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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤面の外へ編

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第46話 領主の天秤

ケイルが繋ぎをつけるのに、十日かかった。

「連れてくるわ」

そう言って、ケイルは狐目を細めた。

「あの領主、慎重な男でな。手紙のやり取りだけじゃ腹を割らん。──せやから、直接見せる。この街を、その目で」

「連れてこられるのか」

「商人の隊商に紛れ込ませる。ワイの荷馬車の一台に乗せてな。霧の回廊は、ワイの通行証で通れる。──御付きは家令が一人だけ。それが条件やと」

秘密裏の来訪だった。ハルベル領主が連邦を訪ねたと露見すれば、王国への反逆と見なされる。だから商隊に紛れて、こっそりと。

三日後。ケイルの隊商が霧の回廊を抜けて、街に入ってきた。

その荷馬車の一台から、上等な外套を着た初老の男が降り立った。

ハルベル領主、モーリス。歳は五十絡み。装飾は控えめだが、身のこなしに品があった。連れているのは家令が一人きり。

だが街に降り立った瞬間から、モーリスは言葉を失っていた。

広場では、人族の子供と魔族の子供が一緒に駆け回っていた。角のある子と、ない子が、手を繋いで。市場では、人族の商人と魔族の職人が値の交渉をしている。かん、かん、と槌の音。魔族の女が焼いたパンを、人族の老人が買っていく。

「……これは」

モーリスが掠れた声で呟いた。

「人族と、魔族が……一緒に……?」

「そうや」

ケイルが隣で笑った。

「四十五年殺し合うてきた種族が、今、同じ街で飯を食うとる。──嘘やないで。あんたの目の前の光景や」

モーリスはしばらく、その光景を見つめていた。角のある子供が転んで泣いた。すると人族の母親が駆け寄って、抱き起こした。何のためらいもなく。

「……信じられん」

その声が震えていた。

俺は街の中心で、モーリスを迎えた。

「お久しぶりです、領主様」

頭を下げて、姿勢を正して続けた。

「今日は一人のレイジとしてではなく。──ミストリア連邦を代表して、ご挨拶を申し上げます。連邦の長、レイジです」

モーリスの目に、わずかな緊張が走った。二年前のハルベルの若者としてではなく、一国の代表として、俺を見直したのだ。

「……久しいな。いや」

彼は姿勢を正した。

「連邦の長よ。ハルベル領主、モーリスだ。──此度は招きに感謝する」

対等な、国と国の挨拶だった。ケイルが後ろで満足そうに頷いている。名前が、看板が、こういう時に効いてくる。「反逆者の集まり」ではなく「ミストリア連邦」。その一言が、モーリスに俺を対等な相手として扱わせている。

俺はモーリスを、街の一角に案内した。

そこでは人族と魔族が一緒に、家を建てていた。人族の大工が、魔族の職人に木組みを教わっている。魔族の技と人族の技が混ざり合って、一つの家が建っていく。

「……見事なものだ」

モーリスが呟いた。

「領主様」

俺は静かに切り出した。

「近頃、噂が流れているのをご存じですか。『魔物討伐は、実は村を焼いていた』という噂を」

モーリスの表情がこわばった。

「……知っている。王国は虚言だと御触れを出した。魔族が流した嘘だ、と」

「信じておられますか」

モーリスは答えなかった。長い沈黙。そして掠れた声で言った。

「……信じたい。だが私は四十年、この地の領主だ。魔物討伐の依頼が、いくつも出た。その回収品目録を、私は見てきた。──農具。鍋。子供の靴」

彼は目を閉じた。

「あれが魔物のものだと、ずっと自分に言い聞かせてきた」

「見ていただきたいものが、あります」

俺はモーリスを執務室に通した。

机の上に、記録の写しを広げる。バッセさんが掘り出したものだ。

「王国の討伐依頼の原本。冒険者が王国に提出した報告書。そして、魔族側が四十五年書き続けた記録です」

三つを並べた。

「照らし合わせれば、わかります。依頼が出た日と、村が襲われた日。討伐された数と、死んだ村人の数。──すべて一致します」

一枚を示した。

「この報告書をご覧ください。討伐数の内訳。『成体、十九。幼体、八』──魔物に、幼体などという書き方はしません」

モーリスの手が震え始めた。

「幼体とは、子供のことです。書いた冒険者はわかっていた。自分が殺したのが、子供だと」

モーリスはその記録を受け取った。

震える手で一枚ずつめくっていく。日付。場所。数。そのすべてが、彼の見てきた回収品目録と繋がっていく。四十年目を逸らしてきた真実が、そこに並んでいた。

「……ああ」

その口から掠れた声が漏れた。

「やはり、そうだったのか。──私は知っていて、見逃した。見ないようにしていた。魔物討伐だと書いてあるなら、それは魔物討伐だと。そう思い込むことで、楽になろうとした」

その目から涙がこぼれた。

「私の領地から出た依頼で。何人の村人が。何人の子供が──」

「領主様」

俺は静かに言った。

「それは、あなた一人の罪ではありません」

モーリスが顔を上げた。

「これは王国が四十五年かけて作り上げた仕組みです。逆らえば潰される。だからみんな目を逸らす。──あなたもその一人だった。それは罪ではなく、無力です」

「だが私は、気づいていた」

「気づいていて、何もできなかった。──それも仕組みの力です」

俺は彼を見た。

「ハルベルの支部長を覚えておられますか。難度を偽装し、若い冒険者を使い潰していた男を。あの男に逆らえば、依頼が干された。だからみんな従うしかなかった。──王国の仕組みも同じです」

モーリスはしばらく俯いて、掠れた声で言った。

「……あなたは、私を責めに来たのか。それとも──」

「選んでいただきに来ました」

俺は答えた。

「過ぎた無力を責める気はありません。問題はこれからです」

「王国はこれからも嘘をつき続けます。魔族を殺し続けます。ですが、その嘘は綻び始めている。噂が広まり、いずれこの記録も世に出る」

俺はモーリスを見た。

「その時、王国の側にいた者は、共犯者として裁かれます。四十五年の虐殺の片棒を担いだ者として」

モーリスの顔が青ざめた。

「……脅すのか」

「事実を申し上げているだけです。──ですが、もう一つ道があります」

「道?」

「今、真実を知り、正しい側に立つ道です」

俺はまっすぐ彼を見た。

「ハルベルから王国のギルドを追い出す。魔族との偽りの戦を拒む。そしてミストリア連邦の側につく。──そうすればあなたは共犯者ではなく、最初に真実に立った領主として、記録に残ります」

モーリスは長い間、黙っていた。

天秤が揺れているのがわかった。片方に王国。長年の後ろ盾。逆らえば家が潰れる。もう片方に、真実と贖罪の道。

「……一つ、聞かせてくれ」

やがて彼は口を開いた。

「あなたたちに勝算はあるのか。──大義だけでは、家を賭けられん。負ける側につけば、共倒れだ」

領主として当然の問いだった。

「正直に申します」

俺は答えた。

「王国は強い。武力では正面から勝てないかもしれません。──ですが俺たちは、剣で王国を倒す気はありません」

「なに?」

「剣で国は殺せない。国を殺すのは、別の国です」

モーリスの目が細くなった。

「王国から領が一つ離れる。次が離れる。真実を知った領主が、次々と王国を見限る。──そうやって王国は内側から崩れていく。あなたが最初の一つになる」

「私を、その最初の駒にするのか」

「駒ではありません」

俺は首を振った。

「最初に真実に立った、勇気ある領主です。──後の世がそう記録します」

モーリスは俺を見つめていた。その目に、恐れと希望がせめぎ合っていた。

「……勝算を聞いたな。あなたは武力では勝てないかもしれない、と言った。だが、策では勝てる、と」

「はい」

「その、あなたの手際を、私は二年前に見た」

モーリスの声が強くなった。

「ハルベルの支部長を。誰も手を出せなかったあの男を。あなたは一滴の血も流さずに追い詰めた。証拠を積み上げ、逃げ場を塞ぎ、王都査問へと追い込んだ。──あれを、この目で見ている」

彼は記録の束を握りしめた。

「あなたのあの手腕は本物だ。それは私が、一番知っている」

モーリスは顔を上げた。その目に、もう迷いはなかった。

「連邦の長よ。──私は四十年、目を逸らしてきた。子供の靴を、見ないふりをしてきた。その罪は消えない。だが」

その声が震えた。

「残りの人生で、少しでも償いたい。もう、目を逸らしたくない」

モーリスは記録を胸に抱いた。

「ハルベルはミストリア連邦につく。王国のギルドを追い出す。魔族との戦を拒む。──このモーリスの名にかけて」

第一のドミノが、倒れた。

「ありがとうございます」

俺は深く頭を下げた。

「礼を言うのは、私の方だ」

モーリスが首を振った。

「あなたが来てくれなければ、私は死ぬまで目を逸らしたまま、共犯者として生きていた。──だがレイジ殿。覚悟はしておいてくれ。ハルベルが離反すれば、王国は討伐軍を送ってくるだろう」

「わかっています」

俺は頷いた。

「その時は連邦がハルベルを守ります。霧の回廊で繋がっている限り、ハルベルは孤立しません。通行証をお渡しします。何かあれば霧を抜けて連邦へ。連邦からハルベルへ。互いに行き来できる」

モーリスの顔に、初めて安堵が浮かんだ。

「……心強い限りだ」

別れ際。

モーリスがふと、ずっと後ろで控えていたソラを見た。

「その若者は」

「勇者、ソラです」

俺は答えた。

モーリスの目が見開かれた。

「勇者……! 王国が召喚した、あの」

「元・勇者だよ」

ソラが口を開いた。

「今はただのソラだ。魔王と一緒に戦ってる」

「魔王と……!?」

「あいつ、いい奴なんだ」

ソラがあっけらかんと笑った。

「俺、魔族を殺しに来た。でも間違ってた。あいつらは悪くなかった。だから今は一緒に暮らしてる。それだけだよ」

モーリスはしばらくソラを見つめていた。勇者と魔王が共に戦う。四十五年の常識が覆る光景。──だがそのあっけらかんとした笑顔に、彼は何かを確信したようだった。

「……本当に変わるのだな。世界は」

彼は街の方を振り返った。人族と魔族が共に暮らす、その光景を。

「私も、その一部になろう」

ケイルの隊商が、モーリスを乗せて霧の回廊へ消えていった。

見送った後。ニックがぽつりと言った。

「なあレイジ。うまくいったな」

「ああ」

「でも、これで後戻りはできねえぞ。ハルベルが離反した。王国は絶対、討伐軍を送ってくる」

「わかってる」

俺は答えた。

「だが、それでいい。ハルベルを守り切れば、次の領が動く。守れなければ、そこで終わる。──ここが正念場だ」

ソラが木剣を担ぎ直した。

「守ろうぜ、兄貴。ハルベルは俺たちが最初に灯を点した街だ。──あそこを守れなくて、なんの連邦だよ」

「ああ」

俺は頷いた。

霧の向こうに、ミストリアの灯りが見えてきた。人族と魔族の、無数の灯り。

その灯を一つ増やすために。そして、その灯を守るために。──俺はまた、盤面を組み始める。

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