↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
56/77

第54話 落ちる灯火(前編)

——ソラ

王国軍が現れたのは、朝靄の残る時刻だった。

ソラは城壁の上から、その軍勢を見下ろした。黒い波が、地平を埋めている。五千。ハルベル攻防戦の時と、同じ数だ。

だが、違うものがあった。

先頭に、四つの影が立っている。銀の鎧。ひときわ研ぎ澄まされた気配。ソラには、それが誰か、すぐにわかった。

「……ヴィント」

一人は、間違いない。前に一度、剣を交えた兄弟子だ。

その隣に、大柄な男。両手に戦斧を提げている。ディートリヒ。豪快で、力自慢の兄弟子。稽古のあと、いつも飯を奢ってくれた。

細身の剣士は、ラインハルト。剣技の切れなら、高弟でも一、二を争う。

そして、長身の槍使い。ゴドウィン。無口で、めったに笑わない。でも、ソラが転ぶたび、黙って手を差し伸べてくれた。

四人とも、ソラが世話になった、先生の弟子仲間だった。

「みんな……なんで」

ソラの声が掠れた。

木剣を握る手に、力がこもる。かつて共に汗を流した兄弟子たち。その全員が、今、敵として、ハルベルに牙を剥いている。

「ソラ坊」

城壁の下から、ヴィントの声が響いた。よく通る、静かな声だった。

「久しいな。──今日は、稽古じゃない」

「ヴィント……!」

「このハルベルを、王国が取り返す。連邦の、最初の灯だそうだな。ここを落とせば、お前たちの心臓に、刃が届く」

ヴィントが剣を抜いた。

「悪いが、手加減はできん。お前を、抑えに来た」

ソラの隣に、仲間たちが並んだ。

ヴァイス。魔族の若手筆頭だ。この一年で、見違えるほど強くなった。大剣を担いで、不敵に笑っている。

クレイ。ローゼンの若い領主。剣と、知恵の両方を持つ。実戦は、これが初めてに近い。だが、その目に、怯みはなかった。

リル。薬草園の少女は、今や連邦の魔術師だ。この半年で、Bランクに手が届くまで腕を上げた。水の魔法で、攻撃と支援をこなす。

そして、その後ろに。

ソラの第一部隊が、控えていた。

第一部隊。

ソラが、自ら鍛えた、若い自衛団だ。人族と、魔族が、半分ずつ。角のある者と、ない者が、肩を並べている。ミストリアで生まれた、初めての混成部隊だった。

みんな、若かった。まだ十代の者も、多い。だが、その目は、輝いていた。

「ソラ隊長!」

一人の若者が、声を上げた。人族の少年だ。

「俺たち、隊長についていきます! ハルベルを、守りましょう!」

「おう!」

魔族の少女も、続いた。

ソラは、その顔を、一人ずつ、見た。みんな、ソラを慕って、集まった若者たちだった。人も、魔族も、関係なく。ただ、ソラみたいに、なりたくて。

ミストリアの、希望だった。

「モーリスさん!」

ソラは、城門の内を、振り返った。

そこに、モーリスの率いる、ハルベル軍五百がいた。側近のロランが、実働を指揮する。老いた領主は、剣を提げ、まっすぐ、前を見ていた。

「ソラ殿。この街は、私の街だ。何があっても、守り抜く」

「はい! 一緒に、守りましょう!」

連邦側の兵は、合わせて二千。

数では、二倍以上の差があった。だが、ソラの胸に、負ける気は、なかった。ここには、守りたいものが、たくさんある。それだけで、力が湧いた。

「ソラ」

ヴァイスが、静かに言った。

「あの四人、お前の知り合いか」

「……ああ。先生の、弟子仲間だ。俺の、兄貴分たちだよ」

「やりにくいな」

「ああ。でも、ここは渡せねえ」

ソラは、木剣を担ぎ直した。そして、第一部隊を、振り返った。

「みんな! ハルベルは、俺たちが最初に灯を点した街だ! モーリスさんも、街のみんなもいる! ──守るぞ! 第一部隊、行くぞ!」

「おおおっ!」

若者たちが、雄叫びを上げた。人族も、魔族も。声を、揃えて。

その声を聞きながら、ソラは、木剣を、握りしめた。

王国軍が、動いた。

五千の兵が、喊声とともに、城壁へ押し寄せる。だが、その動きは、ハルベル攻防戦の時とは、まるで違った。

統率が、取れている。

無秩序な突撃ではない。整然とした、組織的な波状攻撃だった。前列が攻め、下がり、次の列が攻める。将軍たちが、隅々まで、指揮を行き渡らせている。

「……前と、違う」

ヴァイスが、呻いた。

「あの支部長の時は、烏合の衆だった。だが、これは、軍だ。本物の、軍隊だ」

城壁の上で、ハルベル軍が応戦する。ロランが、必死に、下知を飛ばす。だが、王国軍の圧は、じわじわと、増していく。数と、組織の力だった。

クレイが、剣を抜いた。初陣の緊張を、噛み殺しながら。

「……落ち着け。相手は数が多いが、城壁がある。守りに徹すれば、崩れない。ロラン殿、右翼に兵を回してください!」

若い領主の指示は、的確だった。実戦は初めてでも、その知恵は、本物だった。

「ソラ坊。お前の相手は、俺だ」

ヴィントが、城壁を駆け上がってきた。

その隣に、戦斧のディートリヒ。二人で、まっすぐ、ソラに迫る。

「ディートリヒまで……!」

「悪いなあ、ソラ坊」

ディートリヒが、豪快に笑った。だが、その目は、笑っていない。

「お前が強くなったってのは、ヴィントから聞いた。だからこそ、二人がかりだ。──恨むなよ」

ソラは、木剣を構えた。今、僧侶の祝福が、身体を包んでいる。連邦の回復役が、かけてくれた、一割の底上げだ。素の四百が、四百四十へ。

だが。

ヴィントと、ディートリヒ。二人がかりの将軍を前に、ソラは、初めて、背筋に、寒いものを感じた。

二人が、同時に、斬りかかってきた。

がぁん!

ソラは、木剣で、ヴィントの剣を受けた。だが、その瞬間、横から、ディートリヒの戦斧が迫る。

「くっ……!」

かろうじて、身を捻って避ける。だが、体勢が崩れた。そこへ、ヴィントの次の一撃。

ソラは、力では、二人を上回っている。四百四十の膂力は、ヴィントにも、ディートリヒにも勝る。

だが、二人がかりだと、話が違った。

一人を受ければ、もう一人が、死角を突く。ヴィントと、ディートリヒの連携は、稽古で嫌というほど、見てきた。息が、合っている。ソラが力で押し返そうとするたび、二人は、巧みに、力を、受け流した。

「速いな、ソラ坊。だが──」

ヴィントが、冷静に言った。

「力任せだ。まだ、そこは、変わってない」

ソラが、ヴィントとディートリヒに、釘付けにされている間。

戦線が、崩れ始めていた。

「ヴァイス! 右翼が、押されてる!」

クレイが、叫んだ。

第一部隊の若者たちが、王国の精鋭に、削られていく。ヴァイスが、大剣を振るって、必死に食い止める。だが、数が、違いすぎた。一人を倒しても、二人、三人と、湧いてくる。

「ちっ……きりがねえ!」

そこへ、細身の剣士が、躍り込んできた。

ラインハルト。

「魔族の若造か。──俺の稽古台には、ちょうどいい」

ラインハルトの剣が、閃いた。ヴァイスが、辛うじて受ける。だが、その一撃は、重かった。将軍の剣だ。ヴァイスの膂力でも、受けるのが、精一杯だった。

リルは、後方で、必死に、魔法を紡いでいた。

「【水癒】! みんな、下がって! 傷を、癒すから!」

Bランクに届く魔力で、負傷した若者を、水の魔法で、癒していく。だが、追いつかない。倒れる者の方が、多かった。

「【水流の刃】!」

攻撃魔法も、放つ。だが、リル一人の火力では、五千の軍勢は、止められない。フィオナのような、桁違いの魔力は、リルには、まだ、ない。

「クレイ……!」

リルは、前線のクレイを、見た。

クレイは、ハルベル軍を、まとめ、必死に、指揮を執っていた。剣を振るいながら、退く場所、守る場所を、的確に、指示する。初陣とは思えない、いい指揮官だった。

だが、そのクレイの顔にも、焦りが、滲んでいた。

「押される……!」

クレイが、呻いた。

「数が、違いすぎる。組織も、向こうが上だ。このままじゃ──」

ずしん、と、地面が揺れた。

長身の槍使いが、前線に、現れた。

ゴドウィン。無口な、槍の名手。その槍が、ひと薙ぎするたび、連邦の兵が、数人まとめて、宙を舞う。

「な……あの槍、化け物か!」

クレイが、目を見開いた。

ゴドウィンは、何も言わなかった。ただ、淡々と、槍を振るう。その一撃、一撃が、確実に、連邦の戦線を、削っていく。

将軍四人。そのすべてが、連邦の急所を、正確に、突いていた。

城壁の上で、ソラは、なおも、ヴィントとディートリヒと、打ち合っていた。

がぎん、がぁん、と、剣戟が響く。

ソラは、押されていた。力は勝っても、二人の連携を、崩せない。木剣が、二人の斬撃を、受けるだけで、精一杯だった。反撃に、転じられない。

「ヴィント……くそっ、なんで、こんなに……!」

「言っただろう」

ヴィントが、静かに言った。

「戦は、個の武だけじゃ、決まらない。数と、連携と、作戦だ。──お前一人が、いくら強くても。仲間が、崩れれば、終わりだ」

ソラは、はっとして、戦場を見た。

ヴァイスが、ラインハルトに、押されている。クレイの、ハルベル軍が、ゴドウィンの槍に、崩されている。第一部隊の若者たちが、次々と、倒れていく。リルの回復が、追いつかない。

「そんな……!」

ソラの顔から、血の気が引いた。

自分は、ヴィントとディートリヒに、抑えられて、動けない。仲間を、助けに行けない。その間に、戦線が、崩れていく。

これが、ヴィントの、狙いだった。

ソラを、二人がかりで、釘付けにする。その間に、残る二人が、戦線を崩す。ソラという、連邦最強の個を、封じてしまえば。あとは、数と、組織で、押し切れる。

「気づいたか」

ヴィントが、剣を振るいながら、言った。

「お前を抑えるためだけに、俺は、ディートリヒと組んだ。お前が動けなければ、連邦は崩れる。──悪いな、ソラ坊。お前の強さが、お前の枷になる」

「うぉぉぉっ!」

ソラは、力を振り絞って、二人を、押し返そうとした。

四百四十の膂力が、爆発する。ヴィントと、ディートリヒが、一瞬、たじろいだ。

「させるか!」

だが、二人は、すぐに、体勢を立て直した。ヴィントが、ソラの木剣を受け流し、ディートリヒが、その隙に、戦斧を叩き込む。

ソラの脇腹に、斧の腹が、めり込んだ。

「がはっ……!」

ソラが、城壁の上を、転がった。木剣を、握ったまま。かろうじて、立ち上がる。だが、脇腹が、熱い。ディートリヒの一撃は、重かった。

「ソラ坊。もう、やめとけ」

ディートリヒが、静かに言った。

「お前一人じゃ、この戦は、ひっくり返せねえ。──退けば、命だけは、助かるぞ」

ソラは、荒い息を吐きながら、立ち上がった。

脇腹を、押さえて。それでも、木剣を、離さなかった。

「……退かねえ」

「ソラ坊」

「退けるかよ! ここには、モーリスさんも、街のみんなも、第一部隊のみんなも、いるんだ! 逃げたら、その人たちは、どうなる!」

ソラは、まっすぐ、ヴィントを睨んだ。

「守るって、決めたんだ! 兄貴と! みんなと! ハルベルは、俺たちの、原点なんだよ!」

その叫びを、ヴィントは、静かに、聞いていた。

そして、剣を、構え直した。

「……その優しさが」

ヴィントの声は、どこか、哀しげだった。

「お前の、一番の強さで。一番の、弱さだ。──それを、俺は、利用している」

戦況は、刻一刻と、悪化していった。

連邦の戦線は、じりじりと、後退していく。ヴァイスは、傷だらけになりながら、なお、剣を振るう。クレイは、ハルベル軍を、必死に、まとめる。リルは、声を枯らして、水の魔法を、唱え続ける。第一部隊の若者たちは、倒れても、倒れても、立ち上がった。ソラを、信じて。

だが、王国軍の圧は、止まらなかった。

数。組織。将軍の武。そのすべてが、連邦を、上回っていた。

城壁の一角が、破られた。王国兵が、城内へ、雪崩れ込む。

「城壁が、破られたぞ!」

ロランが、叫んだ。

「街に……街に、敵が、入ってくる!」

ソラは、ヴィントとディートリヒに、抑えられたまま、その光景を、見ていた。

守ると誓った街に。敵が、なだれ込んでいく。

「ソラ坊」

ヴィントが、言った。剣を、交えながら。

「もう、わかっただろう。この戦は、お前たちの負けだ。──ハルベルは、落ちる」

ソラの目が、揺れた。

城壁の内側で、街が、蹂躙され始めている。モーリスの、ハルベル軍が、必死に、食い止めようとする。だが、王国軍の勢いは、止まらない。

炎が、上がり始めた。

街の、あちこちで。王国兵が、放った火が。

ソラの、守りたかったものが。灯そうとした、灯りが。──今、別の炎に、焼かれようとしていた。

「うぉぉぉぉっ!」

ソラは、絶叫した。

だが、その叫びも。ヴィントと、ディートリヒの、二人がかりの前には。届かなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。