↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
51/77

第49話 魔族と人族

ハルベルを守り抜いてから、三日が過ぎた。

連邦の広場は、まだ勝利の熱が冷めやらなかった。凱旋した自衛団を、街の民が人族も魔族も入り混じって迎えた。ヴァイスは魔族の若者たちに囲まれ、武勇伝をせがまれてまんざらでもない顔をしている。ニックは酒場で、負傷者を一人残らず運び切った話を得意げに語っていた。

俺は執務室の窓から、その光景を見ていた。

「勝ったんですね。本当に」

隣でフィオナが言った。ハルベルで共に戦い、ギルドの精鋭を捌ききった彼女も、ようやく肩の力を抜いていた。

「ああ。ハルベルは守り切った。これで次が動く」

「次?」

「ドミノだ。一つ倒れれば、次が倒れる。ハルベルが王国の討伐を跳ね返した。その報せは、もうあちこちの領に届いてる」

俺は街の灯を見た。

「王国に不満を持つ領は多い。だが、みんな恐くて動けなかった。ハルベルが動けることを証明した。次は、もっと楽になる」

その次のドミノは、思いがけないところから転がり始めた。

ソラは、その日も街の見回りをしていた。

連邦の自衛団の隊長。とは言っても、ソラの見回りは、街の子供と遊んだり揉め事の仲裁をしたりという、のんびりしたものだ。木剣を担いで街をぶらぶら歩く。それがソラの日課だった。

街外れの小さな薬草園。そこで一人の魔族の少女が、薬草の手入れをしていた。

リル。歳は二十歳くらい。魔族にしては小柄で、頭の左右に小さな巻き角が生えている。薬草の魔力を見分ける目を買われて、連邦の薬草園を任されていた。魔術師としてもCランク上位の腕を持つ。

「よぉ、リル! 精が出るな!」

ソラが手を振った。

リルは少し身を強張らせた。それから小さく頭を下げた。

「……ソラさん。お疲れ様、です」

二年前、リルがこの街に来た頃、彼女は人族を極端に恐れていた。目も合わせず、話しかけられると身を縮めた。それが少しずつ変わってきた。特にソラには、いくらか気を許すようになっていた。

「調子どうだ、薬草」

ソラが園の柵に寄りかかって聞いた。

「……ええ。よく育っています」

リルは手を動かしながら、ぽつぽつと答えた。

ソラはこういう時、無理に距離を詰めない。ただそばにいて、とりとめのない話をする。天気のこと、街のこと、昨日食った飯のこと。リルが人族を恐れなくなったのは、たぶんソラのこういうところが大きかった。

裏表がない。魔族だからと身構えることもない。ただリルをリルとして扱う。それだけ。

「なあ、ハルベルの話、聞いたか?」

ソラが言った。

「王国の軍が千人も来たんだけどさ。俺たちが守り切ったんだ。ハルベルの領主も、連邦についてくれた」

リルの手が止まった。

「……守り、切った?」

「おう。誰も死なせなかったぜ。王国の兵も、なるべく殺さないようにな」

リルはしばらく黙っていた。それから、消え入りそうな声で聞いた。

「……連邦は。王国の領の中まで、手を伸ばせるんですか」

「ん? まあ、ハルベルは守れたな。なんでだ?」

リルの手が、微かに震えていた。

「……ソラさん」

リルが薬草から手を離した。そして意を決したように顔を上げた。

「一つ、聞いてほしいことがあるんです。ずっと誰にも言えなかったこと」

「おう。なんだ?」

ソラは柵に寄りかかったまま、いつもの調子で答えた。

リルは深く息を吸った。二年間、胸の奥にしまい込んできたもの。それを今、初めて口にする。

「私、この街に来る前、冒険者をしてたんです。魔族だって隠して」

「へえ、冒険者。道理で魔術がうまいわけだ」

「……八年前」

リルの声が掠れた。

「私の故郷が襲われました。私たち魔族は、人族に見つからないように山の奥に隠れて暮らしていた。誰にも迷惑をかけないように、ひっそりと。なのにある日、人族の兵が来て」

彼女の拳が握りしめられた。

「両親を殺されました。私の目の前で。──『討伐』だと言って」

ソラのいつものへらへらした顔が、すっと真顔になった。

「……その兵は。誰の命令で来たか、わかるか」

「ええ」

リルは頷いた。

「ローゼン領の領主、バルトス。あの男が命じたんです。魔族を殺せと。私たちの隠れ里を襲えと」

「ローゼン領……」

「私だけ逃げ延びました。両親が私を逃がして。それから私は、魔族だと隠して冒険者になった。生きるために。そして」

リルの目に、暗い光が宿った。

「復讐をするために」

ソラは黙って聞いていた。

「冒険者を続けるうちに、腕は上がりました。Cランクまで行きました。そして調べたんです。バルトスのこと。どうやって近づくか。どうやって──殺すか」

リルの声が震えた。

「そのうちに知りました。バルトスには息子がいると。クレイという名の」

彼女の目が遠くを見た。

「その名前を聞いて、思い出したんです。もっと小さい頃、私、その子と遊んでたことを」

「遊んでた? 領主の息子と?」

「ええ。まだ隠れ里に来る前です。近くの森で、人族の男の子とこっそり遊んでいました。親に見つかると叱られるから、遠くの森で二人だけで」

リルの口元に、微かな苦い笑みが浮かんだ。

「その子はいつも言ってました。『なんで魔族と遊んじゃだめなんだろう』って。『リルはいい子なのに』って。──あの子がクレイでした」

「私、復讐にあの子を利用しようと思ったんです」

リルの声が低くなった。

「昔のよしみで近づけば、バルトスの屋敷に入り込める。息子を通じて、あの男に近づける。そう考えて、クレイのことを調べ始めました」

ソラは何も言わずに聞いている。

「でも、調べてわかったんです。クレイは八年前から、屋敷に軟禁されていました」

「軟禁?」

「はい。監視をつけられて、領の外にも出られず。ずっと屋敷に閉じ込められて。──理由を知って、私、動けなくなりました」

「バルトスは、クレイにこう言ったそうです」

リルの声が掠れた。

「『お前が遊んでいた家畜は始末した』と。私たちの血の付いた遺品を見せて。『お前はこの私の高貴な血を受け継いでいる。あのような家畜と戯れるなど、あってはならん』と」

ソラの拳が握られた。

「クレイは、私が殺されたと思っています。両親と一緒に。あの男にそう見せられて。それから八年、あの子は私と両親の仇を討つために、軟禁されながら密かに剣を鍛えているそうです」

リルの目から、涙がこぼれた。

「私、それを知って……復讐ができなくなりました」

「クレイも、被害者だったんです」

リルは涙を拭いながら言った。

「あの子は何も悪くない。ただ私と遊んでいただけ。それだけで八年も閉じ込められて、私が死んだと思い込まされて。なのに私は、そのクレイを復讐の道具にしようとした」

彼女はうつむいた。

「ある夜、ふと目が覚めたんです。私、何をしてるんだろうって。両親はこんなこと望んでない。私が憎しみで誰かを利用して、誰かを殺して。そんな姿を両親が見たら、悲しむだけだって」

リルは顔を上げた。

「だから全部捨てました。復讐も、冒険者も。そして噂に聞いたこの街に来たんです。人族と魔族が一緒に暮らせる街があるって。ここでなら、憎しみを手放せる気がして」

ソラはしばらく黙っていた。

そして静かに言った。

「……よく捨てたな。復讐」

「え?」

「俺も昔、危なかったんだ」

ソラは木剣を担ぎ直した。

「操られて、魔族を殺しかけた。憎しみに呑まれかけた。あのまま行ってたら、取り返しのつかないことをしてた。兄貴に止めてもらえなきゃな」

彼は遠くを見た。

「憎しみって楽なんだよ。誰かのせいにすれば、すっきりする。でも、それに呑まれたら、もう戻れねえ。──お前は、自分でそこから抜け出した。すげえよ、リル」

リルの目が、また潤んだ。

「ソラ、さん……」

「で」

ソラがリルをまっすぐ見た。

「そのクレイを、助けたいんだな」

リルはしばらくためらった。

そして深く頭を下げた。

「厚かましいお願いだって、わかってます。クレイは人族です。領主の息子です。私たちには関係ないって言われても仕方ない。でも」

彼女の声が震えた。

「あの子は私のせいで、八年も閉じ込められてる。私が生きてるって知らないまま、仇を討とうと、たった一人で剣を鍛えてる。もう、あの暗い場所から出してあげたい。私が生きてるって伝えたい」

リルは顔を上げた。涙で濡れた顔で。

「ハルベルを守り切ったって聞いて、連邦なら王国の領にも手が届くって知って。だから初めて言えたんです。二年間ずっと言えなかったことを」

ソラはその顔をじっと見た。

そして、にっと笑った。

「よし。兄貴に話してくる」

ソラはその足で、俺の執務室に飛び込んできた。

「兄貴! 頼みがある!」

そしてリルから聞いた話を全部、俺に話した。八年前の隠れ里の襲撃。バルトスの魔族狩り。軟禁されたクレイ。リルが復讐を捨ててこの街に来たこと。そして、幼馴染を助けたいということ。

俺は黙って聞いていた。

「なあ兄貴。助けてやれねえかな。リルの幼馴染。俺、あの子が二年かけて、やっと笑えるようになったの見てきたんだ。そのリルが、初めて頼んできた。俺、力になりたいんだ」

ソラの目は真剣だった。

かつて、視界に入る者しか見えなかったあのソラが。今、一人の魔族の少女の八年越しの願いのために、頭を下げている。大きくなったな、と素直に思った。

「……調べる」

俺は言った。

「ローゼン領。バルトスという領主。クレイという息子。裏を取ってからだ。だが──話が事実なら、動く価値はある」

ニックに調べさせた。三日で裏が取れた。

ローゼン領。ハルベルからさほど遠くない、王国の領。領主バルトスは、旧体制の筋金入りの王国派。そして魔族狩りで私腹を肥やしてきた男だった。

「えげつねえぞ、これ」

ニックが報告書を広げた。

「バルトスは、魔族の隠れ里を見つけちゃ討伐名目で襲ってた。魔族を殺して、その土地や資源を王国に高く売る。それで領を肥やしてきた。『魔物討伐』の報奨金も、しっかりせしめてな」

「魔族利権、か」

「ああ。あいつにとっちゃ、魔族は金づるだ。生きた家畜。八年前のリルの里も、その一つ。皆殺しにして土地を奪ってる」

俺は報告書を読んだ。バルトスの思想が透けて見えた。魔族は家畜。殺して奪って当然の劣等種。そういう選民思想で凝り固まった男だ。

「クレイの件も裏が取れた」

ニックが続けた。

「八年前から屋敷の離れに軟禁されてる。監視の護衛が常時二人。領の外には一歩も出されてない。表向きは『病弱な跡取りを療養させてる』ってことになってるが」

「実態は幽閉か」

「そうだ。しかも最近、その監視が手薄になってるらしい。ハルベルの件で、バルトスが兵をそっちに割いてるからだ」

俺の頭の中で、盤面が動き始めた。

ハルベルの防衛戦。あれで周辺の領はみんな警戒を強めている。バルトスも自領の兵を国境の守りに割いた。その結果、屋敷の警備が薄くなっている。

「……好機だな」

「だろ?」ニックがにやりとした。「今なら忍び込んで、クレイを連れ出せる。護衛は二人。ソラがいれば造作もねえ」

俺は作戦を組んだ。

「潜入は最小限。ソラ、ニック、俺。それとリルだ」

「リルも連れて行くのか?」

ソラが聞いた。

「ああ。クレイは、リルが死んだと思ってる。八年間。その思い込みを解くには、リル本人がいるのが一番早い」

俺はリルを見た。彼女は緊張した顔で、しかしまっすぐに頷いた。

「行きます。私がこの目でクレイに伝えます。私は生きてるって」

「危険だぞ。バルトスは魔族を家畜としか思ってない。見つかれば殺されかねん」

「わかっています。それでも行きます」

リルの覚悟は決まっていた。俺は頷いた。

「フィオナは留守番だ。連邦の守りを頼む。潜入に大軍は要らない。少数で静かに忍び込む。派手な魔法は、かえって邪魔だ」

「わかりました」

フィオナは少し不満そうな顔をしたが、頷いた。

「その代わり、無事に帰ってきてください。特に、あなたは」

俺を見て、そう言った。

出発の前夜。俺はリルと二人で、潜入の段取りを詰めた。だがその前に、一つ確かめておきたいことがあった。

「リル。一つ聞いていいか。お前は、バルトスをどうしたい」

リルの肩が揺れた。

「あの男は、お前の両親の仇だ。里を焼いて、お前を独りにした。今も魔族を家畜と呼んで殺し続けてる。憎いだろう」

「……憎いです」

リルは正直に答えた。

「今でも夢に見ます。あの日のことを。でも」

彼女は顔を上げた。

「私はもう、あの男のために自分の人生を使いたくない。復讐で心を埋めたくない。クレイを助けたら、それでいい。バルトスのことは連邦の法で裁いてください。私が手を下すんじゃなくて」

俺はその言葉に、少しだけ驚いた。

「……立派だな」

俺は言った。

「復讐を捨てるのは簡単じゃない。特に、目の前に仇がいるのに」

「簡単じゃなかったです」

リルは微かに笑った。

「二年かかりました。この街で暮らして、人族と魔族が一緒に笑ってるのを見て。ようやく、憎しみより大事なものがあるって思えるようになりました」

彼女は窓の外の街の灯を見た。

「クレイにも、それを知ってほしい。あの子も八年、憎しみだけで生きてきた。私と同じように。だから私が迎えに行くんです。もう憎まなくていいんだよ、って」

俺は頷いた。

盤面は組めた。潜入の段取りも、警備の穴も、退路も。だがこの作戦の本当の要は、戦術じゃない。八年間、憎しみに囚われてきた二人の魂を、どう解き放つか。それが、この盤面の勝ち筋だった。

「──行くぞ」

俺は言った。

「クレイを迎えに。八年分の思い違いを、終わらせに」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。