結界の力。刃はない。誰も殺さない。その代わり、みんなを守れる。お前が、望んだ力だろ?』

「守る……結界」

『そう! 敵を斬るんじゃなくて、大事な人を守るんだ。ソラにぴったりの力でしょ』

ソラの胸が、熱くなった。

そうだ。これでいいんだ。殺す覚悟なんて、要らなかった。守る力さえ、あればいい。

『それにね』

聖霊が、続けた。

『相棒も、精霊解放が使えるよ。あのレイジって人と、同じように。僕の力を、引き出せるんだ』

ソラは、立ち上がった。

もう意識は、朦朧としていなかった。氷風撃の傷も、痛みも、忘れていた。ただ、手の中の天空の聖剣を、見つめていた。

「あ…兄貴と、同じ……精霊解放?」

『やってみる? ちょうど──また、来るみたいだよ』

聖霊が、楽しげに言った。

ソラが顔を上げると、レイジとフィオナが、再び構えていた。レイジの聖剣に、風が纏う。フィオナの指先に、氷が生まれる。

「ソラ」

レイジが、静かに言った。

「もう一度だ。──今のお前なら、どうする」

「もう!知りませんからね。」

フィオナの氷が、レイジの聖剣に吸い込まれた。

「精霊合わせ──氷風撃!」

再び、暴風の刃が、ソラに迫る。さっき、ソラを気絶させかけた、あの一撃。

だが、ソラは、逃げなかった。

天空の聖剣を、両手で、握りしめる。そして、あの技を、呼んだ。生まれて初めて。だが、迷いはなかった。

「精霊解放──!」

天空の聖剣が、白く輝いた。ソラの前に、光の壁が、生まれる。半球状の、清らかな結界。

「守護結界っ!」

氷風撃が、その結界に、激突した。

ずがぁぁん!!

暴風と氷の礫が、光の結界に、叩きつけられる。

だが、結界は、揺るがなかった。ソラを守る、光の壁。さっきは、まともに受けて、気絶しかけた、あの一撃を。今は、完全に、防いでいた。

暴風が、結界の表面を、滑り、散っていく。氷の礫が、弾かれ、四方へ、こぼれ落ちる。

そして、風が、止んだ。

結界の中で、ソラは、無傷で、立っていた。天空の聖剣を、握りしめて。

「……防いだ」

フィオナが、目を見張った。

「あの氷風撃を。──真正面から、完全に」

セシリアも、唖然としていた。

レイジだけが、静かに、笑っていた。聖剣を下ろして。まるで、こうなることを、信じていたかのように。

「ソラ」

「兄貴……!」

ソラは、天空の聖剣を、見つめた。それから、レイジを、見た。

「俺、わかったよ。俺の剣は、これで、よかったんだ。殺す覚悟なんて、要らなかった。──守る力が、あればいいんだ」

「気づいたか」

レイジが、頷いた。

「お前と、俺の違いを、聞いたな」

レイジが、静かに言った。

「違いなんて、ない。お前は、お前のやり方で、みんなを守ればいい。俺は盤面で。お前は、その剣で」

「兄貴……」

「お前は迷ってた。守るために、殺す覚悟が要るんじゃないかと。──だが、お前は、自分で答えを掴んだ。殺す覚悟じゃない。守り抜く力だ。それが、お前の答えだ」

ソラの目から、涙があふれた。

全力でぶつかった。兄貴に憧れて、追いかけて。そして兄貴は、その全力で応えてくれた。ソラを極限まで追い込んで。ソラ自身に、答えを掴ませるために。

「兄貴と、手合わせしたら。憧れて、全力でぶつかったら。──答えて、くれた」

ソラは、涙を拭って、笑った。

『よかったね、ソラ』

天空の聖霊が、優しく言った。

『これで、お前は、みんなを守れる。もう、あの日みたいに、悔しい思いは、しなくていい』

「ああ」

ソラは、天空の聖剣を、掲げた。空を、見上げて。ハルベルの、方角の空を。

「モーリスさん」

ソラは、誓った。

「見ててくれ。俺、強くなった。もう、迷わない。この剣で、みんなを守る。もう二度と、誰も失わない」

風が、吹いた。ソラの頬を撫でて。まるで、応えるように。天空の聖剣が、淡く光った。

「ハルベルを、取り返す。あんたが命をかけて守ろうとした、あの街を。あんたが託してくれた、人と魔族の未来を。──俺が、必ず」

ソラの目に、もう迷いはなかった。

守れなかった、あの日。

だが、その痛みが、ソラを次の段階へ押し上げた。天空の聖剣とともに。守り抜く力を、手にして。

「行こうぜ、相棒」

ソラが、天空の聖霊に、語りかけた。

『うん! いつでも、いいよ!』

聖霊の、弾んだ声が、応える。

ソラは、レイジを、振り返った。もう、うつむいていた少年は、いなかった。そこにいたのは、守る力を得た、一人の戦士だった。

「兄貴。──ハルベル、取り返しに行こう。みんなで」

「ああ」

レイジが、頷いた。


「盤面は、俺が組む。──お前は、その剣で、みんなを守れ」

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