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『最弱の戦略家は復讐しない 〜俺を騙したパーティーを俺のクランで雇い直す。ざまぁより、そっちが"勝ち筋"だったので〜』  作者: めざし
盤上の勇者編

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第44話 世界より、大事なもの

ガルドとセシリアの結婚式は、街を挙げての祝いになった。

広場に、人族と魔族が入り混じって集まった。誰かが樽を割り、誰かが果実酒を注いで回る。魔族の楽師が、聞いたことのない旋律を奏でる。その音に合わせて、人族の子供と魔族の子供が、手を繋いで踊った。

祭壇の前に、ガルドが立っていた。柄にもなく髪を撫でつけて、居心地悪そうにしている。その隣に、セシリアが並んだ。いつもの僧衣ではなく、白い衣を纏っていた。街の女たちが、人族も魔族も一緒になって縫い上げたものだ。

「……六年、待ったんですよ」

セシリアが、小さく笑った。

「知ってる」

ガルドが、掠れた声で答えた。

「悪かったな。ずいぶん、長く待たせた」

「本当に」

「……返す言葉もねえ」

セシリアは、そっとガルドの手を取った。その手が震えているのに気づいて、彼女はもう一度笑った。

「でも、待った甲斐は、ありました」

誓いの言葉は、短かった。

ガルドは口下手だ。飾った言葉なんて、一つも出てこない。だから彼は、ただ一言だけ言った。

「もう、二度と、お前を一人にしない」

その一言に、セシリアの目から涙がこぼれた。

六年間、彼女はずっと一人だった。壊れていくガルドを見捨てられずに、それでも隣にはいられずに。その孤独を誰よりも知る男の、一番の詫びだった。

広場が沸いた。人族も魔族も、みんなが手を叩き、口笛を鳴らした。ニックが泣きながら樽を叩き、ソラが拳を突き上げた。

俺は、その光景を少し離れて見ていた。

四十五年殺し合ってきた種族が、今、一組の夫婦を一緒に祝っている。こんな日が来るとは、誰が思っただろう。

「……いいですね」

隣で、フィオナがぽつりと言った。

「ああ」

「あの二人、ずっと遠回りして。それでも、やっと」

彼女は祭壇の二人を見つめていた。その横顔が、祭りの灯りに柔らかく照らされている。

そして、ふと、彼女がこちらを見た。

「レイジさん」

「なんだ」

「……何か、言うことはないんですか」

「何がだ」

フィオナの片方の頬が、わずかに膨らんだ。

「……いえ。なんでもありません」

彼女はぷいと顔を背けた。

俺は、その横顔を見ていた。膨れた頬。逸らされた視線。何か怒らせたらしい。だが、何にだ。盤面なら何手も先まで読めるのに、この少女の機嫌の理由だけは、いつも読み損なう。

祭りは夜まで続いた。

酔ったガルドがニックに絡み、ソラが魔族の若者たちと肩を組んで歌い、ヴァイスが「うるせえ」と言いながらその輪にいた。バッセさんは、フィーネと並んで静かに酒を舐めていた。

俺は喧騒を離れて、街の外れに出た。

小高い丘の上だ。そこから街全体が見渡せた。霧の内側に、無数の灯りが瞬いている。人族の家にも、魔族の家にも。四十五年前には誰も想像できなかった光景だ。

「……ここにいたんですか」

フィオナが追ってきた。

「ああ」

「探しました」

彼女は俺の隣に腰を下ろした。まだ、少し頬が膨れている。

俺は無意識に、脚の位置を直した。彼女が座りやすいように。フィオナは当然のように、俺の膝の間に背を向けて座った。背中を俺の胸に預けて。もう、いつものことだった。

二人で、街の灯りを見ていた。

風が丘を渡っていく。祭りの音が、遠くで小さく響いている。

膝の上のフィオナは軽かった。髪から、ほのかに花のような匂いがした。その温もりが、背中越しに伝わってくる。

俺はその灯りを見ていた。

自分が点した、小さな灯。それがこんなにも増えて、こんなにも多くの人を照らしている。人族も、魔族も。ここで暮らして、笑って、恋をして、家庭を持って。

守りたい、と思った。この灯を。この街を。ここにいるみんなを。

そして、その時。

ふと、気づいた。

──俺は、この膝の上のこいつを、誰よりも守りたい。

いつからだろう。いつの間に、こいつは俺の中で、こんなにも大きくなっていた。街のどの灯よりも。守りたいみんなの、その誰よりも。

気づいたら、言葉がこぼれていた。

「……俺、フィオナが、世界より大事なんだ」

フィオナの身体が、びくりと跳ねた。

しばらく、動かなかった。風の音だけが、二人の間を通り過ぎていく。

やがて、彼女がゆっくりと口を開いた。

「……今頃、気づいたんですか」

その声は、少し震えていた。

「え?」

「私は、そうですよ」

彼女は俺の胸に、こつん、と頭を預けた。

「ずっと、前から。──ずっと、そうでした」

その後頭部が、俺の胸に押し当てられて、動かなくなった。まるで、顔を見られたくないみたいに。

俺は、しばらく何も言えなかった。

「ずっと前からって」

「言葉のとおりです」

「いつから」

「……教えません」

彼女は頑固に、顔を伏せたまま答えた。

「そんなの、いちいち言ったら恥ずかしいじゃないですか。あなたが、鈍すぎるのが悪いんです」

「……悪かった」

「はい。すごく悪いです」

でも、と彼女は続けた。声が、少しだけ柔らかくなった。

「……気づいてくれて、よかった」

俺は、その小さな身体をそっと支えた。落ちないように、というより、ただそうしたくて。

フィオナは逃げなかった。むしろ、少し身を寄せた。祭りの灯りが、街を温かく照らしていた。

どれくらい、そうしていただろう。

フィオナが、急にもぞもぞと動き始めた。

「……あの」

「なんだ」

「一つ、言っておきたいことがあって」

その声が、さっきと違った。上ずって、落ち着かない。

「なんだ」

「その……」

彼女の耳が、見る間に赤くなっていく。首まで、真っ赤に。

「私、いつも『戦術的な判断です』って、言ってましたよね」

「ああ」

「膝に座るのも。氷であなたを守るのも。ぜんぶ戦術だって」

「言ってたな」

「あれ……その、嘘、なんです」

「嘘?」

「戦術とか、そんなの関係なくて」

フィオナは俺の胸に顔を埋めた。もう、完全にこちらを向かない。声が、くぐもって聞こえる。

「ただ……あなたと、くっついていたかっただけ、で」

「……」

「膝に座ったのも、あなたのそばにいたかったから。氷で守ったのも、あなたが傷つくのが嫌だったから。ぜんぶ、そうなんです」

彼女の身体が、小さく震えていた。恥ずかしさで。

「私、あなたの前でだけ……こう、なるんです。普段は、ちゃんとしてるのに。あなたといると、甘えたくなって。理屈とか戦術とか、ぜんぶ言い訳で。ほんとは、ただ甘えたいだけ、で」

彼女はぎゅっと、俺の服を握った。

「……こんな私、幻滅、しましたか」

俺は、その震える背中を見ていた。

いつもクールで、理屈で武装して、「戦術的な判断です」と平然と言ってのける、あのフィオナが。今、こんなにも小さくなって。真っ赤になって。震えながら、素を見せている。

──守りたい、とまた思った。この隠された柔らかいところを。誰にも見せない、こいつの本当のところを。

「幻滅なんて、しない」

俺は静かに言った。

「むしろ」

「むしろ?」

「……嬉しい」

フィオナの動きが、止まった。

「お前が、俺にだけそういう顔を見せてくれるのが。──たぶん、それが嬉しいんだと思う」

彼女はしばらく動かなかった。

そして、俺の胸からゆっくりと顔を上げた。目の縁が赤い。泣きそうな、笑いそうな、変な顔をしていた。

「……ずるいです」

「なにが」

「そういうことを、さらっと言うところが。だから、私は」

彼女はまた、俺の胸に顔を埋めた。

「だから、私は、あなたから離れられないんです」

その時だった。

俺の腰の聖剣が、淡く光った。

七色の光が、刀身を静かに巡っている。まるで、俺たちを見ているみたいに。そして、その光の中から声が聞こえた。

『……やっと、か』

剣霊の声だった。だが、いつもと違う。どこか、温かい。

『長かったな。この娘は、ずっと待っていた。お前が気づくのを』

「……聞いてたのか」

『聞こえてしまうんだ。すぐ隣だからな』

剣霊が笑った気配がした。

そして、七色の光の中から、もう一つ、別の光がそっと抜け出してきた。水色の、柔らかな光。それはふわりと、フィオナの頬に触れた。

「……あ」

フィオナが、目を見開いた。

「この、感触……」

『ひさしぶり』

その水色の光から、声がした。澄んだ、若い女の声。フィオナだけが、ずっと夢の中で聞いていた声。彼女の、初めての友達。

「氷の……精霊」

『そう。少し見ないうちに、ずいぶん大きくなったじゃない』

フィオナの目から、ぽろりと涙がこぼれた。

「会いたかった。ずっと、あなたがいなくなって、寂しくて」

『ごめんね。一人にして悪かったわ』

氷の精霊の声は、姉ぶるでも、諭すでもなく、ただ隣に並ぶ友達の声だった。

『でも私、ちゃんと見てたのよ。この剣の中から、あなたのこと。──ずいぶん、あの男に、ぞっこんじゃない』

「なっ……!」

フィオナの顔が、また真っ赤になった。

『ふふ。隠さなくていいわよ。ずっと、あなたの夢の中で、聞かされてたんだから。「レイジさんが」「レイジさんが」って』

「言わないでください!」

『はいはい』

水色の光が、くすくすと笑いながら、俺とフィオナの間をゆっくり巡った。

『でも、よかった。やっと繋がったのね。──なら、私たちも、力を貸せる』

『聞きなさい、盤面士』

今度は剣霊の声が、俺に向けられた。

『七柱は、お前を認めた。だがこれまでは、剣を握った時だけの力だった。今日から違う』

七色の光が、俺の身体に流れ込んでくる。剣を握っていないのに。

『お前が、この娘と繋がったからだ。守るべきものを、はっきりと自分で選んだ。ならば、その力を、常に貸そう』

俺の中で、何かが変わる感覚があった。ずっと俺を支えてきた【自己強化(小)】。その芯が熱を帯びて、大きくなっていく。

『お前のその小さな力。もう、借り物ではない。──お前自身の力になった』

【自己強化(小)】が、【自己強化(大)】へと書き換わっていく。十分の一が、三割へ。俺の全部の力の、外側で。相変わらず、何にでも積める形で。

「これは……」

『祝いだ』

剣霊が静かに言った。

『二人が繋がった、祝いだ』

水色の光は、フィオナを包んでいた。

『あなたにも、贈り物よ』

氷の精霊が言った。

『あなたは、氷だけの子だったでしょ。でも、この剣の中には七柱いるの。水も、風も、地も、火も、聖も。──私たちと繋がれば、あなたはそれを、扱えるようになる』

フィオナの指先に、霜が戻ってきた。だが、それだけではなかった。指先に小さな水の珠が生まれ、風がそよぎ、火花が散り、淡い光が灯った。

「全部の、属性が……」

『あなたの器は、もともと歴代最高よ。氷に偏ってただけ。──今は、そのぜんぶを活かせる』

フィオナの魔力が、内側から膨れ上がるのを俺は感じた。魔力の値が、三十、跳ね上がる。氷特化だった少女が、万能の魔導士へと変わっていく。

「……信じられません」

フィオナが、自分の手を見つめて呟いた。

『繋がったからよ』

氷の精霊が、優しく言った。

『一人なら、氷だけ。でも、二人なら。──あなたたちは、もっと強くなれる』

光が、静かに収まっていった。

聖剣はまた、ただ腰で七色に揺れるだけになった。氷の精霊の声も、剣霊の声も、遠のいていく。だが確かに、何かが変わっていた。

俺の中の力は大きくなり、フィオナの手には、すべての属性が宿っていた。二人が繋がった、その証として。

「……レイジさん」

フィオナが俺を見上げた。まだ、少し涙で潤んでいる。

「なんだ」

「私たち、強くなりましたね」

「ああ」

「一緒に、なったから」

彼女はそう言って、また俺の胸に頭を預けた。今度は、恥ずかしがらずに。ごく自然に。

「これからも、あなたの隣で、盤面を支えます。──いえ」

彼女は、少し言い直した。

「あなたと一緒に、この街を守ります」

俺は、その小さな身体を抱き寄せた。

丘の下では、まだ祭りが続いていた。無数の灯りが、霧の内側で、温かく瞬いていた。

夜が更けていく。

俺たちはしばらく、丘の上で街を見下ろしていた。

「レイジさん」

「なんだ」

「一つ、お願いがあります」

「なんだ」

フィオナは俺の胸の中で、もぞもぞと身じろぎした。

「……この、甘えん坊なところ。誰にも言わないでください。特に、ニックさんとか、絶対からかうので」

「言わない」

「本当ですよ」

「言わないって」

「……あと」

彼女の声が、また小さくなった。

「二人きりの時は、その……もっと、甘えてもいいですか」

俺は、思わず笑った。

「好きにしろ」

「……はい」

フィオナは満足そうに、俺の胸に顔を埋めた。その耳が、また少し赤かった。だが、もう隠そうとはしなかった。

盤上の灯が、街を照らしていた。そしてその盤面の隅で、最弱の戦略家は、たぶん生まれて初めて、盤面以外の何かを、心から大切だと思っていた。

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